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逸れ者と受付嬢
第1話
しおりを挟む私は自分が嫌いだった。顔や瞳、髪や肌の色はもちろんのこと、性格や名前など私を構成する全てが嫌いだ。
でもアイツは、あの人の生写しのような彼女は、薄暗い私を少しだけ照らしてくれた。彼女はとても、暖かかった。
暑苦しい日差しが受付嬢を照りつけ、騒がしい喧騒が受付嬢の耳に鳴り響く。
ギルドに帰ってきてから数日後、シルヴィアは商店街で明日の朝食の食材を買い揃えていた。メニューはいつも通りの目玉焼きとベーコンを乗せたトーストで、既にパンと卵は購入済みだ。
「毎度あり~」
買った肉をカゴに入れ、ようやく買い物を終えたシルヴィアはギルドに足を向けた。今日は仕事も休みなので、午後にやる事があるとすれば読書かギルドの掃除くらいだ。
『弟は、私の中で生きているの。だから寂しくないわ』
どんなに周りが騒がしくて、気づけばエルマに言われた言葉を思い出してしまう。どれだけ考えても、亡くなった者が人の中で生きている意味がわからなかった。死んでしまえば、そこには何も残らないというのに。
シルヴィアはそんな思考をグルグル巡らせながら、すっかり慣れた植物の足を動かした。
「シロナ!」
だが周りの声をかき消すような叫び声がして、シルヴィアは足を止めて静かに振り返った。
その視線の先には、灰色の薄汚いローブを羽織りフードを深くかぶった者が1人、肩で息をしてシルヴィアにフードの奥から縋るような視線を向けていた。
シルヴィアは何かと思い近づこうとした瞬間、その人物は走り寄ってきて彼女に抱きついた。そこに敵意は微塵もなく、シルヴィアはされるがままになっている。
「良かった…無事だったんだな…!」
耳元で涙ぐんだ少し低い女性の声がしたが、シルヴィアはそれでも誰かわからず、瞬き1つをして首を傾げただけだった。
「…その、悪かった」
ギルドの一階で、ローブを着た女性は消え入るような声を出して俯いた。シルヴィアは『問題ありません』と言いながら紅茶を出したが、女性は一向に手をつけようとしない。
シルヴィアは向かいに座り、紅茶に口をつけた。そんなシルヴィアを、女性はフードの奥から盗み見ては、すぐに視線を逸らし再び見るという動作を繰り返していた。
「私の顔に、何かついていますか?」
バレていないとでも思っていたのか、女性はビクッと震えてゆっくりフードを脱いだ。
その肌は褐色で長い髪は雪のように白く、瞳は紅い。そして両耳はシルヴィアと違い、小さく尖っていた。
「エルフの方だったのですね」
「…まぁな」
女性はそれだけ呟くと、シルヴィアを上から下までじっくり観察した。シルヴィアは特に何もせず、目の前で眉間にシワを刻むエルフをぼーっと眺める。
そして数秒して、女性はため息をついてシルヴィアに生気のない瞳を向けた。
「お前、本当にシロナじゃないんだよな?」
「はい。私はシルヴィアです」
「そっか」
興味を失った女性はすぐにその場を去ろうとしたが、壁に貼られている依頼書を見て動きを止めた。
「…ここってギルドなんだよな?」
「はい。王都ギルドの《ラウト・ハーヴ》です」
返事を聞いて女性はギルドを見渡した。昼下がりなのに酒を飲んで騒ぐ者や、依頼書を提出する冒険者に、それを受け取って笑顔を浮かべる受付嬢など、この場にいるだけでその明るさに呑み込まれてしまいそうだった。
女性はその明るさに嫌気がさしたのか、シルヴィアの方に振り返った。整った顔をしているが、会った時からずっと不機嫌そうな顔をしているので、少し近寄りがたい雰囲気が出続けている。
「…なぁ、依頼してもいいか?」
「問題ありません」
「依頼内容って何でもいいのか?」
「明らかに無謀であったり、内容に報酬が見合わないような物でなければ大丈夫かと」
「…そうか」
淡々と語るシルヴィアに女性は頭を悩ませたが、すぐに意を決して受付に向かった。
その後ろ姿を、シルヴィアは黙って眺めていた。
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