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新しい出会い
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翌朝、リディアはオットーとの約束の時間に向けて、身支度を整えていた。昨夜の音楽会の興奮がまだ冷めやらぬ中、彼が何を話したいのか、少し緊張していた。
待ち合わせ場所は、宮廷の庭園だった。秋から冬へと移り変わる季節、庭園の木々は葉を落とし、静かな佇まいを見せている。
リディアが到着すると、オットーはすでに噴水の傍に立っていた。彼は何かを考え込んでいるようで、リディアに気づくと、少し緊張した表情で振り返った。
「リディア伯爵、お待ちしておりました」
「オットー様。お話とは、何でしょうか」
オットーは深呼吸をした。
「その前に、あなたに謝らなければならないことがあります」
「謝る……ですか」
「はい。実は、私は本当の身分を隠していました」
リディアは驚いて彼を見た。
「私の本名は、オットー・フォン・ノルトハイム。隣国ノルトハイム王国の第二王子です」
リディアは言葉を失った。王子。目の前の穏やかな音楽家が、王族だったのだ。
「どうして……どうして身分を隠していたのですか」
「音楽を学びたかったからです。王子という立場では、誰もが気を遣い、本当のことを教えてくれません。だから、ただの音楽家として、あなたから学びたかった」
オットーは真摯な目でリディアを見た。
「でも、それはあなたを騙すことでもありました。申し訳ありませんでした」
リディアは少し考えてから、静かに微笑んだ。
「あなたが音楽を愛していることは、本物でしたよね」
「はい、それだけは誓います」
「ならば、許します。身分がどうであれ、あなたは私にとって大切な音楽仲間です」
オットーの表情が明るくなった。
「ありがとうございます。そして……もう一つ、お伝えしたいことがあります」
彼は懐から小さな箱を取り出した。
「リディア・フォン・ムジーク伯爵。私と結婚していただけませんか」
リディアは息を呑んだ。
「結婚……」
「はい。あなたと出会ってから、音楽への情熱だけでなく、あなた自身に惹かれていきました」
オットーは一歩近づいた。
「あなたの強さ、優しさ、そして何より、音楽に向き合う真摯な姿。すべてが素晴らしい」
「でも、私は……」
リディアは戸惑った。確かにオットーとの時間は楽しかった。音楽を通じて心が通い合った。でも、結婚となると、話は別だ。
「突然のことで、驚かせてしまいましたね」
オットーは優しく微笑んだ。
「すぐに答えを出す必要はありません。ゆっくり考えてください」
「オットー様……」
「ただ、一つだけ約束します。もしあなたが私との結婚を選んでくれたら、決してあなたの音楽を奪いません」
オットーは真剣な眼差しで続けた。
「むしろ、一緒に音楽の国を作りたいのです。国境を越えて、すべての人が音楽を楽しめる世界を」
リディアの心が動いた。音楽を続けられる。それどころか、もっと大きな舞台で、音楽を広められる。
「考えさせてください」
「もちろんです。私は待ちます」
オットーは深く頭を下げた。
リディアは部屋に戻り、一人で考え込んだ。
結婚。それは大きな決断だ。
エドゥアルトのことが、脳裏をよぎる。あの時、彼との結婚を夢見ていた。でも、裏切られた。
「もう、過去のことよ」
リディアは自分に言い聞かせた。
オットーは違う。彼は音楽を愛し、自分の才能を認めてくれている。そして何より、対等な存在として接してくれる。
「でも……」
まだ心のどこかに、迷いがあった。
その時、扉がノックされた。
「リディア、入ってもいいか」
父ハインリヒの声だった。
「どうぞ、父様」
ハインリヒが入ってくると、娘の表情を見て、何かあったことを察した。
「悩み事か」
「父様……オットー様、いえ、オットー王子から求婚されました」
ハインリヒは驚きの表情を浮かべた。
「王子が……そうか」
父は椅子に座り、娘の顔をじっと見た。
「お前は、どうしたい」
「わかりません。確かにオットー様は素晴らしい方です。でも……」
「エドゥアルトのことが、まだ忘れられないのか」
リディアは首を横に振った。
「違います。彼のことはもう……でも、また誰かを信じて、裏切られるのが怖いんです」
ハインリヒは優しく娘の手を取った。
「リディア。人を信じることは、勇気がいる。でも、恐れていたら、何も始まらない」
「父様……」
「あの騎士は、お前の価値を理解できなかった。でも、王子は違う。彼はお前の音楽を、お前自身を、心から尊重している」
ハインリヒは微笑んだ。
「お前の幸せが一番だ。音楽も大切だが、愛する人と共に歩む人生も、素晴らしいものだ」
「父様は、母様と幸せでしたか」
「ああ。お前の母は、私の音楽を誰よりも愛してくれた。そして、私も母を愛していた」
リディアの母は、彼女が幼い頃に亡くなった。でも、父が母を深く愛していたことは知っていた。
「よく考えなさい。そして、自分の心に正直になるんだ」
父は立ち上がり、娘の頭を優しく撫でた。
「お前なら、正しい選択ができる」
父が去った後、リディアは窓から庭園を眺めた。
オットーの言葉が蘇る。「一緒に音楽の国を作りたい」
それは、リディアがずっと夢見ていたことだった。身分に関係なく、すべての人が音楽を楽しめる世界。
「私は……」
リディアは心を決めた。
数日後、リディアはオットーに答えを伝えるため、再び庭園で会った。
「リディア伯爵」
オットーは緊張した面持ちで立っていた。
「お答えを、お聞かせいただけますか」
リディアは深呼吸をした。
「はい。私は……あなたの求婚を、お受けします」
オットーの顔が輝いた。
「本当ですか」
「ええ。ただし、条件があります」
「何でもおっしゃってください」
「私は音楽家であり続けます。王妃になっても、音楽を作り、演奏し続けます」
「もちろんです。それが私の望みでもあります」
オットーはリディアの手を取った。
「そして、一緒に音楽の学院を作りましょう。才能ある者は、身分に関係なく学べる場所を」
「素晴らしいアイデアです」
リディアは微笑んだ。
「では、もう一つ条件を」
「何でしょう」
「私を、対等な存在として扱ってください。王子と平民ではなく、一人の人間として」
オットーは真剣な眼差しで頷いた。
「誓います。あなたは私にとって、かけがえのないパートナーです」
二人は手を取り合い、微笑み合った。
その様子を、遠くから見ている人物がいた。
エドゥアルトだった。
彼は警備の任務で宮廷にいたが、偶然この場面に遭遇してしまった。
リディアとオットーが手を取り合い、幸せそうに話している姿。それは、彼が失ったものを、まざまざと見せつけられる光景だった。
「エドゥアルト、何をしている」
上司の騎士団長が声をかけた。
「いえ、何も……」
「そうか。ところで、お前の妻の実家のことだが」
騎士団長は渋い顔をした。
「ブラウンシュタイン子爵家が、金銭スキャンダルに巻き込まれているそうだな」
エドゥアルトの顔が強張った。
「はい……実家の投資が失敗し、多額の借金を抱えているそうです」
「それが王宮内で噂になっている。お前の立場も、微妙だぞ」
「申し訳ございません」
エドゥアルトは頭を下げた。
「まあ、お前自身に非はない。だが、気をつけろ。貴族社会は、スキャンダルに厳しい」
騎士団長が去った後、エドゥアルトは壁に寄りかかった。
すべてが崩れ始めている。
地位のため、家名のために選んだ結婚。でも、その結婚がかえって自分を苦しめている。
アデーレは浪費家で、常に不満を口にする。彼女の実家は借金まみれで、援助を求めてくる。そして、宮廷での立場も危うくなってきた。
「私は……何を選んだんだ」
エドゥアルトは自問した。
答えは、もうわかっていた。
間違った選択をしたのだ。
その夜、リディアとオットーの婚約が、王宮内で正式に発表された。
宴が開かれ、多くの貴族たちが祝福に訪れた。
「おめでとうございます、リディア伯爵」
「王子とお似合いですわ」
「素晴らしいご縁ですね」
リディアは一人一人に感謝の言葉を述べた。
マルティン、アンナ、ペーターも駆けつけてくれた。
「リディア、本当におめでとう」
「私たち、嬉しいわ」
「王子は良い人だよ。安心したよ」
