博多はつ恋おわらせ屋〜シロヘビさんの幸運結び〜

葉方萌生

文字の大きさ
26 / 31
第三章 忘れても忘れない想い

3-2

しおりを挟む
***

 
 六月も下旬に差し掛かり、毎日のように梅雨の雨がしとしとと降り続いている。
 この時期、『はつ恋おわらせ屋』の前の路地を通りかかる人間は少ない。近くに屋根付きの川端商店街があるので、わざわざ屋根のない道を通ろうという人はいないのだろう。
 六月二十七日土曜日。
 今日も当たり前のようにお店に居座る姫華が、最近アニメ化してファンの数が急上昇している漫画、『路地裏探偵R』を読み耽っている。姫華はその漫画がアニメ化する前から熱烈なファンのようで、凪の前で、よれた表紙を何度も開いていた。

「なんかさー、アニメ化だの映画化だのって言ったら急に増えるにわかファンおるやん。古参ファンも、にわかファンに見えるのが嫌なんよ。昨日も学校でさ、男子に揶揄われたけんね。『東雲って案外ミーハーやな』って。違うって、ミーハーなのはむしろお前だろって言い返したかった」

「ミーハーねえ……」
 
 凪は基本的に、姫華のオタク談義を聞くのが好きだった。
 凪には分からない世界のことを、きらきらと目を輝かせて語ってくれる彼女の姿を見ていると、癒されるからだ。凪が実際に姫華の“推し”の漫画を読むことはないが、それでも好きなことに夢中になる姫華は純粋に可愛いと思うし、輝いて見えた。
 だから、普段はどんなに興味がない話でも、きちんと姫華の話を聞いて相槌を打つのが凪のモットーだ。それなのに、今日は——というか、光一が店を訪れてから、凪は心に隙間が空いているような感覚に襲われていた。SNSでの批判を見たせいではない。原因は、光一の初恋の記憶を見たことだった。

(あの時、光一の過去の話を自分ごとのように感じてしまった。なんでだろう。私は光一のことも相手の瞳のことも知らないはずなのに)

 堂々巡りの疑問が心の中で渦巻く。
 凪がずっと悩んでいることを、姫華もなんとなく察している様子だった。

「てか凪さん、今日も心ここにあらず? もしかして、恋?」

 予想の斜め上からとんでもない質問をぶつけてくる姫華に、凪は思わず「ないない」と右手を横に振った。

「そっかー。あやかしだもんね。あやかしが恋愛するって聞いたことないわ」

 姫華はどこか納得したふうに頷く。
 いや、納得ポイントはそこなのか、と凪は突っ込みたくなったが、やめておいた。

 姫華がまた漫画を読むのを再開し、凪が今月の帳簿をつけている最中、不意に店の扉がコンコンとノックされた。姫華がはっと漫画から扉のほうへ視線を移す。

「お客さんかな?」

 姫華の疑問の声を聞いた凪は、ゆっくりと扉のほうへと近づいた。

「いらっしゃいませ」

 心ここにあらずの状態の凪でも、お客さんが来たとなればはりきって接客するしかない。無理やりつくった笑顔を浮かべて扉を開いた。

「こんにちは。町内会のもんですけど」

 現れたのは、五十代ぐらいのいかつい顔をしたおじさん二人だった。ぱっと見で自然と身体が萎縮してしまう。着物姿で赤目の凪は、男臭い二人からすれば稀有な存在なんだろう。凪の姿をじろじろと見つめ、それから店の奥に座っている姫華のことも一瞥した。

「町内会……?」

 あまり口にすることのない言葉が頭を素通りする。『はつ恋おわらせ屋』の路地に立ち並ぶ店は基本的に一つの町内会に入っているのだが、凪は入会の連絡をしてから、ほとんど関わりを持たなかった。会費の支払いは定期的にしているものの、地域の美化活動や防災活動など、積極的に参加してこなかった。
 だから正直、凪にとってはほとんど馴染みのない団体である。

「はい。白石さんですよね。私は会長の牧原まきはら。こっちは副会長の原本はらもと。突然押しかけてすみませんね」

「すみません」と言いつつも「いえ」としか答えようがないぐらい、会長と副会長の二人から醸し出されるオーラには圧のようなものを感じられた。

「あの、会長さんと副会長さん、何の用? 会費ならちゃんと毎月払っとるよね?」

 凪はいつどんな人に対しても敬語は使わない。後ろで会話を聞いていた姫華は内心ひやひやしていたが、男性二人が凪の口調について咎めるようなことはなかった。

「会費のことじゃないんですよー。町内会からご相談……というか、お願いがあって来ました」

「はあ、お願いってなんの?」

「実はですね……大変言いにくいのですが、白石さんところの店をしばらくお休みしていただけないかというお願いです」

「休む?」

 先に反応したのは姫華だった。不穏なワードに、居ても立ってもいられなくなった姫華は椅子から立ち上がり、凪の隣に立つ。

「休むってどういうことですか?」

 咄嗟に返事ができない凪に代わり、姫華が食い気味に町内会の二人に訊く。

「しばらく営業を休止してほしい、ということですわ」

 遠回しな表現をしたら伝わらないと思ったのか、会長がはっきりと凪たちに要望を伝えた。愕然とする姫華。凪はパチパチと瞬きを繰り返し、どういうことなのか、理解しようと努める。が、言葉通りに受け取る以外、他の解釈をする余地は残っていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...