18 / 31
第二章 長すぎた初恋
2-9
しおりを挟む
初めてのデートは水族館だった。
子どもの頃から何度も来たことのある場所だったが、新しくリニューアルしたエリアが多く、十分楽しめた。瞳が「わあ、かわいいっ!」と何度も目をきらきらさせて、それこそ子どものようにはしゃぐ無邪気な姿を見て、光一はぽっと胸が温かくなるのを感じた。
二度目のデートは海。
海と言っても泳ぐのではなく、砂浜から海を眺めて、波打ち際を歩いていった。瞳がスカートの裾を持ち上げて濡れないようにゆっくり歩いている姿が微笑ましいと思った。
普段は暗いなと思っていた日本海側の海も、その時ばかりは明るい陽光に照らされて水面がきらきらと光の粒であふれていた。
そして、三度目のデート。
ちょっと遠くへ行ってみようということで、北九州市にある門司港を訪れた。レトロな港の風景が広がっていて、土産物屋や名物のカレードリア屋さんを見ては、ちょっとした観光気分に浸れた。そこで光一は瞳とカレードリアを食べ、散歩し、カフェで休憩し、夕方ごろ展望タワーに上った。
「わあ、めっちゃ綺麗やん!」
海に沈んでいく夕日を見ながら、瞳が歓声を上げる。なんと、瞳は門司港に来たのも初めてだった。光一は昔この展望タワーにも上ったことがあったけれど、好きな人と二人きりで見渡す北九州の街並みや橙色に煌めく海の景色は格別だった。
今だ。
今しかチャンスはない!
目の前に広がる圧巻の景色に感動している瞳に向かって、光一はすっと息を吸った。
「俺、瞳ちゃんのことが好きだ。俺と……付き合ってください」
景色に見入っていたはずの瞳の背中がぴくんと揺れて、一瞬固まった。
が、光一の言葉を確かめるように、風景ではなく、光一のほうへと視線を移す。
「もう……遅いって」
断られるのかと思ったが、瞳の目はいたずらっ子のように笑っていて、頬は膨れていた。
「えっと、それはOKってこと?」
「もちろん。私も光一くんのことが好きです」
照れたように答えつつ、「そもそもさ、好きじゃない人と三回もデートに行かんよー」と笑っていた。
そうか、じゃあもう少し早く告白しても良かったのか。
と、光一は内心反省したが、瞳が嬉しそうにしているので、今日伝えられて良かったと思った。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
まるで嫁入り前の娘のように恭しく頭を下げる瞳に、光一はドギマギしながら答える。そんな光一の姿が面白かったようで、瞳はまた「ふふっ」と笑みをこぼした。
「光一くんはさ、私のどこが好きなの?」
不意打ちで聞かれた質問に、光一は「えっ」と声を上げる。
「その、一目惚れ……です」
一目惚れ、という言葉を現実で口にすることになるとは思ってもいなかった。でも、瞳への気持ちは「どこが好き」というふうに具体的に好きな箇所を挙げられるようなものではなかった。気づいたら彼女を目で追っていたし、一度素敵だと思うと、彼女の一挙手一投足が輝いて見えた。実際に話してみると優しくて汚れのない感じがまた好感が持てて、これまで眠っていた光一の恋心をくすぐったのだ。
「一目惚れなんて、初めてされたかも……」
さすがに恥ずかしかったのか、瞳がそっと目を伏せる。
初めてと言うが、たぶん本人が知らないだけで、何度も一目惚れされているだろう。だってこんなに可愛らしくて、素敵な女性なんだから。
