極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい

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尻尾フリフリのトオルちゃん

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内海不動産に関するコンテンツは、着々と制作が進んでいた。

吾郎は何度も内海不動産の本社に足を運び、原口や木谷、安藤と打ち合わせを重ねる。

安藤といえば…
いつぞや酔っ払って一人新喜劇をしたことは、全く覚えていないらしい。

次に会った時は、いつもと変わらず黒スーツに眼鏡で、硬い表情の真面目な彼女に戻っていた。

吾郎がチラリと原口に目を向けると、原口は苦笑いしながら肩をすくめてみせたことから、なるほど、覚えていないんだな、と吾郎は独りごちた。

仕事の話はどれもスムーズに進み、瞳子のナレーションを入れた紹介映像は、上質でまさにこのマンションにふさわしいと喜ばれ、ARやMRのコンテンツも、これは楽しい!と盛り上がった。

モデルルームの内装工事も終わり、いよいよ機械の設置作業に入る。

この時ばかりは吾郎だけでなく、大河や透も現地に赴いた。

モデルルームオープンまであと1週間と迫ると、吾郎はほぼ毎日顔を出し、原口達と最終確認をしたり、他のスタッフがお客様に説明出来るよう、プレゼンテーションをした。

そしてついに3月の半ば、内海不動産が手がける大規模新築分譲マンションの現地モデルルームがオープンした。



「いらっしゃいませ」

シックな制服姿の受付の女性がにこやかにお客様を出迎え、予約表を確認して営業マンに引き継ぐ。

吾郎は邪魔にならないよう、片隅で様子を見守り、映像の準備や確認作業をする。

商談スペースに用意されたテーブルに続々とお客様が案内され、営業マンが明るく対応していた。

安藤も、今日は最初ということで、原口の補佐として一緒に回るらしかった。

午前中の予約のお客様が揃い、まずは大型スクリーンでマンションの紹介映像を観てもらう。

吾郎としてはドキドキの瞬間だったが、誰もがうっとりと笑顔で見とれていて、一安心する。

次はMRを使って建物の詳しい構造や立地、部屋から見える景色などを説明していく。

原口の言葉に合わせて、この日は吾郎が自ら操作を担当した。

男性はやはりこの説明を一番詳しく聞きたがるが、子ども達は退屈してきて母親の手を引っ張り始めた。

「ねえ、もう帰ろうよー」

男の子の大きな声に、その場にいる営業マン達がピクリと顔を引きつらせる。

「よし、じゃあ僕。あっちに面白いものがあるよ。行ってみる?」

吾郎が手招きすると、他の子ども達も集まって来た。

「ほら、大きな地図があるだろ?これは冒険の地図だ。好きな所に手をかざしてごらん。何が始まるかな?」

吾郎の言葉に、男の子はわくわくした様子で、そっと真ん中に手をかざす。

すると目の前に、子犬を散歩させている女の子の映像が立体的に浮かび上がった。

楽しそうに笑顔でパパやママを見上げている女の子が、ふとこちらを振り返り、にっこりと手招きする。

「え、俺?」

手をかざした男の子が思わず自分を指差す。

『早くおいで!公園に行こうよ』

聞こえてきた女の子の声に、男の子はキョトンとしている。

フッと映像が消え、吾郎が男の子に声をかけた。

「じゃあ、今度はここに手をかざしてみて」

「うん!」

他の子ども達も見つめる中、男の子が手をかざすと、次に映し出されたのは広くて綺麗な公園だった。

ブランコや滑り台、シーソーやアスレチック。

花壇のそばにはベンチやテーブルもある。

そして公園の外周は、ペットのお散歩コースになっていた。

先程の映像の女の子も、子犬と一緒に元気にお散歩コースを走っている。

「わあ、楽しそう!俺も行きたい!」

男の子が目を輝かせる。

「この公園は、このマンションに実際にあるんだよ。友達と思い切り遊んだり、ワンちゃんをお散歩させたり。奥には小さな森があって、夏にはカブトムシも見られるよ」

ええー?!と、子ども達は一斉に声を上げた。

「すごい!ここに住みたい!」

「私もー!」

「みんなでここで遊びたいね!」

「うん。友達になろうぜ!」

ワイワイと盛り上がる子ども達を、吾郎は微笑ましく見守っていた。



「都筑さん、今日は本当にありがとうございました!いやー、初日からすごい勢いのお申し込み件数ですよ。部長もホクホクしてました」

夕方になり、モデルルームがクローズすると、原口と安藤が吾郎に挨拶に来た。

「こちらこそ、ありがとうございました。機械トラブルなどもなかったでしょうか?」

「ありませんとも!コンテンツはどれもこれもスムーズで、お客様も食い入るように見ていらっしゃいました。それに子ども達も!都筑さんのおかげで子ども同士が盛り上がり、それを見てお母さんも、ここにしようとお父さんにお話されてましたよ」

「それは良かったです。やはりご両親にとっては、お子様が引っ越し先で上手く馴染めるかどうかが心配ですもんね」

原口と安藤は、吾郎の言葉に大きく頷く。

「俺達営業マンがご両親に必死になって説明しているところに、都筑さんのところから戻ってきたお子様が、ここに住みたい!ってひと言言った途端、じゃあそうするか!って。もう拍子抜けするくらいでしたよ。安藤、お前さ、俺の補佐ではなくて、明日からしばらく都筑さんの横で勉強させてもらってくれ」

ええ?!と吾郎が驚くが、二人はいたって真剣だ。

「分かりました。私もお子様へのフォローがとても重要だと今日しみじみと感じました。都筑さん、明日からそばで勉強させていただけないでしょうか?」

「は、はあ。かしこまりました。何も参考にはならないかと思いますが…」

「とんでもない!私達営業のノウハウにはないことを、都筑さんから学ばせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします」

そして次の日から、安藤はピタリと吾郎のそばについて、一緒にお子様への対応を担当するようになった。



「ほーら、よく見ててね。ここはどんな場所かな?」

次の日のモデルルーム。

やって来た多くの家族連れに、営業マンが主にご両親を、そして吾郎と安藤がお子様を担当する。

吾郎が大きなマンションの地図に手をかざすと、パーティールームでの誕生日会の様子が現れた。

『ハッピーバースデー!』
と、賑やかに子ども達がケーキやお菓子を前に楽しんでいる。

「次は、ここにしようかな?」

そう言って吾郎は、カラオケルームに手をかざした。

「え!カラオケ出来るの?」

「そうだよ。マンションの敷地内にあるから、子ども達だけでも楽しめるんだよ」

すごーい!と、子ども達は目を輝かせる。

「ねえ、他には何があるの?」

「んー、じゃあ次はここにしてみる?」

そう言って吾郎が指を差すと、近くにいた女の子が手をかざした。

「え、うそ!プール?!」

「そう。なんとプールまであるんだよ。しかも温水プールだから、冬でも入れるよ」

えー?信じられないー!
ほんとのこと?うその話じゃない?
と、子ども達は吾郎に詰め寄る。

「嘘じゃないよ。お兄ちゃん、嘘つくように見える?」

「うん、ちょっと」

ガーン…と吾郎はショックを受ける。

「そ、そんな。こんなにも真面目に実直に生きてきたのに。トホホ…」

「ねえ、それはいいからさ。ここは何?」

そう言って子ども達は、思い思いに地図の上に手をかざす。

「そこはね、ドッグランだよ。ペットのワンちゃんを自由に遊ばせられる所」

「そうなんだー。たくさん走ってるね。ねえ、この可愛い子犬、なんて名前なの?」

「え、子犬の名前?そうだなー。トオルちゃん」

トオルー?!と子ども達は一斉に声を上げる。

「ほんとに?」

「うん。うちにいるもん。尻尾フリフリのトオルって子犬が」

「そうなんだ。なんか独特なネーミングだね」

おませな女の子が真顔でそう言い、吾郎は、あはは…と乾いた笑いで、ポリポリと目尻を掻いた。
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