52 / 67
逸れ者と受付嬢
第8話
しおりを挟む「うぅ…痛ったぁ」
クロカを保護してから1週間、シロナは噛み跡だらけの手を洗い、自分の部屋を窓から覗きこんだ。ベッドの上でクロカは体育座りをしており、顔だけサイドテーブルに置かれた昼ご飯に向けられている。きっと毒が入っていないか不審に思っているのだろう。
手の痛みなど忘れて、シロナは食べてくれるようクロカに念を送った。『私の手作りだから食べても問題ないのよ!』と祈っただけだが、念が通じたのかクロカはそっとパンを手に取った。そして少しずつ口に近づけていった所でー
「……あ」
『なに見てんだ!』
「ご、ごめんね!」
シロナの熱い視線を察知したのか、クロカはパンを窓に投げつけて布団の中に潜り込んでしまった。
シロナは小さくため息を漏らし、部屋に戻った。クロカはご機嫌斜めなのか布団に潜ったままだが、一応この部屋には留まってくれている。初日は夜中にこっそり抜け出そうとしていた事からすれば、これだけでも大きな進歩だった。
その事実に少し頬を綻ばせながら、シロナは落ちているパンを拾って袋に入れた。
「さっきはごめんね。お口に合わなかったかな?」
「………………」
「えっと、何か食べたい物があったら何でも言ってね!出来る限り用意するから…」
クロカからの返事は無く、シロナは部屋を後にしようとした。
「なぁ」
だがドアノブに手をかけた所で、背後から小さな声がかかった。シロナは話しかけられて舞い上がるような気分になったが、そこにはベッドから出て、鋭い視線を向けるクロカの姿があった。そして少しずつ、瞳に涙が溜まっていく。
「私を見て、楽しいかよ」
「え…?」
「汚い私を弄んで、楽しいかって聞いてるんだよ!」
「そ、そんな事…」
「来るな!」
シロナは慌てて近づこうとしたが、クロカは皿のそばにあったナイフを握ってシロナに向けた。
「私はダークエルフ、一族の恥なんだぞ!ハイエルフのお前に優しくされる筋合いなんてない!」
「違うの…私はただ…」
「どうせお前も私を裏切るんだ!どこかに私を売り飛ばすんだろ!」
目の前で叫ぶ少女を見て、シロナは言葉を失った。その少女の瞳はとても、まだ幼い子のものとは思えないくらい淀み、暗かった。きっと今まで優しく近寄られ、酷い目にあった事が幾度となくあったのだろう。そう彼女の目が語っていた。
「…ごめんね、何もしてあげられなくて」
「何でお前が謝るんだよ…こっちが惨めになるだろうが…!」
少しずつ近づいてくるシロナに、クロカは持っていたナイフを投げつける。しかしシロナは避ける素振りすら見せず、簡単にナイフが肩に刺さった。
クロカは怪我をさせた事に青ざめたが、シロナは何も言わずにナイフを引き抜いて部屋の隅に投げ飛ばした。この光景を他の誰かが見ていたら、きっとクロカは問答無用で消されていたに違いない。
「お、お前…」
腰を抜かしたクロカを見てシロナは悲しそうな笑みを浮かべると、初めて会った時のように優しく抱きしめた。
その肌は前のように薄汚れておらず、擦り傷等も治りつつある。だがどんなに水をかけても少女の肌の色は変わらないし、心の傷が完全に癒える事はない。
その事実に悲しみや悔しさが混ざった感情を覚えながら、今の少女に1番必要な言葉を贈った。
「…ありがとう」
「は…?やめろよ…。お前…ほんと、何がしたいんだよ…!」
「あなたに会えて、本当に良かった」
自分に抱きしめる女が何者で、何故こんなにも自分に優しくしてくれるのかわからなかったが、クロカはシロナの服をギュッと掴んで大きな泣き声をあげた。
「昔ね…あなたのお母様にお世話になった事があったの」
不意に声がして、クロカは隣にいる女性に顔を向けた。既に窓の外は暗くなっており、この部屋にも2人しかいない。最初はシロナの護衛もいたが、それも気づけばシロナが追い返していた。
昼間はあんな事があってすっかり目が晴れしてしまったので、出来る限り気付かれないように視線だけを向ける。きっと月明かりでバレているのかもしれないが。
「…お母様って、私のか」
「そう、私がまだあなたくらい幼った時にね。私が子供の頃は、長の娘とかで他の家の子達もあまり話しかけてくれなかった。周りのみんなと何処か距離を感じてたんだ」
「…あっそ」
自分の知らない親の話など心底どうでも良かったが、シロナは嬉しそうな表情で話を続けた。
「私はそれが嫌で、一回だけ村を飛び出した事があるの。プチ家出ってやつかもね」
「大事件だろ」
「ふふっ、そうかも。でも行き先もなくてたまたま近くの森に入った所で、あなたのお母様に会ったんだ」
それからはシロナの昔話が続いた。クロカの母が話し相手になってくれた事、旅先での面白い話をしてくれた事など…。一度話し出すとキリがなかったが、突然その話がピタリと止み、シロナはクロカの方に向き直った。
「…お母様が他の大陸に行く前にね、一回だけ聞かれた事があるの」
「何を」
「ダークエルフについてどう思う?種族って何だと思う?って」
「…お前は何て答えたんだよ」
クロカは内心でドキドキしながら尋ねたが、シロナは少し困ったように笑った。
「まだ私も幼かったから、『同じエルフだよ』みたいな事しか言えなかった。でも多分、お母様は産まれてくる子を私と重ねていたのかもね。他のエルフとは違うハイエルフの私と、ダークエルフのあなたを」
そう語るシロナの顔は少し儚げで、クロカは何となく事情を察した。きっと彼女は彼女で、自分と同じように辛い幼少期を過ごしたのだろう。
「だからお母様が居なくなってから、あなたの事をずっと探してた。他のみんなはすぐに殺せって言ってたけど、真っ向から反対してお父さんを説得して」
「…何でそこまで」
「だっておかしいじゃない。肌の色が違うだけで、差別的になっちゃうなんて」
「ダークエルフは災いをもたらす象徴だからだろ」
クロカは自分で言って少し胸が苦しかったが、そんな言い伝えをシロナはあっさり笑い飛ばしてしまう。
「そんなの、ただ災害が偶然起こって人のせいにしてるだけよ。なんの証拠もないじゃない。それにね、あなたのお母様が私にしてくれたように、私もあなたに何かしてあげたかったの。この世界に、一人ぼっちの人なんていないんだよって」
「……お前、変わってるな」
「そ、そうかな?」
皮肉のつもりで言ったが、当の本人は少し照れたような表情をしていた。本当に変わっていると思っていると、シロナはクロカの手を包んで視線を合わせた。
「だから、もう一度お願い。私と、その…と、友達になってくれないかな?」
「……考えとく」
なんだか恥ずかしくなってプイっとそっぽを向くクロカを見て、シロナは花のような笑顔を浮かべた。
12
あなたにおすすめの小説
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!
カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地!
恋に仕事に事件に忙しい!
カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる