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色のない受付嬢
第7話
しおりを挟む一瞬何が起きているのかわからなかったが、数秒してルージュは慌てて駆け寄った。
「シルヴィア!大丈夫?!」
「問題、ありません…」
周りの人間の視線が集まる中、シルヴィアは懸命に立ち上がろうとする。だがすぐに力が入らないのか、再び地面に倒れこんだ。
「そんな訳ないでしょ!ほら、肩貸して!」
ルージュはシルヴィアの背に手を回し、シルヴィアはルージュの肩に左腕を乗せる。そのまま力を入れルージュはゆっくりと立ち上がった。その体の軽さに驚くが、すぐに別の事で驚く。
「シルヴィア、それ…!」
ルージュの視界には、ダラリと垂れるシルヴィアの右腕と左足が映っていた。普通の人間ならあり得ないような角度で曲がっており、関節という概念がないように見える。まるで魔物の尻尾のようだ。
言葉を失うルージュをよそに、シルヴィアは辺りを見回してある一点を見つめた。
「ルージュ、あの裏路地に連れて行ってくれますか?」
シルヴィアの視線の先には、建物と建物の間にある薄暗い裏路地が。
「ダメよ!そんな所じゃなくて、今すぐお医者さんにー」
「お願いします」
「~っ!わ、わかったわよ!」
初めて見せる真剣な顔つきに少し驚くが、その場を離れるためにもルージュは急いで指示された裏路地へと向かった。
無造作に置かれていた木箱にシルヴィアを座らせ、ルージュは右腕と左足に視線を送った。そこは相変わらずダラリと力なく垂れており、体の一部と言うよりは体に付いているという印象の方が強い。
壁に背を預けていたシルヴィアは、ひとまず腕と足を確認した。だが次の瞬間、右足だけで器用に立ちピョンピョン飛び跳ねた。
そしてポカンとするルージュの前を、片足だけで歩いて横切り大通りへ戻ろうとする。
「ちょっ…!何してんのよあんたは!」
ハッとなったルージュが肩を掴むと、シルヴィアは片足で跳ねながら振り返った。
「水を買ってきます」
「水?!なんで今それ?!」
「水があれば、この腕と足も治せますので」
そう言って1人で行こうとするシルヴィアの左腕を引っ張り、再び木箱に座らせた。その構図はまるで、子供を諭す母親のようだ。
「そんな状態で行かせるわけないでしょ!」
「ですが…」
「私が買ってくるから!本当にそれで治るのね?」
「はい」
「瓶1本で良い?」
「…出来れば、10本ほど」
「はいはい10本ね。…………えぇ?!」」
まさかの返事に驚きを隠せなかったが、ルージュは急いで近くの露店へと走った。
数分後、走り疲れて汗を流すルージュの前には、酒豪が酒を飲むかのような勢いで水を流し込むシルヴィアの姿があった。
ルージュが息を整えている間に、シルヴィアは瓶の蓋を開けて水を飲み干していく。希望通り10本あった瓶も、既に半分以上が空になっていた。
「はぁ…。ねぇ、そんなに飲んでお腹壊さない?」
ルージュの質問に、シルヴィアは飲む作業を一時中断した。先程まで動物の尻尾状態だった手足も、気づけば元通り人間のように機能している。
「問題ありません」
「っていうか、さっきのは見間違いじゃないわよね?」
「さっきのとは、この手足の事でしょうか?」
「そう。なんかグニャグニャしてた気がするけど…」
数分前の光景を思い出しながら語るルージュの前で、シルヴィアは右腕の手袋と左足のロングブーツを脱いで、スカートの裾を少し上げた。
そこは人の色とは思えない緑色のもので、ルージュはそれが蔦だと気づくのに時間を要する。
「シルヴィア、それ…」
「マスターに言われていたので、あまり知られたくはありませんでした。この事はなるべく口外しないでください」
「それはしないけど…何があったか聞くのはセーフ?」
「……問題ないと思います」
少し間を置いてシルヴィアは頷いた。きっとこの事を話すのは、彼女が初めてなのだろう。
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