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3章 サマク商国
第28話 ゴミの活用
しおりを挟む植物から葉っぱを確保し焚き火を焚いたたおかげで一行は比較的暖かな夜を過ごすことができた。
不寝番に抜擢されがちなアルアスルや等加ではなく、今日はタスクが火の番を任されている。
降ってきそうなほど眩い星空が白み始めても何かを叩き弄る音は絶えることがない。
涙でも浮かべれば睫毛ごと凍りそうなほど寒い夜でタスクは汗をかいている。
「どうや…?わかるか?」
地平線から昇ってきた真っ赤な朝日がタスクの後ろから差し込んでその漆黒の髪をなぞり弾ける。
薄く緑のかかった視界がはっきりするにつれて様々な情報が濁流のように流れ込んでくる。
「お…さ………」
「お!大丈夫か?」
タスクの期待した笑顔が眩しく逆光に消えていく。
タスクの手元に寝かされていた鉄塊は次の瞬間に物凄い勢いで立ち上がるとけたたましい警告音を鳴らした。
「ピーッピーッ!おはようございます!」
「な、な、な、なんや!?」
一行は日の出と同時にとんでもない音で強制的に起こされた。
「…で?これが昨日のゴミ?」
「えーすごい!」
敵襲かと大慌てで各々の武器を手に取り混乱を極めた一行をタスクが一喝して大人しく座らせる。
目の前には見覚えのないヒューマンが立っていた。
「すみません。記憶回路に混乱がありました」
恭しく頭を下げるそのヒューマンはよく見ると体がつぎはぎである。
指の関節、足の関節、フォーマルなスーツに見せかけた服のような部分、光る文字の流れる首、ヒューマンのような様子でありながら確実に生物ではない。
何もかもが鉄でできているそれは昨日の鉄塊だった。
「錆び取りして研磨して必要なパーツは入れ替えて…動くようになったわ!」
「ほんまにこれが人工物…?」
「機械族や。心は人工物やないで」
莉音はヒューマンを模した鉄塊に近づいてまじまじと見つめる。
昨日は汚れて溶けて何かもわからなかった頭部もタスクによって修復されかなり整った顔立ちになっている。
頬の触り心地や温かみ、短く切り揃えられた赤褐色の髪は人工のものとは思えない。
ただ、剥き出しの手足はどう見てもたてのりのプレートと同じような素材でできており、光を反射していた。
それどころか手足はぼんやりと怪しげな青い光を放っている。
「私は世話役のセバスチャン。ご登録を」
セバスチャンと名乗ったそれは莉音を見つめ返して手を取る。
左目には何か文字のようなものが浮かんでいた。
「と…登録?」
「俺も詳しくは知らんのやけど、確かこの型は子守りとか任せるボディーガードタイプのやつやと思う。登録したら守ってくれるんちゃうかな」
タスクはセバスチャンの背中を開いて何か設定をいじっている。
「はい、莉音様ですね。かしこまりました」
「え!なに登録してんねん!」
「まぁ試しや!たてのり!莉音のこと殴ってみい」
タスクはセバスチャンと等加、アルアスルに下がるようにと合図をする。
たてのりはため息をひとつつくと嫌そうな顔をしながら刀を抜いた。
「い、いやいや、せめて切られる側か切る側は俺とかのがええんとちゃう!?万が一のことがあったら…!」
アルアスルが焦るがタスクはなだめるだけで取り合おうとしない。
剣を抜いたたてのりに莉音はただ怯えて口をあんぐり開けたまま固まった。
「おい、本気でか?」
「大丈夫や!本気でいってくれ」
タスクの言葉が終わるのを待たずにたてのりは莉音に向かって踏み出し、大剣を振りかぶった。
莉音の目では到底追えない速さで振り下ろされた剣を等加とアルアスルが見守る。
「いや……!」
キィン!
