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3章 サマク商国
第27話 オアシスのゴミ
しおりを挟む「う~っ!あっつぁ!!!!」
「グエッ!」
タスクの大声と蛙が潰れるような声で泥沼に沈んでいた意識が引き上げられる。
汗だくになったタスクが毛玉のアルアスルを蹴り飛ばしていた。
「何すんねん!」
「もう日昇っとんねん、暑すぎる!」
昨夜の寒さが嘘のように肌を焼く日差しが地面をこれでもかというほど熱している。
寝ているところは陰になっているがそれでも息が苦しいほど暑い。
蹴飛ばされたアルアスルはタスクを睨みつけながら岩陰に緩慢に移動してヒューマンの形をとり服を着たようだった。
「ほんま恩知らずやわ~」
「よお暑ないわ。猫ってちゅんちゅんに暑いとこでも平気な顔してるもんな」
見慣れたアルアスルが出てきて莉音は胸を撫で下ろす。
等加は目覚めて毛皮がなくなっていたことに不満げだった。
「早よ行くで!今日はオアシスまでは行かんともう水がないから死ぬ!日が高くなる前に出なもっと暑うなるで」
アルアスルに急かされて一行は嫌々また日差しの元に足を踏み出す。
砂漠を歩くのは1日目よりも2日目の方がはるかに地獄だった。
水の配分はアルアスルが管理しているといえども5人で何日ももつような量は持ち合わせていない。
暑い中で水が十分にないとわかると余計に喉が渇いて足取りはさらに遅くなる一方だ。
一生変わらない景色に影もない炎天下を、汗が沁みるほど焼けた肌と朦朧とする意識で何とか進む。
途中で気が狂ってサボテンに齧り付いたたてのりの治療や、雨を降らせる道具を作ると言い張るタスクの説得などで歩みは遅くなりとうとう水は全て干上がってしまった。
「水…もうないんか…」
「……まずいな。オアシスがないと…せめて岩陰だけでも…」
たてのりの治療に能力まで使用した莉音の意識が危ない。
十字架から手を離さなくなり、自分で自分の鎮魂歌でも歌い出しそうな様相である。
気力と体力、水を奪っておきながら日差しは高く暑くなる一方だ。
たてのりの剣も小刀かと思うほど小さくなっている。
「俺だけでも先行って場所探してくる方がええやろか…オアシスあったら水汲んで戻って…」
「アルにゃんが先に行ったらあたしたち迷うかもしれないよ」
照り返しで光を弾いてさらに白くなっている等加が顎に伝う汗を拭う。
「いや、タスクの信号玉で何とかならんか…」
「砂に叩きつけて発動するのかな?もしなかった場合を考慮して…」
アルアスルと等加がこれからどうしていくかを冷静に話し合う後ろで、冷静ではいられないタスクが収納空間を開く。
中から取り出したのは整備用の潤滑油だった。
「もう液体は…これしか…!」
「あっおい!やめろタスク!」
「飲まずに死ぬか飲んで死ぬかの問題なんやーっ!」
暴れるタスクから潤滑油をなんとか没収しようとアルアスルが飛びかかる。
止めにかかった莉音とたてのりが吹き飛ばされて起き上がることもできずただ天を仰ぐ。
「あ、オアシスあったよ!」
少し先を歩いていた等加のその声はどんな神の福音よりも美しく輝いていたと後の莉音は語った。
もう少しで錯乱したタスクが整備用の潤滑油を飲んでしまうところだった間一髪でオアシスはあった。
小さな池のようなものを植物がこれでもかというほど囲って青々と茂っている。
ひょろ長く生えた木についた葉が地面に影を落とし、水の近くの空気は肺が復活するほど涼しく感じた。
「うわーっ水…あーっ!」
タスクは意識が朦朧としている莉音とたてのりを池に投げ込んで自分自身も頭から飛び込む。
激しい水飛沫を近くで浴びたアルアスルは嫌悪感丸出しで身震いして雫を払った。
「無限の水…うますぎる…神様、水を産んでくれてありがと…」
ドワーフとは信じ難いほど宗教に無頓着なタスクが思わず神に意味不明な感謝するくらい美味しい水である。
冷たさに意識がはっきりとした莉音とたてのりも機嫌よく水を飲んで回復していった。
「よかったね。死人が出ずに済んだ」
「等加ちゃん怖いこと言うなぁ…水いっぱい汲んどかなな」
足をつけて涼む等加と水を汲むアルアスルに莉音が池の中から水をかける。
ちょうど日差しも遮れるオアシスはまさしく楽園だった。
ひとしきり水を浴びた莉音は木陰に上がると重たくなった修道服の裾を絞って等加の横に腰掛ける。
肺を焦がすほどに熱かった空気も水の蒸発を助けて熱を奪う心地よいものになっていた。
「はぁ、水って偉大やなぁ…」
水から上がった途端にどんどん乾いていく服をはためかせながら莉音はうっとりと呟いた。
「嫌や!俺には必要ないって!」
「砂まみれだろうが、猫にならなくていいから浴びろ…うわっ!」
水を嫌がって逃げるアルアスルを追いかけまわすたてのりが何かに蹴躓いてよろめく。
そのまま池に落ちて大きな水飛沫が上がったことでたてのりは注目の的となった。
「うわ~たてのんダッサー!」
「ぷはっ!なんだ?」
たてのりが躓いたところには砂漠にそぐわない、何か鉄の塊のようなものが落ちていた。
騒ぐたてのりとアルアスルのところに一行は集合してその鉄の塊を覗き込んだ。
一見すると大きな鉄のゴミのようなそれは、よく見るとどことなく丸まったヒューマンのようにも見える。
「何だろうこれ?」
等加が恐れもなくその鉄塊をつついて転がす。
バランスを崩して倒れたその鉄塊は顔や腕がついていて本当にヒューマンを模した形をしていた。
「え!?何やこれ…え!?」
鉄の死体だ。
莉音は咄嗟に飛び退ると鎮魂歌を歌い出して魂を弔いにかかる。
大音量のソプラノを背景に鉄塊をあれこれと弄って調べていた等加は弱々しく点滅する首の模様を見つけてタスクを見上げた。
「これ…機械族じゃない?」
「き、機械族やって?確かに…」
タスクも等加の指差す先を見る。
機械族は族という呼び名こそあるものの、人工的に作られた存在である。
機械で作った体に魔力を灯して心を疑似的に作っているという技術と魔力が融合した最先端たるものだ。
機械大国である朱華という東大陸の国で天才的な技師が作り出したものから始まり奴隷や使用人としての用途で広く使用されていたが、作り出すことはおろか修理や管理が難しく今ではどんどんと数も減っていっている。
「管理しきれなくて捨てられたとか?」
「そうかもしれへんな…」
タスクはぐったりと力なく倒れている鉄の肢体を持ち上げる。
腕や足、首などの節々には砂が挟まって完全に錆びてしまっており、頭部らしき部分も汚れたり熱で溶けたりして真っ黒になっていた。
「でもこれ…点滅してるってことは、まだ動くんやないか…?」
タスクは鉄塊を引きずって木陰に運ぶと、先ほどまで危うく飲みかけていた整備用の油を取り出して修理を始めた。
「そんなん放っときいやぁ」
アルアスルは面倒臭そうにびしょ濡れになったたてのりを平干ししながら呆れた声を出す。
作業を始めたタスクの耳に声は届かない。
「もーしょうがないなぁ」
旅の歩みは牛歩を極めている。
また来る極寒の夜に備えてアルアスルは寝る場所を整えた。
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