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友達同盟
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「おはようございます」
無事にサポーターも取れ、1週間ぶりに出社しためぐはまず課長に挨拶する。
「課長、長い間お休みさせていただき、ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」
「いや、そんなことより怪我の具合は?もう大丈夫なの?」
「はい。普段通りの生活に戻っても構わないと言われました」
「そう。でもまだ無理しないようにね」
「ありがとうございます」
他のメンバーにも挨拶していると、環奈や弦が出社してきた。
「雪村さん!おはようございます」
「おはよう、環奈ちゃん。色々本当にありがとね」
「いいえー。雪村さんがいない間は寂しくて。またランチ一緒に食べてくださいね」
「うん、こちらこそよろしくね」
そしてめぐは弦に向き合う。
「氷室くん、色々ありがとう。ご迷惑おかけしました」
「いや、全然。もう平気か?今日も取材あるけど、俺一人で対応しようか?」
「ううん、大丈夫。じゃあ着替えてくるね。あとで打ち合わせお願いします」
「分かった」
一旦別れて更衣室に行くと、めぐは広報用の制服に着替えた。
(えっと、今回から秋冬用のジャケットだよね。早いなあ、もうそんな季節か)
襟と袖口にゴールドのパイピングが施されたロイヤルブルーのジャケットを着て、首に淡いブルーのスカーフを巻く。
真冬はさらにロングコートを羽織るが、まだ秋なのでジャケットとスカートという装いだった。
髪もアップでまとめてからメイクを手直しして事務所に戻る。
今日はハロウィンイベントの取材で、テレビのバラエティー番組の事前収録だった。
生放送ではないから幾分気が楽だが、1時間分収録するとあって、とにかく拘束時間が長い。
夕方までかかりそうだった。
同じく制服に着替えた弦と早速打ち合わせをする。
「こうもあちこち移動しての撮影となると、パーク内をほぼ1周するな。めぐ、足は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。普通に歩くだけだしね」
「何かあったらすぐに知らせろよ」
「分かった、ありがとう」
時間になり、二人はテレビクルーを迎えに事務所を出た。
◇
「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
関係者入り口で、めぐと弦はやって来たテレビクルーに挨拶する。
「おはようございまーす!おお、こりゃまたイケメンと美女!視聴率取れそうだなー」
軽い口調のディレクターに、めぐも弦もいつものようににこやかに名刺を差し出した。
今日は番組レギュラーの男性アナウンサーと、30代の女性タレントと一緒に回ることになっている。
めぐと弦はその二人にも改めて挨拶した。
「えっとねー、とにかく行っちゃいましょう。事前打ち合わせとか、そういうのいらないから」
ディレクターがそう言い、音響スタッフがめぐ達4人にピンマイクを着けると、早速撮影が始まった。
「やって来ました、グレイスフル ワールド!大人気のテーマパークを、今日は丸一日楽しんじゃいます。案内してくれるのはこちらのお二人です!」
男性アナウンサーの言葉に合わせて、めぐと弦もカメラにフレームインする。
「グレイスフル ワールド広報課の雪村です」
「同じく氷室です。今日はよろしくお願いいたします」
すると女性タレントがカメラにズイッと顔を寄せ、内緒話のように声を潜めた。
「ご覧ください!美男美女ですよ。今日はお二人のこともさり気なく聞き出しちゃいます」
え……、とめぐは笑顔を浮かべつつも戸惑う。
プライベートの話は個人的にも会社としてもテレビで話すべきことではないのだが、撮影の流れとして雰囲気を壊さないことも大切だった。
その辺りのさじ加減が難しい。
(まあ、生放送ではないし、何かあったらあとでNGにしてもらえばいいか)
気を取り直して撮影に臨んだ。
フリートークでパークのエントランスを入る。
「あちこちにハロウィンの飾りつけやフォトブースもありますね」
「はい。一番盛り上がっているのは、ハロウィン発祥の国でもあるアイルランドエリアです」
「そうなんですね。では我々も早速行ってみたいと思います。雪村さん、案内をお願いします」
「かしこまりました」
男性アナウンサーとめぐが並んで前を歩き、その後ろに女性タレントと弦が肩を並べるのがなんとなくお決まりのポジションになってきた。
めぐはアイルランドエリアに向かいつつ、環奈と以前取材したバームブラックのことを話した。
「へえ、ケーキで占いですか。ぜひやってみたいです。雪村さんはもうやってみたんですか?」
「はい、ひと足早くやりました」
「占いの結果は?」
「それは後ほどお伝えしますね」
「なるほど、私も占い楽しみです」
そんな話をしているうちに、前にも訪れたカフェに着いた。
今日は取材でここにも立ち寄ることを伝えてあった為、取材用にテーブルがリザーブされ、前回と同じスタッフがにこやかに出迎える。
4人がテーブル席に座ると早速バームブラックが運ばれてきた。
既にやったことがあるめぐがその場を仕切って話を進める。
「それでは、ケーキを選んでください」
「うーん、これにしようかな」
「私はこれ」
めぐは男性アナウンサーと女性タレントがそれぞれ選んだ一片をお皿に載せた。
