虚弱体質？の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

16

公爵邸の朝は、金切り声で始まった。

「何ですって! このドレス、私が注文したものと違うわ!」

エリーゼの怒号が館中に響く。使用人たちは顔を見合わせ、ため息をついた。

「奥様、こちらが注文書でございます。確かにこの色を……」

「うるさい! 私はもっと豪華なものを頼んだはずよ!」

「しかし、予算が……」

「予算? 公爵家に予算などあるの!」

侍女は黙り込んだ。実際、エリーゼの浪費は度を越していた。

執務室では、アレクシスが頭を抱えていた。机の上には、山積みの請求書。すべて妻が注文した品々だ。

「公爵様、いかがなさいますか」

執事のロバートが心配そうに尋ねた。

「……支払うしかあるまい」

「しかし、このままでは家計が」

「分かっている」

アレクシスは深くため息をついた。

結婚して一年。彼は自分の選択を深く後悔していた。

エリーゼは結婚前、完璧な令嬢だった。健康で美しく、教養もあり、気立ても良い。まさに理想の妻だと思っていた。

しかし、それはすべて演技だった。

結婚後、彼女の本性が露わになった。我儘、浪費、ヒステリー。使用人への横暴は目に余り、多くが辞めていった。

「公爵様、奥方様がお呼びです」

「……今行く」

重い足取りで、アレクシスは妻の部屋に向かった。

「遅いわよ、アレクシス」

エリーゼは不機嫌そうに言った。部屋は散らかり、高価な品々が無造作に置かれている。

「何の用だ」

「宝石が欲しいの。この前の舞踏会で、あの侯爵令嬢がつけていたような」

「……セラフィーナのことか」

「そうよ! あんな病弱女が立派な宝石をつけて。私の方が公爵夫人なのよ!」

アレクシスは言葉を失った。セラフィーナは控えめな宝石しかつけていなかった。それでも彼女は輝いていた。内面から溢れる気品のためだ。

「宝石は諦めろ。今月の予算はもう……」

「何ですって!」

エリーゼの顔が歪んだ。

「あなた、私が誰だか分かってるの! 伯爵家の令嬢よ! 公爵夫人よ!」

「分かっている。だが、金は湧いて出るものではない」

「ケチ! あなたなんて! あの病弱女の方がまだマシだったわ!」

その言葉に、アレクシスの中で何かが切れた。

「そうだな。その通りだ」

彼は静かに言った。

「セラフィーナは病弱だったが、聡明で気高かった。お前とは比べ物にならない」

エリーゼは絶句した。そして、次の瞬間、花瓶を掴んだ。

「この!」

花瓶が壁に当たって砕けた。アレクシスは避けたが、破片が頬を掠めた。

「公爵様!」

駆けつけた使用人たちが、驚愕の表情で立ち尽くした。

「下がれ」

アレクシスは冷たく言い放ち、部屋を出た。

執務室に戻ると、側近の騎士が待っていた。

「公爵様、大丈夫ですか」

「……問題ない」

しかし、心は深く傷ついていた。

その夜、公爵邸では重臣たちの緊急会議が開かれた。

「このままでは公爵家の威信が損なわれます」

「跡継ぎの問題も深刻です。結婚一年で何の音沙汰もない」

「奥方様の行動も……」

重臣たちの言葉は、すべてアレクシスの心に突き刺さった。

「分かっている。だが、今すぐどうこうできる問題ではない」

「医師の診察は受けられたのですか?」

「ああ。身体的な問題はないそうだ」

「では、精神的な……」

重臣は言葉を濁した。しかし、その意味は明らかだった。

エリーゼの精神状態では、懐妊は難しい。ストレスと不安定な感情が、身体に影響を与えている。

「しばらく様子を見よう」

アレクシスはそう言うしかなかった。

会議が終わり、一人になると、彼は窓の外を眺めた。

夜空に月が輝いている。

あの夜、セラフィーナに婚約破棄を告げた時も、こんな月だった。

「私は、間違えたのだ」

初めて、彼は自分の過ちを認めた。

健康だけを基準に相手を選んだ。内面を見なかった。

セラフィーナは病弱だったが、知性と気品と強さを持っていた。それに気づかなかった自分が愚かだった。

今、彼女は健康を取り戻し、社交界で輝いている。事業も成功し、学者との交流も深めている。

一方、自分は不幸な結婚生活に縛られ、公爵家の未来も危うい。

「取り返しのつかないことを、してしまった」

アレクシスは深く、深く後悔した。