「逆にさ、瞳は俺のどこが好きなん?」
光一は純粋に気になっていたことを聞いた。
自分はともかく、瞳はどうして光一のことを好きになってくれたのか、疑問だった。
瞳は何度か目を瞬かせたあと、「それはね」と内緒話をするように微笑む。
「光一くんが、私をちゃんと“私”として見てくれるところかな」
「瞳として……?」
「うん。ちょっと重い話になるけど……うちさ、小学校の頃に姉が亡くなっとって。もちろん悲しかったし、私も両親もたくさん泣いた。でも私は、姉の分まで強く生きなきゃって思っとったんやけど……そんな私に、両親は姉のようになれと理想を押し付けたの」
ごくり、と光一は生唾を飲み込む。
聞いたことのない話だった。そもそも、瞳に姉がいたことも知らなかったし、亡くなっていたことも初耳だ。でも、瞳にとってとても大切な過去なのだと分かって、ちゃんと彼女の話を受け止めたくなった。
「姉は勉強も運動も優秀な子だったから、そんな姉を失って、ショックやったんやろ。私は何をしても軒並み凡人やったから。姉が亡くなってから、両親は一度も私を“瞳”と呼んでくれないの。姉は“葵”っていうんやけど、私は両親から“葵”って呼ばれてる。今もずっとね。……だから、当たり前かもしれないけど光一くんが私のこと“瞳ちゃん”って呼んでくれて、まっすぐに私を見てくれるのが嬉しい。ありがとうね」
話し終えると、切なげに瞳を揺らしてそっと瞼を伏せる。そんな瞳を見て、光一はたまらなくなって彼女を抱きしめた。瞳は「えっ」と驚いた様子だったが、すぐに受け入れて光一の背中に腕を回した。
「知らんかった。瞳ちゃんにそんな過去があったなんて。でも俺は、瞳ちゃんしか見てないから。辛かったな。瞳ちゃんはこれから、俺の隣で自分らしく生きればいい」
光一の言葉に、瞳の身体がぴくんと跳ねた。わなわなと身体を震わせて、小さな声で「うん」と頷いた。
光一の遅すぎる初恋は、こうして実を結んだ。
初恋は叶わないという。
だが、光一の初恋は両想いという最高の形で煌めき始めるのだった。
子どもの頃から何度も来たことのある場所だったが、新しくリニューアルしたエリアが多く、十分楽しめた。瞳が「わあ、かわいいっ!」と何度も目をきらきらさせて、それこそ子どものようにはしゃぐ無邪気な姿を見て、光一はぽっと胸が温かくなるのを感じた。
二度目のデートは海。
海と言っても泳ぐのではなく、砂浜から海を眺めて、波打ち際を歩いていった。瞳がスカートの裾を持ち上げて濡れないようにゆっくり歩いている姿が微笑ましいと思った。
普段は暗いなと思っていた日本海側の海も、その時ばかりは明るい陽光に照らされて水面がきらきらと光の粒であふれていた。
そして、三度目のデート。
ちょっと遠くへ行ってみようということで、北九州市にある門司港を訪れた。レトロな港の風景が広がっていて、土産物屋や名物のカレードリア屋さんを見ては、ちょっとした観光気分に浸れた。そこで光一は瞳とカレードリアを食べ、散歩し、カフェで休憩し、夕方ごろ展望タワーに上った。
「わあ、めっちゃ綺麗やん!」
海に沈んでいく夕日を見ながら、瞳が歓声を上げる。なんと、瞳は門司港に来たのも初めてだった。光一は昔この展望タワーにも上ったことがあったけれど、好きな人と二人きりで見渡す北九州の街並みや橙色に煌めく海の景色は格別だった。
今だ。
今しかチャンスはない!
