博多はつ恋おわらせ屋〜シロヘビさんの幸運結び〜

葉方萌生

文字の大きさ
17 / 31
第二章 長すぎた初恋

2-8

しおりを挟む
***

 光一が彼女、浜崎瞳と出会ったのは、新卒で入社した大手不動産会社の新入社員研修の時だ。その年に採用された三十人の同期が、東京の本社で一斉に研修を受けることになった。
 光一の地元は福岡だが、同期の仲間たちは関東や関西出身者が多かった。
 そんな中、唯一同じ福岡出身だという瞳に興味を持つのも時間の問題だった。

「ねえ、浜崎さんは福岡出身なん?」

「うん、そうやけど。もしかして黒田くんも?」

「そう! 良かった~。同郷の人がいて、なんか安心した」

「ふふ、それ私も一緒。東京の人たちの話についていけるか不安やったけん、黒田くんと話せて嬉しい」

 黒髪ロングヘアの瞳は、控えめな笑みを浮かべる。その笑顔が愛らしく、光一は一目で恋に落ちてしまった。

(浜崎さん、笑顔がめっちゃ可愛い)

同郷だからという点はもちろんだが、さらさらの長く美しい髪の毛や、白い肌、ぷっくりと艶のある唇、控えめな話し方が光一の好みにぴったりとはまっていた。

 東京での新人研修は一ヶ月間だった。基本的には先輩たちの営業について回るOJT研修がほとんどだったので、仕事中に同期の仲間と話すことはあまりなかった。その代わり、夜は同期だけで飲み会を開いて、みんなで辛い研修を乗り越えた。

 そして、一ヶ月間の研修が終わると、全員の配属先が決まった。

「浜崎さん、俺、福岡支社配属やった。浜崎さんは?」

 それぞれの配属先は社長から直接伝えられる。緊張しながら、光一が瞳にそう尋ねると、瞳は目を丸くして驚いたあと、はらりと頬を綻ばせた。

「私も。福岡支社の営業部」

「え、そうなん? 俺も、営業部」

「わ、それじゃあ私たち同じ支社の同じ部署ってことやね。同期が誰もいなかったらどうしようって不安やったけん、嬉しいっ」

 心底安心した様子で笑う瞳がとても愛しくて、光一は思わず抱きしめたくなった。
 が、さすがにオフィス内でそんなことをするわけにもいかないし、第一彼女に触れられるはずがない。
 それでも、光一の胸の中ではどんどん喜びが膨らんでいた。

 浜崎さんと同じ支社、同じ部署だって?
 そんな最高なことがあるのか。
 神様が自分に味方をしてくれたとしか思えない。同期の中で、福岡出身だったのが自分と瞳だけだというのは光一も知っていたが、配属先まで同じだとは夢にも思っていなかった。

「俺も、めちゃくちゃ嬉しい」

 感じたことがそのまま口からあふれ出た。瞳ははっと光一を見つめたあと、ほんのりと頬を赤く染めた。

「よろしくね、光一くん」

 初めてそう、自分のことを瞳が名前で呼んでくれた日のことは、たぶん一生忘れられないだろう。光一の胸が、陽気なひだまりの中で、ぽかぽかと温まっていく。

「こちらこそ、よろしく。——瞳ちゃん」

 名前では呼ばれるのは嫌かなと一瞬思ったが、瞳が嫌な顔ひとつせず、はっとその瞳を揺らしたので、光一はちょっぴり照れくさかった。
 それでも、これから同じ場所で彼女と一緒に働けると思うと、これからの人生がバラ色に染まっていくような心地がした。


 福岡支社には全部で百人ほどの従業員がいた。
 ほどよい数だな、と光一は思う。
 その中で、新入社員は自分と瞳の二人だけ。営業部の先輩たちは、光一たちのことを大いに可愛がってくれた。九州出身の社員が多いけれど、中にはそうでない人ももちろんいる。新人に限った話で言えば、光一と瞳が福岡出身だから、福岡支社に配属されたのは自明のことだった。

「どう? こっちでの仕事は」

「ちょっとずつ慣れてきたかな。やっぱり、住み慣れた環境で仕事ができるのはいいよね」

 福岡支社に配属されて一ヶ月が経った。
 光一は金曜日の晩に瞳を誘って二人で居酒屋に飲みに来ていた。
 光一も瞳もビールジョッキを手に、仕事や先輩たちの話で盛り上がる。あの先輩とあの先輩が付き合っているとか、あの二人は元恋人同士だとか、そういうネタもすでにキャッチしていた。営業の仕事は東京でのOJT研修と同じように、先輩に一日同行するというものが多く、営業車の中で担当の先輩と長時間二人きりになる。そこで始まるのが社内恋愛のネタであることも多々あった。

「社内恋愛か~。なんか、健全だけど別れたあとが大変そう」

 頬を赤くした瞳がぷはっとビールを飲みながらぼやく。光一は、瞳の恋愛観を聞いたのがこの時初めてだったので、じっと彼女の言葉に耳を傾けてしまう。

「でも、憧れではある……かも。社内恋愛したら、毎日仕事に行くのが楽しくなるんだろうな」

 仕事に行くのが楽しくなる、というところで、彼女が光一の目とちらりと一瞥した。

「俺はもう、楽しくなっとるけどな」

 完全にお酒の力を借りていた。
 目の前の瞳は目をぱちくりと瞬かせる。
 そして、ゆっくりと口角が上がって、「……私も」と囁くようにつぶやく。

「楽しい……かも」

 気持ちを突き合わせるような小さな会話に、光一の胸は思わず踊ってしまっていた。
 二人でふふっと笑みをこぼして見つめ合う。きっと今、瞳は自分と同じことを考えているだろうと光一は確信していた。

「あのさ、瞳ちゃん」

 お酒の力だってなんだっていい。
 この恋を前に押し進められるなら。

 光一は再びビールをごくりと一口飲んで、瞳の目をじっと見つめた。

「今度、俺とデートしない?」

 一世一代の、勇気を出して誘った。
 なぜなら光一には交際経験がなかったから。
 それどころか、この年まで誰かを好きになったことがなかった。
 誰にも言えない秘密である。
 瞳が光一にとって、初恋の人だった。

「うん、ぜひ」

 瞳の快い返事を聞いて、光一はほっと安堵する。

「ありがとう! じゃあ早速、日程と行き先決めよ」

「そうやね。いつが空いてる? 私は——」

 気持ちが重なり合う予感がして、それからのデートの予定を考える時間は最高に楽しかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...