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夫婦デート
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「翼、舞、じゃあね」
翌朝。
恵真は大和と一緒に、車で保育園に双子を送り届けた。
「うん。またねー!」
二人は笑顔で手を振ると、早速翔一と園庭に飛び出して行った。
「それでは、行きますか?」
意味ありげに大和が顔を覗き込んできて、恵真は思わずうつむく。
「そんなに真っ赤な顔して、どうした?」
「いえ、別に」
「ひょっとして照れてるの? かーわいい、恵真」
「な、何を……」
固まる恵真に構わず、大和はさり気なく手を繋いで車へと歩き出す。
「大和さん! ちょっと、誰かに見られたら……」
必死に手を解こうとしていると、後ろから「見ーちゃった」と声がした。
「伊沢くん!」
振り向いた恵真は、よりによって……と半泣きの表情になる。
「いいですねー、いつまでもラブラブで」
ニヤニヤしながら伊沢が言うと、腕に抱いている美羽も「らぶらぶ」と両手でハートを作って笑った。
「あの、伊沢くん。これは違うの」
「何がどう違うのさ? ねえ、キャプテン」
「伊沢くん! ほら、美羽ちゃんいるし、教育上よろしくないから」
「どこが? 夫婦円満は子どもにとってもいいことじゃない。な? 美羽」
すると美羽も、ツインテールの髪を揺らして「らぶきゅんきゅん」と可愛く小首をかしげる。
「美羽ー、可愛すぎるぞー。パパ、バイバイ出来なくなっちゃうじゃないかー」
骨抜きになって美羽に頬ずりしている伊沢に、大和が「伊沢、ショーアップに遅れるぞ」と真顔で言う。
「キャプテンこそ。奥さんと離れられなくて遅刻しないでくださいよ?」
「心配するな。俺たちは今からデートだ」
なっ……と恵真は絶句する。
「ひゃー! それはそれは。愛のフライトって訳ですね」
「お前と話している時間も惜しい。じゃあな」
スタスタと歩き始めた大和に、恵真は呆然としながら手を引かれる。
「お幸せにー」
「らぶらぶー」
伊沢と美羽の言葉に恵真はかろうじて振り返り、顔を引きつらせたまま手を振った。
◇
「大和さん、どこに行くの?」
車に乗ると、シートベルトを締めながら大和に聞いてみた。
「着いてからのお楽しみ」
涼し気な目元を細めて笑いかけてくる大和に、恵真はドキッとする。
結婚して7年経つが、未だに恵真は大和のかっこ良さに時折惚れ惚れしていた。
(なんだかちょっと……、緊張してきちゃった)
いつもは翼と舞の賑やかな声が後部座席から聞こえてくる車内だが、今は二人きり。
そう意識すると、恵真は初デートのような気分になってきた。
大和はスムーズにハンドルを切って、高速道路に乗る。
どこに行くのかも気になるが、恵真は何より、このシチュエーションに胸のドキドキが止まらなかった。
ちらりと大和の横顔に目をやると、視線に気づいた大和が、ん?と余裕の笑みで恵真を見つめる。
恵真は思わずパッと視線をそらした。
「なに? 恵真。可愛いんだけど」
「は? どういう意味ですか?」
「そのままだよ。いくつになっても可愛いな、恵真は」
そう言うと大和は、前を向いたまま右手でハンドルを握り、左手で恵真の手を握った。
突然のことに、恵真はキュッと身体をこわばらせる。
「や、大和さん。あの、運転中は、危ないから」
「ちょっと握りたくなっただけだよ」
「でも片手運転はダメ。車のハンドルは、10時10分を握らなきゃ」
「10時10分! 久しぶりに聞いた。ははっ! 相変わらずおもしろいこと言うな、恵真」
どこが?と、恵真は眉根を寄せる。
大和は両手でハンドルを握ると、キリッと背筋を伸ばした。
「ではエアマンシップに則り、地上走行もしっかりやります」
「はい、お願いします」
「ちなみにさ、恵真。最近の教習所で教えてるのは、10時10分じゃないらしいぞ」
「え? じゃあ、何時何分なの?」
「9時15分か、8時20分って説もあるらしい」
「8時20分!? ということは、どの辺り?」
この辺、と言って大和はハンドルの下の方を両手で握った。
「そんなに下を持つの? それって、ダンプカーのおじさんがオラオラって運転してるイメージなんだけど」
「ははは! 恵真、ダンプカーの運転手さんに怒られても知らないぞ?」
そんなことを話しながら、やがて大和はウインカーを出して高速道路を下りる。
そのまま真っ直ぐ進むと、前方に海が見えてきた。
「わあ、きれいな海。素敵!」
「はい、着いたよ。時刻は……おっ、まさに8時20分! ははっ、恵真といるとほんとに色々楽しいな」
笑いながら大和が車を停めたのは、海沿いのラグジュアリーなホテルのエントランスだった。
「えっ、大和さん、ここって?」
「ハワイのオアフ島にあるだろ? 名門のリゾートホテル。そこが横浜のみなとみらいにもホテルをオープンさせたんだ」
そう言って車を降りると、大和はスタッフが開けた助手席のドアから恵真に手を差し伸べる。
「どうぞ」
「ありがとう」
大和の手を借りて降りた恵真は、そびえ立つクリスタルモダンなホテルの外観を見上げた。
「本当だ。ハワイのホテルと同じ、お花のロゴが使われてますね」
「ああ、一度来てみたかったんだ」
バレーパーキングのスタッフに車を預けると、二人は腕を組んでエントランスに足を踏み入れた。
「ようこそいらっしゃいませ。14階のスカイロビーにご案内いたします」
優雅な身のこなしのスタッフに案内されて、エレベーターで14階まで上がる。
開放的な明るい空間とほのかに漂う花の香りは、すぐさま恵真の心をハワイへといざなった。
「素敵………」
高さ5mの窓の外に広がる海。
ワインレッドがアクセントになったゴージャスなソファ。
白い大理石の床と、クリスタルが輝くシャンデリア、そして豪華な生花も飾られている。
恵真がうっとりと見とれている間に、大和はプルメリアを髪に飾った女性スタッフと何やら手続きを済ませた。
「恵真、部屋で軽く朝食を食べよう」
「え、お部屋? それって、客室を予約していたってこと?」
「そう。レイトチェックアウトにしてあるから、夕方の4時までここで過ごそう」
「ちょっと待って。まさか大和さん、夕べから一泊分の料金を払ったの?」
「ん? そんなこと気にしないで。ほら、行くぞ」
大和は恵真の手を取ると、エレベーターで客室フロアに向かった。
「この部屋だな、どうぞ」
ドアを開けて促され、恵真はそっと部屋に入る。
正面の大きな窓から、みなとみらいの海を一望出来る見事なパノラマが目に飛び込んできた。
「わあ、なんてきれいなの」
さっきまでの日常が嘘のように、恵真は心が浮き立つ。
「恵真、まだまだやることはたくさんあるぞ。まずは朝食を食べよう。頼んでおいたから、すぐに届くよ」
その言葉通り、しばらくすると部屋のチャイムが鳴る。
ハワイらしく、マラサダやエッグベネディクトなども並ぶ豪華な朝食が運ばれてきた。
「美味しい! きれいな景色を眺めながら食べられるなんて、贅沢ね」
「恵真、10時からエステを予約してあるから行っておいで」
「ええ!? エステですか?」
「そう。俺はその間ジムに行ってるよ」
え、あの?と戸惑っている間に、あれよあれよと大和に連れて行かれる。
「じゃあ、恵真。あとでな。部屋で待ってる」
「あ、はい」
今度はにこやかなスタッフに連れられて、またもやあれよあれよと言う間にトリートメントサロンに案内された。
良い香りに包まれながら全身をケアしてもらい、恵真は思わずため息をつく。
(はあ、気持ちいい。身体がほぐれていく感じ)
身も心もリフレッシュして、晴れやかな顔で部屋に戻る。
「おかえり、恵真」
「や、大和さん!?」
タオルで髪を乾かしながら振り返った大和は、ジムから戻ってシャワーを浴びていたらしく、胸元がちらりと覗くバスローブ姿だった。
いきなり漂う大人の男の色気に、恵真は真っ赤になる。
「どうした? 恵真。ひょっとして、エステでのぼせた?」
「いや、エステではのぼせてませんけど……」
すると大和はニヤリと笑う。
「ふうん。じゃあ、俺にのぼせたの?」
恵真は言葉を失ってますます頬を赤らめた。
大和は不敵な笑みを浮かべて恵真を抱き寄せる。
「恵真、いい香りがする。俺も恵真にのぼせそう」
耳元でささやくと、そのまま恵真をベッドに押し倒した。
「ちょっと、待って……。あ、大和さん! 次の予定は?」
ああ、と大和は少し顔をしかめた。
「13時からアフターヌーンティーの予約入れちゃった。あと30分か……。しまったな」
「全然しまってませんよ! ほら、早く着替えてください」
「仕方ない、行くか。せっかくだからブティックで恵真の服も買おう」
「はい、行きましょう!」
恵真はそそくさと起き上がった。
◇
1階のブティックに行くと、入り口にはハワイのホテルの写真がたくさん飾られ、紹介映像も流れていた。
「懐かしい、ホノルルの景色」
アメリカ大統領やハリウッドセレブがホテルを訪れた時の写真を眺めてから、ブティックで買い物を楽しむ。
恵真はブルーのモンステラ柄のリゾートワンピースとプルメリアのネックレスを買い、部屋で着替えてからラウンジに向かった。
「恵真、そのワンピースよく似合ってる」
「ふふっ、ありがとうございます。思いがけずリゾート気分になれて嬉しい」
腕を組んで微笑み合い、グランドピアノが置かれたクラシカルな内装のラウンジに入る。
「ゴージャスなシャンデリアですね」
「ああ。オーキッドをイメージしたデザインらしい」
シックで落ち着いた雰囲気の中、スタイリッシュな3段のスタンドでアフターヌーンティーが運ばれてきた。
南国のフルーツをふんだんに使った上品な味わいのケーキやデザートを、恵真は満面の笑みで味わう。
翼と舞のお土産にと、オリジナルのフロマージュのホールケーキもテイクアウトした。
部屋に戻り、きれいな景色を見ながらソファでひと息つく。
「はあ、幸せ。なんだか本当にハワイに来たみたい」
「恵真、ホノルルにもう何年も飛んでないだろ? 気分だけでも味わえたらと思って」
「そうだったのね。ありがとう、大和さん」
恵真は大和ににっこり笑いかけてから、きらめく海の先を見つめた。
「ホノルルは、私にとって大切な場所です。ハネムーンフライトで大和さんと飛んで、そのあと両親と子どもたちを乗せて飛んで……」
「ああ、フライトデビューだったな。だけど恵真、あともう1つ残ってるぞ?」
「ええ、そうですね」
『フルムーンフライト』
二人の声が重なる。
翼と舞が20歳になった時、大和と恵真でまたホノルルに飛ぶ。
それは二人にとっての大きな目標だった。
「あと14年後ですね。翼も舞も、どんなふうに成長してるでしょうか」
「そうだな。舞はますます恵真に似て、美人なお姉さんになってるだろうな。翼は……、俺の身長超えてそう」
心なしか肩を落とす大和に、恵真は思わず笑い出した。
「大和さん、180cmもあるじゃないですか」
「でもそろそろ縮むかもしれない」
「ええ!? 縮みませんよ」
「だといいけど」
「もう、大和さんたら。時々急に変なこと言い出すんだから」
明るく笑う恵真を、大和は優しく見つめる。
「楽しみで仕方ないよ。もう一度恵真と一緒にホノルルに飛ぶ日が」
「私もです。また両親と子どもたちをキャビンに乗せて飛びましょう」
「ああ、必ず」
少しずつ傾き始めた太陽が、水面をキラキラと輝かせる。
そんな海を二人で静かに眺め、心地良い時間に身を委ねた。
幸せと愛しさ、二人の気持ちが通じ合うのを感じる。
大和は恵真の肩を抱き寄せ、そっと優しいキスを贈った。
翌朝。
恵真は大和と一緒に、車で保育園に双子を送り届けた。
「うん。またねー!」
二人は笑顔で手を振ると、早速翔一と園庭に飛び出して行った。
「それでは、行きますか?」
意味ありげに大和が顔を覗き込んできて、恵真は思わずうつむく。
「そんなに真っ赤な顔して、どうした?」
「いえ、別に」
「ひょっとして照れてるの? かーわいい、恵真」
「な、何を……」
固まる恵真に構わず、大和はさり気なく手を繋いで車へと歩き出す。
「大和さん! ちょっと、誰かに見られたら……」
必死に手を解こうとしていると、後ろから「見ーちゃった」と声がした。
「伊沢くん!」
振り向いた恵真は、よりによって……と半泣きの表情になる。
「いいですねー、いつまでもラブラブで」
ニヤニヤしながら伊沢が言うと、腕に抱いている美羽も「らぶらぶ」と両手でハートを作って笑った。
「あの、伊沢くん。これは違うの」
「何がどう違うのさ? ねえ、キャプテン」
「伊沢くん! ほら、美羽ちゃんいるし、教育上よろしくないから」
「どこが? 夫婦円満は子どもにとってもいいことじゃない。な? 美羽」
すると美羽も、ツインテールの髪を揺らして「らぶきゅんきゅん」と可愛く小首をかしげる。
「美羽ー、可愛すぎるぞー。パパ、バイバイ出来なくなっちゃうじゃないかー」
骨抜きになって美羽に頬ずりしている伊沢に、大和が「伊沢、ショーアップに遅れるぞ」と真顔で言う。
「キャプテンこそ。奥さんと離れられなくて遅刻しないでくださいよ?」
「心配するな。俺たちは今からデートだ」
なっ……と恵真は絶句する。
「ひゃー! それはそれは。愛のフライトって訳ですね」
「お前と話している時間も惜しい。じゃあな」
スタスタと歩き始めた大和に、恵真は呆然としながら手を引かれる。
「お幸せにー」
「らぶらぶー」
伊沢と美羽の言葉に恵真はかろうじて振り返り、顔を引きつらせたまま手を振った。
◇
「大和さん、どこに行くの?」
車に乗ると、シートベルトを締めながら大和に聞いてみた。
「着いてからのお楽しみ」
涼し気な目元を細めて笑いかけてくる大和に、恵真はドキッとする。
結婚して7年経つが、未だに恵真は大和のかっこ良さに時折惚れ惚れしていた。
(なんだかちょっと……、緊張してきちゃった)
いつもは翼と舞の賑やかな声が後部座席から聞こえてくる車内だが、今は二人きり。
そう意識すると、恵真は初デートのような気分になってきた。
大和はスムーズにハンドルを切って、高速道路に乗る。
どこに行くのかも気になるが、恵真は何より、このシチュエーションに胸のドキドキが止まらなかった。
ちらりと大和の横顔に目をやると、視線に気づいた大和が、ん?と余裕の笑みで恵真を見つめる。
恵真は思わずパッと視線をそらした。
「なに? 恵真。可愛いんだけど」
「は? どういう意味ですか?」
「そのままだよ。いくつになっても可愛いな、恵真は」
そう言うと大和は、前を向いたまま右手でハンドルを握り、左手で恵真の手を握った。
突然のことに、恵真はキュッと身体をこわばらせる。
「や、大和さん。あの、運転中は、危ないから」
「ちょっと握りたくなっただけだよ」
「でも片手運転はダメ。車のハンドルは、10時10分を握らなきゃ」
「10時10分! 久しぶりに聞いた。ははっ! 相変わらずおもしろいこと言うな、恵真」
どこが?と、恵真は眉根を寄せる。
大和は両手でハンドルを握ると、キリッと背筋を伸ばした。
「ではエアマンシップに則り、地上走行もしっかりやります」
「はい、お願いします」
「ちなみにさ、恵真。最近の教習所で教えてるのは、10時10分じゃないらしいぞ」
「え? じゃあ、何時何分なの?」
「9時15分か、8時20分って説もあるらしい」
「8時20分!? ということは、どの辺り?」
この辺、と言って大和はハンドルの下の方を両手で握った。
「そんなに下を持つの? それって、ダンプカーのおじさんがオラオラって運転してるイメージなんだけど」
「ははは! 恵真、ダンプカーの運転手さんに怒られても知らないぞ?」
そんなことを話しながら、やがて大和はウインカーを出して高速道路を下りる。
そのまま真っ直ぐ進むと、前方に海が見えてきた。
「わあ、きれいな海。素敵!」
「はい、着いたよ。時刻は……おっ、まさに8時20分! ははっ、恵真といるとほんとに色々楽しいな」
笑いながら大和が車を停めたのは、海沿いのラグジュアリーなホテルのエントランスだった。
「えっ、大和さん、ここって?」
「ハワイのオアフ島にあるだろ? 名門のリゾートホテル。そこが横浜のみなとみらいにもホテルをオープンさせたんだ」
そう言って車を降りると、大和はスタッフが開けた助手席のドアから恵真に手を差し伸べる。
「どうぞ」
「ありがとう」
大和の手を借りて降りた恵真は、そびえ立つクリスタルモダンなホテルの外観を見上げた。
「本当だ。ハワイのホテルと同じ、お花のロゴが使われてますね」
「ああ、一度来てみたかったんだ」
バレーパーキングのスタッフに車を預けると、二人は腕を組んでエントランスに足を踏み入れた。
「ようこそいらっしゃいませ。14階のスカイロビーにご案内いたします」
優雅な身のこなしのスタッフに案内されて、エレベーターで14階まで上がる。
開放的な明るい空間とほのかに漂う花の香りは、すぐさま恵真の心をハワイへといざなった。
「素敵………」
高さ5mの窓の外に広がる海。
ワインレッドがアクセントになったゴージャスなソファ。
白い大理石の床と、クリスタルが輝くシャンデリア、そして豪華な生花も飾られている。
恵真がうっとりと見とれている間に、大和はプルメリアを髪に飾った女性スタッフと何やら手続きを済ませた。
「恵真、部屋で軽く朝食を食べよう」
「え、お部屋? それって、客室を予約していたってこと?」
「そう。レイトチェックアウトにしてあるから、夕方の4時までここで過ごそう」
「ちょっと待って。まさか大和さん、夕べから一泊分の料金を払ったの?」
「ん? そんなこと気にしないで。ほら、行くぞ」
大和は恵真の手を取ると、エレベーターで客室フロアに向かった。
「この部屋だな、どうぞ」
ドアを開けて促され、恵真はそっと部屋に入る。
正面の大きな窓から、みなとみらいの海を一望出来る見事なパノラマが目に飛び込んできた。
「わあ、なんてきれいなの」
さっきまでの日常が嘘のように、恵真は心が浮き立つ。
「恵真、まだまだやることはたくさんあるぞ。まずは朝食を食べよう。頼んでおいたから、すぐに届くよ」
その言葉通り、しばらくすると部屋のチャイムが鳴る。
ハワイらしく、マラサダやエッグベネディクトなども並ぶ豪華な朝食が運ばれてきた。
「美味しい! きれいな景色を眺めながら食べられるなんて、贅沢ね」
「恵真、10時からエステを予約してあるから行っておいで」
「ええ!? エステですか?」
「そう。俺はその間ジムに行ってるよ」
え、あの?と戸惑っている間に、あれよあれよと大和に連れて行かれる。
「じゃあ、恵真。あとでな。部屋で待ってる」
「あ、はい」
今度はにこやかなスタッフに連れられて、またもやあれよあれよと言う間にトリートメントサロンに案内された。
良い香りに包まれながら全身をケアしてもらい、恵真は思わずため息をつく。
(はあ、気持ちいい。身体がほぐれていく感じ)
身も心もリフレッシュして、晴れやかな顔で部屋に戻る。
「おかえり、恵真」
「や、大和さん!?」
タオルで髪を乾かしながら振り返った大和は、ジムから戻ってシャワーを浴びていたらしく、胸元がちらりと覗くバスローブ姿だった。
いきなり漂う大人の男の色気に、恵真は真っ赤になる。
「どうした? 恵真。ひょっとして、エステでのぼせた?」
「いや、エステではのぼせてませんけど……」
すると大和はニヤリと笑う。
「ふうん。じゃあ、俺にのぼせたの?」
恵真は言葉を失ってますます頬を赤らめた。
大和は不敵な笑みを浮かべて恵真を抱き寄せる。
「恵真、いい香りがする。俺も恵真にのぼせそう」
耳元でささやくと、そのまま恵真をベッドに押し倒した。
「ちょっと、待って……。あ、大和さん! 次の予定は?」
ああ、と大和は少し顔をしかめた。
「13時からアフターヌーンティーの予約入れちゃった。あと30分か……。しまったな」
「全然しまってませんよ! ほら、早く着替えてください」
「仕方ない、行くか。せっかくだからブティックで恵真の服も買おう」
「はい、行きましょう!」
恵真はそそくさと起き上がった。
◇
1階のブティックに行くと、入り口にはハワイのホテルの写真がたくさん飾られ、紹介映像も流れていた。
「懐かしい、ホノルルの景色」
アメリカ大統領やハリウッドセレブがホテルを訪れた時の写真を眺めてから、ブティックで買い物を楽しむ。
恵真はブルーのモンステラ柄のリゾートワンピースとプルメリアのネックレスを買い、部屋で着替えてからラウンジに向かった。
「恵真、そのワンピースよく似合ってる」
「ふふっ、ありがとうございます。思いがけずリゾート気分になれて嬉しい」
腕を組んで微笑み合い、グランドピアノが置かれたクラシカルな内装のラウンジに入る。
「ゴージャスなシャンデリアですね」
「ああ。オーキッドをイメージしたデザインらしい」
シックで落ち着いた雰囲気の中、スタイリッシュな3段のスタンドでアフターヌーンティーが運ばれてきた。
南国のフルーツをふんだんに使った上品な味わいのケーキやデザートを、恵真は満面の笑みで味わう。
翼と舞のお土産にと、オリジナルのフロマージュのホールケーキもテイクアウトした。
部屋に戻り、きれいな景色を見ながらソファでひと息つく。
「はあ、幸せ。なんだか本当にハワイに来たみたい」
「恵真、ホノルルにもう何年も飛んでないだろ? 気分だけでも味わえたらと思って」
「そうだったのね。ありがとう、大和さん」
恵真は大和ににっこり笑いかけてから、きらめく海の先を見つめた。
「ホノルルは、私にとって大切な場所です。ハネムーンフライトで大和さんと飛んで、そのあと両親と子どもたちを乗せて飛んで……」
「ああ、フライトデビューだったな。だけど恵真、あともう1つ残ってるぞ?」
「ええ、そうですね」
『フルムーンフライト』
二人の声が重なる。
翼と舞が20歳になった時、大和と恵真でまたホノルルに飛ぶ。
それは二人にとっての大きな目標だった。
「あと14年後ですね。翼も舞も、どんなふうに成長してるでしょうか」
「そうだな。舞はますます恵真に似て、美人なお姉さんになってるだろうな。翼は……、俺の身長超えてそう」
心なしか肩を落とす大和に、恵真は思わず笑い出した。
「大和さん、180cmもあるじゃないですか」
「でもそろそろ縮むかもしれない」
「ええ!? 縮みませんよ」
「だといいけど」
「もう、大和さんたら。時々急に変なこと言い出すんだから」
明るく笑う恵真を、大和は優しく見つめる。
「楽しみで仕方ないよ。もう一度恵真と一緒にホノルルに飛ぶ日が」
「私もです。また両親と子どもたちをキャビンに乗せて飛びましょう」
「ああ、必ず」
少しずつ傾き始めた太陽が、水面をキラキラと輝かせる。
そんな海を二人で静かに眺め、心地良い時間に身を委ねた。
幸せと愛しさ、二人の気持ちが通じ合うのを感じる。
大和は恵真の肩を抱き寄せ、そっと優しいキスを贈った。
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