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それから五年の月日が流れた。
春の朝、エリアーナは城のバルコニーに立ち、領地を見渡していた。
グレンフォード領は、もはや貧しい辺境の面影はなかった。
緑豊かな薬草園が広がり、整備された道路を商人の馬車が行き交う。新しく建てられた建物が立ち並び、市場は活気に溢れている。
学校からは、子供たちの元気な声が聞こえてきた。
「ママ!」
七歳になったアレクシスが駆けてきた。その後ろには、五歳の妹エミリアと、三歳の弟レオが続く。
「おはよう、みんな」
エリアーナは三人を抱きしめた。
「今日も学校?」
「うん!僕、もう掛け算ができるんだよ」
アレクシスが誇らしげに言った。
「すごいわね」
「私も字が書けるの!」
エミリアが言った。
「レオは?」
「レオはまだ小さいから、お庭で遊ぶの」
末っ子のレオが、にっこり笑った。
ルーカスが、書斎から出てきた。
「おはよう、みんな」
「パパ!」
子供たちが駆け寄る。
ルーカスは三人を抱き上げた。四十歳になった今も、彼は精力的だった。
「さあ、朝食の時間だ」
家族全員で食堂に向かった。
大きなテーブルには、すでに朝食が並んでいた。
そこには、エリアーナの両親とロザリンドも座っていた。
「おはよう、お父様、お母様、お姉様」
「おはよう、エリアーナ」
父ロベールは、七十歳を超えたが元気だった。毎日薬草園で働き、今では庭師長のギュンターと共に、領地一の薬草の専門家となっていた。
母マリアンヌも、商会の経理責任者として有能に働いていた。
ロザリンドは、商会の販売部門を統括し、海外との取引も成功させていた。そして最近、誠実な商人と恋に落ち、再婚していた。
「おはよう、義兄さん」
エリアーナは、ロザリンドの夫に挨拶した。
「おはようございます、エリアーナ様」
彼は穏やかな男性で、ロザリンドを心から愛していた。
朝食を取りながら、今日の予定を確認する。
「今日は、新しい化粧品工房の開所式だ」
ルーカスが言った。
「ええ。隣村に建てた工房ですね」
「そうだ。これで、グレンフォード商会の工房は十箇所になる」
「雇用も増えますね」
エリアーナは微笑んだ。
「領民の皆さんが、さらに豊かになれます」
朝食後、エリアーナは薬草園を訪れた。
かつて小さかった薬草園は、今や城の裏庭全体に広がっていた。
紫のラベンダー、白いカモミール、緑のペパーミント。色とりどりの薬草が、美しく咲いている。
「おはようございます、奥方様」
庭師長のギュンターが挨拶した。年を取ったが、まだ現役だった。
「おはよう、ギュンター」
「今日も良い天気です。薬草たちも喜んでいます」
「ええ。この薬草園が、全ての始まりでしたね」
「そうですね。八年前、奥方様が初めてここで種を蒔かれた時のことを、昨日のように覚えております」
ギュンターは、感慨深げに薬草を見つめた。
「その時から、この領地は変わり始めました」
「ええ。ギュンター、あなたも頑張ってくださいました」
二人は、静かに薬草園を歩いた。
午後、新工房の開所式が行われた。
村人たちが集まり、祝福の言葉を述べた。
「エリアーナ様、ありがとうございます!」
「これで、もっと多くの人が働けます」
エリアーナは、村人たちに語りかけた。
「この工房は、皆さんのためのものです。一緒に、良い製品を作りましょう」
拍手が響いた。
村長のハンスが前に出た。
「エリアーナ様が来てくださって、この村は変わりました。貧しかった私たちが、今は豊かに暮らせています」
「それは、皆さんが頑張ったからです」
「いいえ、エリアーナ様の導きがあったからです」
ハンスの娘、マリアが進み出た。
十五歳になった彼女は、学校の教師になっていた。
「エリアーナ様、私は夢を叶えました。先生になれました」
「素晴らしいわ、マリア」
「これも、エリアーナ様のおかげです」
マリアは深々と頭を下げた。
開所式が終わると、エリアーナとルーカスは城に戻った。
バルコニーに立ち、二人で領地を見渡した。
「八年前、君がここに来た時を覚えているか」
ルーカスが言った。
「ええ。貧しくて、荒れていました」
「そうだ。でも今は、王国で最も繁栄する領地の一つだ」
「みんなの努力の結果です」
「でも、それを導いたのは君だ」
ルーカスは、エリアーナの肩を抱いた。
「君がいなければ、この変化はなかった」
「ルーカス様がいなければ、私も何もできませんでした」
二人は、静かに抱き合った。
夕暮れ時、家族全員が食堂に集まった。
賑やかな食卓。子供たちの笑い声、大人たちの会話。
温かく、幸せな時間だった。
夜、子供たちを寝かしつけた後、エリアーナは一人で薬草園に出た。
満月が、薬草園を優しく照らしている。
エリアーナは、ラベンダーの花に触れた。
「ありがとう」
小さな声で、囁いた。
「あの時、種をくれたトマスに。受け入れてくれたルーカス様に。支えてくれた領民の皆さんに。そして、この薬草たちに」
風が吹き、薬草が揺れた。
まるで、答えているかのように。
八年前、エリアーナは厄介払いで辺境に送られた。
侯爵家の次女として、冷遇され、見下され、価値がないと言われ続けた。
でも、その辺境で、彼女は本当の幸せを見つけた。
愛する夫、可愛い子供たち、和解した家族、慕ってくれる領民。
そして、自分の力で何かを成し遂げる喜び。
全てが、ここにあった。
「エリアーナ」
ルーカスが、薬草園に来た。
「ここにいたのか」
「ええ。少し、考え事を」
「何を?」
「幸せって、何だろうって」
エリアーナは微笑んだ。
「地位でも、美貌でも、財産でもない。愛する人がいて、必要とされる場所があって、自分らしく生きられること。それが幸せなんだと思います」
ルーカスは、妻を優しく抱きしめた。
「君は、本当に賢いね」
「いいえ。ただ、ここで学んだだけです」
二人は、薬草園を見渡した。
月明かりの中、薬草たちが静かに眠っている。
明日になれば、また新しい一日が始まる。
子供たちの笑顔、領民たちの働く姿、家族の温もり。
全てが、エリアーナの宝物だった。
厄介払いで辺境に送られた次女。
でも今は、愛され、尊敬され、幸せに暮らしている。
人生は、不思議なものだった。
でも、どんな始まりでも、自分の力で幸せを掴むことができる。
エリアーナは、それを証明した。
そして、その幸せは、これからもずっと続いていく。
グレンフォード領と共に。
愛する家族と共に。
満月が、静かに二人を照らしていた。
幸せな、幸せな夜だった。
【完】
春の朝、エリアーナは城のバルコニーに立ち、領地を見渡していた。
グレンフォード領は、もはや貧しい辺境の面影はなかった。
緑豊かな薬草園が広がり、整備された道路を商人の馬車が行き交う。新しく建てられた建物が立ち並び、市場は活気に溢れている。
学校からは、子供たちの元気な声が聞こえてきた。
「ママ!」
七歳になったアレクシスが駆けてきた。その後ろには、五歳の妹エミリアと、三歳の弟レオが続く。
「おはよう、みんな」
エリアーナは三人を抱きしめた。
「今日も学校?」
「うん!僕、もう掛け算ができるんだよ」
アレクシスが誇らしげに言った。
「すごいわね」
「私も字が書けるの!」
エミリアが言った。
「レオは?」
「レオはまだ小さいから、お庭で遊ぶの」
末っ子のレオが、にっこり笑った。
ルーカスが、書斎から出てきた。
「おはよう、みんな」
「パパ!」
子供たちが駆け寄る。
ルーカスは三人を抱き上げた。四十歳になった今も、彼は精力的だった。
「さあ、朝食の時間だ」
家族全員で食堂に向かった。
大きなテーブルには、すでに朝食が並んでいた。
そこには、エリアーナの両親とロザリンドも座っていた。
「おはよう、お父様、お母様、お姉様」
「おはよう、エリアーナ」
父ロベールは、七十歳を超えたが元気だった。毎日薬草園で働き、今では庭師長のギュンターと共に、領地一の薬草の専門家となっていた。
母マリアンヌも、商会の経理責任者として有能に働いていた。
ロザリンドは、商会の販売部門を統括し、海外との取引も成功させていた。そして最近、誠実な商人と恋に落ち、再婚していた。
「おはよう、義兄さん」
エリアーナは、ロザリンドの夫に挨拶した。
「おはようございます、エリアーナ様」
彼は穏やかな男性で、ロザリンドを心から愛していた。
朝食を取りながら、今日の予定を確認する。
「今日は、新しい化粧品工房の開所式だ」
ルーカスが言った。
「ええ。隣村に建てた工房ですね」
「そうだ。これで、グレンフォード商会の工房は十箇所になる」
「雇用も増えますね」
エリアーナは微笑んだ。
「領民の皆さんが、さらに豊かになれます」
