虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん

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冬の社交界は、暖炉の火が心地よい邸宅のサロンで開かれることが多い。

この日、グレンヴィル伯爵邸のサロンには、多くの貴婦人たちが集まっていた。優雅なティーパーティーの表向きの目的は親睦だが、実際は情報交換の場でもあった。

「ところで、公爵家の若奥様のこと、聞いた?」

一人の子爵夫人が、小声で切り出した。周囲の貴婦人たちが興味津々で身を乗り出す。

「また体調を崩されたそうですね」
「ええ。先週の夜会も、途中で退席されたとか」
「結婚してまだ一年も経っていないのに、随分と多いわね」

グレンヴィル伯爵夫人が溜息をついた。

「実は私、使用人から聞いた話があるの」

一同が静まり返る。

「公爵邸では、最近使用人が次々と辞めているそうよ」
「まあ、なぜ?」
「若奥様の...気性が激しすぎるのだそうです」

衝撃的な事実に、サロンがざわめいた。

「些細なことで癇癪を起こし、使用人を叱責するのだとか」
「でも、結婚前はあんなに穏やかで健康的な方だったのに」
「それが...どうやら演技だったらしいのよ」

別の貴婦人が付け加えた。

「私の侍女が、公爵家の元侍女と知り合いなのだけれど。若奥様は結婚前、完璧な令嬢を演じていたそうなの。でも結婚してからは、本性を隠さなくなったと」
「本性?」
「体調不良も、大半は仮病だったそうよ。気分が優れないとか、頭が痛いとか言って、気に入らないことから逃げていたのだとか」

一同は言葉を失った。

「でも、婚約前の健康診断では問題なかったはずでは?」

誰かが疑問を呈すると、伯爵夫人が首を振った。

「それも...若奥様の実家が、医師に根回しをしていたらしいの」
「まあ、なんてこと」
「公爵家は、完全に騙されたというわけね」

その時、サロンの扉が開き、新しい客が到着した。

セラフィーナだった。

「皆様、ごきげんよう」

彼女の登場に、サロンの雰囲気が一変した。暗い話題から、明るい話題へ。

「セラフィーナ様!お待ちしておりました」
「新しい薬草茶、開発されたそうですね」
「是非、お話を聞かせてください」

セラフィーナは微笑んで席についた。

「はい。関節痛に効く『朝霧茶』を開発しました。ジンジャーとターメリックを配合しています」
「まあ、素晴らしい!母がまさに関節痛で悩んでいるのです」
「では、後ほどお分けしますね」

会話が弾む中、一人の貴婦人が慎重に尋ねた。

「セラフィーナ様、公爵家のことは...お耳に入っていますか?」

セラフィーナは穏やかに微笑んだ。

「ええ、多少は。でも、過去のことですから」
「令嬢は本当にお優しい」

伯爵夫人が感心したように言った。

「あれほどの仕打ちを受けたのに、恨み言一つ仰らない」
「恨む理由がありませんわ」

セラフィーナは静かに答えた。

「むしろ、あの婚約破棄があったからこそ、今の私があります。感謝こそすれ、恨む理由はありません」

その言葉に、一同は深く感銘を受けた。

一方、その頃公爵邸では、エリーゼの金切り声が響いていた。

「何よこれ!ちゃんとアイロンがかかってないじゃない!」

彼女は侍女に向かってドレスを投げつけた。

「申し訳ございません、奥様」

侍女が震える声で謝るが、エリーゼは聞く耳を持たない。

「謝って済むと思ってるの!?もう一度やり直しなさい!」
「はい...」

侍女が部屋を出ると、廊下で別の使用人がため息をついた。

「また始まったわ」
「もう耐えられない。私、辞めようと思うの」
「私も。次の奉公先を探してるわ」

公爵邸では、使用人の士気が著しく低下していた。

執務室では、アレクシスが頭を抱えていた。

「また使用人が三人辞めると...」

執事が申し訳なさそうに報告する。

「はい。これで今月だけで七人目です」
「理由は?」
「...奥様の、その...」

執事は言葉を濁したが、アレクシスは全てを理解していた。

「わかっている。エリーゼの気性が原因だな」
「恐れながら...」
「新しい使用人を雇ってくれ。できるだけ忍耐強い者を」
「承知しました」

執事が退出した後、アレクシスは窓の外を見つめた。

結婚前のエリーゼは、完璧な令嬢だった。健康で、優しく、教養があった。しかし結婚してから、まるで別人のように変わった。

些細なことで癇癪を起こし、頻繁に体調不良を訴え、使用人に横暴に振る舞う。そして何より...

アレクシスは溜息をついた。

結婚して一年近く経つのに、跡継ぎの兆しがない。エリーゼの度重なる「体調不良」で、夫婦の営みもままならない状態だった。

「私は、間違えたのだろうか」

アレクシスは呟いた。

かつて婚約を破棄したセラフィーナは、今や社交界の花形だ。健康を取り戻し、事業を成功させ、多くの人々から尊敬されている。学術界でも認められ、充実した日々を送っているという。

一方、自分は...

「アレクシス!どこにいるの!?」

エリーゼの甲高い声が廊下から聞こえた。

「ちょっと!聞いてるの!?」

アレクシスは重い足取りで、妻のもとへと向かった。

その夜、サロンからの帰途、セラフィーナは馬車の中で静かに微笑んでいた。

「お嬢様、今日も楽しい会でしたね」

マリアが嬉しそうに言った。

「ええ、本当に」

セラフィーナは窓の外、星空を見上げた。

公爵家の問題は、もはや彼女には関係ない。自分の人生を、自分の道を、ただ前に進むだけ。

それこそが、最高の幸福なのだから。
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