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第二章 長すぎた初恋
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会社のメンバーは光一と瞳の恋がすぐに終わるかもしれないと危惧していたが、意外にも光一たちは一年、二年、三年……と交際を続けていた。
途中、転勤で光一が四国で働くことになり遠距離恋愛をする羽目になったが、瞳は光一の理想の彼女として、離れた場所からでも、光一のことを想っていた。
光一は、いつか自分たちは結婚するのだろうと感じていた。
だが、思ったより四国での勤務期間が長く、二十八歳から三十一歳になる三年間を四国で過ごすことになった。その間、瞳が早く結婚したいのではないかとうずうずしていたが、「光一くんが戻ってくるまで、待ってるよ」としおらしく言ってくれた。
そして、ようやく四国から福岡へ再び転勤となった日。
瞳の元に帰ってきた光一は、いの一番に「同棲しよう」と伝えたのだ。
瞳は最初、目を丸くして言葉を失っている様子だった。
いつか、「もし結婚するなら、同棲をしてからにしたい」と瞳がはっきりとした意思を伝えたことがあったので、二人にとって、「同棲をする=結婚する」ということに他ならなかった。
「えっと……うん、同棲しよっか」
少しだけ戸惑ったあと、瞳はすん、と頷いてくれた。出会った頃と変わらない、黒髪のロングヘアが美しく、光一は思わず見入ってしまっていた。
だから、瞳が同棲に賛成してくれた時は心底嬉しく、飛び上がりたくなった。
「瞳~今日のご飯はなにー?」
「オムライスだよ。すぐ作るから待ってて」
晴れて、同棲を開始することになった光一と瞳。職場から二駅ほどの場所にある2LDKのマンションを借りた。周りの社員たちからは、「ついに結婚か」と冷やかしを受けた。光一は、「まだだって」と否定しつつも、内心はにひひ、と嬉しくて仕方がなかった。
「オムライスかぁ。好きなんだけど、最近洋食が続き過ぎやない?」
木曜日の夜、仕事が終わった光一と瞳は一緒に自宅へと帰ってきた。
すぐに台所に立つ瞳に、光一は声をかける。
「……そうやっけ?」
「うん。昨日はパスタで、その前はハンバーグでしょ」
「そっか。言われてみれば確かにそうかも。じゃあ、和食にする?」
「おう! 瞳が作ってくれる和食が一番好き」
「……ありがとう」
瞳は小さく肩を揺らし、エプロンをつけて光一の要望を叶えるべく、料理を始める。光一はダイニングテーブルでノートパソコンを立ち上げ、持ち帰りの仕事を済ませていた。
しばらくして、瞳が並べてくれた料理は、白ごはん、サバみりん、白菜ソテー、味噌汁、といった和食だった。光一はペロリと完食したが、瞳は疲れてあまり食べられなかった。
「瞳、めっちゃうまい。やっぱり瞳の作ってくれたご飯は最高やな」
「ありがとう。これからも頑張るね」
瞳が小さく微笑むと、光一は満足してビールをぐびぐびと飲んだ。
瞳も本来ならお酒を飲みたいところだが、疲れ過ぎて飲む気も起きなくなってしまっていた。
こうして二人の同棲生活は半年を迎えた。
光一は、時折瞳に料理や生活スタイルについてリクエストしつつ、瞳が光一の要望に合わせてくれる——そんな日常が続いた。
瞳は、料理のメニュー、掃除の仕方、インテリアの統一感など、同棲を始めてから光一の好みに合わせて頑張っていた。ちょっとばかり思うところがあっても、自分の意見を噛み殺して、光一の意見に合わせた。
瞳は結婚がしたかったのだ。
新卒から三十過ぎまで付き合った光一と。
なぜなら光一は、唯一自分を姉の“葵”ではなく、“瞳”として見てくれる男だったから。
多少の不満は、結婚生活にはつきものだ。
すでに結婚をしている大学時代の友達や、会社の先輩たちだって、ちょくちょく旦那さんや奥さんの愚痴を言っている。
だからちょっとやそっとの不満は、見て見ぬふりをするべきだ。
そう考えていたのだが、瞳はふと、隣ですやすやと眠る光一を眺めながら、自分がやっていることは本当に“正しい”のかと、疑念が生まれた。
友人や先輩たちも、結婚をする前から相手に不満を抱いていたのだろうか。
光一は本当に、私を“瞳”として見てくれているのだろうか。
付き合い始めてから今まで、光一は何かと瞳に自分の理想を押し付けてきた。
髪型も、服装も、仕草も、話し方も、今だって、生活スタイルや料理のこと、全部——。
本当は光一も、自分を一人の人間として尊重してくれていなかったのではないかと、疑念が生じてしまっていた。
一度疑いを覚えると、瞳の中で、みるみるうちに何かが決壊していく気配がした。
朝起きて、光一は瞳が夜中、どんな想いを抱いていたかなんて知るよしもなかった。
いつも通り、「おはよう」と寝ぼけ眼で言うと、瞳がどこか思い詰めたようなまなざしでじっと光一を見つめていた。
「ごめんなさい、光一くん。たぶんもう私たち、無理だと思う」
「え、え……? なんで……?」
朝日のまぶしさに思わず顔をしかめているところではなかった。瞳の口から発せられた信じられない一言を、自分の中で一つずつ噛み砕こうとする。でも、考えれば考えるほど、目の前が真っ暗になっていくような心地がしていた。
「私たち価値観が合わない気がして。これから一緒にいたら、たぶんどんどん苦しくなると思う。だから、ごめんなさい」
何を言われているのか、どうして瞳が頭を下げているのかもわからずに固まっている間に、瞳は押入れから大きなキャリーケースを引き出して、自分の荷物を詰めていった。その様子を、光一は呆然と眺める。
「じゃあね」
たった一言、それだけだった。
来月、三十二歳の瞳の誕生日にはプロポーズだってする予定だったのに。長年待たせてしまったから、盛大なサプライズだって用意していた。自分たちはその時、永遠の愛を誓い、幸せな夫婦になるのだと、信じて疑わなかった。
「俺は……俺はどこで間違ってしまったんだ……」
誰もいなくなった部屋で、ひとりごちる。
だけど、当たり前だが答えをくれる人はもういない。
混乱の最中、光一はこの時初めて、瞳と付き合ってからの我が身を振り返る。
長い間、瞳の優しさに甘えていて気づかなかった。
瞳が「いいよ」と笑うたびに、多大なストレスを抱えてしまっていたことを。
「俺は……馬鹿だな」
初恋の人だった。初恋の人と運命で結ばれて結婚すると信じてやまなかった。
だけど、自分の初恋は数年にわたる交際のうえ、こうして潰えてしまった。
光一は瞳以外の女性を知らない。
だから、瞳を失った光一は、ずっと瞳に囚われて、この先新たな恋なんて到底できやしないと思った。
途中、転勤で光一が四国で働くことになり遠距離恋愛をする羽目になったが、瞳は光一の理想の彼女として、離れた場所からでも、光一のことを想っていた。
光一は、いつか自分たちは結婚するのだろうと感じていた。
だが、思ったより四国での勤務期間が長く、二十八歳から三十一歳になる三年間を四国で過ごすことになった。その間、瞳が早く結婚したいのではないかとうずうずしていたが、「光一くんが戻ってくるまで、待ってるよ」としおらしく言ってくれた。
そして、ようやく四国から福岡へ再び転勤となった日。
瞳の元に帰ってきた光一は、いの一番に「同棲しよう」と伝えたのだ。
瞳は最初、目を丸くして言葉を失っている様子だった。
いつか、「もし結婚するなら、同棲をしてからにしたい」と瞳がはっきりとした意思を伝えたことがあったので、二人にとって、「同棲をする=結婚する」ということに他ならなかった。
「えっと……うん、同棲しよっか」
少しだけ戸惑ったあと、瞳はすん、と頷いてくれた。出会った頃と変わらない、黒髪のロングヘアが美しく、光一は思わず見入ってしまっていた。
だから、瞳が同棲に賛成してくれた時は心底嬉しく、飛び上がりたくなった。
「瞳~今日のご飯はなにー?」
「オムライスだよ。すぐ作るから待ってて」
晴れて、同棲を開始することになった光一と瞳。職場から二駅ほどの場所にある2LDKのマンションを借りた。周りの社員たちからは、「ついに結婚か」と冷やかしを受けた。光一は、「まだだって」と否定しつつも、内心はにひひ、と嬉しくて仕方がなかった。
「オムライスかぁ。好きなんだけど、最近洋食が続き過ぎやない?」
木曜日の夜、仕事が終わった光一と瞳は一緒に自宅へと帰ってきた。
すぐに台所に立つ瞳に、光一は声をかける。
「……そうやっけ?」
「うん。昨日はパスタで、その前はハンバーグでしょ」
「そっか。言われてみれば確かにそうかも。じゃあ、和食にする?」
「おう! 瞳が作ってくれる和食が一番好き」
「……ありがとう」
瞳は小さく肩を揺らし、エプロンをつけて光一の要望を叶えるべく、料理を始める。光一はダイニングテーブルでノートパソコンを立ち上げ、持ち帰りの仕事を済ませていた。
しばらくして、瞳が並べてくれた料理は、白ごはん、サバみりん、白菜ソテー、味噌汁、といった和食だった。光一はペロリと完食したが、瞳は疲れてあまり食べられなかった。
「瞳、めっちゃうまい。やっぱり瞳の作ってくれたご飯は最高やな」
「ありがとう。これからも頑張るね」
瞳が小さく微笑むと、光一は満足してビールをぐびぐびと飲んだ。
瞳も本来ならお酒を飲みたいところだが、疲れ過ぎて飲む気も起きなくなってしまっていた。
こうして二人の同棲生活は半年を迎えた。
光一は、時折瞳に料理や生活スタイルについてリクエストしつつ、瞳が光一の要望に合わせてくれる——そんな日常が続いた。
瞳は、料理のメニュー、掃除の仕方、インテリアの統一感など、同棲を始めてから光一の好みに合わせて頑張っていた。ちょっとばかり思うところがあっても、自分の意見を噛み殺して、光一の意見に合わせた。
瞳は結婚がしたかったのだ。
新卒から三十過ぎまで付き合った光一と。
なぜなら光一は、唯一自分を姉の“葵”ではなく、“瞳”として見てくれる男だったから。
多少の不満は、結婚生活にはつきものだ。
すでに結婚をしている大学時代の友達や、会社の先輩たちだって、ちょくちょく旦那さんや奥さんの愚痴を言っている。
だからちょっとやそっとの不満は、見て見ぬふりをするべきだ。
そう考えていたのだが、瞳はふと、隣ですやすやと眠る光一を眺めながら、自分がやっていることは本当に“正しい”のかと、疑念が生まれた。
友人や先輩たちも、結婚をする前から相手に不満を抱いていたのだろうか。
光一は本当に、私を“瞳”として見てくれているのだろうか。
付き合い始めてから今まで、光一は何かと瞳に自分の理想を押し付けてきた。
髪型も、服装も、仕草も、話し方も、今だって、生活スタイルや料理のこと、全部——。
本当は光一も、自分を一人の人間として尊重してくれていなかったのではないかと、疑念が生じてしまっていた。
一度疑いを覚えると、瞳の中で、みるみるうちに何かが決壊していく気配がした。
朝起きて、光一は瞳が夜中、どんな想いを抱いていたかなんて知るよしもなかった。
いつも通り、「おはよう」と寝ぼけ眼で言うと、瞳がどこか思い詰めたようなまなざしでじっと光一を見つめていた。
「ごめんなさい、光一くん。たぶんもう私たち、無理だと思う」
「え、え……? なんで……?」
朝日のまぶしさに思わず顔をしかめているところではなかった。瞳の口から発せられた信じられない一言を、自分の中で一つずつ噛み砕こうとする。でも、考えれば考えるほど、目の前が真っ暗になっていくような心地がしていた。
「私たち価値観が合わない気がして。これから一緒にいたら、たぶんどんどん苦しくなると思う。だから、ごめんなさい」
何を言われているのか、どうして瞳が頭を下げているのかもわからずに固まっている間に、瞳は押入れから大きなキャリーケースを引き出して、自分の荷物を詰めていった。その様子を、光一は呆然と眺める。
「じゃあね」
たった一言、それだけだった。
来月、三十二歳の瞳の誕生日にはプロポーズだってする予定だったのに。長年待たせてしまったから、盛大なサプライズだって用意していた。自分たちはその時、永遠の愛を誓い、幸せな夫婦になるのだと、信じて疑わなかった。
「俺は……俺はどこで間違ってしまったんだ……」
誰もいなくなった部屋で、ひとりごちる。
だけど、当たり前だが答えをくれる人はもういない。
混乱の最中、光一はこの時初めて、瞳と付き合ってからの我が身を振り返る。
長い間、瞳の優しさに甘えていて気づかなかった。
瞳が「いいよ」と笑うたびに、多大なストレスを抱えてしまっていたことを。
「俺は……馬鹿だな」
初恋の人だった。初恋の人と運命で結ばれて結婚すると信じてやまなかった。
だけど、自分の初恋は数年にわたる交際のうえ、こうして潰えてしまった。
光一は瞳以外の女性を知らない。
だから、瞳を失った光一は、ずっと瞳に囚われて、この先新たな恋なんて到底できやしないと思った。
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