金属同士が擦れる音が砂漠いっぱいに響き渡る。
莉音の前には風よりも速く飛んできたセバスチャンが立ってたてのりの剣を受け止めていた。
「え…わ…ほ、ほんまに…」
「ほぉ…?」
目を見開く莉音をよそにたてのりは目を細め高揚したように笑った。
技を付与していない単純な太刀筋とはいえ、攻撃力に特化したたてのりの剣を正面から受け止められる存在はほとんどいない。
やわな装備や中途半端な力では装備ごと斬られるか吹き飛ばされるのが普通だ。
セバスチャンは表情ひとつ変えずに赤く点灯する左腕一本でたてのりの剣を受け止めている。
「う、嘘やろ…どんだけ硬い素材でできてんねん…」
「あれは素材じゃないね。腕に上等の防御膜を張っているんだ」
等加は興味深そうに口元に笑みを湛える。
たてのりは鮮やかな緑の瞳いっぱいに喜びの狂気を滲ませて飛びすさり、最初の攻撃よりも素早く強く踏み込んでセバスチャンに再び斬りかかった。
セバスチャンは莉音の前から一歩も引かず堂々と剣を受け止めた。
金属が擦れて火花が散る。
セバスチャンは力一杯腕を払ってたてのりの剣を払い、よろめいたたてのりを蹴飛ばした。
「ふぅっ……」
「たてのん!」
プレートを身につけていないたてのりは鳩尾を抉られてうめきながら吹き飛ぶ。
受け身も取れずに砂埃を上げながら転がってそのまま池の中に落下した。
「…死んだんちゃうか?プレートつけてへんし、紙防御やぞ」
「…ぷあっ!ゲホゲホ!」
「無事みたいだね」
よろよろと岸に上がる姿は無事とは言い難い。
盛大に咽せたたてのりはそれでもどこか嬉しそうだった。
「…もしかして、そういうヘキの人?」
眉を顰める等加にアルアスルは笑いを堪えながら適当に頷いた。
「…ある意味そうやな。戦闘狂ってやつや…」
放っておけば何度でも斬りかかりそうなたてのりを制してタスクはセバスチャンを見る。
セバスチャンは顔色どころか相変わらず表情も変えずに莉音の前に立っていた。
胸の辺りにあるネクタイを模した場所から光が漏れ、どこからか排気音のような音がしている。
「すごいな、やっぱりそういう風に作られてるんや…」
「あ、あの、せ、セバスチャン…さん…?ありがとう…」
等加より少しだけ大きいくらいの小柄なセバスチャンを見上げて莉音は礼を言う。
そこで莉音に向けてセバスチャンは初めて表情を崩し完璧な笑顔を向けた。
「いえ。ご無事でなによりです」
「ひえ…」
あまりに眩しい笑顔に全員の目が釘付けになる。
しかし、顔を上げた次の瞬間にはもう表情筋が存在しないとでも言わんばかりの皺ひとつない無表情に変わっていた。
「こいつ、おもろない?俺が世話するし連れて行こうや」
「ボディガード…つまり盾役やろ?う~ん欲しいけど…これ以上人が増えたらもう養えへんぞ…」
アルアスルは頭の中でそろばんを弾いて計算している様子だ。
全身の水を絞ったたてのりは上機嫌でアルアスルの肩を組むと珍しくねだるような素振りを見せた。
「俺も連れて行きたい。ダメか?アル」
「……」
アルアスルは面白くなさそうにたてのりを睨みつけると据わった目でため息をついた。
「しゃあないな~!もう!ほな連れてこ!ちゃんと面倒見るんやぞ!」
「アルにゃん、子供が犬猫拾ってきたお母さんみたいなこと言ってるね」
「いやまさしくそうやろ…」
等加と莉音がアルアスルに聞こえないくらいの声量で内緒話をする。
たてのりとタスクは嬉しそうにセバスチャンの肩を掴んでついてくるようにと説得していた。
「セバスチャン、この後俺らパーティで世界巡るねん。一緒に来てや」
あまりにも簡単すぎる説明だが、セバスチャンは詳細も聞くことなく恭しく礼をした。
「はい、マスター。仰せのままに」
セバスチャンにとって修理と初期設定をいじったタスクは創造者である。
完全に主従関係が出来上がってしまっていた。
「皆様を登録されますか?」
「うーん、設定は便利やけどちょっと堅苦しすぎるよなぁ」
鍛冶屋で下っ端として育ったタスクは慣れない扱いに頬を掻いて困惑する。
無抵抗に背中を開いたセバスチャンの内部を弄りながらタスクは流れてきた汗を拭った。
「完全にリセットしてみるか」
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