70 / 72
第6章 エンディングに向けて
第70話 銀髪
しおりを挟む「あ、帰ってきた!」
討伐訓練に参加した生徒たちが、首都の門を通り抜けるところだった。
先頭にいるのは馬に乗ったルーカスで、そこから少し後ろにヴィクトルもいる。
ヴィクトルの姿を拝むと、アリナはこっそりと歓声を上げた。
(馬に乗るヴィクトル様も素敵……!)
しばらく遠くにいてまともに姿を拝めなかった分、いつもよりも輝いて見える。
耳にかかるぐらいの灰色の髪に、純粋な金色の瞳。その瞳を眺めているだけでご飯三杯は食べられる。三杯どころではない、もっと食べられる気がする。
(それにしても、いつもよりも瞳の色が良く見えるようなぁ……)
ハッと気づいた。
ヴィクトルがこっちを見ている。まさかアリナのことを見ているなんてことはないけれど、どうしてだろう。彼はじっとこちらを見ていたかと思うと、首を傾げたあと周囲を見渡す。誰かを探しているその様子に、アリナは思い出した。
「そういえば、リシェリア遅いなぁ……」
きっとヴィクトルはアリナの近くに居るオゼリエ家の騎士の姿を見つけて、リシェリアの姿を探していたのだろう。
(私のことなんて、見てるわけないよね)
ヴィクトルを拝むように夢中になっていたからか、周囲が騒がしいことに遅れて気づいた。
オゼリエ家の騎士と、どこから現れたのか黒いフードを被った人物たちが慌ただしく行きかっている。
その焦った様子に、アリナはとたん不安になった。
「リシェリア?」
もしかしてリシェリアの身に何かあったのだろうか。
声を掛けたいけれど、とてもそんな雰囲気ではない。
その時、馬の蹄の音が近づいてきた。
「ねえ、リシェリアは?」
そこには馬に乗ったルーカスと、険しい顔をしているヴィクトルがいた。
リシェリアがいなくなった。
それを聞かされたのはほどなくしてだった。
リシェリアを連れて行った騎士が眠った状態で発見されたそうだ。すぐに起こして事情を聴くと、どうやら操られていたようだった。
「誰かに声を掛けられたと思ったら……ああ、そういえば桃色の髪でした。その男に話しかけられた後の記憶がないのですが、お嬢様を呼び出してほしいと言われたような」
洗脳された後、男はリシェリアとともに姿を消したらしい。
(操られていたということは、ダミアン先生に?)
リシェリアからは、ダミアンがいなくなったから気を付けてと言われていた。
だけど、まさかリシェリアが攫われるとは……。
いや、アリナの記憶が確かなら、ダミアンはリシェリアに熱い視線を向けていた。
元から狙っていたのはリシェリアだったのかもしれない。
「……リシェリア。いま、行くから」
ルーカスが呟いている。いまいち感情がわからない冷たい瞳に、熱が灯っているような気がした。
そこからの展開は早かった。
いくらダミアンでも、一度に多くの人を洗脳することはできないみたいだ。オゼリエ家の中でも比較的若く、洗脳のかかりやすい騎士だけ洗脳して、後は気配を消す魔法などを使って欺いた。
しかもリシェリアはいざという時のために、自分の居場所を知らせる魔法の道具を持っているみたいで、居場所を見つけるのは簡単だった。
トントン拍子にリシェリアの居場所は絞り込まれ、ルーカスとオゼリエ家の騎士たちがそこに向かう。ついでにアリナもこっそりついて行った。途中でヴィクトルに見つかってしまったけれど。
リシェリアがいるらしい町はずれの屋敷に到着すると、そこで思わぬ相手と合流して――。
そして、光輝く剣で壁を破壊したルーカスが屋敷の中に入っていくのを、アリナは固唾を飲んで見守っていた。
◇◆◇
ウルミール王国の王家は、代々光の剣が継承される。
光剣と呼ばれるそれは、王族の光の魔力を吸い込んだ強力な武器だった。
眩しく輝く光剣は、鉄や鋼でも切り裂くことができて、刃こぼれひとつしない。
その光剣の眩しい輝きに、ダミアンがまぶしそうに目を細めるが、リシェリアは不思議と眩しくなかった。その光に惹かれてすらいる。
壁を壊して屋敷の中に入ってきたルーカスは、リシェリアの姿を見つけると、駆け足で近づいてくる。持っていた剣を地面に落とし、抱き着いてきた。
「リシェリア!」
「っ、ルーカス様!」
いきなりの抱擁に胸が高鳴るが、前みたいに気絶したりはしなかった。
どうにか呼吸を落ち着けようとするが、すぐ傍で温かい吐息を感じると、全身が熱を持ってしまう。
「……どうして、邪魔をするのですか?」
ダミアンが不満そうな声を出しているが、気にしている余裕はない。
ルーカスから遅れてやってきたらしい騎士の足音が聞こえてくる。「捕獲ー」という声が聞こえたということは、あっさりとダミアンは捕まったようだ。
「……やはりだめですね。こんな世界は早く終わらせて、新しいルートに……」
ダミアンがブツブツそんなことを呟いている。
(ここはゲームの世界ではなくって、現実なのに)
ゲームに対する執着はわからなくもない。だけど転生したからには、この世界はもう現実なのだ。
そんなことを考えながらも、リシェリアの意識はすぐ傍にある吐息に引き戻される。
「あの、ルーカス様。私は、もう大丈夫ですので」
「……君が、また消えたのかと思って……心配で」
リシェリアの声に落ちついたのか、ルーカスがそっと離れていく。遠くなるその温もりに名残惜しさを感じながらも、リシェリアはエメラルドの瞳を見た。
「助けに来てくれて、ありがとうございます」
「当然のことを、したまでだ」
体は話されたけれど、ルーカスはまだすぐ傍でリシェリアのことを見ている。その距離にドギマギしていると、聞き覚えのある声が振ってきた。
「なんだ。俺の出番はなかったようだな」
壊された壁の向こうから長身の男が覗いている。鳥の尾羽を思わせる赤と緑のツートンカラーの髪をした男――ケツァールだ。
ケツァールはダミアンを見ると、不愉快そうに眉を顰めた。――後から聞いた話なのだけれど、ケツァールはどうやらダミアンのことを追っていたみたいで、この屋敷に突入しようとした時に、ルーカスたちと合流したらしい。
「ったく、手間かけさせやがって」
「ダミアン先生、捕まったようだね」
ケツァールの後ろからヴィクトルが顔を覗かせた。ルーカスと向かい合うリシェリアを見ると、驚いたように金色の目を見開く。
その脇からアリナが顔を出す。「アリナ」と呼びかけようとしたが、それよりも早く彼女は黄色い歓声を上げた。
(どうしたのかしら?)
「リシェリア」
ルーカスに呼ばれて、再びエメラルドの瞳と対面する。
すると、彼が徐に手を伸ばしてきた。
肩にかかるさらさらとしたリシェリアの髪に触れたルーカスが、そっと呟いた。
「銀髪も綺麗だね」
その時になって、やっと思い出したのだ。自分が、いまウィッグを取った状態だということに。
108
あなたにおすすめの小説
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる