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「地味すぎる」と婚約破棄された図書館司書は公爵に見初められる
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それから二ヶ月後、カタリナは王立大学の図書館に立っていた。
新築されたばかりの建物は、近代的な設計と伝統的な美しさを兼ね備えていた。高い天井、広々とした閲覧室、そして何万冊もの蔵書を収容できる書庫。王都の郊外、静かな学問地区に建てられたこの図書館は、カタリナの夢そのものだった。
「素晴らしい…」
カタリナは感嘆の声を漏らした。ここで働けることが、心底嬉しかった。
「失礼、こちらが新しい図書館長ですか?」
振り返ると、黒髪の青年が立っていた。三十歳前後だろうか。知的な印象を与える黒縁の眼鏡をかけ、落ち着いた紺色のフロックコートを着ている。長身で、物腰は穏やかだが、どこか威厳を感じさせる人物だった。
「はい、カタリナ・ロレンツと申します」
「セバスチャン・アルトリウスです。この大学で歴史学と古文献学を教えることになっています」
セバスチャン・アルトリウス——その名前を聞いて、カタリナは目を見張った。
「あの、『中世王国史研究』を著されたアルトリウス公爵ですか?」
「公爵位は継いでいますが、学者としての仕事の方が性に合っていましてね。形式的な肩書きは忘れていただいて構いません」
彼は柔らかく微笑んだ。その笑顔には、エドワードのような軽薄さは微塵もなかった。誠実で、知的で、温かみのある笑顔だった。
「実は、図書館の蔵書について相談したいことがありまして。中世の古文書コレクションの配置について、専門家の意見をお聞きしたいのです」
「もちろんです。古文書でしたら、私の専門分野ですから」
二人は書庫へと向かった。カタリナが準備していた古文書のリストを見せると、セバスチャンの目が輝いた。
「素晴らしい。この分類方法は非常に理にかなっている。年代順だけでなく、地域と主題でもクロスリファレンスされているのですね」
「はい。研究者が資料を探しやすいように工夫しました。例えば、建国時代の文書を探している人が、政治史からも、宗教史からも、経済史からもアプローチできるように」
「これほど体系的に整理された古文書コレクションは見たことがありません。ロレンツ館長、あなたは本当に優秀な司書ですね」
カタリナは頬が熱くなるのを感じた。自分の仕事を、こんなにも理解してくれる人がいるなんて。エドワードは、カタリナが図書館での仕事の話をすると、いつも「そんな地味な仕事」と鼻で笑ったものだった。
「ありがとうございます。でも、まだ改善の余地はたくさんあります」
「それなら、一緒に最高の図書館を作りましょう。私も全面的に協力します」
その日から、カタリナとセバスチャンは頻繁に顔を合わせるようになった。図書館の運営について、蔵書の選定について、学生への資料提供の方法について——二人の会話は尽きることがなかった。
セバスチャンは公爵でありながら、決して傲慢なところがなかった。カタリナの意見を真摯に聞き、時には自分の考えを修正することもあった。そして何より、彼は本当に学問を愛していた。
ある日の午後、セバスチャンが興奮した様子で図書館に現れた。
「ロレンツ館長、大発見です!」
「何かありましたか?」
「先週、あなたが整理してくださった古文書の中に、これまで所在不明だった『王国建国史草稿』の一部が含まれていたんです!」
カタリナの目も輝いた。『王国建国史草稿』は、建国王が自ら執筆したとされる歴史書の原稿で、長年失われていたと考えられていた文献だった。
「本当ですか?それは素晴らしい」
「見てください、この筆跡。そして、この記述内容。間違いありません」
セバスチャンが広げた羊皮紙には、確かに古い文字で歴史が綴られていた。カタリナも古文書学を学んでいたので、その価値がすぐにわかった。
「これは学会でも大きな話題になります。発見者として、あなたの名前も論文に記載させていただきたいのですが」
「私はただ整理しただけです。発見されたのは公爵…セバスチャン様ですから」
「いいえ、適切な分類があってこそ、埋もれていた資料が日の目を見るんです。これは共同発見ですよ」
