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夜にお風呂に入るには?
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「おはよう、菜乃花ちゃん」
「おはようございます、谷川さん」
いつものように出勤して挨拶を交わすと、谷川は、ん?と菜乃花を見て首をひねった。
「どうかしましたか?」
「うん。菜乃花ちゃん、なんだか可愛い」
は?と菜乃花は面食らう。
「どうしてだろう。髪型も服装もメイクも、普段と同じよね?でもなんだかキラキラしてる…」
そこまで言うと、谷川は急にしたり顔になった。
「なるほどー。そういうことか。素敵なクリスマスイブだったんだね!」
「え?あの…」
戸惑う菜乃花をよそに、谷川はまたクリスマスソングを歌いながらカウンターへと歩き出した。
◇
「おはようございます」
「おはよー」
夜勤のスタッフ達に挨拶した颯真に、ふわーとあくびをしながら塚本が返事をする。
「お疲れ様です。急患はありましたか?」
「んー、道端で酔いつぶれた若いお兄ちゃんが一人。しばらくここでスヤスヤ眠ったあとお目覚めになって、元気に彼女と帰っていきましたよー」
「そうでしたか」
「それで?お前の方はどうだったんだ?その様子じゃ、コテンパにやられるのは免れたんだな」
は?と颯真は怪訝そうに塚本を振り返る。
「は?って、おいおい。まさかお前、バックレたんじゃないだろうな?」
「何をですか?」
「果たし状だよ!三浦先生の」
「あーー!!」
颯真は立ち上がって大声を出す。
「マジか!今すぐ行ってこい!」
「はい!」
「生還を祈る。いざとなったら俺がマウストゥーマウスしてやるから」
「結構です!」
振り返って返事をしながら、颯真は小児科病棟へと急いだ。
「三浦先生!」
申し送りを終えてナースステーションを出て来た三浦に声をかける。
「おお、遅かったね、宮瀬先生」
「申し訳ありません!」
「いや、良かったよ。夕べあのまま俺を探しに来たら、その時はぶっ飛ばしてやろうと思ってたから」
「は?あ、あの…」
困惑する颯真に、三浦はニヤリと笑いかける。
「見たかったよ、かっこいい王子様のお姫様抱っこ」
「…はい?」
そして今度は真顔になる。
「もう二度と彼女を手放すなよ?」
しばしの沈黙のあと、颯真は大きく頷いた。
「はい」
三浦はふっと笑うと、じゃあね!と背を向ける。
そして思い出したように振り返った。
「そうだ。これから俺のことは、三浦サンタ様と呼ぶように」
「…は?」
「じゃ、そういうことで」
そう言うと、今度こそ背を向けて去って行った。
◇
「うーん、これでいいかな?」
仕事から帰ってきて着替えると、菜乃花は鏡の前で角度を変えながら全身をチェックする。
ボルドーのワンピースにオフホワイトのボレロを羽織り、髪型はハーフアップで毛先をゆるく巻いた。
張り切り過ぎるのも恥ずかしいが、やはり少しでも可愛く見せたい。
これが好きな人への気持ちなのか、と妙に納得しながら身支度を整えた。
「あとは…。え、本当に泊まるのかな?」
言われた通りに着替えも用意するが、いかにも、といったお泊りバッグに詰めるのは、なんだか期待しているようで気恥ずかしい。
出来るだけコンパクトにまとめて、大きめのトートバッグに詰めた。
「これでよし、と。あー、緊張してきちゃった」
ソワソワと落ち着きなく部屋の中を歩き回っていると、スマートフォンが鳴る。
「もしもし、菜乃花?エントランスに着いたよ」
「はい!今下ります」
電話から聞こえてくる颯真の声に、既に顔を赤くしながら、菜乃花はコートを着ると急いで部屋を出た。
「こんばんは」
「こんばんは。菜乃花」
優しく微笑んでくれる颯真は、いつもより改まったジャケット姿で、菜乃花はそのかっこ良さにしばし見とれる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
開けてくれた車のドアから助手席に乗り込む。
「あの、どこに行くの?」
「ん?内緒。20分くらいで着くよ」
楽しげに言って颯真は車を走らせる。
着いた先は、海に面したラグジュアリーホテルだった。
「ひゃー、こんな素敵な高級ホテル!私、この格好で大丈夫かな」
「もちろん。凄く可愛いよ」
車を降りて菜乃花の肩を抱きながら、颯真がにっこり笑う。
菜乃花はますます頬を赤らめた。
通されたのは最上階にあるフレンチレストラン。
真下に見下ろせる街の輝きと、どこまでも続く綺麗な海を眺めてうっとりしていると、颯真がスマートにオーダーを済ませてくれた。
「じゃあまずは乾杯しよう。メリークリスマス」
「メリークリスマス」
二人はワインで乾杯する。
(宮瀬さん、やっとお酒を楽しんでくれるようになったんだ)
菜乃花は嬉しくなり、ついつい飲み過ぎてしまう。
「菜乃花、そんなに飲んで大丈夫?」
「はい。私、こう見えて結構お酒は強いんです」
「それは大きな勘違いだと思うよ?」
颯真の言葉は耳に入らないかのように、菜乃花は美味しいワインに酔いしれていた。
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです。素敵なクリスマスの夜になったなあ」
菜乃花はうっとりしながらレストランを出る。
「菜乃花。クリスマスの夜はまだまだこれからだよ」
「え?」
怪訝そうな菜乃花を連れて、颯真はエレベーターで下の階に行く。
客室が並ぶフロアの真ん中まで進むと、ポケットからカードキーを取り出してピッと鍵を開けた。
「ええ?お部屋を取ってあったの?」
「ああ。クリスマスだけど平日だからか、一部屋空いてたんだ。そんなに広い部屋じゃないけどね。どうぞ」
促されて足を踏み入れた菜乃花は、窓の外に広がる夜景に感嘆の声を上げる。
「わあ、なんて綺麗…」
颯真は部屋の照明を絞った。
夜空に輝く星と、月明かりをキラキラと映す海の水面。
菜乃花は颯真と肩を並べてしばらく魅入っていた。
「菜乃花、明日の仕事は何時から?」
ソファに並んで座り、コーヒーを飲みながら颯真が尋ねる。
「明日はおやしゅみなんです」
「そうなんだ!俺も休みなんだ」
喜びつつも、颯真は菜乃花の様子をうかがう。
そろそろ呂律が回らなくなってきたらしい。
目もトロンとしている。
「宮瀬しゃんも明日はおやしゅみ?」
どうやら『サ行』が苦手なようだ。
「宮瀬さんじゃなくて、颯真ね」
「しょうましゃん」
「いやだから、颯真」
「しょうまさん?」
「惜しい!そっちじゃない」
「そうましゃん」
「おっ?!まあ、うん。よしとしよう」
すると菜乃花は、ふふっと笑う。
「そうましゃん、面白い!」
「いや、面白いのは俺じゃない」
菜乃花は楽しそうに笑い続ける。
「それと菜乃花。くれぐれも俺以外の男の前で酔っ払うなよ?」
「どうして?」
「どうしても!」
「なんだか眠くなってきちゃった。お風呂入ってくる」
「ちょっと、聞いてる?菜乃花。あとお風呂はダメ」
「ええー?どうしてー?!」
菜乃花は上目遣いに颯真を睨む。
「そんな目で睨んだってちっとも怖くないよ。可愛いだけだ」
笑いながらそう言うと、颯真は菜乃花を抱き寄せてキスをした。
頬を赤く染めた菜乃花が、潤んだ瞳で颯真を見つめる。
颯真はたまらないというように切なげな表情で、更に深く菜乃花に口づけた。
ん…と菜乃花が吐息を洩らし、颯真の腕に身体を預ける。
「菜乃花…」
込み上げる愛しさで胸をいっぱいにさせながら、颯真は何度も菜乃花に口づけ、強く抱きしめていた。
◇
翌朝。
念願のお風呂に入り、豪華なホテルの朝食を味わった菜乃花は、ご機嫌で颯真に尋ねる。
「颯真さん。今日はどこに行くんですか?」
「菜乃花はどこか行きたいところある?」
「んー、特に思いつかないなあ」
「じゃあまずは、俺の買い物につき合ってもらってもいい?」
「もちろんです。何を買いに行くんですか?」
「婚約指輪」
「そうなんですね」
バッグに荷物を詰めながら返事をした菜乃花は、ん?と手を止めた。
「婚約指輪って、何でしたっけ?」
あまりにサラッと言われて、思わず確かめる。
「結婚を約束した相手に贈るエンゲージリングだよ」
「そうですよね」
頷きつつも、一体誰に贈るのだろうと、どこか腑に落ちない。
「菜乃花、お風呂大好きだろう?夜にゆっくり温まりたいよね?」
「はい。冬は特に」
「だから早くお嫁に来た方がいいと思って」
「お嫁に行くと、夜にお風呂に入れるの?」
「菜乃花の主張だとそうみたい。だから、なるべく早く俺のところにお嫁においで」
ぱちぱちと瞬きしてから、菜乃花は頷いた。
「はい。颯真さんのところにお嫁に行って、夜にゆっくりお風呂に入りたいです」
「そう、良かった!」
颯真ににっこり笑いかけられ、菜乃花も思わず微笑み返す。
そして二人は、ジュエリーショップを訪れた。
「わあ、素敵」
普段アクセサリーを着けない菜乃花は、店内に足を踏み入れると、たくさんの輝くジュエリーに目を奪われる。
「菜乃花、婚約指輪はこっちだよ」
颯真に呼ばれて奥の一角に行く。
「凄い!これ、全部ダイヤモンド?」
思わず声に出すと、女性スタッフがにこやかに微笑む。
「はい。どれもカラーは最高級のDランクのダイヤモンド。クラリティやカットも高品質のものばかりでございます。カラットやデザインのお好みはございますか?」
「え、いえ、何も」
気後れして菜乃花は何も選べない。
「菜乃花、これ着けてみて」
颯真が指差すと、スタッフがショーケースの中から取り出した。
眩しいくらいに輝くひと粒ダイヤモンドは、これぞ婚約指輪、といった王道のデザインだった。
(ひえー、こんなに存在感あるのね。婚約指輪って)
菜乃花は未だに実感が湧かない。
颯真があれこれと選ぶが、言われるがままにはめるのみだった。
「菜乃花、どれが一番いい?」
「そ、それが選べなくて。颯真さんから頂けるならそれだけで…」
「そんなこと言わずに。好きなものない?」
「どれも素敵で選べません」
すると颯真は、うーんと考え込む。
「菜乃花。俺が選んでもいい?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、ちょっとソファで待ってて」
「はい」
言われた通り、菜乃花は壁際のソファに座って待つ。
スタッフは菜乃花の指のサイズだけ測ると、あとはずっと颯真とやり取りしていた。
「お待たせ。刻印してもらうから、仕上がりはもう少し先になるって」
「そうなんですね」
「楽しみにしてて。さてと!じゃあ、ぶらぶらショッピングでもする?」
「はい!」
颯真は微笑んで頷くと、さりげなく菜乃花の手を握って歩き出す。
菜乃花は胸をドキドキさせながら、うつむいて頬を赤らめた。
カフェでランチをしたり、気になるお店を覗いたり、二人で気ままに休日を楽しむ。
菜乃花はせめてものお礼として、颯真にマフラーと手袋のセットをプレゼントした。
「ありがとう、菜乃花。大切にするよ」
颯真の笑顔に菜乃花も嬉しくなって微笑む。
夜は、初めて二人で食事をしたトラットリアに行った。
「なんだか懐かしい。1年ぶりですね」
「そうだな。あの時の菜乃花は、確かすっぴんだったんだよね」
「うっ…、忘れてください」
「どうして?菜乃花はすっぴんでも充分可愛いと思ったよ。ほっぺがつるんとしててモチモチで」
「ええ?!そんな、赤ちゃんみたい」
「確かに赤ちゃんだな、菜乃花は。あはは!」
大笑いする颯真に、そんなにおかしい?と菜乃花は眉根を寄せていた。
「菜乃花と出逢って1年か…。色々あったな」
ようやく笑いを収めると、颯真はしみじみと呟く。
菜乃花も頷いて、様々な出来事を思い出した。
辛い時期もあったし、たくさん悩んで涙した。
だからこそ、今こうして二人でいられることを心から嬉しく思う。
「菜乃花と過ごすこの時間が、奇跡のように感じるよ。当たり前だと思わずに、これからもずっと俺は感謝する。菜乃花がそばにいてくれることを」
「私もです。颯真さんといられる幸せを、この先も感謝しながら過ごしていきます」
「やっと菜乃花をこの手に掴めたんだ。二度と離さないよ。必ず俺が君を守っていく」
菜乃花は照れたように微笑んで、はいと頷く。
二人の間には目に見えない確かな絆が生まれていた。
「おはようございます、谷川さん」
いつものように出勤して挨拶を交わすと、谷川は、ん?と菜乃花を見て首をひねった。
「どうかしましたか?」
「うん。菜乃花ちゃん、なんだか可愛い」
は?と菜乃花は面食らう。
「どうしてだろう。髪型も服装もメイクも、普段と同じよね?でもなんだかキラキラしてる…」
そこまで言うと、谷川は急にしたり顔になった。
「なるほどー。そういうことか。素敵なクリスマスイブだったんだね!」
「え?あの…」
戸惑う菜乃花をよそに、谷川はまたクリスマスソングを歌いながらカウンターへと歩き出した。
◇
「おはようございます」
「おはよー」
夜勤のスタッフ達に挨拶した颯真に、ふわーとあくびをしながら塚本が返事をする。
「お疲れ様です。急患はありましたか?」
「んー、道端で酔いつぶれた若いお兄ちゃんが一人。しばらくここでスヤスヤ眠ったあとお目覚めになって、元気に彼女と帰っていきましたよー」
「そうでしたか」
「それで?お前の方はどうだったんだ?その様子じゃ、コテンパにやられるのは免れたんだな」
は?と颯真は怪訝そうに塚本を振り返る。
「は?って、おいおい。まさかお前、バックレたんじゃないだろうな?」
「何をですか?」
「果たし状だよ!三浦先生の」
「あーー!!」
颯真は立ち上がって大声を出す。
「マジか!今すぐ行ってこい!」
「はい!」
「生還を祈る。いざとなったら俺がマウストゥーマウスしてやるから」
「結構です!」
振り返って返事をしながら、颯真は小児科病棟へと急いだ。
「三浦先生!」
申し送りを終えてナースステーションを出て来た三浦に声をかける。
「おお、遅かったね、宮瀬先生」
「申し訳ありません!」
「いや、良かったよ。夕べあのまま俺を探しに来たら、その時はぶっ飛ばしてやろうと思ってたから」
「は?あ、あの…」
困惑する颯真に、三浦はニヤリと笑いかける。
「見たかったよ、かっこいい王子様のお姫様抱っこ」
「…はい?」
そして今度は真顔になる。
「もう二度と彼女を手放すなよ?」
しばしの沈黙のあと、颯真は大きく頷いた。
「はい」
三浦はふっと笑うと、じゃあね!と背を向ける。
そして思い出したように振り返った。
「そうだ。これから俺のことは、三浦サンタ様と呼ぶように」
「…は?」
「じゃ、そういうことで」
そう言うと、今度こそ背を向けて去って行った。
◇
「うーん、これでいいかな?」
仕事から帰ってきて着替えると、菜乃花は鏡の前で角度を変えながら全身をチェックする。
ボルドーのワンピースにオフホワイトのボレロを羽織り、髪型はハーフアップで毛先をゆるく巻いた。
張り切り過ぎるのも恥ずかしいが、やはり少しでも可愛く見せたい。
これが好きな人への気持ちなのか、と妙に納得しながら身支度を整えた。
「あとは…。え、本当に泊まるのかな?」
言われた通りに着替えも用意するが、いかにも、といったお泊りバッグに詰めるのは、なんだか期待しているようで気恥ずかしい。
出来るだけコンパクトにまとめて、大きめのトートバッグに詰めた。
「これでよし、と。あー、緊張してきちゃった」
ソワソワと落ち着きなく部屋の中を歩き回っていると、スマートフォンが鳴る。
「もしもし、菜乃花?エントランスに着いたよ」
「はい!今下ります」
電話から聞こえてくる颯真の声に、既に顔を赤くしながら、菜乃花はコートを着ると急いで部屋を出た。
「こんばんは」
「こんばんは。菜乃花」
優しく微笑んでくれる颯真は、いつもより改まったジャケット姿で、菜乃花はそのかっこ良さにしばし見とれる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
開けてくれた車のドアから助手席に乗り込む。
「あの、どこに行くの?」
「ん?内緒。20分くらいで着くよ」
楽しげに言って颯真は車を走らせる。
着いた先は、海に面したラグジュアリーホテルだった。
「ひゃー、こんな素敵な高級ホテル!私、この格好で大丈夫かな」
「もちろん。凄く可愛いよ」
車を降りて菜乃花の肩を抱きながら、颯真がにっこり笑う。
菜乃花はますます頬を赤らめた。
通されたのは最上階にあるフレンチレストラン。
真下に見下ろせる街の輝きと、どこまでも続く綺麗な海を眺めてうっとりしていると、颯真がスマートにオーダーを済ませてくれた。
「じゃあまずは乾杯しよう。メリークリスマス」
「メリークリスマス」
二人はワインで乾杯する。
(宮瀬さん、やっとお酒を楽しんでくれるようになったんだ)
菜乃花は嬉しくなり、ついつい飲み過ぎてしまう。
「菜乃花、そんなに飲んで大丈夫?」
「はい。私、こう見えて結構お酒は強いんです」
「それは大きな勘違いだと思うよ?」
颯真の言葉は耳に入らないかのように、菜乃花は美味しいワインに酔いしれていた。
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです。素敵なクリスマスの夜になったなあ」
菜乃花はうっとりしながらレストランを出る。
「菜乃花。クリスマスの夜はまだまだこれからだよ」
「え?」
怪訝そうな菜乃花を連れて、颯真はエレベーターで下の階に行く。
客室が並ぶフロアの真ん中まで進むと、ポケットからカードキーを取り出してピッと鍵を開けた。
「ええ?お部屋を取ってあったの?」
「ああ。クリスマスだけど平日だからか、一部屋空いてたんだ。そんなに広い部屋じゃないけどね。どうぞ」
促されて足を踏み入れた菜乃花は、窓の外に広がる夜景に感嘆の声を上げる。
「わあ、なんて綺麗…」
颯真は部屋の照明を絞った。
夜空に輝く星と、月明かりをキラキラと映す海の水面。
菜乃花は颯真と肩を並べてしばらく魅入っていた。
「菜乃花、明日の仕事は何時から?」
ソファに並んで座り、コーヒーを飲みながら颯真が尋ねる。
「明日はおやしゅみなんです」
「そうなんだ!俺も休みなんだ」
喜びつつも、颯真は菜乃花の様子をうかがう。
そろそろ呂律が回らなくなってきたらしい。
目もトロンとしている。
「宮瀬しゃんも明日はおやしゅみ?」
どうやら『サ行』が苦手なようだ。
「宮瀬さんじゃなくて、颯真ね」
「しょうましゃん」
「いやだから、颯真」
「しょうまさん?」
「惜しい!そっちじゃない」
「そうましゃん」
「おっ?!まあ、うん。よしとしよう」
すると菜乃花は、ふふっと笑う。
「そうましゃん、面白い!」
「いや、面白いのは俺じゃない」
菜乃花は楽しそうに笑い続ける。
「それと菜乃花。くれぐれも俺以外の男の前で酔っ払うなよ?」
「どうして?」
「どうしても!」
「なんだか眠くなってきちゃった。お風呂入ってくる」
「ちょっと、聞いてる?菜乃花。あとお風呂はダメ」
「ええー?どうしてー?!」
菜乃花は上目遣いに颯真を睨む。
「そんな目で睨んだってちっとも怖くないよ。可愛いだけだ」
笑いながらそう言うと、颯真は菜乃花を抱き寄せてキスをした。
頬を赤く染めた菜乃花が、潤んだ瞳で颯真を見つめる。
颯真はたまらないというように切なげな表情で、更に深く菜乃花に口づけた。
ん…と菜乃花が吐息を洩らし、颯真の腕に身体を預ける。
「菜乃花…」
込み上げる愛しさで胸をいっぱいにさせながら、颯真は何度も菜乃花に口づけ、強く抱きしめていた。
◇
翌朝。
念願のお風呂に入り、豪華なホテルの朝食を味わった菜乃花は、ご機嫌で颯真に尋ねる。
「颯真さん。今日はどこに行くんですか?」
「菜乃花はどこか行きたいところある?」
「んー、特に思いつかないなあ」
「じゃあまずは、俺の買い物につき合ってもらってもいい?」
「もちろんです。何を買いに行くんですか?」
「婚約指輪」
「そうなんですね」
バッグに荷物を詰めながら返事をした菜乃花は、ん?と手を止めた。
「婚約指輪って、何でしたっけ?」
あまりにサラッと言われて、思わず確かめる。
「結婚を約束した相手に贈るエンゲージリングだよ」
「そうですよね」
頷きつつも、一体誰に贈るのだろうと、どこか腑に落ちない。
「菜乃花、お風呂大好きだろう?夜にゆっくり温まりたいよね?」
「はい。冬は特に」
「だから早くお嫁に来た方がいいと思って」
「お嫁に行くと、夜にお風呂に入れるの?」
「菜乃花の主張だとそうみたい。だから、なるべく早く俺のところにお嫁においで」
ぱちぱちと瞬きしてから、菜乃花は頷いた。
「はい。颯真さんのところにお嫁に行って、夜にゆっくりお風呂に入りたいです」
「そう、良かった!」
颯真ににっこり笑いかけられ、菜乃花も思わず微笑み返す。
そして二人は、ジュエリーショップを訪れた。
「わあ、素敵」
普段アクセサリーを着けない菜乃花は、店内に足を踏み入れると、たくさんの輝くジュエリーに目を奪われる。
「菜乃花、婚約指輪はこっちだよ」
颯真に呼ばれて奥の一角に行く。
「凄い!これ、全部ダイヤモンド?」
思わず声に出すと、女性スタッフがにこやかに微笑む。
「はい。どれもカラーは最高級のDランクのダイヤモンド。クラリティやカットも高品質のものばかりでございます。カラットやデザインのお好みはございますか?」
「え、いえ、何も」
気後れして菜乃花は何も選べない。
「菜乃花、これ着けてみて」
颯真が指差すと、スタッフがショーケースの中から取り出した。
眩しいくらいに輝くひと粒ダイヤモンドは、これぞ婚約指輪、といった王道のデザインだった。
(ひえー、こんなに存在感あるのね。婚約指輪って)
菜乃花は未だに実感が湧かない。
颯真があれこれと選ぶが、言われるがままにはめるのみだった。
「菜乃花、どれが一番いい?」
「そ、それが選べなくて。颯真さんから頂けるならそれだけで…」
「そんなこと言わずに。好きなものない?」
「どれも素敵で選べません」
すると颯真は、うーんと考え込む。
「菜乃花。俺が選んでもいい?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、ちょっとソファで待ってて」
「はい」
言われた通り、菜乃花は壁際のソファに座って待つ。
スタッフは菜乃花の指のサイズだけ測ると、あとはずっと颯真とやり取りしていた。
「お待たせ。刻印してもらうから、仕上がりはもう少し先になるって」
「そうなんですね」
「楽しみにしてて。さてと!じゃあ、ぶらぶらショッピングでもする?」
「はい!」
颯真は微笑んで頷くと、さりげなく菜乃花の手を握って歩き出す。
菜乃花は胸をドキドキさせながら、うつむいて頬を赤らめた。
カフェでランチをしたり、気になるお店を覗いたり、二人で気ままに休日を楽しむ。
菜乃花はせめてものお礼として、颯真にマフラーと手袋のセットをプレゼントした。
「ありがとう、菜乃花。大切にするよ」
颯真の笑顔に菜乃花も嬉しくなって微笑む。
夜は、初めて二人で食事をしたトラットリアに行った。
「なんだか懐かしい。1年ぶりですね」
「そうだな。あの時の菜乃花は、確かすっぴんだったんだよね」
「うっ…、忘れてください」
「どうして?菜乃花はすっぴんでも充分可愛いと思ったよ。ほっぺがつるんとしててモチモチで」
「ええ?!そんな、赤ちゃんみたい」
「確かに赤ちゃんだな、菜乃花は。あはは!」
大笑いする颯真に、そんなにおかしい?と菜乃花は眉根を寄せていた。
「菜乃花と出逢って1年か…。色々あったな」
ようやく笑いを収めると、颯真はしみじみと呟く。
菜乃花も頷いて、様々な出来事を思い出した。
辛い時期もあったし、たくさん悩んで涙した。
だからこそ、今こうして二人でいられることを心から嬉しく思う。
「菜乃花と過ごすこの時間が、奇跡のように感じるよ。当たり前だと思わずに、これからもずっと俺は感謝する。菜乃花がそばにいてくれることを」
「私もです。颯真さんといられる幸せを、この先も感謝しながら過ごしていきます」
「やっと菜乃花をこの手に掴めたんだ。二度と離さないよ。必ず俺が君を守っていく」
菜乃花は照れたように微笑んで、はいと頷く。
二人の間には目に見えない確かな絆が生まれていた。
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