「せっかくですから、氷室さんも選んでください」
女性タレントに言われて、弦は一番左端を選ぶ。
「ではフォークを入れてみたいと思います。何が出るかな……、ん?なんだろう、ボタンかな?」
男性アナウンサーが怪訝そうにボタンを取り出す。
「私はなんか、布切れみたい。え、ほんとに?」
女性タレントは不思議そうに首をひねって、カメラにお皿を差し出してみせる。
「布だよね?これ」
カフェのスタッフが「はい」と頷く。
「では占いの結果をお伝えしますね。まずボタンは、残念ながら結婚運が遠のきます」
「ええー?ショック……」
「そして布切れですが。こちらも残念ですが、お金が飛んでいきます」
「えっ!嘘でしょー」
男性アナウンサーと女性タレントは、同じようにガックリとうなだれた。
「悪い結果しか出ない占いなんですか?」
「いえ、そんなことはないですよ」
「あ!氷室さん、まだでしたね。やってみてください。我々のリベンジに」
期待の目を向けられて、苦笑いしつつ弦はフォークを入れた。
中から出て来たのは……。
「これって指輪ですかね?お姉さん、指輪の意味は?」
女性タレントが身を乗り出した。
「はい。指輪が出た方は、近いうちに結婚出来ると言われています」
「ええー!氷室さん、いいなー。っていうか、まだ独身なんですか?氷室さん」
「はい、そうです」
「じゃあ近々彼女とゴールインですね。プロポーズしちゃえってことですよ」
「それはどうでしょう……」
弦は笑って女性タレントの言葉をかわすが、なかなか引き下がってはくれない。
「氷室さんほどかっこ良かったら絶対プロポーズOKされますよ。おつき合いは長いんですか?」
「いえ、恋人はいません」
「嘘だー、そんなの信じられない」
これはそろそろ話題を変えなければと、めぐが口を開こうとした時だった。
「好きな人はいます。片思いですが」
弦の言葉に、めぐは思わず固まる。
(ひ、氷室くん、テレビでなんてことを……)
だが女性タレントは「ひゃー!」と大きな声で仰け反った。
「キュンキュンしました。ねえ?皆さん」
そう言ってカメラに顔を寄せる。
「こんなイケメンに一途に思われたら……。あー、想像しただけで心なしかお肌のツヤが良くなったような……」
真顔で頬に手をやる女性タレントに男性アナウンサーが笑った。
「ははは!それは良かったですね。ところで雪村さんは?以前やった占いの結果、何が出たんですか?」
「はい、私も指輪が出ました」
「おおー、いいですね。ちゃんと出る人には良い結果が出るんですね。皆さんもぜひハロウィンの占い、バームブラックをやってみてはいかがでしょうか」
いい感じにまとまり、次の場所へと移動を始める。
めぐがふと振り返ると、弦は何とも言えない嬉しさを噛みしめるような表情でうつむいていた。
◇
そのあともパークの主要アトラクションに乗ったり、名物レストランでランチをしたりと撮影は順調に進む。
「めぐ、足大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「もしちょっとでも痛み出したらすぐに教えて」
「分かった」
カメラが止まったタイミングで、弦はめぐにそっと話しかける。
その時、ディレクターが近づいて来た。
「雪村さん、氷室さん。我々はこのあと夜のショーを取材して帰ります。本当はここでお二人とはお別れの予定でしたが、夜までおつき合い願えませんかねえ」
え?とめぐも弦も戸惑う。
「いやー、お二人にいてもらった方が視聴率的にもいいと思うんですよ。どうでしょう?お願い出来ませんか?」
めぐは、どうしようかと弦を振り仰いだ。
「上司に確認取らせていただけますでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
「はい、すぐに戻ります」
弦はディレクターに会釈すると、めぐに目配せして近くのドアからバックヤードに入った。
「めぐ、足の具合も心配だからここで上がれ。俺一人で残るから」
「ううん、大丈夫。それに氷室くんだけが残るなんて不自然だもん」
「じゃあ二人で上がるか」
「それも会社的には……。とにかく一度課長に報告しよう」
「そうだな」
弦がスマートフォンで課長に連絡を入れると「出来れば引き受けて欲しいけど、拘束時間も長くなるから二人に任せる」と返事がきた。
「どうしようか……」
「私なら大丈夫だよ」
「でも、今は平気でもだんだん痛み出すかもしれない」
「それなら、夜のショーまでは一旦離脱させてもらう?あとで合流する感じで」
「ああ、そうだな。ちょっとディレクターさんと話してくるよ」
ドアを開けて出て行った弦は、しばらくすると再びバックヤードに戻って来た。
「一旦離脱でOKだって。その間、アトラクションを乗りまくって撮影するらしい。環奈がクルーにつき添ってくれることになった。俺達は夜のショーまでは休憩しよう」
「そう、ありがとう」
二人で休憩室に向かい、長椅子に並んで腰掛ける。
「めぐ、靴脱いでろ。ヒールあるだろ?足に良くない」
「うん、そうだね」
めぐはパンプスから足を抜き、そっと踵だけを載せた。
弦は壁際のテーブルでコーヒーを淹れると、めぐに手渡す。
「はい、ミルク多めのコーヒー」
「ありがとう」
ひと口飲んで、美味しさにホッとする。
(氷室くん、私の好みとか何でも知ってるんだな)
コーヒーには砂糖を入れずにミルクをたっぷり入れること。
高級レストランより居酒屋の方が好きなこと。
ブランド物には興味がないこと。
(……ブルースターのネックレスが宝物だったことも?)
そう思った途端、胸がギュッと苦しくなった。
「めぐ……?」
隣から弦が心配そうに声をかけてくる。
「あ、ごめんね。何でもないよ。足も痛くないから、大丈夫。それより夜のショーまで2時間もあるよ。一度事務所に戻る?」
「んー、事務所まで歩くの大変じゃないか?それにお腹減ってるだろ?俺、パークで適当に食べ物買って来るよ。めぐはここで待ってろ」
そういうと弦は立ち上がり、制服のジャケット脱いでソファに置いてから休憩室を出て行った。
◇
「すっごい!私の食べたかったもの全部!」
弦がテーブルに買ってきたものを並べると、めぐは目を輝かせて覗き込んだ。
「スモークターキーレッグとトマトカルツォーネ、チキンパオにストロベリーワッフルにアップルシナモンチュロス!」
「あと焦がしキャラメルのサンデーもあるぞ。フリーザーに入れておくからあとで食べよう」
「うん!ありがとう、氷室くん」
「どういたしまして。今日一番の笑顔だな、めぐ」
「だって嬉しいんだもん。早速食べていい?」
「もちろん、どうぞ」
いただきます!とめぐは食べ始める。
「どれも美味しい!パークの食べ歩きメニューって、いつもいいなーって横目で見てたから食べられて嬉しい」
「ああ。毎日パークにいるのに意外と食べる機会もないしな」
「うん、期間限定のフレーバーとか特にね。チュロスのアップルシナモンも、来週からパンプキンに代わるし。はあ、幸せ」
「ははっ!めぐはほんとに美味しそうに食べるよな」
「美味しそうじゃくて、美味しいんだもん」
「たくさん買い過ぎたと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだ」
「ペロッといけちゃうね」
デザートのサンデーまで食べ終わると、めぐは満足そうな笑顔を浮かべた。
「ごちそうさまでした。氷室くん、ありがとね。お金払うよ、いくらだった?」
「まさか、いいよ。社割で安く買えたし」
「そっか、ありがとう。何かお返ししなくちゃね。ハロウィンメニューをたくさん買って食べ比べとか?」
「パンプキンか。俺、かぼちゃは煮物とかで食べる方がいいな」
「そうなの?おフランスの血を引いてるのに意外と日本男児だよね、氷室くんって」
「おフランス言うな。生まれも育ちも日本だから、自分では生粋の日本人だと思ってる」
へえ、とめぐは改めて弦の横顔を見る。
「そう言えば、お母さんのお話聞いたことなかったね。フランスの方なんでしょう?ずっと日本に住んでらっしゃるの?」
「ああ。日本語の通訳として、フランスに仕事で滞在してた親父と知り合ったから、うちでもずっと日本語なんだ。だから俺は全くフランス語が話せない」
「そうなんだね。ボンジュール、ムッシュ」
「ぶっ!めぐ、お前こそ顔に似合わずなんか変わってるぞ」
「え?どこが?」
「なんか……、一見高嶺の花かと思いきや中身はごくごく普通。いい意味でだぞ?普通にパクパクご飯食べるし、普通に楽しそうにしゃべって笑うし、普通に色んなもの見て感激するし、ころころ表情が変わって無邪気で可愛い。って、ごめん。何言ってんだ俺」
弦は口元を片手で覆ってうつむいた。
しまった、とでも言うように顔をしかめている。
その頬がほんのり赤くなっていて、めぐは思わずドキッとした。
「そろそろ行くか。ショーの前にテレビクルーと合流しないとな」
取り繕うように立ち上がり、弦はテーブルの上を片づけていく。
「そうだね」
めぐもパンプスを履き直して立ち上がった。
◇
環奈が関係者用のスペースにテレビクルーを案内してくれていたおかげで、撮影には絶好の場所でショーを観ることが出来た。
パークの中央のレイクガーデンと呼ばれる場所で、水のカーテンに映し出されるレーザーショーを音楽と花火が盛り上げる。
背景の建物にもプロジェクションマッピングが投影され、華やかなクライマックスにゲストからも大きな歓声が上がった。
「お二人とも今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
「楽しんでいただけて何よりです。これからの季節、ハロウィンやクリスマスとイベントも目白押しです。皆様のお越しを心よりお待ちしております」
最後のコメントで無事に撮影は終了した。
めぐと弦は、クルーを出口まで案内する。
「雪村さん、氷室さん。長丁場におつき合いいただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀をして見送ると、二人は同時にふうと大きく息を吐いた。
「お疲れ、めぐ」
「氷室くんもお疲れ様。もう事務所のみんな帰っちゃっただろうね」
「そうだな、俺達も帰るか。車で来てるんだ。めぐのマンションまで送る」
「え、ほんと?」
「ああ。これ以上足に負担をかけるのは良くないからな」
「ありがとう、助かる」
きっとその為にわざわざ車で来てくれたのだろうと、めぐは弦の気遣いを感じた。
私服に着替えてから事務所を出てパーキングに行き、弦と一緒に車に乗り込む。
「どこか寄って行きたいところあるか?スーパーとか」
「ううん、今日は食材残ってるから大丈夫」
「そうか。ん?眠そうだな、めぐ」
「そんなことないんだけど、この車が乗り心地良くて」
「はは!前にもそんなこと言ってたな。寝てていいよ」
「……ううん、起きてる、から……」
そう言いながらも、めぐはスーッと眠りに落ちた。
◇
気持ち良さそうに眠るめぐを起こさないよう、弦は静かに車を走らせる。
なんとも言えず、心が穏やかな幸せに包まれるのを感じた。
自分の気持ちを自覚してめぐに好きだと伝えてから、その想いは日に日に募る一方だった、
だが自分がめぐの気持ちをかき乱してしまったことはずっと後悔している。
だから今こうして、めぐが以前と同じように自分と接してくれているだけで幸せを感じた。
(これ以上の事は望まない。めぐのそばにいられればそれでいい)
めぐと気軽に話しが出来て、めぐが楽しそうに笑ってくれる。
それだけで今の自分にはこの上なく幸せなことなのだから。
もうすぐめぐのマンションに着く頃、弦はふと思い立ってハンドルを切った。
もう少し寝かせてやりたい。
しばらく先まで車を走らせ、ドライブスルーのカフェに寄った。
めぐの好きなホワイトモカとアボカドサーモンのラップサンド、サラダやスープ、フルーツをオーダーする。
そこからめぐのマンションに向かい、到着するとめぐを優しく揺すり起した。
「めぐ?着いたぞ」
「……ん、え?もう着いたの?ごめんなさい、私また寝ちゃってて」
「いいよ、休めたなら良かった。歩けるか?」
「大丈夫。ありがとね」
そう言ってドアを開けて降りようとするめぐに、弦は紙袋を差し出す。
「これ、よかったら夕食代わりに」
「え?なあに?」
受け取った袋の中を見て、めぐは驚く。
「いつの間に買ってくれたの?」
「ん?ドライブスルーでね」
「そうだったんだ。すごいね、私が好きなものばっかり。さすがは氷室くん」
めぐはふふっと笑うと顔を上げた。
「氷室くん」
「ん?なに」
「私ね、環奈ちゃんに言われたの。素直な気持ちを伝えればいいんじゃないかって。だから話してもいい?今の私の気持ちを」
弦はハッとしたように表情を引き締め、ゴクリと喉を鳴らす。
「……うん、聞かせてほしい」
心臓がドキドキとうるさいほど高鳴るのを感じながら、じっとめぐの言葉を待つ。
「氷室くん、私はもう一度友達に戻りたい。何でも気兼ねなく話せた以前の関係に戻りたい。……だめかな?」
自信なさげに、めぐは弦を見上げる。
「氷室くんの求めてる答えではなくてごめんなさい。その答えはまだ見つけられなくて……。これが今の私の正直な気持ちです」
弦は小さく頷いた。
「ああ、もちろんそれでいい。ありがとう、めぐ。今の俺にはめぐのその気持ちが嬉しいよ」
「ほんと?でも嫌になったらいつでも教えてね。私もこれからは、何でも素直な気持ちを伝えるようにするから」
「分かった、俺もそうする。今はただ、こうやってめぐと話せるのが嬉しい」
「そっか、良かった。それじゃあこれからは恋人同盟ではなくて、友達同盟だね。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「これもありがとう。早速いただくね」
めぐは笑顔で紙袋を掲げる。
「ああ。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで」
「ありがとう、氷室くんもね。おやすみなさい」
「おやすみ、めぐ」
車を降りてマンションに入って行くめぐを、弦は穏やかな気持ちで見つめていた。
無事にサポーターも取れ、1週間ぶりに出社しためぐはまず課長に挨拶する。
「課長、長い間お休みさせていただき、ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」
「いや、そんなことより怪我の具合は?もう大丈夫なの?」
「はい。普段通りの生活に戻っても構わないと言われました」
「そう。でもまだ無理しないようにね」
「ありがとうございます」
他のメンバーにも挨拶していると、環奈や弦が出社してきた。
「雪村さん!おはようございます」
「おはよう、環奈ちゃん。色々本当にありがとね」
「いいえー。雪村さんがいない間は寂しくて。またランチ一緒に食べてくださいね」
「うん、こちらこそよろしくね」
そしてめぐは弦に向き合う。
「氷室くん、色々ありがとう。ご迷惑おかけしました」
「いや、全然。もう平気か?今日も取材あるけど、俺一人で対応しようか?」
「ううん、大丈夫。じゃあ着替えてくるね。あとで打ち合わせお願いします」
「分かった」
一旦別れて更衣室に行くと、めぐは広報用の制服に着替えた。
(えっと、今回から秋冬用のジャケットだよね。早いなあ、もうそんな季節か)
襟と袖口にゴールドのパイピングが施されたロイヤルブルーのジャケットを着て、首に淡いブルーのスカーフを巻く。
真冬はさらにロングコートを羽織るが、まだ秋なのでジャケットとスカートという装いだった。
髪もアップでまとめてからメイクを手直しして事務所に戻る。
今日はハロウィンイベントの取材で、テレビのバラエティー番組の事前収録だった。
生放送ではないから幾分気が楽だが、1時間分収録するとあって、とにかく拘束時間が長い。
夕方までかかりそうだった。
同じく制服に着替えた弦と早速打ち合わせをする。
「こうもあちこち移動しての撮影となると、パーク内をほぼ1周するな。めぐ、足は大丈夫か?」
「うん、大丈夫。普通に歩くだけだしね」
「何かあったらすぐに知らせろよ」
「分かった、ありがとう」
時間になり、二人はテレビクルーを迎えに事務所を出た。
◇
「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
関係者入り口で、めぐと弦はやって来たテレビクルーに挨拶する。
「おはようございまーす!おお、こりゃまたイケメンと美女!視聴率取れそうだなー」
軽い口調のディレクターに、めぐも弦もいつものようににこやかに名刺を差し出した。
今日は番組レギュラーの男性アナウンサーと、30代の女性タレントと一緒に回ることになっている。
めぐと弦はその二人にも改めて挨拶した。
「えっとねー、とにかく行っちゃいましょう。事前打ち合わせとか、そういうのいらないから」
ディレクターがそう言い、音響スタッフがめぐ達4人にピンマイクを着けると、早速撮影が始まった。
「やって来ました、グレイスフル ワールド!大人気のテーマパークを、今日は丸一日楽しんじゃいます。案内してくれるのはこちらのお二人です!」
男性アナウンサーの言葉に合わせて、めぐと弦もカメラにフレームインする。
「グレイスフル ワールド広報課の雪村です」
「同じく氷室です。今日はよろしくお願いいたします」
すると女性タレントがカメラにズイッと顔を寄せ、内緒話のように声を潜めた。
「ご覧ください!美男美女ですよ。今日はお二人のこともさり気なく聞き出しちゃいます」
え……、とめぐは笑顔を浮かべつつも戸惑う。
プライベートの話は個人的にも会社としてもテレビで話すべきことではないのだが、撮影の流れとして雰囲気を壊さないことも大切だった。
その辺りのさじ加減が難しい。
(まあ、生放送ではないし、何かあったらあとでNGにしてもらえばいいか)
気を取り直して撮影に臨んだ。
フリートークでパークのエントランスを入る。
「あちこちにハロウィンの飾りつけやフォトブースもありますね」
「はい。一番盛り上がっているのは、ハロウィン発祥の国でもあるアイルランドエリアです」
「そうなんですね。では我々も早速行ってみたいと思います。雪村さん、案内をお願いします」
「かしこまりました」
男性アナウンサーとめぐが並んで前を歩き、その後ろに女性タレントと弦が肩を並べるのがなんとなくお決まりのポジションになってきた。
めぐはアイルランドエリアに向かいつつ、環奈と以前取材したバームブラックのことを話した。
「へえ、ケーキで占いですか。ぜひやってみたいです。雪村さんはもうやってみたんですか?」
「はい、ひと足早くやりました」
「占いの結果は?」
「それは後ほどお伝えしますね」
「なるほど、私も占い楽しみです」
そんな話をしているうちに、前にも訪れたカフェに着いた。
今日は取材でここにも立ち寄ることを伝えてあった為、取材用にテーブルがリザーブされ、前回と同じスタッフがにこやかに出迎える。
4人がテーブル席に座ると早速バームブラックが運ばれてきた。
既にやったことがあるめぐがその場を仕切って話を進める。
「それでは、ケーキを選んでください」
「うーん、これにしようかな」
「私はこれ」
めぐは男性アナウンサーと女性タレントがそれぞれ選んだ一片をお皿に載せた。
「せっかくですから、氷室さんも選んでください」
女性タレントに言われて、弦は一番左端を選ぶ。
「ではフォークを入れてみたいと思います。何が出るかな……、ん?なんだろう、ボタンかな?」
男性アナウンサーが怪訝そうにボタンを取り出す。
「私はなんか、布切れみたい。え、ほんとに?」
女性タレントは不思議そうに首をひねって、カメラにお皿を差し出してみせる。
「布だよね?これ」
カフェのスタッフが「はい」と頷く。
「では占いの結果をお伝えしますね。まずボタンは、残念ながら結婚運が遠のきます」
「ええー?ショック……」
「そして布切れですが。こちらも残念ですが、お金が飛んでいきます」
「えっ!嘘でしょー」
男性アナウンサーと女性タレントは、同じようにガックリとうなだれた。
「悪い結果しか出ない占いなんですか?」
「いえ、そんなことはないですよ」
「あ!氷室さん、まだでしたね。やってみてください。我々のリベンジに」
期待の目を向けられて、苦笑いしつつ弦はフォークを入れた。
中から出て来たのは……。
「これって指輪ですかね?お姉さん、指輪の意味は?」
女性タレントが身を乗り出した。
「はい。指輪が出た方は、近いうちに結婚出来ると言われています」
「ええー!氷室さん、いいなー。っていうか、まだ独身なんですか?氷室さん」
「はい、そうです」
「じゃあ近々彼女とゴールインですね。プロポーズしちゃえってことですよ」
「それはどうでしょう……」
弦は笑って女性タレントの言葉をかわすが、なかなか引き下がってはくれない。
「氷室さんほどかっこ良かったら絶対プロポーズOKされますよ。おつき合いは長いんですか?」
「いえ、恋人はいません」
「嘘だー、そんなの信じられない」
これはそろそろ話題を変えなければと、めぐが口を開こうとした時だった。
「好きな人はいます。片思いですが」
弦の言葉に、めぐは思わず固まる。
(ひ、氷室くん、テレビでなんてことを……)
だが女性タレントは「ひゃー!」と大きな声で仰け反った。
「キュンキュンしました。ねえ?皆さん」
そう言ってカメラに顔を寄せる。
「こんなイケメンに一途に思われたら……。あー、想像しただけで心なしかお肌のツヤが良くなったような……」
真顔で頬に手をやる女性タレントに男性アナウンサーが笑った。
「ははは!それは良かったですね。ところで雪村さんは?以前やった占いの結果、何が出たんですか?」
「はい、私も指輪が出ました」
「おおー、いいですね。ちゃんと出る人には良い結果が出るんですね。皆さんもぜひハロウィンの占い、バームブラックをやってみてはいかがでしょうか」
いい感じにまとまり、次の場所へと移動を始める。
めぐがふと振り返ると、弦は何とも言えない嬉しさを噛みしめるような表情でうつむいていた。
◇
そのあともパークの主要アトラクションに乗ったり、名物レストランでランチをしたりと撮影は順調に進む。
「めぐ、足大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「もしちょっとでも痛み出したらすぐに教えて」
「分かった」
カメラが止まったタイミングで、弦はめぐにそっと話しかける。
その時、ディレクターが近づいて来た。
「雪村さん、氷室さん。我々はこのあと夜のショーを取材して帰ります。本当はここでお二人とはお別れの予定でしたが、夜までおつき合い願えませんかねえ」
え?とめぐも弦も戸惑う。
「いやー、お二人にいてもらった方が視聴率的にもいいと思うんですよ。どうでしょう?お願い出来ませんか?」
めぐは、どうしようかと弦を振り仰いだ。
「上司に確認取らせていただけますでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
「はい、すぐに戻ります」
弦はディレクターに会釈すると、めぐに目配せして近くのドアからバックヤードに入った。
「めぐ、足の具合も心配だからここで上がれ。俺一人で残るから」
「ううん、大丈夫。それに氷室くんだけが残るなんて不自然だもん」
「じゃあ二人で上がるか」
「それも会社的には……。とにかく一度課長に報告しよう」
「そうだな」
弦がスマートフォンで課長に連絡を入れると「出来れば引き受けて欲しいけど、拘束時間も長くなるから二人に任せる」と返事がきた。
「どうしようか……」
「私なら大丈夫だよ」
「でも、今は平気でもだんだん痛み出すかもしれない」
「それなら、夜のショーまでは一旦離脱させてもらう?あとで合流する感じで」
「ああ、そうだな。ちょっとディレクターさんと話してくるよ」
ドアを開けて出て行った弦は、しばらくすると再びバックヤードに戻って来た。
「一旦離脱でOKだって。その間、アトラクションを乗りまくって撮影するらしい。環奈がクルーにつき添ってくれることになった。俺達は夜のショーまでは休憩しよう」
「そう、ありがとう」
二人で休憩室に向かい、長椅子に並んで腰掛ける。
「めぐ、靴脱いでろ。ヒールあるだろ?足に良くない」
「うん、そうだね」
めぐはパンプスから足を抜き、そっと踵だけを載せた。
弦は壁際のテーブルでコーヒーを淹れると、めぐに手渡す。
「はい、ミルク多めのコーヒー」
「ありがとう」
ひと口飲んで、美味しさにホッとする。
(氷室くん、私の好みとか何でも知ってるんだな)
コーヒーには砂糖を入れずにミルクをたっぷり入れること。
高級レストランより居酒屋の方が好きなこと。
ブランド物には興味がないこと。
(……ブルースターのネックレスが宝物だったことも?)
