Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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逸れ者と受付嬢

第8話

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「うぅ…痛ったぁ」

 クロカを保護してから1週間、シロナは噛み跡だらけの手を洗い、自分の部屋を窓から覗きこんだ。ベッドの上でクロカは体育座りをしており、顔だけサイドテーブルに置かれた昼ご飯に向けられている。きっと毒が入っていないか不審に思っているのだろう。
 手の痛みなど忘れて、シロナは食べてくれるようクロカに念を送った。『私の手作りだから食べても問題ないのよ!』と祈っただけだが、念が通じたのかクロカはそっとパンを手に取った。そして少しずつ口に近づけていった所でー

「……あ」

『なに見てんだ!』

「ご、ごめんね!」

 シロナの熱い視線を察知したのか、クロカはパンを窓に投げつけて布団の中に潜り込んでしまった。
 シロナは小さくため息を漏らし、部屋に戻った。クロカはご機嫌斜めなのか布団に潜ったままだが、一応この部屋には留まってくれている。初日は夜中にこっそり抜け出そうとしていた事からすれば、これだけでも大きな進歩だった。
 その事実に少し頬を綻ばせながら、シロナは落ちているパンを拾って袋に入れた。

「さっきはごめんね。お口に合わなかったかな?」

「………………」

「えっと、何か食べたい物があったら何でも言ってね!出来る限り用意するから…」

 クロカからの返事は無く、シロナは部屋を後にしようとした。

「なぁ」

 だがドアノブに手をかけた所で、背後から小さな声がかかった。シロナは話しかけられて舞い上がるような気分になったが、そこにはベッドから出て、鋭い視線を向けるクロカの姿があった。そして少しずつ、瞳に涙が溜まっていく。

「私を見て、楽しいかよ」

「え…?」

「汚い私を弄んで、楽しいかって聞いてるんだよ!」

「そ、そんな事…」

「来るな!」

 シロナは慌てて近づこうとしたが、クロカは皿のそばにあったナイフを握ってシロナに向けた。

「私はダークエルフ、一族の恥なんだぞ!ハイエルフのお前に優しくされる筋合いなんてない!」

「違うの…私はただ…」

「どうせお前も私を裏切るんだ!どこかに私を売り飛ばすんだろ!」

 目の前で叫ぶ少女を見て、シロナは言葉を失った。その少女の瞳はとても、まだ幼い子のものとは思えないくらい淀み、暗かった。きっと今まで優しく近寄られ、酷い目にあった事が幾度となくあったのだろう。そう彼女の目が語っていた。

「…ごめんね、何もしてあげられなくて」

「何でお前が謝るんだよ…こっちが惨めになるだろうが…!」

 少しずつ近づいてくるシロナに、クロカは持っていたナイフを投げつける。しかしシロナは避ける素振りすら見せず、簡単にナイフが肩に刺さった。
 クロカは怪我をさせた事に青ざめたが、シロナは何も言わずにナイフを引き抜いて部屋の隅に投げ飛ばした。この光景を他の誰かが見ていたら、きっとクロカは問答無用で消されていたに違いない。

「お、お前…」

 腰を抜かしたクロカを見てシロナは悲しそうな笑みを浮かべると、初めて会った時のように優しく抱きしめた。
 その肌は前のように薄汚れておらず、擦り傷等も治りつつある。だがどんなに水をかけても少女の肌の色は変わらないし、心の傷が完全に癒える事はない。
 その事実に悲しみや悔しさが混ざった感情を覚えながら、今の少女に1番必要な言葉を贈った。

「…ありがとう」

「は…?やめろよ…。お前…ほんと、何がしたいんだよ…!」

「あなたに会えて、本当に良かった」

 自分に抱きしめる女が何者で、何故こんなにも自分に優しくしてくれるのかわからなかったが、クロカはシロナの服をギュッと掴んで大きな泣き声をあげた。




「昔ね…あなたのお母様にお世話になった事があったの」

 不意に声がして、クロカは隣にいる女性に顔を向けた。既に窓の外は暗くなっており、この部屋にも2人しかいない。最初はシロナの護衛もいたが、それも気づけばシロナが追い返していた。
 昼間はあんな事があってすっかり目が晴れしてしまったので、出来る限り気付かれないように視線だけを向ける。きっと月明かりでバレているのかもしれないが。

「…お母様って、私のか」

「そう、私がまだあなたくらい幼った時にね。私が子供の頃は、長の娘とかで他の家の子達もあまり話しかけてくれなかった。周りのみんなと何処か距離を感じてたんだ」

「…あっそ」

 自分の知らない親の話など心底どうでも良かったが、シロナは嬉しそうな表情で話を続けた。

「私はそれが嫌で、一回だけ村を飛び出した事があるの。プチ家出ってやつかもね」

「大事件だろ」

「ふふっ、そうかも。でも行き先もなくてたまたま近くの森に入った所で、あなたのお母様に会ったんだ」

 それからはシロナの昔話が続いた。クロカの母が話し相手になってくれた事、旅先での面白い話をしてくれた事など…。一度話し出すとキリがなかったが、突然その話がピタリと止み、シロナはクロカの方に向き直った。

「…お母様が他の大陸に行く前にね、一回だけ聞かれた事があるの」

「何を」

「ダークエルフについてどう思う?種族って何だと思う?って」

「…お前は何て答えたんだよ」

 クロカは内心でドキドキしながら尋ねたが、シロナは少し困ったように笑った。

「まだ私も幼かったから、『同じエルフだよ』みたいな事しか言えなかった。でも多分、お母様は産まれてくる子を私と重ねていたのかもね。他のエルフとは違うハイエルフの私と、ダークエルフのあなたを」

 そう語るシロナの顔は少し儚げで、クロカは何となく事情を察した。きっと彼女は彼女で、自分と同じように辛い幼少期を過ごしたのだろう。

「だからお母様が居なくなってから、あなたの事をずっと探してた。他のみんなはすぐに殺せって言ってたけど、真っ向から反対してお父さんを説得して」

「…何でそこまで」

「だっておかしいじゃない。肌の色が違うだけで、差別的になっちゃうなんて」

「ダークエルフは災いをもたらす象徴だからだろ」

 クロカは自分で言って少し胸が苦しかったが、そんな言い伝えをシロナはあっさり笑い飛ばしてしまう。

「そんなの、ただ災害が偶然起こって人のせいにしてるだけよ。なんの証拠もないじゃない。それにね、あなたのお母様が私にしてくれたように、私もあなたに何かしてあげたかったの。この世界に、一人ぼっちの人なんていないんだよって」

「……お前、変わってるな」

「そ、そうかな?」

 皮肉のつもりで言ったが、当の本人は少し照れたような表情をしていた。本当に変わっていると思っていると、シロナはクロカの手を包んで視線を合わせた。

「だから、もう一度お願い。私と、その…と、友達になってくれないかな?」

「……考えとく」

 なんだか恥ずかしくなってプイっとそっぽを向くクロカを見て、シロナは花のような笑顔を浮かべた。
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