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初冬の王宮。年末の式典が盛大に行われていた。
大広間には王国の全貴族が集まり、この一年の功績を讃え合い、新年への希望を語り合っている。シャンデリアの光が豪華な衣装を照らし、音楽が優雅に流れている。
セラフィーナはエドウィンと共に、式典に出席していた。結婚して二ヶ月。彼女の左手の指には、アメジストの指輪が輝いている。
「グレイ夫人」
国王が直接声をかけてきた。
「医薬事業の発展、目覚ましいものがあるな」
「ありがとうございます、陛下」
セラフィーナは深々と礼をした。
「無料診療所も、既に王都に三箇所、地方に五箇所開設されたと聞く」
「はい。多くの方々のご支援のおかげです」
「素晴らしい。王国の宝だ」
国王は満足そうに頷いた。
「これからも励みなさい」
「謹んで」
国王が去った後、多くの貴族たちがセラフィーナとエドウィンに挨拶に来た。
「おめでとうございます」
「薬草茶、本当に効果的ですわ」
「診療所のおかげで、領地の民が健康になりました」
祝福と感謝の言葉が次々と寄せられた。セラフィーナは一人一人に丁寧に応対した。
「疲れませんか?」
エドウィンが小声で尋ねた。
「いいえ、大丈夫です」
セラフィーナは微笑んだ。
「皆さんの笑顔を見ると、元気が出ます」
二人が談笑していると、遠くに見知った顔があった。
ヴィクター・クロフォード新公爵だ。妻と二人の子供を連れて、貴族たちと親しげに話している。公爵家の新しい当主として、既に多くの支持を集めていた。
「新公爵様、立派な方ですわね」
近くの貴婦人が囁いた。
「ええ。前公爵様とは大違いですわ」
「アレクシス様はどうされているのかしら」
「辺境に隠居されたそうですわ。まだお若いのに…」
その会話を、セラフィーナは聞いていた。表情は変わらなかったが、心の中で静かに思った。
(アレクシス様…)
彼女は彼を恨んではいなかった。婚約破棄も、冷たい言葉も、全て過去のことだった。むしろ、あの出来事がなければ、今の幸せもなかったのだから。
「セラフィーナ」
エドウィンが手を差し出した。
「踊りませんか」
「ええ」
二人はダンスフロアへと向かった。エドウィンは優れたダンサーではなかったが、誠実に、丁寧にセラフィーナをエスコートした。
音楽に合わせて回転する。セラフィーナのドレスが優雅に広がる。周囲の人々が微笑んで見守っている。
「幸せですか?」
エドウィンが囁いた。
「とても」
セラフィーナは答えた。
「あなたがいてくれるから」
二人は見つめ合い、微笑んだ。
---
その時、大広間の入り口に、一人の男が立っていた。
アレクシスだった。
旅装に身を包み、以前よりやつれた様子だったが、目には穏やかな光が宿っていた。彼は辺境への移動の途中、この式典に少しだけ立ち寄ったのだ。
大広間の中には入らず、入り口の影から、ただ眺めていた。
ダンスフロアで幸せそうに踊る二人。セラフィーナの笑顔。エドウィンの優しい眼差し。周囲の人々の温かい視線。
全てが、完璧だった。
(彼女はあんなに笑うのか)
アレクシスは思った。婚約していた頃、セラフィーナは病弱で、いつも苦しそうだった。笑顔を見た記憶がほとんどない。
だが今、彼女は輝いている。健康で、美しく、幸福で。
(これでいいのだ)
アレクシスは静かに頷いた。
彼女の幸せ。それが、彼にとって唯一の救いだった。自分が犯した過ちの、せめてもの償いだった。
音楽が終わり、セラフィーナとエドウィンが優雅に礼をする。拍手が湧き起こった。
アレクシスはそれ以上見ることをせず、静かに踵を返した。
「公爵様?」
警備の騎士が声をかけたが、アレクシスは首を横に振った。
「いや、もう公爵ではない。ただの旅人だ」
彼は王宮を後にした。外は冷たい風が吹いている。冬の始まりだった。
馬車が待っている。御者が扉を開けた。
「辺境へ」
アレクシスは短く告げた。
馬車が動き出す。王宮が遠ざかっていく。温かい光、華やかな音楽、幸福な人々。全てが遠くなっていく。
アレクシスは窓の外を見つめた。夜空には星が輝いている。
(それぞれの選択)
セラフィーナの言葉が蘇った。
(人生に間違いなどありません。ただ選択があるだけです)
そうだ。自分も選択した。エリーゼを選び、セラフィーナを手放し、公爵位を譲り、隠居を選んだ。
それが正しかったかどうかは、わからない。でも、それが自分の選択だった。
「後悔はしていない」
アレクシスは呟いた。嘘だった。後悔だらけだった。でも、その後悔を抱えて生きていくしかない。
馬車は王都を出て、暗い街道を進んでいく。
---
大広間では、式典が続いていた。
セラフィーナは父ロデリック侯爵と話していた。
「幸せそうだな」
父が微笑んだ。
「はい、とても」
「エドウィン殿は良い男だ。お前を大切にしてくれるだろう」
「ええ」
セラフィーナは頷いた。
「父上もお元気で」
「ああ。薬草事業のおかげで、侯爵家も潤っている。お前に感謝している」
父娘は温かく微笑み合った。
「そろそろ失礼しようか」
エドウィンが近づいてきた。
「明日も診療所の仕事がありますから」
「そうですね」
セラフィーナは国王に挨拶をして、式典を後にした。
外は冷たい夜風が吹いていたが、二人は手を繋いで馬車に向かった。
「今日は楽しかったですね」
セラフィーナが言った。
「ええ。でも、やはり薬草園の方が落ち着きます」
エドウィンが笑った。
「私もです」
二人は馬車に乗り込んだ。御者が手綱を取り、馬車がゆっくりと動き出す。
窓から王宮を振り返ると、煌々と光る建物が見えた。あそこには、多くの人々がいて、多くの物語がある。
でも、セラフィーナにはもう関係なかった。彼女には自分の物語があり、自分の幸せがあった。
「何を考えているのですか?」
エドウィンが尋ねた。
「いいえ、何も」
セラフィーナは微笑んだ。
「ただ、幸せだなと思っていました」
エドウィンは彼女の手を握った。
「私もです」
馬車は静かな夜道を進んでいく。星空の下、二つの馬車がそれぞれ別の方向へ。
一つは幸福な未来へ。もう一つは静かな隠居の地へ。
人生は選択の連続だ。そしてその選択が、それぞれの運命を形作っていく。
正しいか間違っているかではなく、ただそれが自分の選んだ道なのだ。
冬の風が吹き、星が静かに瞬いている。
それぞれの道を、それぞれが歩んでいく。
交わることのない二つの道。でも、どこかで繋がっているような気もする。
過去という名の、細い糸で。
大広間には王国の全貴族が集まり、この一年の功績を讃え合い、新年への希望を語り合っている。シャンデリアの光が豪華な衣装を照らし、音楽が優雅に流れている。
セラフィーナはエドウィンと共に、式典に出席していた。結婚して二ヶ月。彼女の左手の指には、アメジストの指輪が輝いている。
「グレイ夫人」
国王が直接声をかけてきた。
「医薬事業の発展、目覚ましいものがあるな」
「ありがとうございます、陛下」
セラフィーナは深々と礼をした。
「無料診療所も、既に王都に三箇所、地方に五箇所開設されたと聞く」
「はい。多くの方々のご支援のおかげです」
「素晴らしい。王国の宝だ」
国王は満足そうに頷いた。
「これからも励みなさい」
「謹んで」
国王が去った後、多くの貴族たちがセラフィーナとエドウィンに挨拶に来た。
「おめでとうございます」
「薬草茶、本当に効果的ですわ」
「診療所のおかげで、領地の民が健康になりました」
祝福と感謝の言葉が次々と寄せられた。セラフィーナは一人一人に丁寧に応対した。
「疲れませんか?」
エドウィンが小声で尋ねた。
「いいえ、大丈夫です」
セラフィーナは微笑んだ。
「皆さんの笑顔を見ると、元気が出ます」
二人が談笑していると、遠くに見知った顔があった。
ヴィクター・クロフォード新公爵だ。妻と二人の子供を連れて、貴族たちと親しげに話している。公爵家の新しい当主として、既に多くの支持を集めていた。
「新公爵様、立派な方ですわね」
近くの貴婦人が囁いた。
「ええ。前公爵様とは大違いですわ」
「アレクシス様はどうされているのかしら」
「辺境に隠居されたそうですわ。まだお若いのに…」
その会話を、セラフィーナは聞いていた。表情は変わらなかったが、心の中で静かに思った。
(アレクシス様…)
彼女は彼を恨んではいなかった。婚約破棄も、冷たい言葉も、全て過去のことだった。むしろ、あの出来事がなければ、今の幸せもなかったのだから。
「セラフィーナ」
エドウィンが手を差し出した。
「踊りませんか」
「ええ」
