恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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恋人同盟

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「本当にかっこいいわね、氷室さん。お似合いの二人だわ。最強のカップルね、あなた達」

ナースの言葉に、パンをかじりながらめぐは苦笑いを浮かべる。

(カップル、ではないんだけどなあ)

でも否定はしない。
なぜなら表向きはカップルということにしてあるからだ。

めぐと弦は、いわゆる美男美女でとにかくモテる。
だが二人ともそれを喜んではいなかった。

(モテるって聞こえはいいけど、実際はやっかいなことばっかり。本当に好きな人にだけ好きって言われたい)

めぐは物心ついた頃から色んな男子に告白されるのにうんざりしていた。
小学生の時は、クラスのみんなが見ている前で「好きだ!つき合ってくれ!」と言われて周りから冷やかされた。
大体、小学生がつき合うって何をするのか分からない。

中学では、勝手に校舎の壁に油性ペンで、めぐ♡オレと相合い傘をあちこちに書かれて先生に怒られた。
大体、自分だけ名乗らずにオレって書く意味が分からない。
おかげでめぐだけが、ゴシゴシと落書きを消す羽目になった。

高校生になると、とにかく受験勉強の邪魔になった。
断り続けると「お高くとまってんじゃねえよ」と逆切れされ、ストレスで成績も落ち込んだ。

大学では講義中に周りに男子が寄ってきてナンパするものだから、教授から「そこ、うるさい!」と目を付けられ、成績を落とされた。
知らぬ間に学園祭のミスコンテストにノミネートされ、「文学部一年生の雪村めぐさん、優勝です!」と勝手に写真を撮られた時には「個人情報保護法ってご存知ですか?」と尋ねた。

大学卒業後テーマパーク運営会社に就職し、取材に対応する広報課に配属された時は仕方ないと諦めたが、色んな人に名刺を手渡されて食事に誘われることに辟易していた。

そしてそんなめぐと同じ人種が、同期で配属先も同じ弦だった。
弦は身長187センチでダークブラウンの髪と瞳を持つ、母親がフランス人のハーフだ。
日本人離れしたくっきりとした目鼻立ちでスタイルも抜群。
モテないはずはなく、街を歩けばモデルや芸能事務所のスカウトも多かった。
168センチでスラリとしためぐと並び、二人はテーマパークの顔として雑誌やテレビの取材に揃って駆り出される。
大人をターゲットにした正統派テーマパークを謳う会社としては、二人のビジュアルの良さで説得力を増したいらしかった。

(会社に貢献出来るならいいんですけどね)

そう割り切って二人は与えられた仕事には真摯に取り組んでいた。



「お世話になりました。もう仕事に戻りますね」

2時間ほど休んだあと、めぐはナースに声をかけて事務所に戻った。
パークの開園時間を過ぎ、救護室にも少しずつケガや具合が悪くなったゲストがやって来る。
これ以上ベッドを占領するわけにはいかなかった。

「お、めぐ。もう平気なのか?」

課長に挨拶をしてから自分のデスクに行くと、隣の席の弦が顔を上げた。

「うん、もう大丈夫。色々ありがとうね、氷室くん。パンもごちそうさまでした」
「あれくらい、いいよ。ところでさ、さっきのテレビ取材の放送時間がもうすぐなんだって。観るか?」
「いや、聞かれるまでもなくチャンネル変わってますよね?」

めぐが課長のデスクに目をやると、課長はリモコンで壁際のテレビのチャンネルを変えていた。

「はは!確かに。まあ、どんなふうに取り上げられたかは確認しておかないとな」

弦の言葉に頷いて、めぐは椅子に座ってテレビに目を向ける。
朝の情報番組のオープニングトークが始まった。
メインMCの挨拶とコメンテーターの紹介があり、早速「グレイスフル ワールド」の話題に入る。

「どんな新アトラクションなのでしょうか。VTRでご覧いただきましょう。どうぞ」

そして画面がパッと変わる。
記憶にも新しい今朝のロケの様子が映し出された。

「わあ、相変わらず絵になりますね、お二人とも」

向かいのデスクから後輩の環奈かんなが声をかけてくる。

「お隣のアナウンサーも美人ですけど、なんだろう?雪村さんと氷室さんのオーラがハンパなくてかすんじゃいますね」
「そんなことないよ、環奈ちゃん。近くで見るととっても綺麗な人だったもん」

広報用の制服として鮮やかなロイヤルブルーのスーツに身を包んだめぐと弦は、それだけで目を引いた。
めぐはストレートの黒髪をアップに、弦もサイドの髪を綺麗に整えている。

「はあ、テレビの中のお二人が今私の目の前にいるなんて、感激しちゃう」
「環奈ちゃんたら、大げさな」

苦笑いしつつ、めぐはテレビの中の自分を見る。

「この時はまだ平気そうよね」

弦に話しかけると、いや、と首を振られた。

「いつもより顔が白いな。ごめん、俺がここで気づけば良かった」
「ううん、氷室くんのせいなんかじゃないから」

テレビの中の二人はにこやかにアナウンサーとやり取りしている。
画面が切り替わり、アトラクションに乗り込んだ場面になった。
ゆっくりとゴンドラが動き出し、トンネルを抜けた先にカナダの景色が大きく映し出される。

「おおー、なかなか綺麗に撮れてるな」

課長が満足気に声を上げた。
だがめぐはだんだん顔をこわばらせる。

(うっ、このあとのことが蘇ってきちゃう)

美しいオーロラの下をくぐり、明るくなった画面に空が映し出された。
次の瞬間……。

「イヤーーー!!」

テレビの中からめぐの絶叫が聞こえてきた。

「イテッ!やめろ、めぐ!」
「無理!ヒーー、怖いーー!!」

アナウンサーの声よりも、後ろの二人の声の方が大きく拾われている。

「えー、これって雪村さんの声ですか?なんだか意外!いつもスマートで大人の余裕がある感じなのに」

環奈の呟きに、めぐはいたたまれなくなった。

「ちょっとこれ、恥ずかし過ぎる。どうしてカットしてくれなかったんだろう」
「まあ、じっくり編集する時間がなかったんだろうな」
「そうだけど……。これじゃあ生放送と変わらないよ」

事前収録ならこちらが内容を確認する時間も取れるのだが、今回はアトラクションのオープンに合わせた為、当日撮影となった。

「仕方ないだろ?いつも生放送のつもりで撮影に臨むしかないよ」

弦の言葉にごもっともだと、めぐは頷く。

「だけどさ、そもそも私が絶叫マシンが苦手っていうのが問題だよね」
「うん、それは一理ある」
「これからも取材はあるだろうし、困ったなあ」
「めぐは無理して乗る必要ないよ。次回からは先方との打ち合わせの時に俺が上手くかわしておくから」
「そう?ごめんね。どうしてもの時は覚悟決めて乗るから」
「いや、また倒れたら大変だ。生放送でそんなシーンが流れたらそれこそ放送事故だしな」
「そ、そうだね」

想像しただけで恐ろしい。
ちょうどテレビでは、アトラクションを降りた3人が感想を言う場面になっていた。

「笑ってるけど顔が真っ白だな、めぐ。かなりヤバかっただろ?」
「うん。この時の記憶がほぼない」
「けど気力でなんとか持ちこたえたな。このあとOKの声がかかった瞬間、膝から崩れ落ちたんだよ」
「そうだったんだ。ありがとう、氷室くんがいてくれて助かった」

テレビの画面がスタジオに切り替わり、コメンテーター達が「乗ってみたいですね」など感想を言い合ってコーナーは終わった。

「雪村さん、氷室くん。今回もご苦労様。なかなか良い感じに取り上げてもらえたね」

課長が近づいて来て、めぐと弦は立ち上がる。

「はい、ありがとうございます」
「この調子で頼むよ。しばらくは新アトラクションについての取材が多い。スケジュールを確認しておいてくれ」
「かしこまりました」

課長を見送ると、めぐと弦は早速二人でスケジュールを確認し、取材内容や返答のセリフを話し合った。



「あの、雪村さん」
「はい」

昼休みの社員食堂で声をかけられて、めぐは振り返る。
スーツを着たまだ若い男性社員が緊張の面持ちで立っていた。

「あの、さっきテレビ観ました。今回もお綺麗で、見とれてしまいました」
「ありがとうございます」
「それで、あの。良かったらおつき合いしていただけませんか?まずは二人で食事にでも……」

その時グイッと誰かに肩を抱き寄せられて、めぐは顔を上げる。
いつの間に来たのか、弦がめぐの肩を抱きながらにこやかに口を開いた。

「ごめんね、俺達つき合ってるんだ」
「え、あっ、そうでしたか!失礼しました」
「いいえー」

そそくさと立ち去る男性社員を見送ると、弦はめぐを抱いていた手を下ろす。

「俺達がつき合ってるって噂を知らないってことは、新入社員かな?」
「そうだろうね、若い子だったから」
「それにしてもお前、今月入って何回目だ?告白されたの」
「えっと、3回目かな?」
「俺が知るだけで5回だ」
「そうかな。氷室くんの方がもっと多いでしょ?私、何回も彼女のフリしたもん」
「しっ!誰かに聞かれる」

いけない、とめぐは口元を手で覆う。
幸い近くに人はいなかった。
二人で日替わり定食を注文し、トレイに載せて空いている席に着く。

「めぐ、今夜久々に食事行くか?辻褄合わせの会」
「うん、分かった」
「あ、でもお前具合悪いんだったな。今日はやめとくか」
「大丈夫だよ。それなら私の部屋でもいい?」
「そうだな、その方が安心だし。じゃあ定時になったら一緒に帰るか」
「了解」

こうやって二人でいる時は誰にも声をかけられない。
めぐと弦はゆっくりと食事を楽しんだ。



「それではお先に失礼します」

定時になり、他の社員に挨拶してからめぐは弦と一緒に事務所を出た。

「帰りにスーパー寄っていい?夕食作るから」
 
駅までの道を並んで歩きながらめぐが言うと、弦は首を振った。

「いや、帰ったらお前は休んでろ。俺がなんか作るから」
「え!氷室くん、料理するの?」
「男の手抜きメシだけどな。チャーハンとギョウザでいいなら」
「充分だよ。ありがとう!」

電車で3つ隣の駅に着くと、改札を出てすぐのスーパーに立ち寄った。
弦はカゴに次々と手慣れた様子で材料を入れていく。

「へえ、ねぎとかチャーシューとかにんにくもちゃんと入れるんだね」
「おう。俺、チャーハンだけは自信あるんだよ」
「そうなんだ。ふふ、楽しみ」

会計を済ませると、歩いて5分程のめぐのマンションに向かった。

「ただいまー」
「お邪魔しまーす」

何度も来ている弦は勝手知ったるとばかりに洗面所で手を洗うと、早速キッチンで料理を始める。

「めぐ、ソファで休んでろよ」
「ありがとう」

めぐはコーヒーを二人分淹れると一つはキッチンに置き、もう一つのカップを持ってソファに座った。
クッションを胸に抱えて後ろから弦の様子を見守る。

「氷室くん、普段から自炊するの?」
「んー、たまにな。出かけるのがめんどくさい時とか」
「彼女出来たら作ってもらえるかもよ?」
「いや、一人で気ままな方がいい。『どう?美味しい?』とかっていちいち感想求められたり、見返りになんか買って、みたいな雰囲気醸し出されるのが嫌なんだ。口に合わなくても『全部食べるよね?』って圧をかけられたり」
「えー、どんな経験談なの?それ」

あはは!とめぐは笑う。

「私が作った料理も無理して食べてたの?今まで残したことないよね、氷室くん」
「めぐの料理は普通に美味いからな」
「なにそれ。褒めてんの?けなしてんの?」
「褒めてんだよ。だって名前もよく分からん料理出されんだぜ?ビーフストローなんちゃらとか、アクアチョッパとか」
「それを言うなら、ビーフストロガノフとアクアパッツァじゃない?」
「そうとも言うかもな。とにかく俺は、めぐが作るみたいな肉じゃがとか親子丼がいい。ほら、出来たぞ」

弦はお皿をソファの前のローテーブルに並べた。
チャーハンはごろごろとチャーシューが入っていて、ギョウザは焦げ目がパリッとしている。

「わーい、美味しそう!いただきます」

手を合わせるとめぐは早速食べてみた。

「うん、美味しい!これはビールが進んじゃうね」
「だろ?あ、でも今日は飲むな」
「えー、こんなに美味しいのに」
「また作ってやるからよ」
「うん!」

二人であっという間に平らげた。

食後のお茶を飲みながら、恒例の「辻褄合わせの会」を始める。
周りを牽制するためにつき合っているフリをしている二人が、誰かに話したことに矛盾点がないかを確認する為だ。

「じゃあ、めぐからどうぞ」
「はーい。えっとまずは、環奈ちゃんと話してた内容ね。もうすぐ私の誕生日だけど、プレゼントは何をお願いしたのか聞かれたの。私からは何もリクエストしてないよって答えたら、氷室さんサプライズで用意してくれてるんですね、楽しみですねって。だから誕生日を過ぎたら、ネックレスを買ってもらったことにするね」
「ふーん。そのネックレスって、どうするつもりなんだ?」
「え?どうするってどういうこと?」
「会社に着けてきてって言われたら?」

あー、なるほど、とめぐは考え込む。

「実際に用意しないとだめか。じゃあ、なんか適当に買おうかな」
「え、わざわざ?」
「うん。だって手持ちのネックレス、全部会社に着けて行ったことがあるんだもん。3本しか持ってないし」
「他のアクセサリーはないのか?まだ着けて行ったことない指輪とか、ピアスとか」
「んー、ないなあ。そもそも私、あんまりアクセサリー持ってないんだ」
「そっか、分かった。じゃあ俺が買う。めぐの誕生日プレゼントとして」

ええ!とめぐは驚いて仰け反った。

「いやいや、私達つき合ってないよね?」
「ああ。だから友達としてプレゼントする。めぐには日頃から世話になってるからな」
「そう?じゃあ、その辺の雑貨屋さんとかに売ってる子ども向けのとかでいいよ」
「アホ!この俺がそんなおもちゃみたいなのプレゼントしたなんて、末代までの恥さらしじゃ」
「氷室くん、フランス人とのハーフだよね?なんで末代のこと気にするの」
「真面目に捉えるな。とにかく環奈に『氷室さんってケチくさーい』って心の中で笑われたくない。いいから俺に任せろ。めぐの誕生日に渡す」
「そう?ありがとう。じゃあ、氷室くんの方は何かある?辻褄合わせ」

弦は思い出すように宙に目をやった。

「えっとな、いくつかあったんだよな。あ、そうだ。営業課の女性社員に聞かれたんだ。めぐが俺のこと氷室くんて呼ぶのはなんでか?って。なんか疑ってるみたいだった、ほんとにつき合ってるんですか?って。だから、会社では敢えて名字で呼んでるけど二人の時は名前で呼んでくれるって言っといた」
「そっか、疑ってるなんてすごいな。どうしてだろうね?演技が嘘っぽいのかな」
「女性って妙に勘が鋭かったりするからな。あなどれん」
「なるほど。じゃあ私、今度その人の前で名前で呼んでみようか。弦くんって」

すると弦は不意を突かれて思わず赤くなる。

「え、どうしたの?ひょっとして照れてる?」
「いや違う。なんか、ウゲッてなっただけだ」
「ウゲッて何よ?」
「ウゲはウゲだ」
「変なの。他には?何かあった?」

気を取り直して弦はえーっと、と考え込む。

「馴れ初めについて聞かれたから、いつもみたいに答えといたぞ。めぐが告白してきたって」
「はあ!?違うでしょ!氷室くんが私に猛アプローチしてきたことになったはずでしょ?」
「ええ?めぐから言い寄って来たことになったんじゃなかったっけ?」
「なってません!なんかやだ、私が氷室くんに言い寄るなんて」
「なんでやだなんだよ?」
「やなもんは、やなの!いい?氷室くんから告白してきたことにしてよね」
「えー、俺もやだ」

むーっとめぐはふくれっ面になる。

「こういうのは男からビシッとするもんでしょ?その方が男らしいんだから」
「ちぇ、仕方ないな」
「ちぇって何よ?」
「はいはい、分かりましたよ。俺がめぐをコロッと惚れさせたってことにしとくよ」
「それもなんか語弊ある!」

やいやい言い合ってから、最後はいつもの質問で締めくくった。

「じゃあ確認ね。好きな人出来た?」
「いーや」
「私も。ってことで引き続き恋人同盟、よろしくね」
「はいよ」

どちらかに好きな人が出来たら、この関係は終わる。
それまでは互いに協力して恋人同士のフリをする。

それがめぐと弦の「恋人同盟」だった。
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