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逸れ者と受付嬢
第7話
しおりを挟む「何かあったら、そのお札を破るずら。そしたら現実に戻ってこれるから」
「わかりました」
ネムリから変わった模様の描かれた札を受け取り、シルヴィアはブーツだけを脱いで泉に入って行く。
だが少しした所で足を止め、クロカの方へ振り返った。
「本当に私が行ってよろしいのでしょうか?」
「…あぁ。私は無事に帰ってこれる自信ないし」
「わかりました」
シルヴィアは小さく頷き、泉の中心へと歩いていく。その後ろ姿を眺め、クロカの脳裏に過去の記憶が蘇ってきた。
あの日も確か、こんな風に彼女を見送ったはずだったー。
エルフとは、大陸に繁栄する種族の中でも珍しい部類に入る。その数は他種に比べて少なく、彼らは森の中に村を作って自給自足の生活をしているのだ。そのため、彼らが他種族と関わる事はあまりない。
彼らは純血の同種族でいる事を好む傾向が強い。しかしそんな中で、ある日エルフと人族の混血種が産まれた。それが、クロカだった。
クロカの母親は大陸中を旅する者で、旅先で出会った人族の男性と恋に落ち、クロカを産んだ。だが産まれ子の肌が黒いのを見て、2人は迷った挙句にクロカを捨てた。
クロカのような黒い肌に白髪のエルフはダークエルフと呼ばれ、災いの象徴としてエルフ達から忌み嫌われる存在なのだ。その上、クロカはエルフ以外の血が混じった混血種。捨てられる条件は完璧に揃っていた。
「あっちに逃げたぞ!」
「早く見つけて殺せ!」
薄い壁越しに聞こえる怒号を耳にして、幼いクロカは身を潜めながら震えた。捨てられてから数年経ったが、何処かで噂を聞きつけたエルフ達がクロカを消そうと躍起となっているのだ。
クロカは近くにあった小屋に身を潜め、足に刺さっている矢を見て顔をしかめた。自分は何もせず静かに生きていただけなのに、何故こんなにも酷い仕打ちを受けなければいけないのかわからない。
(もう疲れた…)
足の傷や肌を指すような冷たい空気も相まって、無意識のうちに負の感情が募っていく。
そうしてボーッとしているうちに、こちらに足音が1つ近づいてくるのを感じた。姿を確認したわけではないが、自分の所へと来ているのは何となくだが察した。
「……っ」
クロカは足に刺さった矢を引き抜き、両手で握って首元に近づけていく。誰かに乱暴に殺されるくらいなら、自分で楽になった方が何倍もマシだ。
そう思って矢をギュッと握り、喉元に矢先を突き刺そうとした時だった。
「待って!」
知らない女性の声がしたと思ったら、小屋の扉が開いて一瞬でクロカの前に走ってきた。女性の手は矢を持つクロカの手を握っており、矢先は喉仏の手前で止まっていた。
「良かった…間に合ったよぉ」
目の前で安堵の表情で話す女性を見て、クロカは混乱した。耳は尖っているおり、同じエルフである事はわかる。
女性は安心したせいか泣きそうになっていたが、矢を奪って遠くへ投げ捨てた。そしてクロカを抱きしめ、頭をそっと撫でてやる。
「怖かったね…もう大丈夫よ」
彼女が何者なのかはわからなかったが、初めて感じた温もりにクロカは静かに涙を流した。
クロカが目を覚ますと、知らない天井が目に映った。そしてもう1つ、自分の手をあの女性が握っていた。女性はベッドのそばに座り、静かに寝息をたてている。忌々しいくらいに肌が白く、クロカとは正反対の存在のようだった。
クロカはその場を逃げようと身をよじったが、そのせいで女性が目を覚ましてしまった。青い瞳に光が満ちていき、終いにはキラキラした双眼が向けられる。
「あ、起きたのね!良かったわ」
女性は嬉しそうに微笑むと、クロカにそっと手を伸ばした。だがクロカはその手を払い除け、ベッドから飛び降りて部屋の隅で威嚇の姿勢をとる。見知らぬ者に連れてこられ、何をされるかわかったものではなかった。
「……なんだ、お前」
「ご、ごめんね!私はシロナ・スノーフィリア、この村の長の娘よ」
「長の娘?そんな奴が私なんかに何の用だ」
自分とは住む世界が全く異なるシロナに、クロカは敵意を剥き出しにする。だがシロナはそれに怯む素振りは見せず、クロカに近づいてそっと手を握った。
「えっと、その…私と…と、友達になってくれない?!」
恥ずかしそうに呟くシロナを見て、クロカの眉間に深いシワが刻まれ、鋭い歯がシロナの手に突き刺さった。
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