彼の真摯な態度に、カタリナは心が温かくなるのを感じた。エドワードなら、自分の手柄にするために彼女の貢献など無視しただろう。
「では、ありがたくお受けします」
「一緒に論文を書きませんか?あなたの古文書に関する知識は、私以上かもしれません」
「そんな、とんでもない…」
「本当ですよ。あなたの分類システムを見れば、それは明らかです」
こうして、二人の共同研究が始まった。
夜遅くまで図書館に残り、古文書を読み解き、議論を交わす日々。カタリナは生まれて初めて、心から楽しいと思える時間を過ごしていた。
セバスチャンとの会話は知的で刺激的だった。彼は博識でありながら、決してカタリナを見下すことはなかった。むしろ、彼女の意見を求め、新しい視点に感謝した。
「カタリナの解釈は面白いですね。私はこの部分を政治的な文脈で読んでいましたが、宗教的な意味合いもあるかもしれない」
「でも、セバスチャン様の政治的解釈も説得力があります。おそらく、両方の要素が絡み合っているのでしょう」
「そうかもしれませんね。…ところで、カタリナ」
「はい?」
「もう少しカジュアルに話しませんか?『様』は堅苦しいです。セバスチャンと呼んでください」
カタリナは一瞬躊躇したが、頷いた。
「わかりました…セバスチャン」
「ありがとう、カタリナ」
彼の笑顔を見て、カタリナの胸が高鳴った。これは一体、何なのだろう。
週を重ねるごとに、二人の距離は縮まっていった。研究の合間に、二人は私的な話もするようになった。
「カタリナは、なぜ図書館司書になろうと思ったんですか?」
ある晩、セバスチャンが尋ねた。
「子供の頃から、本が好きだったんです。物語の中では、どんな冒険もできる。知らない世界を知ることができる。そして、私は…人と話すのが得意ではなかったので、本が一番の友達でした」
「寂しい子供時代を過ごしたんですね」
「いいえ、寂しくはなかったです。本があれば十分でした」
カタリナは微笑んだが、その笑顔には少し影があった。
「でも、今は違いますか?」
「…はい。今は、人と話すことも楽しいと思えます。少なくとも、セバスチャンとなら」
セバスチャンは優しく微笑んだ。
「僕もです。カタリナと話していると、時間を忘れます」
その言葉に、カタリナの心は大きく揺れた。
新築されたばかりの建物は、近代的な設計と伝統的な美しさを兼ね備えていた。高い天井、広々とした閲覧室、そして何万冊もの蔵書を収容できる書庫。王都の郊外、静かな学問地区に建てられたこの図書館は、カタリナの夢そのものだった。
「素晴らしい…」
カタリナは感嘆の声を漏らした。ここで働けることが、心底嬉しかった。
「失礼、こちらが新しい図書館長ですか?」
振り返ると、黒髪の青年が立っていた。三十歳前後だろうか。知的な印象を与える黒縁の眼鏡をかけ、落ち着いた紺色のフロックコートを着ている。長身で、物腰は穏やかだが、どこか威厳を感じさせる人物だった。
「はい、カタリナ・ロレンツと申します」
「セバスチャン・アルトリウスです。この大学で歴史学と古文献学を教えることになっています」
セバスチャン・アルトリウス——その名前を聞いて、カタリナは目を見張った。
「あの、『中世王国史研究』を著されたアルトリウス公爵ですか?」
「公爵位は継いでいますが、学者としての仕事の方が性に合っていましてね。形式的な肩書きは忘れていただいて構いません」
彼は柔らかく微笑んだ。その笑顔には、エドワードのような軽薄さは微塵もなかった。誠実で、知的で、温かみのある笑顔だった。
「実は、図書館の蔵書について相談したいことがありまして。中世の古文書コレクションの配置について、専門家の意見をお聞きしたいのです」
「もちろんです。古文書でしたら、私の専門分野ですから」
二人は書庫へと向かった。カタリナが準備していた古文書のリストを見せると、セバスチャンの目が輝いた。
「素晴らしい。この分類方法は非常に理にかなっている。年代順だけでなく、地域と主題でもクロスリファレンスされているのですね」
「はい。研究者が資料を探しやすいように工夫しました。例えば、建国時代の文書を探している人が、政治史からも、宗教史からも、経済史からもアプローチできるように」
