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第6章 エンディングに向けて
第71話 告白
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ああ、なんてことだろう。
ダミアンにウィッグを取られたせいで、せっかく隠していた銀髪を、ルーカスに見られてしまった。
「あ、あの、ルーカス様。これは……!」
ルーカスから離れたリシェリアは、落ちていた黒髪のウィッグを掴む。それを頭に乗せるが、うまく銀髪を隠せない。もうすでにバレてしまっていて、隠すことが間に合わないのはわかっているのに、視線はどこかに落ちているネットを探していた。
(どうしよう、どうしょう)
ちゃんと話さなければと思っていた。そのための心構えも。
だけど、こうして不意打ちでバレることを期待していたわけではなかった。
「どうしたの、リシェリア?」
「……み、見ました、よね」
心配そうに呼びかけてくるルーカスに、リシェリアは恐るおそる訊ねる。
彼は首を傾げていた。
「なにを?」
「……この、髪です」
「ああ、綺麗な銀髪だね」
ルーカスはなんてことないように言っているが、きっと裏切られたと感じているに違いない。
幼少期からずっと騙してきたのだから。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
「私は、ずっとルーカス様を騙してきたんです。自分の髪を隠して、欺いて……」
こんな自分のことなんて嫌いになりますよね?
その問いかけは、喉の奥に引っ掛かって出てこなかった。
ルーカスはすこし考える素振りをした後、納得したように頷いた。
「その銀髪、地毛なんだね。オゼリエ公爵と同じだ」
「そう、なんです」
「もしかして、芸術祭二日目の演劇の時も?」
「……はい。あの時は劇用のウィッグを、不注意から失くしてしまいまして……」
今更隠し通せないが、ミュリエルたちのことを語ると話が拗れそうなので、そう答える。ルーカスがどんな顔をしているのか見ることができずに、足元に視線を向けながら。
ウィッグを持つ手にギュッと力を入れた。
淡々と喋るルーカスの言葉からは、感情を読み取ることができない。
それがさらに不安を加速させる。
(どうしよう。話したのはいいけれど、これで嫌われたら。……告白されたのに)
嫌われる覚悟はしていたはずだけれど、自分を「愛してる」と言ってくれた彼の気持ちを無下にするようで、騙していたのは自分だとはいえ不安しか感じない。
「顔を上げて、リシェリア」
言われるがまま顔を上げる。
嘘吐きと詰られる覚悟をしていたのだけれど、ルーカスが浮かべていたのはそうとわかるほど微弱な微笑みだった。おそらくいまのルーカスにとって、浮かべられる精いっぱいの笑みだろう。心の底から笑いかけてくれているはずだ。
「おれは、気にしてない。リシェリアは、どんな髪色でも綺麗だから」
「っ、き、綺麗……?」
「ああ。少し驚いたけど、オゼリエ公爵は銀髪だし、リシェリアの本来の髪が銀髪でもおかしいとは思わない。どうして黒髪で隠していたのかは、気になるけど……」
「それは……」
ここで話すには、人目が多い。アリナやヴィクトルは知っているからいいとしても、他の人たちに聞かれるのは困る。
「馬車に乗ろう」
リシェリアの様子で察したルーカスにより、場所を変えて話すことになった。
馬車に乗る前、アリナが頑張れと応援するようにガッツポーズしていたり、やれやれとした様子のヴィクトルのことが目に入ったけれど。
そして馬車に乗って、王宮に向かう道すがら、リシェリアはルーカスにすべて話した。
リシェリアには前世の記憶があり、ここはその前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であること。
ゲームでリシェリアは悪役令嬢として断罪される運命で、それを回避するために、地味な格好で目立たないように生きると決めたことを。
話すのにどれだけ時間がかかったのかはわからない。無言で聞いていたルーカスが沈黙の後、静かに頷きながら口を開くまで、リシェリアはいつ糾弾されるのかと恐れていた。
だけどルーカスの口から出てきたのは疑問だった。
「ゲームのおれは、どうしてリシェリアとの婚約を破棄したんだ?」
「それはヒロインを好きになって、そのヒロインを悪役令嬢が虐めていたからです」
「……そうか。こんなにかわいいリシェリアのことを手放すなんて、ゲームのおれは見る目がないんだね」
「かわっ」
突然褒められて顔が熱くなるが、咳ばらいをして誤魔化す。
「そうやって赤くなるのも、かわいいよ」
「からかわないでください!」
「からかってない。本音だ」
「……っ」
ますます反応に困る。ルーカスはいつから自分のことが好きなのだろうか。
そんなことが気になるが、それを聞いたらもう引っ込みが付かなくなりそうだ。
「とにかく。断罪されると私は高い確率で死ぬんです。その回避のために、この格好をしてました。そして……」
ぐっと息を詰めるように、リシェリアは言う。
「ルーカス様に婚約解消をしていただこうかと」
「……婚約解消?」
ルーカスの言葉の雰囲気が変わったような気がした。
眉を寄せたルーカスが、不穏な気配でこちらを見てくる。思わず図書室でのことが脳裏に思い浮かぶ。
「リシェリアは、そんなにも、おれのことが嫌い?」
「それは……っ」
悲し気な眼差しに、胸が震える。
「リシェリアがおれのことをなんとも思っていないのは知っているつもりだ。……でも、そんなに……おれと婚約解消したいほど、おれのことが嫌いなのか?」
「……っっ、そ、そんなことはありません!」
むしろ逆。ルーカスは前世の推しだけれど、それだけではない。
この世界で一緒に過ごすようになってから、彼への思いは常に募っていった。
その想いは叶うことはないと知りながらも。
悪役令嬢であるリシェリアがいくら願おうとも、ルーカスは冷たくも彼女との婚約を破棄して、悪役令嬢は破滅する運命にあるのだから。
そうならないように、死にたくなくて、ずっとこの気持ちを我慢していた。
でも、いまは……。隠す必要のない想いが、勢いよく口からついてでた。
「本当は、好きなんです!」
図書室で口づけされたのも、挨拶をされたのも、馬車や芸術祭の時にされたのも。
すべて、嫌ではなかった。
むしろその度に自分の気持ちが揺れてしまい、好きになってはいけないと思っていたルーカスのことを、意識してしまうようになった。
それを隠すためにも、逃げるようになった。
「ずっとっ、それこそ、前世から、ずっと好きでした!」
「……リシェリア」
ルーカスの声にハッと正気に戻る。
口を押さえてルーカスを見ると、彼は大きく目を見開いていた。
「いま、おれのこと、好きって言った?」
「……い、言ってません、よ」
いくら何でも言い訳にならない言葉だ。でもエメラルドの瞳で見つめられると、つい逃げ腰になってしまう。
「言ってたよね?」
「それは……」
「言ってた。好きだって」
「……っ、そ、そうですよ!」
「それなら、両思いだ」
立ち上がったルーカスがリシェリアに近づいてくる。
「で、でも私は嘘を吐いていたんですよ?」
「おれは、リシェリアの髪色で好きになったんじゃない。リシェリアが黒髪だろうと銀髪だろうと、他のどんな髪色だろうと、この気持ちが変わることはない」
「……っ!?」
「リシェリアは、どう? おれの髪色が黒くなったら、嫌いになるのか?」
「なりません!」
どんな髪色だろうと、ルーカスはルーカスだ。気持ちが変わることはない。
(あ、そうなんだ)
その時、リシェリアは気づいた。
髪色に拘っていたのは自分だけだということに。
つい先ほども、ルーカスが助けに来た際、銀髪にもかかわらず彼は「リシェリア」と呼んで抱きしめてきた。
髪色が変わっても、彼はリシェリアのことを見失わなかった。
それがどんなに嬉しいことか、いまになって気づいた。
