9 / 67
色のない受付嬢
第8話
しおりを挟む「私には…思い出と感情が無いのです」
木箱に腰掛けるシルヴィアは、少ない記憶を探るようにぽつりぽつりと語り始めた。
穏やかな春が過ぎ、少しずつ気温が上がり始めた初夏。マスター秘書のユキノは、ギルドの二階へと手帳を片手に階段を上った。流石にいつもの長袖では暑く感じ、半袖に変えようかと額に汗を浮かべながら1人考える。
そこで普段なら彼女は左のギルドマスター室へと向かうが、今回は反対側へと廊下を進んでいく。その足取りに躊躇いや迷いはなく、彼女は廊下の突き当たりにある部屋の扉を開けた。
関係者以外立ち入り禁止の部屋、と言っても入れるのはグレイとユキノだなのだが、彼女は部屋に入り窓際に置かれたベッドの元へ近づいた。この部屋にはベッドと椅子しかなく、ベッドは長い間1人の女性が占領していた。その人物こそが、シルヴィアだった。
「暑いですね…少し換気しますわ」
眠るシルヴィアに一声かけ、ユキノは窓を開けて空気を入れ替えた。そしてベッドの側に椅子を寄せると、静かに腰掛けて手帳を開く。これが、通常業務に新たに追加された彼女の仕事だった。
シルヴィアがここで眠り始めたのは1年と10ヶ月ほど前。歴史に名を残すような魔物の大氾濫が起きた直後の事だった。その頃は後始末やらで国中が慌ただしかったが、それに乗じるようにシルヴィアもギルドに転がり込んできた。
正確には、グレイが運んで来たという方が正しいだろう。いつものように仕事をサボって何処かに消えたと思っていたグレイに、書類整理の途中にも関わらず、ユキノは二階へと案内され眠り姫と始めて対面したのだ。件の眠り姫は、左目を覆うように包帯が巻かれている。
「グレイさん…こちらの方は?」
「……俺の友人だ。少し前に事故にあってな、そらから眠り続けてる」
「お医者様は何と?」
「わからないらしい。健康に異常はないらしが…1つだけ問題があってな」
「………?」
『何をですか?』と聞くよりも早く、グレイは掛け布団をそっとめくった。そして現れた腕を見てユキノは目を見開く。そこにあったのは、取り付けられたような植物の腕だった。
「見ての通り色々訳ありなんだ。あまり口外しないでくれると助かる」
「…っ、わ、かりましたわ。ではこの方が目覚めるまで、私が身の回りのお手伝いをすれば宜しいのですね?」
「本当は俺がしたいところだけど、ギルマスになったばかりで忙しくてね…。頼めるかい?」
「問題ありませんわ。少し驚きましたが、グレイさんのご友人なのでしょう?私がしっかり面倒みますわ」
「助かるよ。給料も上げとくからさ」
「倍でお願いしますわ」
「ゔっ…ぜ、善処する」
「ふふっ、冗談ですわよ」
以来、シルヴィアの面倒は2人が見ていた。朝と昼に部屋の空気の入れ替えや掃除などをし、退社前に体を拭いて身を清める。ユキノは初め、見ず知らずの女性の看病に戸惑ったがそれも徐々に慣れていった。
(明日は…ギルド連盟の定例会議ですわね。寝坊したら大変ですわ)
ユキノは自身の手帳に記されたスケジュールを眺めながら、小さく欠伸をした。秘書の仕事はやりがいもあって楽しいのだが、ここ最近は忙しく寝不足が続いていた。
いっそベッドで眠る彼女のように、時間を気にせず眠りたいくらいだ。そう思いチラリと眠り姫に視線を向けた所で、ユキノの手元から手帳が床に落ちた。
それもそのはず、もうこの先永遠に眠るのではないかと思っていた女性が、パチリと目を開けてユキノを見ていたのだ。左目は包帯が巻かれているので青い右目だけを覗かせているが、ユキノは目の前の光景が信じられなかった。
「う、嘘…グレイさんに報告を…!」
ユキノは手帳を拾って椅子に置き、グレイのいる部屋へと走って行った。
目を覚まして最初に見たのは、知らない天井だった。そこでちょうど近くから誰かの声が聞こえ、見てみれば知らない女性が手元の本を見て何か呟いている。
ここは何処で貴女は誰かと聞こうとするも、女性は私が起きたのに気付くと、驚いた後に部屋を出ていってしまう。
私は視界がぼやけて変な感じがしていたが、そのまま起き上がろうとした。だが、何故か体が重たく全く動かない。それに体のバランスが変に感じるのは、気のせいだろうか。
そんな事をしていると、部屋の扉が勢いよく開いて先程の女性と黒髪の男性が血相を変えて部屋に入って来た。2人とも私を見て驚いていたが、男性に至ってはベッドの側に膝をついて涙を流した。
「良かった…本当に良かった…!」
「…な……だ……?」
「もう大丈夫だ…。ゆっくり休んでくれ」
『あなたは誰ですか?』と言葉を発したつもりだったが、喉が掠れて上手く言葉を紡げない。そこでようやく、私は体の異変に気付いた。
(腕と足、それに目が…無い)
私の右腕と左足は異質な緑色のものに変わっており、更に左目はどこかに消えてしまっていた。バランスと視界が悪かったのはこれのせいかと、ようやく納得がいく。
だが私の体に何が起きてこうなったのかは思い出せなかった。そして何より、もっと大事な事を忘れているようなー。
「取り乱して悪かった。でも君がもう目覚めないかと思って、本当に心配だったんだ…」
「…わた、ひ…だぁれ…すか?」
「っ…?!」
そう言って私の左手を握る男性が、驚愕からか目を見開いたその表情を、私はこの先も忘れないだろう。
どうやら私は目と手足以上に、大事なモノを失くしてしまったようだ。
27
あなたにおすすめの小説
アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~
eggy
ファンタジー
もと魔狩人《まかりびと》ライナルトは大雪の中、乳飲み子を抱いて村に入った。
村では魔獣や獣に被害を受けることが多く、村人たちが生活と育児に協力する代わりとして、害獣狩りを依頼される。
ライナルトは村人たちの威力の低い攻撃魔法と協力して大剣を振るうことで、害獣狩りに挑む。
しかし年々増加、凶暴化してくる害獣に、低威力の魔法では対処しきれなくなってくる。
まだ赤ん坊の娘イェッタは何処からか降りてくる『知識』に従い、魔法の威力増加、複数合わせた使用法を工夫して、父親を援助しようと考えた。
幼い娘と父親が力を合わせて害獣や強敵に挑む、冒険ファンタジー。
「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる