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第二章 長すぎた初恋
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初めてのデートは水族館だった。
子どもの頃から何度も来たことのある場所だったが、新しくリニューアルしたエリアが多く、十分楽しめた。瞳が「わあ、かわいいっ!」と何度も目をきらきらさせて、それこそ子どものようにはしゃぐ無邪気な姿を見て、光一はぽっと胸が温かくなるのを感じた。
二度目のデートは海。
海と言っても泳ぐのではなく、砂浜から海を眺めて、波打ち際を歩いていった。瞳がスカートの裾を持ち上げて濡れないようにゆっくり歩いている姿が微笑ましいと思った。
普段は暗いなと思っていた日本海側の海も、その時ばかりは明るい陽光に照らされて水面がきらきらと光の粒であふれていた。
そして、三度目のデート。
ちょっと遠くへ行ってみようということで、北九州市にある門司港を訪れた。レトロな港の風景が広がっていて、土産物屋や名物のカレードリア屋さんを見ては、ちょっとした観光気分に浸れた。そこで光一は瞳とカレードリアを食べ、散歩し、カフェで休憩し、夕方ごろ展望タワーに上った。
「わあ、めっちゃ綺麗やん!」
海に沈んでいく夕日を見ながら、瞳が歓声を上げる。なんと、瞳は門司港に来たのも初めてだった。光一は昔この展望タワーにも上ったことがあったけれど、好きな人と二人きりで見渡す北九州の街並みや橙色に煌めく海の景色は格別だった。
今だ。
今しかチャンスはない!
目の前に広がる圧巻の景色に感動している瞳に向かって、光一はすっと息を吸った。
「俺、瞳ちゃんのことが好きだ。俺と……付き合ってください」
景色に見入っていたはずの瞳の背中がぴくんと揺れて、一瞬固まった。
が、光一の言葉を確かめるように、風景ではなく、光一のほうへと視線を移す。
「もう……遅いって」
断られるのかと思ったが、瞳の目はいたずらっ子のように笑っていて、頬は膨れていた。
「えっと、それはOKってこと?」
「もちろん。私も光一くんのことが好きです」
照れたように答えつつ、「そもそもさ、好きじゃない人と三回もデートに行かんよー」と笑っていた。
そうか、じゃあもう少し早く告白しても良かったのか。
と、光一は内心反省したが、瞳が嬉しそうにしているので、今日伝えられて良かったと思った。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
まるで嫁入り前の娘のように恭しく頭を下げる瞳に、光一はドギマギしながら答える。そんな光一の姿が面白かったようで、瞳はまた「ふふっ」と笑みをこぼした。
「光一くんはさ、私のどこが好きなの?」
不意打ちで聞かれた質問に、光一は「えっ」と声を上げる。
「その、一目惚れ……です」
一目惚れ、という言葉を現実で口にすることになるとは思ってもいなかった。でも、瞳への気持ちは「どこが好き」というふうに具体的に好きな箇所を挙げられるようなものではなかった。気づいたら彼女を目で追っていたし、一度素敵だと思うと、彼女の一挙手一投足が輝いて見えた。実際に話してみると優しくて汚れのない感じがまた好感が持てて、これまで眠っていた光一の恋心をくすぐったのだ。
「一目惚れなんて、初めてされたかも……」
さすがに恥ずかしかったのか、瞳がそっと目を伏せる。
初めてと言うが、たぶん本人が知らないだけで、何度も一目惚れされているだろう。だってこんなに可愛らしくて、素敵な女性なんだから。
「逆にさ、瞳は俺のどこが好きなん?」
光一は純粋に気になっていたことを聞いた。
自分はともかく、瞳はどうして光一のことを好きになってくれたのか、疑問だった。
瞳は何度か目を瞬かせたあと、「それはね」と内緒話をするように微笑む。
「光一くんが、私をちゃんと“私”として見てくれるところかな」
「瞳として……?」
「うん。ちょっと重い話になるけど……うちさ、小学校の頃に姉が亡くなっとって。もちろん悲しかったし、私も両親もたくさん泣いた。でも私は、姉の分まで強く生きなきゃって思っとったんやけど……そんな私に、両親は姉のようになれと理想を押し付けたの」
ごくり、と光一は生唾を飲み込む。
聞いたことのない話だった。そもそも、瞳に姉がいたことも知らなかったし、亡くなっていたことも初耳だ。でも、瞳にとってとても大切な過去なのだと分かって、ちゃんと彼女の話を受け止めたくなった。
「姉は勉強も運動も優秀な子だったから、そんな姉を失って、ショックやったんやろ。私は何をしても軒並み凡人やったから。姉が亡くなってから、両親は一度も私を“瞳”と呼んでくれないの。姉は“葵”っていうんやけど、私は両親から“葵”って呼ばれてる。今もずっとね。……だから、当たり前かもしれないけど光一くんが私のこと“瞳ちゃん”って呼んでくれて、まっすぐに私を見てくれるのが嬉しい。ありがとうね」
話し終えると、切なげに瞳を揺らしてそっと瞼を伏せる。そんな瞳を見て、光一はたまらなくなって彼女を抱きしめた。瞳は「えっ」と驚いた様子だったが、すぐに受け入れて光一の背中に腕を回した。
「知らんかった。瞳ちゃんにそんな過去があったなんて。でも俺は、瞳ちゃんしか見てないから。辛かったな。瞳ちゃんはこれから、俺の隣で自分らしく生きればいい」
光一の言葉に、瞳の身体がぴくんと跳ねた。わなわなと身体を震わせて、小さな声で「うん」と頷いた。
光一の遅すぎる初恋は、こうして実を結んだ。
初恋は叶わないという。
だが、光一の初恋は両想いという最高の形で煌めき始めるのだった。
子どもの頃から何度も来たことのある場所だったが、新しくリニューアルしたエリアが多く、十分楽しめた。瞳が「わあ、かわいいっ!」と何度も目をきらきらさせて、それこそ子どものようにはしゃぐ無邪気な姿を見て、光一はぽっと胸が温かくなるのを感じた。
二度目のデートは海。
海と言っても泳ぐのではなく、砂浜から海を眺めて、波打ち際を歩いていった。瞳がスカートの裾を持ち上げて濡れないようにゆっくり歩いている姿が微笑ましいと思った。
普段は暗いなと思っていた日本海側の海も、その時ばかりは明るい陽光に照らされて水面がきらきらと光の粒であふれていた。
そして、三度目のデート。
ちょっと遠くへ行ってみようということで、北九州市にある門司港を訪れた。レトロな港の風景が広がっていて、土産物屋や名物のカレードリア屋さんを見ては、ちょっとした観光気分に浸れた。そこで光一は瞳とカレードリアを食べ、散歩し、カフェで休憩し、夕方ごろ展望タワーに上った。
「わあ、めっちゃ綺麗やん!」
海に沈んでいく夕日を見ながら、瞳が歓声を上げる。なんと、瞳は門司港に来たのも初めてだった。光一は昔この展望タワーにも上ったことがあったけれど、好きな人と二人きりで見渡す北九州の街並みや橙色に煌めく海の景色は格別だった。
今だ。
今しかチャンスはない!
目の前に広がる圧巻の景色に感動している瞳に向かって、光一はすっと息を吸った。
「俺、瞳ちゃんのことが好きだ。俺と……付き合ってください」
景色に見入っていたはずの瞳の背中がぴくんと揺れて、一瞬固まった。
が、光一の言葉を確かめるように、風景ではなく、光一のほうへと視線を移す。
「もう……遅いって」
断られるのかと思ったが、瞳の目はいたずらっ子のように笑っていて、頬は膨れていた。
「えっと、それはOKってこと?」
「もちろん。私も光一くんのことが好きです」
照れたように答えつつ、「そもそもさ、好きじゃない人と三回もデートに行かんよー」と笑っていた。
そうか、じゃあもう少し早く告白しても良かったのか。
と、光一は内心反省したが、瞳が嬉しそうにしているので、今日伝えられて良かったと思った。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
まるで嫁入り前の娘のように恭しく頭を下げる瞳に、光一はドギマギしながら答える。そんな光一の姿が面白かったようで、瞳はまた「ふふっ」と笑みをこぼした。
「光一くんはさ、私のどこが好きなの?」
不意打ちで聞かれた質問に、光一は「えっ」と声を上げる。
「その、一目惚れ……です」
一目惚れ、という言葉を現実で口にすることになるとは思ってもいなかった。でも、瞳への気持ちは「どこが好き」というふうに具体的に好きな箇所を挙げられるようなものではなかった。気づいたら彼女を目で追っていたし、一度素敵だと思うと、彼女の一挙手一投足が輝いて見えた。実際に話してみると優しくて汚れのない感じがまた好感が持てて、これまで眠っていた光一の恋心をくすぐったのだ。
「一目惚れなんて、初めてされたかも……」
さすがに恥ずかしかったのか、瞳がそっと目を伏せる。
初めてと言うが、たぶん本人が知らないだけで、何度も一目惚れされているだろう。だってこんなに可愛らしくて、素敵な女性なんだから。
「逆にさ、瞳は俺のどこが好きなん?」
光一は純粋に気になっていたことを聞いた。
自分はともかく、瞳はどうして光一のことを好きになってくれたのか、疑問だった。
瞳は何度か目を瞬かせたあと、「それはね」と内緒話をするように微笑む。
「光一くんが、私をちゃんと“私”として見てくれるところかな」
「瞳として……?」
「うん。ちょっと重い話になるけど……うちさ、小学校の頃に姉が亡くなっとって。もちろん悲しかったし、私も両親もたくさん泣いた。でも私は、姉の分まで強く生きなきゃって思っとったんやけど……そんな私に、両親は姉のようになれと理想を押し付けたの」
ごくり、と光一は生唾を飲み込む。
聞いたことのない話だった。そもそも、瞳に姉がいたことも知らなかったし、亡くなっていたことも初耳だ。でも、瞳にとってとても大切な過去なのだと分かって、ちゃんと彼女の話を受け止めたくなった。
「姉は勉強も運動も優秀な子だったから、そんな姉を失って、ショックやったんやろ。私は何をしても軒並み凡人やったから。姉が亡くなってから、両親は一度も私を“瞳”と呼んでくれないの。姉は“葵”っていうんやけど、私は両親から“葵”って呼ばれてる。今もずっとね。……だから、当たり前かもしれないけど光一くんが私のこと“瞳ちゃん”って呼んでくれて、まっすぐに私を見てくれるのが嬉しい。ありがとうね」
話し終えると、切なげに瞳を揺らしてそっと瞼を伏せる。そんな瞳を見て、光一はたまらなくなって彼女を抱きしめた。瞳は「えっ」と驚いた様子だったが、すぐに受け入れて光一の背中に腕を回した。
「知らんかった。瞳ちゃんにそんな過去があったなんて。でも俺は、瞳ちゃんしか見てないから。辛かったな。瞳ちゃんはこれから、俺の隣で自分らしく生きればいい」
光一の言葉に、瞳の身体がぴくんと跳ねた。わなわなと身体を震わせて、小さな声で「うん」と頷いた。
光一の遅すぎる初恋は、こうして実を結んだ。
初恋は叶わないという。
だが、光一の初恋は両想いという最高の形で煌めき始めるのだった。
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