厄介払いされてしまいました

たくわん

文字の大きさ
20 / 20

20

しおりを挟む
それから五年の月日が流れた。

春の朝、エリアーナは城のバルコニーに立ち、領地を見渡していた。

グレンフォード領は、もはや貧しい辺境の面影はなかった。

緑豊かな薬草園が広がり、整備された道路を商人の馬車が行き交う。新しく建てられた建物が立ち並び、市場は活気に溢れている。

学校からは、子供たちの元気な声が聞こえてきた。

「ママ!」

七歳になったアレクシスが駆けてきた。その後ろには、五歳の妹エミリアと、三歳の弟レオが続く。

「おはよう、みんな」

エリアーナは三人を抱きしめた。

「今日も学校?」

「うん!僕、もう掛け算ができるんだよ」

アレクシスが誇らしげに言った。

「すごいわね」

「私も字が書けるの!」

エミリアが言った。

「レオは?」

「レオはまだ小さいから、お庭で遊ぶの」

末っ子のレオが、にっこり笑った。

ルーカスが、書斎から出てきた。

「おはよう、みんな」

「パパ!」

子供たちが駆け寄る。

ルーカスは三人を抱き上げた。四十歳になった今も、彼は精力的だった。

「さあ、朝食の時間だ」

家族全員で食堂に向かった。

大きなテーブルには、すでに朝食が並んでいた。

そこには、エリアーナの両親とロザリンドも座っていた。

「おはよう、お父様、お母様、お姉様」

「おはよう、エリアーナ」

父ロベールは、七十歳を超えたが元気だった。毎日薬草園で働き、今では庭師長のギュンターと共に、領地一の薬草の専門家となっていた。

母マリアンヌも、商会の経理責任者として有能に働いていた。

ロザリンドは、商会の販売部門を統括し、海外との取引も成功させていた。そして最近、誠実な商人と恋に落ち、再婚していた。

「おはよう、義兄さん」

エリアーナは、ロザリンドの夫に挨拶した。

「おはようございます、エリアーナ様」

彼は穏やかな男性で、ロザリンドを心から愛していた。

朝食を取りながら、今日の予定を確認する。

「今日は、新しい化粧品工房の開所式だ」

ルーカスが言った。

「ええ。隣村に建てた工房ですね」

「そうだ。これで、グレンフォード商会の工房は十箇所になる」

「雇用も増えますね」

エリアーナは微笑んだ。

「領民の皆さんが、さらに豊かになれます」

朝食後、エリアーナは薬草園を訪れた。

かつて小さかった薬草園は、今や城の裏庭全体に広がっていた。

紫のラベンダー、白いカモミール、緑のペパーミント。色とりどりの薬草が、美しく咲いている。

「おはようございます、奥方様」

庭師長のギュンターが挨拶した。年を取ったが、まだ現役だった。

「おはよう、ギュンター」

「今日も良い天気です。薬草たちも喜んでいます」

「ええ。この薬草園が、全ての始まりでしたね」

「そうですね。八年前、奥方様が初めてここで種を蒔かれた時のことを、昨日のように覚えております」

ギュンターは、感慨深げに薬草を見つめた。

「その時から、この領地は変わり始めました」

「ええ。ギュンター、あなたも頑張ってくださいました」

二人は、静かに薬草園を歩いた。

午後、新工房の開所式が行われた。

村人たちが集まり、祝福の言葉を述べた。

「エリアーナ様、ありがとうございます!」

「これで、もっと多くの人が働けます」

エリアーナは、村人たちに語りかけた。

「この工房は、皆さんのためのものです。一緒に、良い製品を作りましょう」

拍手が響いた。

村長のハンスが前に出た。

「エリアーナ様が来てくださって、この村は変わりました。貧しかった私たちが、今は豊かに暮らせています」

「それは、皆さんが頑張ったからです」

「いいえ、エリアーナ様の導きがあったからです」

ハンスの娘、マリアが進み出た。

十五歳になった彼女は、学校の教師になっていた。

「エリアーナ様、私は夢を叶えました。先生になれました」

「素晴らしいわ、マリア」

「これも、エリアーナ様のおかげです」

マリアは深々と頭を下げた。

開所式が終わると、エリアーナとルーカスは城に戻った。

バルコニーに立ち、二人で領地を見渡した。

「八年前、君がここに来た時を覚えているか」

ルーカスが言った。

「ええ。貧しくて、荒れていました」

「そうだ。でも今は、王国で最も繁栄する領地の一つだ」

「みんなの努力の結果です」

「でも、それを導いたのは君だ」

ルーカスは、エリアーナの肩を抱いた。

「君がいなければ、この変化はなかった」

「ルーカス様がいなければ、私も何もできませんでした」

二人は、静かに抱き合った。

夕暮れ時、家族全員が食堂に集まった。

賑やかな食卓。子供たちの笑い声、大人たちの会話。

温かく、幸せな時間だった。

夜、子供たちを寝かしつけた後、エリアーナは一人で薬草園に出た。

満月が、薬草園を優しく照らしている。

エリアーナは、ラベンダーの花に触れた。

「ありがとう」

小さな声で、囁いた。

「あの時、種をくれたトマスに。受け入れてくれたルーカス様に。支えてくれた領民の皆さんに。そして、この薬草たちに」

風が吹き、薬草が揺れた。

まるで、答えているかのように。

八年前、エリアーナは厄介払いで辺境に送られた。

侯爵家の次女として、冷遇され、見下され、価値がないと言われ続けた。

でも、その辺境で、彼女は本当の幸せを見つけた。

愛する夫、可愛い子供たち、和解した家族、慕ってくれる領民。

そして、自分の力で何かを成し遂げる喜び。

全てが、ここにあった。

「エリアーナ」

ルーカスが、薬草園に来た。

「ここにいたのか」

「ええ。少し、考え事を」

「何を?」

「幸せって、何だろうって」

エリアーナは微笑んだ。

「地位でも、美貌でも、財産でもない。愛する人がいて、必要とされる場所があって、自分らしく生きられること。それが幸せなんだと思います」

ルーカスは、妻を優しく抱きしめた。

「君は、本当に賢いね」

「いいえ。ただ、ここで学んだだけです」

二人は、薬草園を見渡した。

月明かりの中、薬草たちが静かに眠っている。

明日になれば、また新しい一日が始まる。

子供たちの笑顔、領民たちの働く姿、家族の温もり。

全てが、エリアーナの宝物だった。

厄介払いで辺境に送られた次女。

でも今は、愛され、尊敬され、幸せに暮らしている。

人生は、不思議なものだった。

でも、どんな始まりでも、自分の力で幸せを掴むことができる。

エリアーナは、それを証明した。

そして、その幸せは、これからもずっと続いていく。

グレンフォード領と共に。

愛する家族と共に。

満月が、静かに二人を照らしていた。

幸せな、幸せな夜だった。

【完】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...