「ルーカス様」
「両想いなら、良いよね」
問いかけに、リシェリアは頷く。
こうして、リシェリアは転生してから初めて、自分の意思でルーカスと唇を重ねるのだった。
ダミアンにウィッグを取られたせいで、せっかく隠していた銀髪を、ルーカスに見られてしまった。
「あ、あの、ルーカス様。これは……!」
ルーカスから離れたリシェリアは、落ちていた黒髪のウィッグを掴む。それを頭に乗せるが、うまく銀髪を隠せない。もうすでにバレてしまっていて、隠すことが間に合わないのはわかっているのに、視線はどこかに落ちているネットを探していた。
(どうしよう、どうしょう)
ちゃんと話さなければと思っていた。そのための心構えも。
だけど、こうして不意打ちでバレることを期待していたわけではなかった。
「どうしたの、リシェリア?」
「……み、見ました、よね」
心配そうに呼びかけてくるルーカスに、リシェリアは恐るおそる訊ねる。
彼は首を傾げていた。
「なにを?」
「……この、髪です」
「ああ、綺麗な銀髪だね」
ルーカスはなんてことないように言っているが、きっと裏切られたと感じているに違いない。
幼少期からずっと騙してきたのだから。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
「私は、ずっとルーカス様を騙してきたんです。自分の髪を隠して、欺いて……」
こんな自分のことなんて嫌いになりますよね?
その問いかけは、喉の奥に引っ掛かって出てこなかった。
ルーカスはすこし考える素振りをした後、納得したように頷いた。
「その銀髪、地毛なんだね。オゼリエ公爵と同じだ」
「そう、なんです」
「もしかして、芸術祭二日目の演劇の時も?」
「……はい。あの時は劇用のウィッグを、不注意から失くしてしまいまして……」
今更隠し通せないが、ミュリエルたちのことを語ると話が拗れそうなので、そう答える。ルーカスがどんな顔をしているのか見ることができずに、足元に視線を向けながら。
ウィッグを持つ手にギュッと力を入れた。
淡々と喋るルーカスの言葉からは、感情を読み取ることができない。
それがさらに不安を加速させる。
(どうしよう。話したのはいいけれど、これで嫌われたら。……告白されたのに)
嫌われる覚悟はしていたはずだけれど、自分を「愛してる」と言ってくれた彼の気持ちを無下にするようで、騙していたのは自分だとはいえ不安しか感じない。
「顔を上げて、リシェリア」
言われるがまま顔を上げる。
嘘吐きと詰られる覚悟をしていたのだけれど、ルーカスが浮かべていたのはそうとわかるほど微弱な微笑みだった。おそらくいまのルーカスにとって、浮かべられる精いっぱいの笑みだろう。心の底から笑いかけてくれているはずだ。
「おれは、気にしてない。リシェリアは、どんな髪色でも綺麗だから」
「っ、き、綺麗……?」
「ああ。少し驚いたけど、オゼリエ公爵は銀髪だし、リシェリアの本来の髪が銀髪でもおかしいとは思わない。どうして黒髪で隠していたのかは、気になるけど……」
「それは……」
ここで話すには、人目が多い。アリナやヴィクトルは知っているからいいとしても、他の人たちに聞かれるのは困る。
「馬車に乗ろう」
リシェリアの様子で察したルーカスにより、場所を変えて話すことになった。
馬車に乗る前、アリナが頑張れと応援するようにガッツポーズしていたり、やれやれとした様子のヴィクトルのことが目に入ったけれど。
そして馬車に乗って、王宮に向かう道すがら、リシェリアはルーカスにすべて話した。
リシェリアには前世の記憶があり、ここはその前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であること。
ゲームでリシェリアは悪役令嬢として断罪される運命で、それを回避するために、地味な格好で目立たないように生きると決めたことを。
話すのにどれだけ時間がかかったのかはわからない。無言で聞いていたルーカスが沈黙の後、静かに頷きながら口を開くまで、リシェリアはいつ糾弾されるのかと恐れていた。
だけどルーカスの口から出てきたのは疑問だった。
「ゲームのおれは、どうしてリシェリアとの婚約を破棄したんだ?」
「それはヒロインを好きになって、そのヒロインを悪役令嬢が虐めていたからです」
「……そうか。こんなにかわいいリシェリアのことを手放すなんて、ゲームのおれは見る目がないんだね」
「かわっ」
突然褒められて顔が熱くなるが、咳ばらいをして誤魔化す。
「そうやって赤くなるのも、かわいいよ」
「からかわないでください!」
「からかってない。本音だ」
「……っ」
ますます反応に困る。ルーカスはいつから自分のことが好きなのだろうか。
そんなことが気になるが、それを聞いたらもう引っ込みが付かなくなりそうだ。
「とにかく。断罪されると私は高い確率で死ぬんです。その回避のために、この格好をしてました。そして……」
ぐっと息を詰めるように、リシェリアは言う。
「ルーカス様に婚約解消をしていただこうかと」
「……婚約解消?」
ルーカスの言葉の雰囲気が変わったような気がした。
眉を寄せたルーカスが、不穏な気配でこちらを見てくる。思わず図書室でのことが脳裏に思い浮かぶ。
「リシェリアは、そんなにも、おれのことが嫌い?」
「それは……っ」
悲し気な眼差しに、胸が震える。
「リシェリアがおれのことをなんとも思っていないのは知っているつもりだ。……でも、そんなに……おれと婚約解消したいほど、おれのことが嫌いなのか?」
「……っっ、そ、そんなことはありません!」
むしろ逆。ルーカスは前世の推しだけれど、それだけではない。
この世界で一緒に過ごすようになってから、彼への思いは常に募っていった。
その想いは叶うことはないと知りながらも。
悪役令嬢であるリシェリアがいくら願おうとも、ルーカスは冷たくも彼女との婚約を破棄して、悪役令嬢は破滅する運命にあるのだから。
そうならないように、死にたくなくて、ずっとこの気持ちを我慢していた。
でも、いまは……。隠す必要のない想いが、勢いよく口からついてでた。
「本当は、好きなんです!」
図書室で口づけされたのも、挨拶をされたのも、馬車や芸術祭の時にされたのも。
すべて、嫌ではなかった。
むしろその度に自分の気持ちが揺れてしまい、好きになってはいけないと思っていたルーカスのことを、意識してしまうようになった。
それを隠すためにも、逃げるようになった。
「ずっとっ、それこそ、前世から、ずっと好きでした!」
「……リシェリア」
ルーカスの声にハッと正気に戻る。
口を押さえてルーカスを見ると、彼は大きく目を見開いていた。
「いま、おれのこと、好きって言った?」
「……い、言ってません、よ」
いくら何でも言い訳にならない言葉だ。でもエメラルドの瞳で見つめられると、つい逃げ腰になってしまう。
「言ってたよね?」
「それは……」
「言ってた。好きだって」
「……っ、そ、そうですよ!」
「それなら、両思いだ」
立ち上がったルーカスがリシェリアに近づいてくる。
「で、でも私は嘘を吐いていたんですよ?」
「おれは、リシェリアの髪色で好きになったんじゃない。リシェリアが黒髪だろうと銀髪だろうと、他のどんな髪色だろうと、この気持ちが変わることはない」
「……っ!?」
「リシェリアは、どう? おれの髪色が黒くなったら、嫌いになるのか?」
「なりません!」
どんな髪色だろうと、ルーカスはルーカスだ。気持ちが変わることはない。
(あ、そうなんだ)
その時、リシェリアは気づいた。
髪色に拘っていたのは自分だけだということに。
つい先ほども、ルーカスが助けに来た際、銀髪にもかかわらず彼は「リシェリア」と呼んで抱きしめてきた。
髪色が変わっても、彼はリシェリアのことを見失わなかった。
それがどんなに嬉しいことか、いまになって気づいた。
「ルーカス様」
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