目の前に広がる圧巻の景色に感動している瞳に向かって、光一はすっと息を吸った。
「俺、瞳ちゃんのことが好きだ。俺と……付き合ってください」
景色に見入っていたはずの瞳の背中がぴくんと揺れて、一瞬固まった。
が、光一の言葉を確かめるように、風景ではなく、光一のほうへと視線を移す。
「もう……遅いって」
断られるのかと思ったが、瞳の目はいたずらっ子のように笑っていて、頬は膨れていた。
「えっと、それはOKってこと?」
「もちろん。私も光一くんのことが好きです」
照れたように答えつつ、「そもそもさ、好きじゃない人と三回もデートに行かんよー」と笑っていた。
そうか、じゃあもう少し早く告白しても良かったのか。
と、光一は内心反省したが、瞳が嬉しそうにしているので、今日伝えられて良かったと思った。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
まるで嫁入り前の娘のように恭しく頭を下げる瞳に、光一はドギマギしながら答える。そんな光一の姿が面白かったようで、瞳はまた「ふふっ」と笑みをこぼした。
「光一くんはさ、私のどこが好きなの?」
不意打ちで聞かれた質問に、光一は「えっ」と声を上げる。
「その、一目惚れ……です」
一目惚れ、という言葉を現実で口にすることになるとは思ってもいなかった。でも、瞳への気持ちは「どこが好き」というふうに具体的に好きな箇所を挙げられるようなものではなかった。気づいたら彼女を目で追っていたし、一度素敵だと思うと、彼女の一挙手一投足が輝いて見えた。実際に話してみると優しくて汚れのない感じがまた好感が持てて、これまで眠っていた光一の恋心をくすぐったのだ。
「一目惚れなんて、初めてされたかも……」
さすがに恥ずかしかったのか、瞳がそっと目を伏せる。
初めてと言うが、たぶん本人が知らないだけで、何度も一目惚れされているだろう。だってこんなに可愛らしくて、素敵な女性なんだから。
「逆にさ、瞳は俺のどこが好きなん?」
光一は純粋に気になっていたことを聞いた。
自分はともかく、瞳はどうして光一のことを好きになってくれたのか、疑問だった。
瞳は何度か目を瞬かせたあと、「それはね」と内緒話をするように微笑む。
「光一くんが、私をちゃんと“私”として見てくれるところかな」
「瞳として……?」
「うん。ちょっと重い話になるけど……うちさ、小学校の頃に姉が亡くなっとって。もちろん悲しかったし、私も両親もたくさん泣いた。でも私は、姉の分まで強く生きなきゃって思っとったんやけど……そんな私に、両親は姉のようになれと理想を押し付けたの」
ごくり、と光一は生唾を飲み込む。
聞いたことのない話だった。そもそも、瞳に姉がいたことも知らなかったし、亡くなっていたことも初耳だ。でも、瞳にとってとても大切な過去なのだと分かって、ちゃんと彼女の話を受け止めたくなった。
「姉は勉強も運動も優秀な子だったから、そんな姉を失って、ショックやったんやろ。私は何をしても軒並み凡人やったから。姉が亡くなってから、両親は一度も私を“瞳”と呼んでくれないの。姉は“葵”っていうんやけど、私は両親から“葵”って呼ばれてる。今もずっとね。……だから、当たり前かもしれないけど光一くんが私のこと“瞳ちゃん”って呼んでくれて、まっすぐに私を見てくれるのが嬉しい。ありがとうね」
話し終えると、切なげに瞳を揺らしてそっと瞼を伏せる。そんな瞳を見て、光一はたまらなくなって彼女を抱きしめた。瞳は「えっ」と驚いた様子だったが、すぐに受け入れて光一の背中に腕を回した。
「知らんかった。瞳ちゃんにそんな過去があったなんて。でも俺は、瞳ちゃんしか見てないから。辛かったな。瞳ちゃんはこれから、俺の隣で自分らしく生きればいい」
光一の言葉に、瞳の身体がぴくんと跳ねた。わなわなと身体を震わせて、小さな声で「うん」と頷いた。
光一の遅すぎる初恋は、こうして実を結んだ。
初恋は叶わないという。
だが、光一の初恋は両想いという最高の形で煌めき始めるのだった。
9
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜
こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。
傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。
そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。
フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら?
「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」
ーーどうやら、かなり愛されていたようです?
※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱
※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる