魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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結婚相手

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「麗華様、そろそろランチの時間ですし、レストランに行かれては?」

総支配人室のソファで、ひたすらスマートフォンをいじり続ける麗華に、早瀬が声をかける。

今朝、高坂会長を見送ってから、ずっと麗華は一生にまとわりついている。

ここにいては退屈でしょうと、エステやスパを勧めても、頑なに動こうとしない。
「一生さんも一緒だったら行きまーす」
返事はそればかりだった。

今の返事ももちろん同じ。

「レストラン?一生さんと一緒なら行く」

またか、と早瀬はため息をつきそうになるのを堪える。

「あいにく、総支配人は本日スケジュールが詰まっていまして…。レストランで食事をする時間は取れそうにありません」
「じゃあ麗華も行かなーい」
「あの、そうおっしゃられても…。大事なお客様にお食事をご用意しない訳にはいきません」

なんとかしてこの部屋から出て行って欲しい…という本音は隠し、ひたすら、なだめたり透かしたりして、お嬢様のご機嫌を取ろうとする。

と、ふいに背後から一生の声がした。

「麗華さん。それではこちらにランチをご用意致しましょう」
「え、いいの?わーい!一生さん、優しい!」

麗華は立ち上がると、一生の首に腕を回して抱きついた。

早瀬はギョッとする。

なんとかして引き離さなければ、一生の怒りが沸点に達する…

しかし一生は、営業スマイルを欠かさず、手配しますのでしばらくお待ちくださいと言って、麗華をソファに座らせた。

やがて運ばれてきたクラブハウスサンドイッチに、麗華はご満悦のようだった。

(ふう、やれやれ)

早瀬がそう思っていると、デスクの電話が鳴った。

素早く受話器を取ると、顧問弁護士の島田からだった。

話があってこちらに向かっていると言う。

「総支配人、島田さんからです。例の件でお話があるそうで、こちらに向かっていらっしゃいます。あと10分ほどで到着されるそうです」
「分かった」

短くそう答えたが、早瀬の返事はない。

不審に思って顔を上げた一生に、早瀬は視線を一瞬ソファに走らせて目配せしてきた。

(ああ、そうか。ここでは話せない)

「オフィス棟の会議室に案内してくれ。私は先に行く」
「かしこまりました」

一生がジャケットを着て出口に向かうと、麗華の甘ったるい声がした。

「えー、一生さん、行っちゃうのー?」
「はい、来客がありまして。申し訳ありません」
「じゃあ、麗華も一緒に行くー」

早瀬は再びギョッとする。

「麗華様。大事なお話の席にそのようなことは…」

早瀬の言葉に、一生がかぶせて言う。

「麗華さん。美味しいデザートと紅茶をこちらに持って来させましょう。私の用事は、なるべく早く済ませますので、どうぞゆっくり召し上がっていてください」

ダメ押しのように爽やかな笑顔を浮かべ、一生は部屋をあとにした。

(す、すごい。総支配人がこんなにも忍耐強く、苦手な女性に優しくされるなんて…)

一生の本気を感じ、早瀬はゴクッと生唾を飲み込んだ。

***

顧問弁護士の島田から、新たな情報が伝えられる。

このホテルを落とし入れようとしているのは、同じく都会の有名なホテル。

まさか?!と一生と早瀬が目を見張るホテル名が挙げられた。

「なぜそんな大きなホテルまでもが…」
「どうやら他のホテルは長らく経営不振が続いているようですね。好調なのは、フォルトゥーナとホテル高坂くらいかと。その2つが手を結んでは、もはや太刀打ち出来ないと必死のようです。相変わらず週刊誌に金を握らせ、何でもいいからフォルトゥーナの評判を落とす記事を!と。話を持ちかけられた出版社は、1つや2つではないようです」
「なり振り構わず…といったところですね」

早瀬の言葉に、島田も頷く。

「総支配人、いかがいたしましょう?何か対抗策を考えませんと…」
「放っておきましょう」

一生の落ち着いた声とセリフに、島田は驚く。

「よろしいのですか?今後また、でたらめな記事を書かれても?」
「構いません」

一生はきっぱり言い切ると、早瀬に顔を向ける。

「ただ、スタッフに危害が及ぶのだけは許さない。警備を強化し、二度とあのようなことが起きないよう、くれぐれも注意してくれ。通勤も、ハイヤーに送迎させるように」
「かしこまりました」

早瀬は気を引き締めた。

***

「一生さーん!もう、遅い!」

総支配人室のドアを開けるなり、またあの甘ったるい声がして、早瀬はゲンナリした。

(だめだ。これでは仕事にならない)

「失礼しました。デザートはいかがでしたか?」
「美味しかったけどー、でもこの人!全然マナーがなってないのよ。紅茶もロクに淹れられないんだから」

麗華に指を差され、レストランのエプロンをつけた女性スタッフは、泣きそうな顔になる。

「も、申し訳ありません」

一生はそのスタッフに声をかける。

「ここはいいから、持ち場に戻ってください。ありがとう」
「は、はい。申し訳ありませんでした」

何度も頭を下げながら、スタッフは部屋を出ていく。

一生は、麗華に向き直った。

「大変失礼致しました。今後はベテランのスタッフを呼びますので」

すると麗華は、何かを考える素振りをしたあと、フッと不敵な笑みを浮かべた。

「それなら、呼んで欲しいスタッフがいるんだけど。営業部の早乙女って人」

「なっ…!」

一生と早瀬が、同時に目を見開く。

「いるんでしょ?そういう人。雑誌に載ったりしてー、なんか有名人みたいよねー。私、会ってみたいの。ここにいる間は、ずっとその人にお世話して欲しいわ」
「お言葉ですが、早乙女は営業部のスタッフです。宿泊部ではありません。お客様対応にも慣れておりませんので」

一生の口調は落ち着いていたが、ギュッと握った拳がかすかに震えているのが早瀬には分かった。

「そんなこと私には関係ない。どこの部署でもいいわ。私が指名してるのよ?すぐに呼んでちょうだい!」

麗華が一生に対して、そんな口調になるのもまた珍しかった。

一生は、しばらくじっと視線を落としていたが、やがて早瀬を見て、小さく頷いた。

その目は悲しさに溢れていた。

***

「え、私が…ですか?」

企画広報課の部屋の前。

廊下に出てきた瑠璃に、早瀬は事情を話す。

「もちろん、あなたがそんな仕事をする義務はありません。断って頂いて大丈夫です。こちらの仕事が立て込んでいるとか、なんならここ1週間、有給休暇を取っていることにしてもいい。だから…」
「いえ、大丈夫です」
「えっ?」
「大丈夫です。私にやらせてください」

そう言って、瑠璃はにっこり微笑む。

早瀬は状況も忘れて、その笑顔に見とれていた。
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