そう思った途端、胸がギュッと苦しくなった。
「めぐ……?」
隣から弦が心配そうに声をかけてくる。
「あ、ごめんね。何でもないよ。足も痛くないから、大丈夫。それより夜のショーまで2時間もあるよ。一度事務所に戻る?」
「んー、事務所まで歩くの大変じゃないか?それにお腹減ってるだろ?俺、パークで適当に食べ物買って来るよ。めぐはここで待ってろ」
そういうと弦は立ち上がり、制服のジャケット脱いでソファに置いてから休憩室を出て行った。
◇
「すっごい!私の食べたかったもの全部!」
弦がテーブルに買ってきたものを並べると、めぐは目を輝かせて覗き込んだ。
「スモークターキーレッグとトマトカルツォーネ、チキンパオにストロベリーワッフルにアップルシナモンチュロス!」
「あと焦がしキャラメルのサンデーもあるぞ。フリーザーに入れておくからあとで食べよう」
「うん!ありがとう、氷室くん」
「どういたしまして。今日一番の笑顔だな、めぐ」
「だって嬉しいんだもん。早速食べていい?」
「もちろん、どうぞ」
いただきます!とめぐは食べ始める。
「どれも美味しい!パークの食べ歩きメニューって、いつもいいなーって横目で見てたから食べられて嬉しい」
「ああ。毎日パークにいるのに意外と食べる機会もないしな」
「うん、期間限定のフレーバーとか特にね。チュロスのアップルシナモンも、来週からパンプキンに代わるし。はあ、幸せ」
「ははっ!めぐはほんとに美味しそうに食べるよな」
「美味しそうじゃくて、美味しいんだもん」
「たくさん買い過ぎたと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだ」
「ペロッといけちゃうね」
デザートのサンデーまで食べ終わると、めぐは満足そうな笑顔を浮かべた。
「ごちそうさまでした。氷室くん、ありがとね。お金払うよ、いくらだった?」
「まさか、いいよ。社割で安く買えたし」
「そっか、ありがとう。何かお返ししなくちゃね。ハロウィンメニューをたくさん買って食べ比べとか?」
「パンプキンか。俺、かぼちゃは煮物とかで食べる方がいいな」
「そうなの?おフランスの血を引いてるのに意外と日本男児だよね、氷室くんって」
「おフランス言うな。生まれも育ちも日本だから、自分では生粋の日本人だと思ってる」
へえ、とめぐは改めて弦の横顔を見る。
「そう言えば、お母さんのお話聞いたことなかったね。フランスの方なんでしょう?ずっと日本に住んでらっしゃるの?」
「ああ。日本語の通訳として、フランスに仕事で滞在してた親父と知り合ったから、うちでもずっと日本語なんだ。だから俺は全くフランス語が話せない」
「そうなんだね。ボンジュール、ムッシュ」
「ぶっ!めぐ、お前こそ顔に似合わずなんか変わってるぞ」
「え?どこが?」
「なんか……、一見高嶺の花かと思いきや中身はごくごく普通。いい意味でだぞ?普通にパクパクご飯食べるし、普通に楽しそうにしゃべって笑うし、普通に色んなもの見て感激するし、ころころ表情が変わって無邪気で可愛い。って、ごめん。何言ってんだ俺」
弦は口元を片手で覆ってうつむいた。
しまった、とでも言うように顔をしかめている。
その頬がほんのり赤くなっていて、めぐは思わずドキッとした。
「そろそろ行くか。ショーの前にテレビクルーと合流しないとな」
取り繕うように立ち上がり、弦はテーブルの上を片づけていく。
「そうだね」
めぐもパンプスを履き直して立ち上がった。
◇
環奈が関係者用のスペースにテレビクルーを案内してくれていたおかげで、撮影には絶好の場所でショーを観ることが出来た。
パークの中央のレイクガーデンと呼ばれる場所で、水のカーテンに映し出されるレーザーショーを音楽と花火が盛り上げる。
背景の建物にもプロジェクションマッピングが投影され、華やかなクライマックスにゲストからも大きな歓声が上がった。
「お二人とも今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
「楽しんでいただけて何よりです。これからの季節、ハロウィンやクリスマスとイベントも目白押しです。皆様のお越しを心よりお待ちしております」
最後のコメントで無事に撮影は終了した。
めぐと弦は、クルーを出口まで案内する。
「雪村さん、氷室さん。長丁場におつき合いいただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀をして見送ると、二人は同時にふうと大きく息を吐いた。
「お疲れ、めぐ」
「氷室くんもお疲れ様。もう事務所のみんな帰っちゃっただろうね」
「そうだな、俺達も帰るか。車で来てるんだ。めぐのマンションまで送る」
「え、ほんと?」
「ああ。これ以上足に負担をかけるのは良くないからな」
「ありがとう、助かる」
きっとその為にわざわざ車で来てくれたのだろうと、めぐは弦の気遣いを感じた。
私服に着替えてから事務所を出てパーキングに行き、弦と一緒に車に乗り込む。
「どこか寄って行きたいところあるか?スーパーとか」
「ううん、今日は食材残ってるから大丈夫」
「そうか。ん?眠そうだな、めぐ」
「そんなことないんだけど、この車が乗り心地良くて」
「はは!前にもそんなこと言ってたな。寝てていいよ」
「……ううん、起きてる、から……」
そう言いながらも、めぐはスーッと眠りに落ちた。
◇
気持ち良さそうに眠るめぐを起こさないよう、弦は静かに車を走らせる。
なんとも言えず、心が穏やかな幸せに包まれるのを感じた。
自分の気持ちを自覚してめぐに好きだと伝えてから、その想いは日に日に募る一方だった、
だが自分がめぐの気持ちをかき乱してしまったことはずっと後悔している。
だから今こうして、めぐが以前と同じように自分と接してくれているだけで幸せを感じた。
(これ以上の事は望まない。めぐのそばにいられればそれでいい)
めぐと気軽に話しが出来て、めぐが楽しそうに笑ってくれる。
それだけで今の自分にはこの上なく幸せなことなのだから。
もうすぐめぐのマンションに着く頃、弦はふと思い立ってハンドルを切った。
もう少し寝かせてやりたい。
しばらく先まで車を走らせ、ドライブスルーのカフェに寄った。
めぐの好きなホワイトモカとアボカドサーモンのラップサンド、サラダやスープ、フルーツをオーダーする。
そこからめぐのマンションに向かい、到着するとめぐを優しく揺すり起した。
「めぐ?着いたぞ」
「……ん、え?もう着いたの?ごめんなさい、私また寝ちゃってて」
「いいよ、休めたなら良かった。歩けるか?」
「大丈夫。ありがとね」
そう言ってドアを開けて降りようとするめぐに、弦は紙袋を差し出す。
「これ、よかったら夕食代わりに」
「え?なあに?」
受け取った袋の中を見て、めぐは驚く。
「いつの間に買ってくれたの?」
「ん?ドライブスルーでね」
「そうだったんだ。すごいね、私が好きなものばっかり。さすがは氷室くん」
めぐはふふっと笑うと顔を上げた。
「氷室くん」
「ん?なに」
「私ね、環奈ちゃんに言われたの。素直な気持ちを伝えればいいんじゃないかって。だから話してもいい?今の私の気持ちを」
弦はハッとしたように表情を引き締め、ゴクリと喉を鳴らす。
「……うん、聞かせてほしい」
心臓がドキドキとうるさいほど高鳴るのを感じながら、じっとめぐの言葉を待つ。
「氷室くん、私はもう一度友達に戻りたい。何でも気兼ねなく話せた以前の関係に戻りたい。……だめかな?」
自信なさげに、めぐは弦を見上げる。
「氷室くんの求めてる答えではなくてごめんなさい。その答えはまだ見つけられなくて……。これが今の私の正直な気持ちです」
弦は小さく頷いた。
「ああ、もちろんそれでいい。ありがとう、めぐ。今の俺にはめぐのその気持ちが嬉しいよ」
「ほんと?でも嫌になったらいつでも教えてね。私もこれからは、何でも素直な気持ちを伝えるようにするから」
「分かった、俺もそうする。今はただ、こうやってめぐと話せるのが嬉しい」
「そっか、良かった。それじゃあこれからは恋人同盟ではなくて、友達同盟だね。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「これもありがとう。早速いただくね」
めぐは笑顔で紙袋を掲げる。
「ああ。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで」
「ありがとう、氷室くんもね。おやすみなさい」
「おやすみ、めぐ」
車を降りてマンションに入って行くめぐを、弦は穏やかな気持ちで見つめていた。
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