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第一章 噂の『はつ恋おわらせ屋』
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赤目の女……!?
漫画やアニメでしか見たことのない瞳の色に困惑しつつ、すぐに「カラコンか」と思い至る。
姫華はコホン、と咳払いをして、「あの」と店員らしき女性に声をかけた。
「このお店、やっていますか?」
妖艶な雰囲気を纏う女性は姫華の質問を聞いて、ふっと微笑んだ。かと思うと、今度はにこっと溌剌とした笑みを浮かべて、初めて口を開く。
「お客さん、いらっしゃい! いやー、普段全然客なんて来んけん、びっくりしてごめんなさい。もちろんお店はやっとーよ」
上品な雰囲気に似合わず、快活で明るい喋り方に脳内がバグりそうになった。
しかも、タメ口だし。
なんだこの店員さん……と疑問を抱いたのも束の間、店員さんは「ここ、座り」とテーブル席を指差して言った。
「私は白石凪。『はつ恋おわらせ屋』の店主です。で、あなたの名前は?」
屈託のない喋り方で早速姫華に名前を聞いた店員——もとい、白石凪は緋色の瞳でじっと姫華を見つめてくる。
「し、東雲姫華です」
「姫華か。良い名前やね」
「……ありがとうございます」
名前を褒められるとは思っておらず、姫華は多少面食らいつつぺこりと頭を下げた。
「それで、姫華はうちに依頼しに来たとー?」
いきなりの名前呼びに若干戸惑いを見せつつ、姫華は「はい」と頷く。
「このお店が、忘れられない初恋を終わらせてくれるっていう噂がSNSで回ってて……。ちょっと信じられない気持ちではあるんですけど、もし本当なら試してもらえないかなと」
ここに来た経緯を静かに伝えた。凪は、「なるほど、なるほどー!」と大袈裟に頷いて、それからニュッとヘビが舌を出すようにしたり顔になった。
「もちろんその噂は本当ったい。嘘でこんな変な名前の店出すわけないけんね」
“変な店名”という自覚があるのか。
姫華は今日一番の驚きとともに、初対面のお客さんに対して距離感がバグっている凪のことをじっと見つめる。
緋色の瞳が水晶玉みたいにきれいで、思わずうっとりしてしまうほどだった。あとで、どこのメーカーのカラコンか聞いてみよう、と心に誓う。
「で、姫華は本当に初恋のことを忘れたい? 忘れるには儀式をする必要があるっちゃけど、まずはちゃんと意思確認からしとかんとね。あ、そんな身構えんでいいよ。儀式自体、たいしたことやないけん」
儀式? と頭の中では民族衣装を着た外国の人たちが祈りを捧げるようなシーンを想像しつつ、姫華は頷いた。
「はい、忘れたいです。初恋のことを忘れて、新しい恋に進みたいんです!」
姫華が思いの丈を叫ぶようにして伝えると、凪は「了解でーす」と軽い返事をした。
「じゃあ、儀式をするとしようか。と、その前に一つ、忠告しておくことがあります~」
「忠告?」
首を傾げる姫華に、凪はふふっと妖艶な笑みを浮かべながら続けた。
「この初恋を忘れるための儀式では、恋心を忘れるほかに、初恋の人そのものを忘れることになります。それでもいい?」
「初恋の人そのものを忘れる……?」
凪の説明に、姫華の思考がぴたりと止まる。
えっと、どういうこと?
このお店は「初恋を忘れて終わらせることができる」という噂が立っていた。だから、てっきり“初恋の気持ちを忘れる”のだと思っていたのだが、“初恋の人を忘れる”とは初耳だ。
「それって、記憶喪失になるってことですか?」
思いついたことを素直に口にする。凪は「うーん」と顎に手を添えて唸った。
「記憶喪失とはちょっと違うけど、まあ解釈的にはそういうことかな。初恋の人に関するすべてを忘れるったい。その人と言葉を交わしたこと、一緒に過ごした時間、すべてをね。やけん、もしこの儀式のあとにその初恋の人に会ったら、姫華はその人のことを初対面の人だと思うってわけ」
「初対面の人……」
そういうことか。凪の話を聞いてなんとなく状況は理解できた。でも、初恋の人を忘れてしまうメカニズムについてはちっとも理解できない。そもそも儀式を科学的に解釈しようとしているのが間違いなのか。
姫華が仁への気持ちを終わらせたいという気持ちは本物だ。だからこそ、中途半端な状態で恋心だけ終わらせるより、仁そのものを忘れられたほうがある意味で楽なのかもしれない。
仁と過ごした数々の日々を思い出すと、胸がつんと疼く。
忘れちゃうんだ。
仁が初めて自分に笑いかけてくれた瞬間、初めて言葉を交わした日、すべての記憶がなくなってしまう。想像するととても寂しい気持ちに襲われた。
でも。
「前を向くって決めたから」
胸に秘めた決意をしっかりと口にする。
そうだ。私はここで初恋を終わらせて、新たな未来へ進むのだ。そのために、儀式をやってもらいたい。
姫華は凪の緋色の瞳をしっかりと見つめながら、「お願いします」と口にする。
凪はニタリと笑って「分かりました、お客様」と仰々しく応答した。
漫画やアニメでしか見たことのない瞳の色に困惑しつつ、すぐに「カラコンか」と思い至る。
姫華はコホン、と咳払いをして、「あの」と店員らしき女性に声をかけた。
「このお店、やっていますか?」
妖艶な雰囲気を纏う女性は姫華の質問を聞いて、ふっと微笑んだ。かと思うと、今度はにこっと溌剌とした笑みを浮かべて、初めて口を開く。
「お客さん、いらっしゃい! いやー、普段全然客なんて来んけん、びっくりしてごめんなさい。もちろんお店はやっとーよ」
上品な雰囲気に似合わず、快活で明るい喋り方に脳内がバグりそうになった。
しかも、タメ口だし。
なんだこの店員さん……と疑問を抱いたのも束の間、店員さんは「ここ、座り」とテーブル席を指差して言った。
「私は白石凪。『はつ恋おわらせ屋』の店主です。で、あなたの名前は?」
屈託のない喋り方で早速姫華に名前を聞いた店員——もとい、白石凪は緋色の瞳でじっと姫華を見つめてくる。
「し、東雲姫華です」
「姫華か。良い名前やね」
「……ありがとうございます」
名前を褒められるとは思っておらず、姫華は多少面食らいつつぺこりと頭を下げた。
「それで、姫華はうちに依頼しに来たとー?」
いきなりの名前呼びに若干戸惑いを見せつつ、姫華は「はい」と頷く。
「このお店が、忘れられない初恋を終わらせてくれるっていう噂がSNSで回ってて……。ちょっと信じられない気持ちではあるんですけど、もし本当なら試してもらえないかなと」
ここに来た経緯を静かに伝えた。凪は、「なるほど、なるほどー!」と大袈裟に頷いて、それからニュッとヘビが舌を出すようにしたり顔になった。
「もちろんその噂は本当ったい。嘘でこんな変な名前の店出すわけないけんね」
“変な店名”という自覚があるのか。
姫華は今日一番の驚きとともに、初対面のお客さんに対して距離感がバグっている凪のことをじっと見つめる。
緋色の瞳が水晶玉みたいにきれいで、思わずうっとりしてしまうほどだった。あとで、どこのメーカーのカラコンか聞いてみよう、と心に誓う。
「で、姫華は本当に初恋のことを忘れたい? 忘れるには儀式をする必要があるっちゃけど、まずはちゃんと意思確認からしとかんとね。あ、そんな身構えんでいいよ。儀式自体、たいしたことやないけん」
儀式? と頭の中では民族衣装を着た外国の人たちが祈りを捧げるようなシーンを想像しつつ、姫華は頷いた。
「はい、忘れたいです。初恋のことを忘れて、新しい恋に進みたいんです!」
姫華が思いの丈を叫ぶようにして伝えると、凪は「了解でーす」と軽い返事をした。
「じゃあ、儀式をするとしようか。と、その前に一つ、忠告しておくことがあります~」
「忠告?」
首を傾げる姫華に、凪はふふっと妖艶な笑みを浮かべながら続けた。
「この初恋を忘れるための儀式では、恋心を忘れるほかに、初恋の人そのものを忘れることになります。それでもいい?」
「初恋の人そのものを忘れる……?」
凪の説明に、姫華の思考がぴたりと止まる。
えっと、どういうこと?
このお店は「初恋を忘れて終わらせることができる」という噂が立っていた。だから、てっきり“初恋の気持ちを忘れる”のだと思っていたのだが、“初恋の人を忘れる”とは初耳だ。
「それって、記憶喪失になるってことですか?」
思いついたことを素直に口にする。凪は「うーん」と顎に手を添えて唸った。
「記憶喪失とはちょっと違うけど、まあ解釈的にはそういうことかな。初恋の人に関するすべてを忘れるったい。その人と言葉を交わしたこと、一緒に過ごした時間、すべてをね。やけん、もしこの儀式のあとにその初恋の人に会ったら、姫華はその人のことを初対面の人だと思うってわけ」
「初対面の人……」
そういうことか。凪の話を聞いてなんとなく状況は理解できた。でも、初恋の人を忘れてしまうメカニズムについてはちっとも理解できない。そもそも儀式を科学的に解釈しようとしているのが間違いなのか。
姫華が仁への気持ちを終わらせたいという気持ちは本物だ。だからこそ、中途半端な状態で恋心だけ終わらせるより、仁そのものを忘れられたほうがある意味で楽なのかもしれない。
仁と過ごした数々の日々を思い出すと、胸がつんと疼く。
忘れちゃうんだ。
仁が初めて自分に笑いかけてくれた瞬間、初めて言葉を交わした日、すべての記憶がなくなってしまう。想像するととても寂しい気持ちに襲われた。
でも。
「前を向くって決めたから」
胸に秘めた決意をしっかりと口にする。
そうだ。私はここで初恋を終わらせて、新たな未来へ進むのだ。そのために、儀式をやってもらいたい。
姫華は凪の緋色の瞳をしっかりと見つめながら、「お願いします」と口にする。
凪はニタリと笑って「分かりました、お客様」と仰々しく応答した。
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