二人はダンスフロアへと向かった。エドウィンは優れたダンサーではなかったが、誠実に、丁寧にセラフィーナをエスコートした。
音楽に合わせて回転する。セラフィーナのドレスが優雅に広がる。周囲の人々が微笑んで見守っている。
「幸せですか?」
エドウィンが囁いた。
「とても」
セラフィーナは答えた。
「あなたがいてくれるから」
二人は見つめ合い、微笑んだ。
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その時、大広間の入り口に、一人の男が立っていた。
アレクシスだった。
旅装に身を包み、以前よりやつれた様子だったが、目には穏やかな光が宿っていた。彼は辺境への移動の途中、この式典に少しだけ立ち寄ったのだ。
大広間の中には入らず、入り口の影から、ただ眺めていた。
ダンスフロアで幸せそうに踊る二人。セラフィーナの笑顔。エドウィンの優しい眼差し。周囲の人々の温かい視線。
全てが、完璧だった。
(彼女はあんなに笑うのか)
アレクシスは思った。婚約していた頃、セラフィーナは病弱で、いつも苦しそうだった。笑顔を見た記憶がほとんどない。
だが今、彼女は輝いている。健康で、美しく、幸福で。
(これでいいのだ)
アレクシスは静かに頷いた。
彼女の幸せ。それが、彼にとって唯一の救いだった。自分が犯した過ちの、せめてもの償いだった。
音楽が終わり、セラフィーナとエドウィンが優雅に礼をする。拍手が湧き起こった。
アレクシスはそれ以上見ることをせず、静かに踵を返した。
「公爵様?」
警備の騎士が声をかけたが、アレクシスは首を横に振った。
「いや、もう公爵ではない。ただの旅人だ」
彼は王宮を後にした。外は冷たい風が吹いている。冬の始まりだった。
馬車が待っている。御者が扉を開けた。
「辺境へ」
アレクシスは短く告げた。
馬車が動き出す。王宮が遠ざかっていく。温かい光、華やかな音楽、幸福な人々。全てが遠くなっていく。
アレクシスは窓の外を見つめた。夜空には星が輝いている。
(それぞれの選択)
セラフィーナの言葉が蘇った。
(人生に間違いなどありません。ただ選択があるだけです)
そうだ。自分も選択した。エリーゼを選び、セラフィーナを手放し、公爵位を譲り、隠居を選んだ。
それが正しかったかどうかは、わからない。でも、それが自分の選択だった。
「後悔はしていない」
アレクシスは呟いた。嘘だった。後悔だらけだった。でも、その後悔を抱えて生きていくしかない。
馬車は王都を出て、暗い街道を進んでいく。
---
大広間では、式典が続いていた。
セラフィーナは父ロデリック侯爵と話していた。
「幸せそうだな」
父が微笑んだ。
「はい、とても」
「エドウィン殿は良い男だ。お前を大切にしてくれるだろう」
「ええ」
セラフィーナは頷いた。
「父上もお元気で」
「ああ。薬草事業のおかげで、侯爵家も潤っている。お前に感謝している」
父娘は温かく微笑み合った。
「そろそろ失礼しようか」
エドウィンが近づいてきた。
「明日も診療所の仕事がありますから」
「そうですね」
セラフィーナは国王に挨拶をして、式典を後にした。
外は冷たい夜風が吹いていたが、二人は手を繋いで馬車に向かった。
「今日は楽しかったですね」
セラフィーナが言った。
「ええ。でも、やはり薬草園の方が落ち着きます」
エドウィンが笑った。
「私もです」
二人は馬車に乗り込んだ。御者が手綱を取り、馬車がゆっくりと動き出す。
窓から王宮を振り返ると、煌々と光る建物が見えた。あそこには、多くの人々がいて、多くの物語がある。
でも、セラフィーナにはもう関係なかった。彼女には自分の物語があり、自分の幸せがあった。
「何を考えているのですか?」
エドウィンが尋ねた。
「いいえ、何も」
セラフィーナは微笑んだ。
「ただ、幸せだなと思っていました」
エドウィンは彼女の手を握った。
「私もです」
馬車は静かな夜道を進んでいく。星空の下、二つの馬車がそれぞれ別の方向へ。
一つは幸福な未来へ。もう一つは静かな隠居の地へ。
人生は選択の連続だ。そしてその選択が、それぞれの運命を形作っていく。
正しいか間違っているかではなく、ただそれが自分の選んだ道なのだ。
冬の風が吹き、星が静かに瞬いている。
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