9 / 20
9
しおりを挟む
エリアーナの妊娠から二ヶ月が経った頃、久しぶりに実家から手紙が届いた。
セバスチャンが持ってきた封筒を見て、エリアーナは少し緊張した。
フォンティーヌ家の紋章が押されている。
「実家からですか」
ルーカスが心配そうに尋ねた。
「ええ。結婚してから、初めてです」
エリアーナは封を切り、手紙を読み始めた。
内容は短く、事務的だった。
「姉ロザリンドが公爵家に嫁いだ」という報告だけだった。
おめでとうの言葉もなく、エリアーナの近況を尋ねる言葉もなく、ただ事実だけが書かれていた。
エリアーナは手紙を閉じた。
「どうだった?」
「姉が、公爵家に嫁いだそうです」
「それは、良縁だね」
「ええ。姉にとっては」
エリアーナの声には、感情がなかった。
かつてなら、姉の成功を聞いて傷ついただろう。自分と比べて、惨めに思っただろう。
でも、今は違った。
姉がどこに嫁ごうと、もう関係ない。エリアーナには、愛する夫がいる。お腹の中には子供がいる。豊かな領地があり、慕ってくれる領民がいる。
「エリアーナ」
ルーカスが優しく肩を抱いた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
エリアーナは微笑んだ。
「もう、あの家のことは過去です。私の家族は、ここにいます」
彼女はルーカスの手を取り、自分のお腹に当てた。
「ルーカス様と、この子が、私の家族です」
ルーカスは、優しくエリアーナを抱きしめた。
手紙は、そっと机の上に置かれた。
もう、返事を書く必要もない。
数ヶ月後、エリアーナは無事に男の子を出産した。
難産ではなく、比較的スムーズなお産だった。
赤ん坊の産声が響き渡ると、ルーカスは涙を流した。
「ありがとう、エリアーナ。君は本当に強い」
「私たちの子供です」
エリアーナは疲れた顔で微笑んだ。
赤ん坊を抱くと、小さな命の温かさを感じた。
「この子に、名前をつけましょう」
「何がいいかな」
「アレクシス。光をもたらす者、という意味です」
ルーカスは頷いた。
「良い名前だ。この子が、領地に更なる光をもたらしてくれるように」
「ええ」
出産の知らせは、すぐに領中に広まった。
領民たちは大喜びで、城に祝福の品を届けた。
村で作った籠、手編みの毛布、木で作った玩具。
質素だが、心のこもった贈り物だった。
村長のハンスは、娘のマリアを連れてきた。
「奥方様、おめでとうございます」
「ありがとう、ハンス。マリアも来てくれたのね」
マリアは、小さな花束を差し出した。
「赤ちゃんのために、摘んできました」
「ありがとう。とても綺麗よ」
エリアーナは、マリアを部屋に招き入れた。
「赤ちゃん、見てもいいですか」
「ええ、どうぞ」
マリアは、ベッドの脇に立ち、眠っている赤ん坊を見つめた。
「小さい...」
「そうね。でも、すぐに大きくなるわ」
「私も、赤ちゃんのお姉さんになれますか」
「もちろんよ、マリア。アレクシスの大切なお姉さんよ」
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
産後の一ヶ月間、エリアーナは休養した。
ルーカスは、彼女が無理をしないよう、仕事を調整した。
「君が元気になることが、一番大切だ」
「でも、薬草園が」
「大丈夫。庭師たちが世話をしてくれている。村の人たちも順調だ」
エリアーナは安心して、育児に専念した。
アレクシスは健康で、よく泣き、よく飲んだ。
夜中に泣くこともあったが、ルーカスは嫌な顔一つせず、一緒にあやしてくれた。
「父親として、当然だよ」
そう言って、赤ん坊を抱くルーカスの顔は、幸せそうだった。
ある夜、エリアーナは窓から月を見ながら、これまでの人生を振り返った。
侯爵家で冷遇されていた日々。
厄介払いのように辺境に送られたこと。
そして、ルーカスと出会い、領地を豊かにし、今は母親になった。
全ては、あの時辺境に来たからだった。
もし王都に残っていたら、こんな幸せは得られなかっただろう。
ルーカスが部屋に入ってきた。
「まだ起きていたのか」
「ええ。少し、考え事を」
「アレクシスは?」
「ぐっすり眠っています」
ルーカスは、エリアーナの隣に座った。
「何を考えていたんだ」
「これまでのことを。私がここに来たこと、ルーカス様と出会ったこと、全てが奇跡のようだと」
「僕もだよ」
ルーカスは、エリアーナの手を取った。
「君に出会えたことが、僕の人生最大の幸運だ」
「私もです」
二人は手を握り合い、静かに微笑んだ。
部屋の隅では、アレクシスが安らかに眠っている。
この子が大きくなる頃には、グレンフォード領はもっと豊かになっているだろう。
そして、この子も、両親の愛をたっぷり受けて育つだろう。
エリアーナは、かつて自分が受けられなかった愛を、この子には与えたいと思った。
温かい家庭、優しい言葉、心からの抱擁。
全てを、この子に。
窓の外では、星が輝いていた。
新しい家族の、新しい人生が、静かに続いていく。
セバスチャンが持ってきた封筒を見て、エリアーナは少し緊張した。
フォンティーヌ家の紋章が押されている。
「実家からですか」
ルーカスが心配そうに尋ねた。
「ええ。結婚してから、初めてです」
エリアーナは封を切り、手紙を読み始めた。
内容は短く、事務的だった。
「姉ロザリンドが公爵家に嫁いだ」という報告だけだった。
おめでとうの言葉もなく、エリアーナの近況を尋ねる言葉もなく、ただ事実だけが書かれていた。
エリアーナは手紙を閉じた。
「どうだった?」
「姉が、公爵家に嫁いだそうです」
「それは、良縁だね」
「ええ。姉にとっては」
エリアーナの声には、感情がなかった。
かつてなら、姉の成功を聞いて傷ついただろう。自分と比べて、惨めに思っただろう。
でも、今は違った。
姉がどこに嫁ごうと、もう関係ない。エリアーナには、愛する夫がいる。お腹の中には子供がいる。豊かな領地があり、慕ってくれる領民がいる。
「エリアーナ」
ルーカスが優しく肩を抱いた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
エリアーナは微笑んだ。
「もう、あの家のことは過去です。私の家族は、ここにいます」
彼女はルーカスの手を取り、自分のお腹に当てた。
「ルーカス様と、この子が、私の家族です」
ルーカスは、優しくエリアーナを抱きしめた。
手紙は、そっと机の上に置かれた。
もう、返事を書く必要もない。
数ヶ月後、エリアーナは無事に男の子を出産した。
難産ではなく、比較的スムーズなお産だった。
赤ん坊の産声が響き渡ると、ルーカスは涙を流した。
「ありがとう、エリアーナ。君は本当に強い」
「私たちの子供です」
エリアーナは疲れた顔で微笑んだ。
赤ん坊を抱くと、小さな命の温かさを感じた。
「この子に、名前をつけましょう」
「何がいいかな」
「アレクシス。光をもたらす者、という意味です」
ルーカスは頷いた。
「良い名前だ。この子が、領地に更なる光をもたらしてくれるように」
「ええ」
出産の知らせは、すぐに領中に広まった。
領民たちは大喜びで、城に祝福の品を届けた。
村で作った籠、手編みの毛布、木で作った玩具。
質素だが、心のこもった贈り物だった。
村長のハンスは、娘のマリアを連れてきた。
「奥方様、おめでとうございます」
「ありがとう、ハンス。マリアも来てくれたのね」
マリアは、小さな花束を差し出した。
「赤ちゃんのために、摘んできました」
「ありがとう。とても綺麗よ」
エリアーナは、マリアを部屋に招き入れた。
「赤ちゃん、見てもいいですか」
「ええ、どうぞ」
マリアは、ベッドの脇に立ち、眠っている赤ん坊を見つめた。
「小さい...」
「そうね。でも、すぐに大きくなるわ」
「私も、赤ちゃんのお姉さんになれますか」
「もちろんよ、マリア。アレクシスの大切なお姉さんよ」
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
産後の一ヶ月間、エリアーナは休養した。
ルーカスは、彼女が無理をしないよう、仕事を調整した。
「君が元気になることが、一番大切だ」
「でも、薬草園が」
「大丈夫。庭師たちが世話をしてくれている。村の人たちも順調だ」
エリアーナは安心して、育児に専念した。
アレクシスは健康で、よく泣き、よく飲んだ。
夜中に泣くこともあったが、ルーカスは嫌な顔一つせず、一緒にあやしてくれた。
「父親として、当然だよ」
そう言って、赤ん坊を抱くルーカスの顔は、幸せそうだった。
ある夜、エリアーナは窓から月を見ながら、これまでの人生を振り返った。
侯爵家で冷遇されていた日々。
厄介払いのように辺境に送られたこと。
そして、ルーカスと出会い、領地を豊かにし、今は母親になった。
全ては、あの時辺境に来たからだった。
もし王都に残っていたら、こんな幸せは得られなかっただろう。
ルーカスが部屋に入ってきた。
「まだ起きていたのか」
「ええ。少し、考え事を」
「アレクシスは?」
「ぐっすり眠っています」
ルーカスは、エリアーナの隣に座った。
「何を考えていたんだ」
「これまでのことを。私がここに来たこと、ルーカス様と出会ったこと、全てが奇跡のようだと」
「僕もだよ」
ルーカスは、エリアーナの手を取った。
「君に出会えたことが、僕の人生最大の幸運だ」
「私もです」
二人は手を握り合い、静かに微笑んだ。
部屋の隅では、アレクシスが安らかに眠っている。
この子が大きくなる頃には、グレンフォード領はもっと豊かになっているだろう。
そして、この子も、両親の愛をたっぷり受けて育つだろう。
エリアーナは、かつて自分が受けられなかった愛を、この子には与えたいと思った。
温かい家庭、優しい言葉、心からの抱擁。
全てを、この子に。
窓の外では、星が輝いていた。
新しい家族の、新しい人生が、静かに続いていく。
46
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』
メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる