11 / 31
第二章 長すぎた初恋
2-2
しおりを挟む
***
姫華が『はつ恋おわらせ屋』を訪れてから二週間が経った。
五月もあと一週間というところ、凪は『はつ恋おわらせ屋』の中央のテーブル席に座り、『白蛇の鱗』を丁寧に磨いている。姫華はあれから、学校終わりや休日に事あるごとに凪の元へ訪れていた。
月曜日の今日も、学校帰りにお店にやってきたというわけだ。
「でさー、今日は智咲が中学時代の友達と男女でカラオケ行くから、姫華も来なよって誘われたんだけど、なんか行く気が起きなくて~。“新しい出会いあるかもよ”って言われたっちゃけどねえ……。いくら親友の友達でも、知らん人と一緒にカラオケって行ける!? それに私、もうキラキラ女子高生装うのやめたし。大勢でカラオケって正直苦手なんよ」
凪の斜め向かいの席に座る姫華は、ぐちぐちと学校の友達との出来事を話す。凪は「へえ」とか「そっか~」とか適当な相槌を打つ。これが最近の凪と姫華の日常だ。凪は姫華の話を聞いていないようで、実はちゃんと頭の中で整理して聞いている。姫華もそんな凪のことを信頼してるので、日常のことや勉強のことまでいろいろな相談を凪にしてくるのだ。
「苦手なら行かなくて正解やん。それよりさ、姫華が好きな漫画やアニメの話聞かせてよ」
『白蛇の鱗』を磨き終わった凪がぱっと明るい表情で姫華に話しかける。自分の興味のある話題を振られた姫華は途端に胸が弾んで、「ふふん」と得意げに語りだす。
「最近ハマってるのはね、『おれの青春戦争』っていうアニメ! “青春”したいっていう男の子が主人公なんやけど、彼が好きな子に告ったり友達から遊びに誘われたりした時に邪魔をする“あやかし”が現れるの。そのあやかしと“青春”をかけて闘いが繰り広げられるっていう内容。コミカルだし青春っぽいことをできない高校生の叫びみたいなのが詰まってて面白いっちゃんね~」
自分の好きなものを嬉々として語り出した姫華を見て、凪は楽しい気持ちになる。凪が興味津々で姫華の話を聞くので、姫華はいつも好きなものを語るのをやめられなくなってしまうのだ。
「でね、毎回出てくるあやかしも——」
続きを話そうとしたところで、『はつ恋おわらせ屋』の扉がギイっと開かれて、「失礼しまぁす」というか細い女の人の声が響いた。
凪と姫華が同時に入り口のほうに視線を向ける。そこには、フリフリのレースの桃色ワンピースを着て、髪の毛をメイド風にツインテールにした二十代前半ぐらいの女性が立っていた。令和の時代では見ない格好だな、と凪は不思議がる。姫華が「この時代にもまだいたんだ」とつぶやくのを聞いて、凪はそういうものかと納得する。
「あのぉ、ここで初恋を終わらせてくれるって聞いたっちゃけどぉ」
ねばっこい喋り方をするその女性に、臆することなく凪が「はい、そうやけど」といつものタメ口で答える。
「ねえ、それって“推し”の相手でもいいと?」
「推し……?」
凪の頭の上に「?」が浮かぶ。見かねた姫華が「芸能人とかアイドルとか漫画アニメのキャラクターで特に好きだって思っている人のことだよ」と耳打ちする。凪には時々こういう常識的な知識がないことがあり、この二週間で姫華はそのことに気づいていた。
姫華の説明を聞いて、凪は「なるほど」と頷いた。
「初恋の相手なら誰でもいいよ。でも、初恋を終わらせたらその人のことは完全に忘れるけど、それでもよか?」
『はつ恋おわらせ屋』で依頼を受ける際、凪は必ずこの質問をする。姫華も確認されたことだ。大事なことなので、この説明なしに儀式を執り行うことはできないのだ。
凪の問いかけに、ゴスロリの女の子は「えっ」と目を丸くする。
「推しのこと忘れると……? え~それはやだ!」
どうやらこの女性は単純に推しに初恋をしてしまったから、その恋する気持ちを終わらせたかっただけで、推しのことを忘れるという条件は受け入れられなかったらしい。
途端に張り詰めたような表情になって、くるりと踵を返した。
「推しのことを思うと苦しくて苦しくて仕方がなくて、ここならなんとかしてくれると思っとったのにっ! 忘れるなんて聞いてなかった! さよならっ」
ぴしゃり、と勢いよく扉が閉められると、静かな室内にきんきんと響いていた女性の声がまだ残っているかのような錯覚に陥った。
「……なんだか勝手やね」
姫華が思ったことをボソリとつぶやく。
さっきの女性は、『はつ恋おわらせ屋』のルールも知らないで、「なんとかしてくれると思って」と勝手に期待をして、初恋の人を忘れるという条件があると知ると、裏切られた気分になって怒って出て行ってしまったのだ。
「しゃーないよ。初恋の人を忘れちゃうって言われて尻込みせんのは姫華ぐらいやろ」
「え、何よその言い方~。まるで私が変わり者みたいやんか」
「姫華は変わり者やって。私みたいな“シロヘビ”と仲良くしてくれるっちゃもん」
凪がそう言いながら、シロヘビの赤い舌をペロリと出した。
けなされているようだけれど、褒められているような気分にもなって、姫華は照れくさい気持ちになった。
「でも確かに、初恋の人を忘れるのは大丈夫やったとして、凪さんがシロヘビになった姿見て逃げ出した人もおるやろ。私の後に依頼受けた人っておると?」
「おらんねえ」
凪はなんでもないことのように、にひひと笑いながら答える。「そうやと思った」と、呆れながら、姫華はスマホでXの画面を開いた。
検索窓に「博多 初恋 おわらせ屋」と適当なワードを打ち込む。その姿を、凪は純粋なまなざしでじっと見つめていた。
姫華が『はつ恋おわらせ屋』を訪れてから二週間が経った。
五月もあと一週間というところ、凪は『はつ恋おわらせ屋』の中央のテーブル席に座り、『白蛇の鱗』を丁寧に磨いている。姫華はあれから、学校終わりや休日に事あるごとに凪の元へ訪れていた。
月曜日の今日も、学校帰りにお店にやってきたというわけだ。
「でさー、今日は智咲が中学時代の友達と男女でカラオケ行くから、姫華も来なよって誘われたんだけど、なんか行く気が起きなくて~。“新しい出会いあるかもよ”って言われたっちゃけどねえ……。いくら親友の友達でも、知らん人と一緒にカラオケって行ける!? それに私、もうキラキラ女子高生装うのやめたし。大勢でカラオケって正直苦手なんよ」
凪の斜め向かいの席に座る姫華は、ぐちぐちと学校の友達との出来事を話す。凪は「へえ」とか「そっか~」とか適当な相槌を打つ。これが最近の凪と姫華の日常だ。凪は姫華の話を聞いていないようで、実はちゃんと頭の中で整理して聞いている。姫華もそんな凪のことを信頼してるので、日常のことや勉強のことまでいろいろな相談を凪にしてくるのだ。
「苦手なら行かなくて正解やん。それよりさ、姫華が好きな漫画やアニメの話聞かせてよ」
『白蛇の鱗』を磨き終わった凪がぱっと明るい表情で姫華に話しかける。自分の興味のある話題を振られた姫華は途端に胸が弾んで、「ふふん」と得意げに語りだす。
「最近ハマってるのはね、『おれの青春戦争』っていうアニメ! “青春”したいっていう男の子が主人公なんやけど、彼が好きな子に告ったり友達から遊びに誘われたりした時に邪魔をする“あやかし”が現れるの。そのあやかしと“青春”をかけて闘いが繰り広げられるっていう内容。コミカルだし青春っぽいことをできない高校生の叫びみたいなのが詰まってて面白いっちゃんね~」
自分の好きなものを嬉々として語り出した姫華を見て、凪は楽しい気持ちになる。凪が興味津々で姫華の話を聞くので、姫華はいつも好きなものを語るのをやめられなくなってしまうのだ。
「でね、毎回出てくるあやかしも——」
続きを話そうとしたところで、『はつ恋おわらせ屋』の扉がギイっと開かれて、「失礼しまぁす」というか細い女の人の声が響いた。
凪と姫華が同時に入り口のほうに視線を向ける。そこには、フリフリのレースの桃色ワンピースを着て、髪の毛をメイド風にツインテールにした二十代前半ぐらいの女性が立っていた。令和の時代では見ない格好だな、と凪は不思議がる。姫華が「この時代にもまだいたんだ」とつぶやくのを聞いて、凪はそういうものかと納得する。
「あのぉ、ここで初恋を終わらせてくれるって聞いたっちゃけどぉ」
ねばっこい喋り方をするその女性に、臆することなく凪が「はい、そうやけど」といつものタメ口で答える。
「ねえ、それって“推し”の相手でもいいと?」
「推し……?」
凪の頭の上に「?」が浮かぶ。見かねた姫華が「芸能人とかアイドルとか漫画アニメのキャラクターで特に好きだって思っている人のことだよ」と耳打ちする。凪には時々こういう常識的な知識がないことがあり、この二週間で姫華はそのことに気づいていた。
姫華の説明を聞いて、凪は「なるほど」と頷いた。
「初恋の相手なら誰でもいいよ。でも、初恋を終わらせたらその人のことは完全に忘れるけど、それでもよか?」
『はつ恋おわらせ屋』で依頼を受ける際、凪は必ずこの質問をする。姫華も確認されたことだ。大事なことなので、この説明なしに儀式を執り行うことはできないのだ。
凪の問いかけに、ゴスロリの女の子は「えっ」と目を丸くする。
「推しのこと忘れると……? え~それはやだ!」
どうやらこの女性は単純に推しに初恋をしてしまったから、その恋する気持ちを終わらせたかっただけで、推しのことを忘れるという条件は受け入れられなかったらしい。
途端に張り詰めたような表情になって、くるりと踵を返した。
「推しのことを思うと苦しくて苦しくて仕方がなくて、ここならなんとかしてくれると思っとったのにっ! 忘れるなんて聞いてなかった! さよならっ」
ぴしゃり、と勢いよく扉が閉められると、静かな室内にきんきんと響いていた女性の声がまだ残っているかのような錯覚に陥った。
「……なんだか勝手やね」
姫華が思ったことをボソリとつぶやく。
さっきの女性は、『はつ恋おわらせ屋』のルールも知らないで、「なんとかしてくれると思って」と勝手に期待をして、初恋の人を忘れるという条件があると知ると、裏切られた気分になって怒って出て行ってしまったのだ。
「しゃーないよ。初恋の人を忘れちゃうって言われて尻込みせんのは姫華ぐらいやろ」
「え、何よその言い方~。まるで私が変わり者みたいやんか」
「姫華は変わり者やって。私みたいな“シロヘビ”と仲良くしてくれるっちゃもん」
凪がそう言いながら、シロヘビの赤い舌をペロリと出した。
けなされているようだけれど、褒められているような気分にもなって、姫華は照れくさい気持ちになった。
「でも確かに、初恋の人を忘れるのは大丈夫やったとして、凪さんがシロヘビになった姿見て逃げ出した人もおるやろ。私の後に依頼受けた人っておると?」
「おらんねえ」
凪はなんでもないことのように、にひひと笑いながら答える。「そうやと思った」と、呆れながら、姫華はスマホでXの画面を開いた。
検索窓に「博多 初恋 おわらせ屋」と適当なワードを打ち込む。その姿を、凪は純粋なまなざしでじっと見つめていた。
7
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。
いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜
こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。
傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。
そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。
フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら?
「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」
ーーどうやら、かなり愛されていたようです?
※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱
※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる