恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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ホテル支配人

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「雪村さんって、お顔のパーツが完璧ですよね。美人の条件を全て満たしてます」

いつものように仕事をしていると、向かいの席から環奈がしみじみと話し出した。
めぐは、雑誌の出版社から送られてきた質問シートに回答を入力する手を止めて顔を上げる。

「なあに?急にどうしたの、環奈ちゃん」
「うつむき加減の雪村さん、おでこのカーブが美しいんですよ。まつ毛は長いしまぶたはぱっちり二重。目も大きくてキラキラ澄んでるし。Eラインとオージーカーブも理想的。パーツの配置も黄金比ですよ」
「は、え、なんですって?オージービーフの焼肉のタレ?」
「はいー?何を言ってるんですか」
「だって訳が分からなくて」
「もう、いいです!仕事しましょ」
「はあ……」
 
釈然としないまま仕事に戻ると、隣の席で弦がククッと笑うのが聞こえた。

「なによ?」
「いや、別に。焼肉食べたいなーと思っただけ」
「バカにしてるでしょ?」
「してないよ。黄金ときたら焼肉のタレだよな?うん、間違ってないぞ」
「やっぱりバカにしてる」
「してないって。あ、じゃあさ、今日焼肉食いに行く?」
「いいの?うん、行く!」

コロッと態度を変えたのがおかしかったのか、弦は笑いをかみ殺して頷く。

「はいよ、じゃあ楽しみにしてる」
「うん!」

にこにこと仕事に戻るめぐに、環奈が身を乗り出してきた。

「なんだかんだ仲いいですよねー、雪村さんと氷室さん。美男美女だし、お似合いです」
「そう見える?それなら良かった」

めぐはその後もご機嫌で仕事をこなした。



「やっきにっくだー!」

仕事を終えて事務所を出るなり両手を上げて喜ぶテンションの高いめぐに、弦は苦笑いする。

「パーク内で食べていいか?コリアンバーベキューの店」
「うん、もちろん。会社の売り上げには貢献しないとね」

社員証をゲートにかざしてバックヤードを出ると、パークの中をゲストに交じってて歩きアジアのエリアに向かった。
その一角にある韓国料理のお店では、本格的なコリアンバーベキューが味わえる。
二人は席に着くと韓国ビールを注文し、チヂミやチゲ鍋やチャプチェと一緒にプルコギ、カルビ、サムギョプサルを焼きながら楽しんだ。

「うー、お腹いっぱい。苦しい」

食べ過ぎて顔をしかめるめぐに、弦は呆れ気味に口を開く。

「女子ってさ、普通は焼き肉デート嫌がらない?」
「ええ!?初耳なんですけど。なんで?」
「服とか髪に匂いが移るのが嫌だ、とか、そのあとチュー出来なくなる、とか言われたことある」
「ふうん、なるほど。服と髪は洗えばいいし、チューもガムとか歯磨きでどうにかなりそうな気がするけどね。でも覚えておこう。心にメモメモ」

めぐがひとりごちると、弦はクスッと笑った。

「メモしてどうすんのさ?」
「いざって時の為にね」
「彼氏が出来た時の為?」
「そう。この歳で誰ともつき合ったことないって、ちょっとね。その分、情報は仕入れておこうと思って。経験値は知識でカバーよ」
「俺の変な知識が役に立つとは思えんけどな」
「氷室くんは経験豊富だもん。私の恋愛の師匠よ」

ぶっ!と弦は吹き出す。

「俺、そんな百戦錬磨じゃないぞ?清く正しく美しい恋愛しかしてない」
「ふふっ、そうなんだー。いいね、そういうの」
「めぐだって、今までいくらでもチャンスあっただろ?」
「うーん、やっかいな告白しかされたことない」
「めぐから好きになったりは?」

えー?とめぐは考え込む。

「そう言われるとなかったかも。とにかく言い寄られるのが苦手だったから、男性は避けて通る存在としか思えなくて。こんなふうに話せるの、氷室くんだけだよ。それも『恋人同盟』結んでからね」
「ああ、確かに。俺もこんなふうに気軽に話せる女子、めぐくらいだわ」
「なんかいい関係だよね、今の私達」
「だな。居心地いいし」
「うん。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」

真顔でぺこりとお辞儀してから、二人で顔を見合わせて笑った。



忙しいゴールデンウィークが過ぎ、パークの様子も少し落ち着いた頃、めぐと弦はホームページや広告の為の宣材写真を撮ることになった。
パークを楽しむ恋人同士のコンセプトで、手を繋いだり見つめ合った写真を撮るとのこと。

撮影モデルはきちんとモデル事務所に外注した方が……と課長に提案してみたが、せっかく美男美女のカップルがここにいるのに、わざわざ頼まなくてもいいじゃないかと言われた。

よく晴れた日に、撮影プランを考えた環奈が同行して撮影が始まる。

「でもさ、モデルを外注しなかったのはお金をかけなくて済むからだよね、きっと」
「まあ、そうだろうな」

めぐと弦は手を繋ぎ、パーク内を歩きながらそんなことを話す。
二人とも私服姿で、めぐは白のクロップドパンツに水色のチュニック、弦はブルージーンズにオフホワイトのジャケットを合わせていた。

「雪村さんも氷室さんも、楽しそうに笑顔でお願いします!」

環奈に言われて思わず苦笑いする。

「確かに恋人同士には見えないよね、こんな会話してたら」
「そうだな。よし、めぐの練習も兼ねて今日は本物カップルやるか」
「本物カップルのフリ、だよね?」
「まあ、そうだけど。これも仕事だしな」
「分かった、がんばる!」

めぐは気合いを入れると、弦を見上げてにっこり笑いかけた。

「弦くん、次はどこに行く?」
「ウゲッ!」
「ちょっと、またそれ?」

途端に真顔に戻っためぐは、ジロリと弦を睨む。

「ごめん、油断してた。次は大丈夫。よし来い!」
「そんな、格闘技じゃないんだから」
「これでどうだ!」

そう言って弦はめぐの肩を抱き、顔を寄せた。

「ギャー、近い!ちょっと、なんのつもりよ?」
「おい、暴れるなって。仕事だろ?」

その時カメラマンの後ろにいた環奈が、我慢ならないとばかりに声をかけてきた。

「もう!お二人とも、ちゃんとラブラブしてください」

うっ……と二人は、恥ずかしさに顔をしかめる。

「じゃあこちらから指示しますね。その建物をバックにして見つめ合ってください」

環奈の言葉に、仕方ないとばかりに二人は立ち止まって見つめ合う。
またしても環奈の声が飛んできた。

「にらめっこじゃないんですから!ちゃんと微笑み合ってください」

今度はニヤリと不敵な笑みを浮かべるめぐと弦に、環奈は頭を抱える。

「はあ、もう。ほんとに恋人同士なの?」

途端にめぐと弦は、ヤバイ!と顔を見合わせた。

「環奈ちゃん、ごめんね。ほら、私達こういうの慣れてなくて恥ずかしくて……」

めぐが取り繕うと、環奈は納得したように頷く。

「まあ、そうですよね。撮影なんて照れちゃいますよね」
「そうなのよ」
「じゃあプランは変更して、先にナチュラルショットを撮りますね。ヨーロッパエリアにあるフランスのカフェでお茶するシーンです。早速行きましょ!」
「うん」

歩き始めると、めぐは嬉しそうに弦に笑いかけた。

「仕事なのに役得だね!私、あのカフェのモンブラン大好きなんだ」
「おいおい、ケーキが出てくる前提かよ。コーヒーだけかもよ?それか、食べずに写真だけ撮って終了」
「ええー?まさかのおあずけ?」

すると弦は「分かったよ」と言って、カメラマンと一緒に先を歩く環奈に声をかける。

「おーい、環奈!自腹でモンブラン頼んでもいいか?」
「あっ、ケーキも紹介したいのでお二人分用意しますよ。モンブランと何がいいですか?」

めぐは、やったー!と満面の笑みを浮かべた。

「じゃあね、ミルフィーユ!あ、ガトーショコラもいいな。エクレアも捨てがたいよね」
「おい、めぐ。俺の分だぞ?」
「あ、そっか。あはは!氷室くんにはガトーショコラが似合うんじゃない?」
「さては半分食べる気だろ」
「よくお分かりで」

そんなことを言っているうちに、フランスの町並みが広がるエリアに着いた。
カフェのテラス席でエスプレッソとケーキを味わう。
モンブランとガトーショコラを嬉しそうに頬張るめぐと、笑顔で見守る弦の自然なショットが撮れて、環奈は満足気に頷いた。

「次はホテルでの撮影です。フロントが忙しくないうちに撮影しちゃいますね。えっと、ホテル支配人の長谷部はせべさんって方が立ち会ってくれることになってるんです」

そう言って環奈はフロントに向かった。
ブラックスーツに華やかなネイビーのスカーフを着けたフロントスタッフの女性が、にこやかに環奈の話を聞き、内線電話をかける。

「すごいね、ホテルスタッフの方って。気品があって洗練された雰囲気で」

めぐの言葉に弦も頷いた。

「そうだな。マナーとか立ち居振る舞いも特別に研修を受けるらしい」

ここ「グレイスフル ワールド」は、パーク内にホテルも備わっている。
ヨーロッパの5つ星ホテルをイメージした高級感溢れる館内は、世界旅行気分のまま宿泊出来るとあってゲストにも人気だ。
客室のゆったりと広いバルコニーから輝くパークの夜景を心ゆくまで眺められ、閉園後もロマンチックな夜を過ごすことが出来る。

環奈の撮影プランでは夜の撮影は今回はナシで、夜景のみの写真を後日別撮りするとのことだった。

「私、泊まったことないんだよね、このホテル。いつか泊まってみたいな」
「俺も。夜のショーや花火もバルコニーから見てみたい。けどいっつも予約が満室だもんな」

めぐと弦がそんなことを話していると、バックオフィスからにこやかな男性スタッフが現れた。
環奈と名刺を交換してから、めぐ達のもとにやって来る。

「雪村さん、氷室さん。こちらホテル支配人の長谷部さんです」

環奈に紹介されて、めぐと弦も名刺を取り出した。

「初めまして、広報課の雪村と申します」
「同じく氷室と申します」

長谷部は名刺を両手で丁寧に受け取ってから挨拶する。

「初めまして、ホテル支配人の長谷部と申します」

物腰の柔らかい長谷部はアップバングの髪型と紳士的な雰囲気ながら、笑顔は爽やかで親しみやすい印象だ。
細身のスタイルで30代前半に見え、ホテル支配人にしては若いなとめぐは思った。

改めて「よろしくお願いします」と挨拶してから、長谷部はめぐ達の先を歩いてエレベーターホールに行く。

「今回お二人にぜひともアピールしていただきたいシチュエーションを選びました。早速スイートルームにご案内します」

ス、スイートルーム!?と、めぐは目を丸くする。

「入っていいんですか?スイートルームに」

すると長谷部はにっこりとめぐに微笑んだ。

「もちろんです。ぜひご覧になった感想などお聞かせください」
「はい、喜んで!」

めぐはわくわくしながらエレベーターに乗り込んだ。

「こちらです、どうぞ」
「はい、失礼します」

長谷部が開けてくれたドアから、めぐは恐る恐るスイートルームに足を踏み入れた。

「わあ、広い、素敵!見て、氷室くん。ゴージャスだよ。大きなテーブルに立派なソファ。窓からの景色もいいね。すごいなあ、さすがはスイートルーム。もう夢の中にいるみたいね」

興奮してしゃべり続けるめぐに、長谷部がクスッと笑ってうやうやしくお辞儀をする。

「大変光栄に存じます」
「本当に素晴らしいお部屋ですね。利用される方は、やはりカップルが多いですか?」
「そうですね。ですがご年配のご夫婦も多いですよ。あとは女子会とかでも」
「女子会?いいですね!朝まで話が盛り上がりそう」
「ええ。お客様それぞれに忘れられない時間を過ごしていただければと思っています。今回お二人にPRをお願いしたいのは、スイートルームでのプロポーズプランです」

プロポーズ?と、めぐと弦の声が重なる。

「はい。思い出に残るプロポーズとなるよう、我々も様々なお手伝いをさせていただきたいと思っています。オプションにはなるのですが、バラの花束やケーキやシャンパン、サプライズの演出など、宿泊前に担当者が詳しくプランのご相談を承っています」

へえ、と感心していると、環奈がズイッと身を乗り出した。

「そこで!これから氷室さんが雪村さんに実際にプロポーズする様子を撮影しますね。えーっと、まずは雪村さん。このソファに座ってください」
「は、はい」

心の準備が出来ないまま、言われた通りにめぐはソファに座る。

「では氷室さん、雪村さんの前にひざまずいて指輪をパカッてしてください」
「パカッて、どれを?」
「えっと、ブライダルサロンから指輪をお借りしたんですよ。あれ?どこに置いたっけ」

キョロキョロする環奈に、長谷部がネイビーのリングケースを差し出した。

「こちらです」
「あ、ありがとうございます。では氷室さん、どうぞ」

ケースを手渡されて弦は気まずそうな顔になる。

「いきなりかよ?駆けつけ一杯みたいだな」
「ほら、つべこべ言わずにビシッと決めてくださいね」
「分かったよ」

カメラマンがカメラを構える中、弦はリングケースを手にめぐの前にひざまずいた。

「めぐ、結婚しよう。パカ!」

そう言ってケースを開いてみせる。
めぐは思わず吹き出した。

「パカ!は言わなくていいわよ」

カシャカシャとシャッターを切る音がして、カメラマンが写り具合を確認する。

「雪村さん、爆笑しちゃってますね。感激してうるうる、みたいな感じでお願いします。女性が『こんなプロポーズいいな』って憧れるようなシーンにしたいので」
「は、はい、分かりました」

めぐは背筋を伸ばして気持ちを入れ替える。
長谷部もじっと自分達の撮影を見守っているのだ。
ホテルのイメージアップの為にも、ここはきちんとしなければ。

(でも感激してうるうるって……)

しばし考えてから、めぐはわざと顔をそむけた。
あくびを噛み殺してから顔を戻し、弦の顔を上目遣いに見つめる。

「おお、いいですね!そのままそのまま」

カメラマンが何度もシャッターを切る。
 
「氷室さんも優しく笑いかけてください。ああ、いい!雪村さん、両手を胸元に当てて。そうです!」

興奮気味でカメラマンは次々と指示を出した。

「氷室さん、今度はバラの花束を差し出して。受け取った雪村さんが氷室さんの手に触れて、いい!そうです!雪村さん、バラの花に視線を落としてうっとり……、ああ、最高です!」

カメラマンのあまりの興奮具合に、めぐ達がだんだん苦笑いになってきたところでようやくOKが出た。

「では次は、バルコニーでシャンパン片手に見つめ合うシーン撮ります」

環奈の言葉にめぐと弦は立ち上がり、バルコニーへと向かった。

「めぐ。お前さっきあくびして涙浮かべただろ?」
「あ、分かった?いい具合にうるうるしてたでしょ」
「あのなあ、普通やるなら目薬差すとかだろ?あくびするって色気ねえな」
「まあまあ、いいじゃない。それにしてもこのバラ、すごく豪華ね。何本あるんだろう?」

すると少し離れた所にいた長谷部が「108本です」と答えた。

「そんなに!?すごい数ですね」
「はい。バラの本数には意味がありまして、108本贈ると『結婚してください』という意味になるんです。永遠とわにかけているようですね」
「へえ、ロマンチックですね。でも108本なんて、すごいお値段になりそう」

思わず呟くめぐに、弦が呆れたように言う。

「一生に一度のプロポーズにケチくさいこと言うなよ。それに贈るのは男性側なんだから別にいいだろ?」
「だけど断りづらくなるじゃない」
「ガクッ!断る前提かよ?普通女の子なら、素敵、憧れちゃう!ってなるだろ」
「あー、まー、そうかもね」
「やれやれ、他人事か」

すると、めぐと弦のやり取りに苦笑いしていた長谷部が再び口を開いた。

「おっしゃる通り、やはり108本は躊躇される方も多いですよ。そういった場合は12本のバラを贈ることをおすすめしています」
「12本ですか?それにもやっぱり意味が?」
「はい。12本のバラは『ダズンローズ』と呼ばれていて、昔のヨーロッパの風習だったそうです。12本にそれぞれ愛情や幸福や永遠といった意味があって、12の想いの全てをあなたに捧げます、とバラを贈ってプロポーズしていたとか。そもそも結婚式のブーケとブートニアも、プロポーズの時に贈った花束に由来しているそうですしね」
「そうなんですか。長谷部さん、とってもお詳しいですね。ロマンチストなんですか?」

ははは!と長谷部はめぐに明るく笑う。

「単にホテルマンとしての知識ですよ」
「でも素敵です。長谷部さんご自身も、やっぱりプロポーズにこだわりはあるんですか?」
「うーん、考えたことないですね。お相手次第でしょうか」
「確かに。サプライズは気後れしちゃうって女性もいますものね」
「そうなんですよ。我々もお客様がプロポーズされる時はぜひとも上手く結ばれて欲しいのですけど、ごくまれにごめんなさいというパターンもありまして。ケーキやシャンパンもキャンセル、花束も処分してと頼まれたり……」
「ええ!?ど、どうするんですか?そういう時」
「それはまあ、淡々とそうするしか」

そうですよね、とめぐは神妙に頷いた。

「ホテルって、色んなドラマがあるんですね」
「おっしゃる通りです。たったひと晩だとしても、私達ホテルマンはお客様の人生に寄り添いたいと思っています」
「素敵ですね。今日、長谷部さんにお会い出来て良かったです。貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「ホテルの魅力をもっと伝えられるようにがんばりますね!」

めぐは気合いを入れると、弦とバルコニーで肩を並べる。
先程までの照れは一切封印し、恋人同士の雰囲気で撮影に臨んだ。
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