仲間たちの言葉に、リディアは涙ぐんだ。
「ありがとう、みんな。これからも、一緒に音楽を作っていきましょう」
「もちろんだよ」
宴の最中、リディアはふと人混みの中にエドゥアルトの姿を見つけた。
彼は壁際に立ち、こちらを見ていた。その目には、深い後悔の色が浮かんでいた。
リディアと目が合うと、エドゥアルトは小さく頭を下げ、会場を出て行った。
リディアは少し胸が痛んだ。でも、それはもう哀しみではなかった。
「さようなら、エドゥアルト様」
心の中で呟く。
「あなたとの思い出は、私を強くしてくれました。でも、もう過去のことです」
オットーが近づいてきた。
「どうかしましたか」
「いいえ、何も」
リディアは微笑んだ。
「ただ、過去に別れを告げていただけです」
「そうですか」
オットーは優しく微笑み、リディアの手を取った。
「これから、新しい未来を一緒に作りましょう」
「ええ。二人で」
宴は深夜まで続いた。音楽が響き、人々が笑い、祝福の言葉が飛び交う。
リディアは幸せだった。
本当の意味で、前を向けた気がした。
一方、宴を後にしたエドゥアルトは、一人暗い廊下を歩いていた。
彼の部屋に戻ると、アデーレが待っていた。
「あなた、遅かったわね」
「ああ……」
「ねえ、聞いて。実家がまた援助を求めてきたの。今度は五百金貨よ」
「五百……そんな金額、どこにあるんだ」
エドゥアルトは頭を抱えた。
「あなた、何とかしてよ。私の実家が破産したら、あなたの立場も危ういのよ」
「わかっている! わかっているが……」
エドゥアルトは叫んだ。
アデーレは驚いて黙り込んだ。
「すまない……少し、疲れているんだ」
「そう……」
アデーレは不満そうに部屋を出て行った。
一人になったエドゥアルトは、窓から夜空を見上げた。
リディアの輝く姿が、目に焼きついて離れなかった。
「私は……本当に愚かだった」
涙が一筋、頬を伝った。
失ったものの大きさを、今になって思い知る。
でも、もう取り戻せない。
彼女は前に進んでいる。自分だけが、過去に囚われている。
「リディア……」
名前を呟くことしか、できなかった。
星空は、何も答えてくれなかった。
ただ静かに、冷たく瞬いているだけだった。
リディアの新しい人生が始まろうとしていた。
一方、エドゥアルトの転落は、まだ序章に過ぎなかった——。
待ち合わせ場所は、宮廷の庭園だった。秋から冬へと移り変わる季節、庭園の木々は葉を落とし、静かな佇まいを見せている。
リディアが到着すると、オットーはすでに噴水の傍に立っていた。彼は何かを考え込んでいるようで、リディアに気づくと、少し緊張した表情で振り返った。
「リディア伯爵、お待ちしておりました」
「オットー様。お話とは、何でしょうか」
オットーは深呼吸をした。
「その前に、あなたに謝らなければならないことがあります」
「謝る……ですか」
「はい。実は、私は本当の身分を隠していました」
リディアは驚いて彼を見た。
「私の本名は、オットー・フォン・ノルトハイム。隣国ノルトハイム王国の第二王子です」
リディアは言葉を失った。王子。目の前の穏やかな音楽家が、王族だったのだ。
「どうして……どうして身分を隠していたのですか」
「音楽を学びたかったからです。王子という立場では、誰もが気を遣い、本当のことを教えてくれません。だから、ただの音楽家として、あなたから学びたかった」
オットーは真摯な目でリディアを見た。
「でも、それはあなたを騙すことでもありました。申し訳ありませんでした」
リディアは少し考えてから、静かに微笑んだ。
「あなたが音楽を愛していることは、本物でしたよね」
「はい、それだけは誓います」
「ならば、許します。身分がどうであれ、あなたは私にとって大切な音楽仲間です」
オットーの表情が明るくなった。
「ありがとうございます。そして……もう一つ、お伝えしたいことがあります」
彼は懐から小さな箱を取り出した。
「リディア・フォン・ムジーク伯爵。私と結婚していただけませんか」
リディアは息を呑んだ。
「結婚……」
「はい。あなたと出会ってから、音楽への情熱だけでなく、あなた自身に惹かれていきました」
オットーは一歩近づいた。
「あなたの強さ、優しさ、そして何より、音楽に向き合う真摯な姿。すべてが素晴らしい」
「でも、私は……」
リディアは戸惑った。確かにオットーとの時間は楽しかった。音楽を通じて心が通い合った。でも、結婚となると、話は別だ。
「突然のことで、驚かせてしまいましたね」
オットーは優しく微笑んだ。
「すぐに答えを出す必要はありません。ゆっくり考えてください」
「オットー様……」
「ただ、一つだけ約束します。もしあなたが私との結婚を選んでくれたら、決してあなたの音楽を奪いません」
オットーは真剣な眼差しで続けた。
「むしろ、一緒に音楽の国を作りたいのです。国境を越えて、すべての人が音楽を楽しめる世界を」
リディアの心が動いた。音楽を続けられる。それどころか、もっと大きな舞台で、音楽を広められる。
「考えさせてください」
「もちろんです。私は待ちます」
オットーは深く頭を下げた。
リディアは部屋に戻り、一人で考え込んだ。
結婚。それは大きな決断だ。
エドゥアルトのことが、脳裏をよぎる。あの時、彼との結婚を夢見ていた。でも、裏切られた。
「もう、過去のことよ」
リディアは自分に言い聞かせた。
オットーは違う。彼は音楽を愛し、自分の才能を認めてくれている。そして何より、対等な存在として接してくれる。
「でも……」
まだ心のどこかに、迷いがあった。
その時、扉がノックされた。
「リディア、入ってもいいか」
父ハインリヒの声だった。
「どうぞ、父様」
ハインリヒが入ってくると、娘の表情を見て、何かあったことを察した。
「悩み事か」
「父様……オットー様、いえ、オットー王子から求婚されました」
ハインリヒは驚きの表情を浮かべた。
「王子が……そうか」
父は椅子に座り、娘の顔をじっと見た。
「お前は、どうしたい」
「わかりません。確かにオットー様は素晴らしい方です。でも……」
「エドゥアルトのことが、まだ忘れられないのか」
リディアは首を横に振った。
「違います。彼のことはもう……でも、また誰かを信じて、裏切られるのが怖いんです」
ハインリヒは優しく娘の手を取った。
「リディア。人を信じることは、勇気がいる。でも、恐れていたら、何も始まらない」
「父様……」
「あの騎士は、お前の価値を理解できなかった。でも、王子は違う。彼はお前の音楽を、お前自身を、心から尊重している」
ハインリヒは微笑んだ。
「お前の幸せが一番だ。音楽も大切だが、愛する人と共に歩む人生も、素晴らしいものだ」
「父様は、母様と幸せでしたか」
「ああ。お前の母は、私の音楽を誰よりも愛してくれた。そして、私も母を愛していた」
リディアの母は、彼女が幼い頃に亡くなった。でも、父が母を深く愛していたことは知っていた。
「よく考えなさい。そして、自分の心に正直になるんだ」
父は立ち上がり、娘の頭を優しく撫でた。
「お前なら、正しい選択ができる」
父が去った後、リディアは窓から庭園を眺めた。
オットーの言葉が蘇る。「一緒に音楽の国を作りたい」
それは、リディアがずっと夢見ていたことだった。身分に関係なく、すべての人が音楽を楽しめる世界。
「私は……」
リディアは心を決めた。
数日後、リディアはオットーに答えを伝えるため、再び庭園で会った。
「リディア伯爵」
オットーは緊張した面持ちで立っていた。
「お答えを、お聞かせいただけますか」
リディアは深呼吸をした。
「はい。私は……あなたの求婚を、お受けします」
オットーの顔が輝いた。
「本当ですか」
「ええ。ただし、条件があります」
「何でもおっしゃってください」
「私は音楽家であり続けます。王妃になっても、音楽を作り、演奏し続けます」
「もちろんです。それが私の望みでもあります」
オットーはリディアの手を取った。
「そして、一緒に音楽の学院を作りましょう。才能ある者は、身分に関係なく学べる場所を」
「素晴らしいアイデアです」
リディアは微笑んだ。
「では、もう一つ条件を」
「何でしょう」
「私を、対等な存在として扱ってください。王子と平民ではなく、一人の人間として」
オットーは真剣な眼差しで頷いた。
「誓います。あなたは私にとって、かけがえのないパートナーです」
二人は手を取り合い、微笑み合った。
その様子を、遠くから見ている人物がいた。
エドゥアルトだった。
彼は警備の任務で宮廷にいたが、偶然この場面に遭遇してしまった。
リディアとオットーが手を取り合い、幸せそうに話している姿。それは、彼が失ったものを、まざまざと見せつけられる光景だった。
「エドゥアルト、何をしている」
上司の騎士団長が声をかけた。
「いえ、何も……」
「そうか。ところで、お前の妻の実家のことだが」
騎士団長は渋い顔をした。
「ブラウンシュタイン子爵家が、金銭スキャンダルに巻き込まれているそうだな」
エドゥアルトの顔が強張った。
「はい……実家の投資が失敗し、多額の借金を抱えているそうです」
「それが王宮内で噂になっている。お前の立場も、微妙だぞ」
「申し訳ございません」
エドゥアルトは頭を下げた。
「まあ、お前自身に非はない。だが、気をつけろ。貴族社会は、スキャンダルに厳しい」
騎士団長が去った後、エドゥアルトは壁に寄りかかった。
すべてが崩れ始めている。
地位のため、家名のために選んだ結婚。でも、その結婚がかえって自分を苦しめている。
アデーレは浪費家で、常に不満を口にする。彼女の実家は借金まみれで、援助を求めてくる。そして、宮廷での立場も危うくなってきた。
「私は……何を選んだんだ」
エドゥアルトは自問した。
答えは、もうわかっていた。
間違った選択をしたのだ。
その夜、リディアとオットーの婚約が、王宮内で正式に発表された。
宴が開かれ、多くの貴族たちが祝福に訪れた。
「おめでとうございます、リディア伯爵」
「王子とお似合いですわ」
「素晴らしいご縁ですね」
リディアは一人一人に感謝の言葉を述べた。
マルティン、アンナ、ペーターも駆けつけてくれた。
「リディア、本当におめでとう」
「私たち、嬉しいわ」
「王子は良い人だよ。安心したよ」
仲間たちの言葉に、リディアは涙ぐんだ。
「ありがとう、みんな。これからも、一緒に音楽を作っていきましょう」
「もちろんだよ」
宴の最中、リディアはふと人混みの中にエドゥアルトの姿を見つけた。
彼は壁際に立ち、こちらを見ていた。その目には、深い後悔の色が浮かんでいた。
リディアと目が合うと、エドゥアルトは小さく頭を下げ、会場を出て行った。
リディアは少し胸が痛んだ。でも、それはもう哀しみではなかった。
「さようなら、エドゥアルト様」
心の中で呟く。
「あなたとの思い出は、私を強くしてくれました。でも、もう過去のことです」
オットーが近づいてきた。
「どうかしましたか」
「いいえ、何も」
リディアは微笑んだ。
「ただ、過去に別れを告げていただけです」
「そうですか」
オットーは優しく微笑み、リディアの手を取った。
「これから、新しい未来を一緒に作りましょう」
「ええ。二人で」
宴は深夜まで続いた。音楽が響き、人々が笑い、祝福の言葉が飛び交う。
リディアは幸せだった。
本当の意味で、前を向けた気がした。
一方、宴を後にしたエドゥアルトは、一人暗い廊下を歩いていた。
彼の部屋に戻ると、アデーレが待っていた。
「あなた、遅かったわね」
「ああ……」
「ねえ、聞いて。実家がまた援助を求めてきたの。今度は五百金貨よ」
「五百……そんな金額、どこにあるんだ」
エドゥアルトは頭を抱えた。
「あなた、何とかしてよ。私の実家が破産したら、あなたの立場も危ういのよ」
「わかっている! わかっているが……」
エドゥアルトは叫んだ。
アデーレは驚いて黙り込んだ。
「すまない……少し、疲れているんだ」
「そう……」
アデーレは不満そうに部屋を出て行った。
一人になったエドゥアルトは、窓から夜空を見上げた。
リディアの輝く姿が、目に焼きついて離れなかった。
「私は……本当に愚かだった」
涙が一筋、頬を伝った。
失ったものの大きさを、今になって思い知る。
でも、もう取り戻せない。
彼女は前に進んでいる。自分だけが、過去に囚われている。
「リディア……」
名前を呟くことしか、できなかった。
星空は、何も答えてくれなかった。
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