朝食後、エリアーナは薬草園を訪れた。
かつて小さかった薬草園は、今や城の裏庭全体に広がっていた。
紫のラベンダー、白いカモミール、緑のペパーミント。色とりどりの薬草が、美しく咲いている。
「おはようございます、奥方様」
庭師長のギュンターが挨拶した。年を取ったが、まだ現役だった。
「おはよう、ギュンター」
「今日も良い天気です。薬草たちも喜んでいます」
「ええ。この薬草園が、全ての始まりでしたね」
「そうですね。八年前、奥方様が初めてここで種を蒔かれた時のことを、昨日のように覚えております」
ギュンターは、感慨深げに薬草を見つめた。
「その時から、この領地は変わり始めました」
「ええ。ギュンター、あなたも頑張ってくださいました」
二人は、静かに薬草園を歩いた。
午後、新工房の開所式が行われた。
村人たちが集まり、祝福の言葉を述べた。
「エリアーナ様、ありがとうございます!」
「これで、もっと多くの人が働けます」
エリアーナは、村人たちに語りかけた。
「この工房は、皆さんのためのものです。一緒に、良い製品を作りましょう」
拍手が響いた。
村長のハンスが前に出た。
「エリアーナ様が来てくださって、この村は変わりました。貧しかった私たちが、今は豊かに暮らせています」
「それは、皆さんが頑張ったからです」
「いいえ、エリアーナ様の導きがあったからです」
ハンスの娘、マリアが進み出た。
十五歳になった彼女は、学校の教師になっていた。
「エリアーナ様、私は夢を叶えました。先生になれました」
「素晴らしいわ、マリア」
「これも、エリアーナ様のおかげです」
マリアは深々と頭を下げた。
開所式が終わると、エリアーナとルーカスは城に戻った。
バルコニーに立ち、二人で領地を見渡した。
「八年前、君がここに来た時を覚えているか」
ルーカスが言った。
「ええ。貧しくて、荒れていました」
「そうだ。でも今は、王国で最も繁栄する領地の一つだ」
「みんなの努力の結果です」
「でも、それを導いたのは君だ」
ルーカスは、エリアーナの肩を抱いた。
「君がいなければ、この変化はなかった」
「ルーカス様がいなければ、私も何もできませんでした」
二人は、静かに抱き合った。
夕暮れ時、家族全員が食堂に集まった。
賑やかな食卓。子供たちの笑い声、大人たちの会話。
温かく、幸せな時間だった。
夜、子供たちを寝かしつけた後、エリアーナは一人で薬草園に出た。
満月が、薬草園を優しく照らしている。
エリアーナは、ラベンダーの花に触れた。
「ありがとう」
小さな声で、囁いた。
「あの時、種をくれたトマスに。受け入れてくれたルーカス様に。支えてくれた領民の皆さんに。そして、この薬草たちに」
風が吹き、薬草が揺れた。
まるで、答えているかのように。
八年前、エリアーナは厄介払いで辺境に送られた。
侯爵家の次女として、冷遇され、見下され、価値がないと言われ続けた。
でも、その辺境で、彼女は本当の幸せを見つけた。
愛する夫、可愛い子供たち、和解した家族、慕ってくれる領民。
そして、自分の力で何かを成し遂げる喜び。
全てが、ここにあった。
「エリアーナ」
ルーカスが、薬草園に来た。
「ここにいたのか」
「ええ。少し、考え事を」
「何を?」
「幸せって、何だろうって」
エリアーナは微笑んだ。
「地位でも、美貌でも、財産でもない。愛する人がいて、必要とされる場所があって、自分らしく生きられること。それが幸せなんだと思います」
ルーカスは、妻を優しく抱きしめた。
「君は、本当に賢いね」
「いいえ。ただ、ここで学んだだけです」
二人は、薬草園を見渡した。
月明かりの中、薬草たちが静かに眠っている。
明日になれば、また新しい一日が始まる。
子供たちの笑顔、領民たちの働く姿、家族の温もり。
全てが、エリアーナの宝物だった。
厄介払いで辺境に送られた次女。
でも今は、愛され、尊敬され、幸せに暮らしている。
人生は、不思議なものだった。
でも、どんな始まりでも、自分の力で幸せを掴むことができる。
エリアーナは、それを証明した。
そして、その幸せは、これからもずっと続いていく。
グレンフォード領と共に。
愛する家族と共に。
満月が、静かに二人を照らしていた。
幸せな、幸せな夜だった。
【完】
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