「これほど体系的に整理された古文書コレクションは見たことがありません。ロレンツ館長、あなたは本当に優秀な司書ですね」
カタリナは頬が熱くなるのを感じた。自分の仕事を、こんなにも理解してくれる人がいるなんて。エドワードは、カタリナが図書館での仕事の話をすると、いつも「そんな地味な仕事」と鼻で笑ったものだった。
「ありがとうございます。でも、まだ改善の余地はたくさんあります」
「それなら、一緒に最高の図書館を作りましょう。私も全面的に協力します」
その日から、カタリナとセバスチャンは頻繁に顔を合わせるようになった。図書館の運営について、蔵書の選定について、学生への資料提供の方法について——二人の会話は尽きることがなかった。
セバスチャンは公爵でありながら、決して傲慢なところがなかった。カタリナの意見を真摯に聞き、時には自分の考えを修正することもあった。そして何より、彼は本当に学問を愛していた。
ある日の午後、セバスチャンが興奮した様子で図書館に現れた。
「ロレンツ館長、大発見です!」
「何かありましたか?」
「先週、あなたが整理してくださった古文書の中に、これまで所在不明だった『王国建国史草稿』の一部が含まれていたんです!」
カタリナの目も輝いた。『王国建国史草稿』は、建国王が自ら執筆したとされる歴史書の原稿で、長年失われていたと考えられていた文献だった。
「本当ですか?それは素晴らしい」
「見てください、この筆跡。そして、この記述内容。間違いありません」
セバスチャンが広げた羊皮紙には、確かに古い文字で歴史が綴られていた。カタリナも古文書学を学んでいたので、その価値がすぐにわかった。
「これは学会でも大きな話題になります。発見者として、あなたの名前も論文に記載させていただきたいのですが」
「私はただ整理しただけです。発見されたのは公爵…セバスチャン様ですから」
「いいえ、適切な分類があってこそ、埋もれていた資料が日の目を見るんです。これは共同発見ですよ」
彼の真摯な態度に、カタリナは心が温かくなるのを感じた。エドワードなら、自分の手柄にするために彼女の貢献など無視しただろう。
「では、ありがたくお受けします」
「一緒に論文を書きませんか?あなたの古文書に関する知識は、私以上かもしれません」
「そんな、とんでもない…」
「本当ですよ。あなたの分類システムを見れば、それは明らかです」
こうして、二人の共同研究が始まった。
夜遅くまで図書館に残り、古文書を読み解き、議論を交わす日々。カタリナは生まれて初めて、心から楽しいと思える時間を過ごしていた。
セバスチャンとの会話は知的で刺激的だった。彼は博識でありながら、決してカタリナを見下すことはなかった。むしろ、彼女の意見を求め、新しい視点に感謝した。
「カタリナの解釈は面白いですね。私はこの部分を政治的な文脈で読んでいましたが、宗教的な意味合いもあるかもしれない」
「でも、セバスチャン様の政治的解釈も説得力があります。おそらく、両方の要素が絡み合っているのでしょう」
「そうかもしれませんね。…ところで、カタリナ」
「はい?」
「もう少しカジュアルに話しませんか?『様』は堅苦しいです。セバスチャンと呼んでください」
カタリナは一瞬躊躇したが、頷いた。
「わかりました…セバスチャン」
「ありがとう、カタリナ」
彼の笑顔を見て、カタリナの胸が高鳴った。これは一体、何なのだろう。
週を重ねるごとに、二人の距離は縮まっていった。研究の合間に、二人は私的な話もするようになった。
「カタリナは、なぜ図書館司書になろうと思ったんですか?」
ある晩、セバスチャンが尋ねた。
「子供の頃から、本が好きだったんです。物語の中では、どんな冒険もできる。知らない世界を知ることができる。そして、私は…人と話すのが得意ではなかったので、本が一番の友達でした」
「寂しい子供時代を過ごしたんですね」
「いいえ、寂しくはなかったです。本があれば十分でした」
カタリナは微笑んだが、その笑顔には少し影があった。
「でも、今は違いますか?」
「…はい。今は、人と話すことも楽しいと思えます。少なくとも、セバスチャンとなら」
セバスチャンは優しく微笑んだ。
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