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クリスマスコンサート
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「あー、シングルベルの音がすぐそこにー」
12月15日になり、事務所のデスクでパソコンに向かっていためぐは、聞こえてきた環奈の声に顔を上げた。
まだ彼氏が出来なくて予定がないなら、今夜のロビーコンサートに誘おうと思いつく。
「環奈ちゃん、ひょっとして今夜空いてる?」
「いいえー、合コンにいそしんでます」
「あ、なるほど」
「雪村さんは予定ないんですか?よかったら一緒に合コン行きます?」
「ううん、予定あるの。ごめんね」
合コンには気乗りせず、すぐさま断って一人でコンサートに行くことにした。
定時を過ぎて環奈を見送り、残業しながら時計を見上げる。
コンサートが始まる20分前になると、デスクの上を片づけた。
隣のデスクでは、弦がまだパソコンに向かっている。
「氷室くん、何か手伝うことある?」
「いや、大丈夫。めぐ、何か予定があるんだろ?早く帰りな」
「うん。やることあったら明日私がやるから」
「特にないから、早く行きなって」
「ありがとう。それじゃあ、お先に」
「ああ、お疲れ様」
他のメンバーにも声をかけて事務所をあとにした。
パークに繋がるドアを開けて外に出ると、冬の夜風が吹きつける。
(寒い!でもイルミネーションは綺麗だな)
コートの首元をしっかり合わせると、パークの夜景を楽しみながらホテルへと歩き出した。
◇
ロビーに着くと、大階段の下には綺麗なリボンと生花で飾られた椅子が並び、長谷部がにこやかにゲストを案内していた。
めぐの姿を見るなり、笑顔で近づいて来る。
「雪村さん、こんばんは。お越しいただきありがとうございます」
「こんばんは、長谷部さん。こちらこそ、お招きありがとうございます」
「こちらのお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
脱いだコートを手にして椅子に座ろうとすると、ふと長谷部がめぐの顔を覗き込んだ。
「雪村さん、外寒かったですか?頬が赤いし、目も潤んでます」
「あ、ええ。風が強くて……」
そう答えた時、ふいに長谷部がコートの下のめぐの手を握った。
「本当だ、手が冷たいですね。ちょっと待っててください」
そう言うと踵を返し、ブランケットを持って戻って来た。
「よろしければどうぞ」
「わざわざすみません、お借りします」
「いいえ。コンサート楽しんでください」
「はい、ありがとうございます」
長谷部は優しく微笑んでからまたゲストの案内に戻る。
めぐは席に座り、なんとなく辺りを見渡した。
(毎年空席が目立つって長谷部さん言ってたけど、そうでもないよね。ブライダルフェアに来たカップルか、幸せそうだな)
顔を見合わせて楽しそうにおしゃべりしているカップルに囲まれ、めぐは少し居心地が悪くなる。
その時、真っ白なロングガウンに赤いストールを掛けた15人ほどの聖歌隊が大階段に入場して来た。
めぐは正面に向き直って注目する。
カップル達のざわめきも消え、シンとロビーが静まり返ると、聖歌隊の合唱が始まった。
「聖しこの夜」「もろびとこぞりて」「もみの木」など、誰もが知るクリスマスキャロルが厳かに歌われる。
ロビーに響き渡る透き通った美しい歌声に、めぐはじわりと涙が込み上げてきた。
(素敵……。生の歌声ってこんなに胸がいっぱいになるのね)
クリスマスの聖なる歌に酔いしれ、思わず目を閉じて深呼吸する。
途中にピアノやハンドベルの演奏もあり、めぐは最後までうっとりと聴き惚れた。
コンサートが終わり、カップルは続々と席を立つ。
最後のカップルを長谷部が笑顔で見送るのを見て、めぐはようやく席を立った。
「長谷部さん、今夜はありがとうございました。ブランケットもお返しします」
「どういたしまして。楽しんでいただけましたか?」
「はい。とっても素敵で、聴き惚れてしまいました」
「良かったです。うっとりしている雪村さんに、私もうっとりしてしまいました」
「……はい?」
長谷部はクスッと笑うと腕時計に目を落とす。
「雪村さん、このあとお時間ありますか?忘年会の見積書をお渡ししようかと」
「あ、はい。私からも決定したタイムテーブルをお知らせしますね」
「あと5日後ですものね、色々確認しましょう。ではバックオフィスへどうぞ」
二人でロビーを横切り、フロントの後ろ側のオフィスへと向かう。
STAFF ONLYと書かれたドアを開けると、ちょうど私服に着替えた聖歌隊のメンバーが控え室から出てくるところだった。
「わあ、さっきの人達ですよね?」
後ろ姿を見送りながら、めぐは長谷部に尋ねる。
「ええ、当ホテルの結婚式でもお世話になってる方々です」
「結婚式で?あ、讃美歌ですか?」
「そうです。最近では式での讃美歌だけでなく、披露宴でゴスペルを希望されるカップルもいらっしゃいますよ」
ゴスペル?とめぐは驚く。
「そうなんですね。どんな感じなんだろう……。なんだか盛り上がって楽しそうですね」
「よろしければ紹介映像もご覧になりますか?ブライダルフェアでお客様にご提案している映像なんですが」
「はい、拝見したいです。取材に対応する上でも情報は多く頭に入れておきたいですし。広報でも今後ホテルの結婚式を大々的に紹介していこうかな」
「それはぜひともお願いしたいです」
「では今度、広報課のメンバーに提案してみますね」
オフィスに入ると長谷部はめぐを椅子に促し、パソコンをテーブルに置いて映像のフォルダを開いた。
「お客様に許可をいただいて撮影した実際の披露宴の様子を、ダイジェストでまとめたものなんです。早速流しますね」
「はい」
めぐはわくわくと身を乗り出した。
ロマンチックに編集された動画は、ウエディングソングに乗って幸せいっぱいのカップルの写真が次々と流れる。
輝く笑顔の集合写真や幸せそうに見つめ合う二人、涙を拭う両親の写真など、どれもが感動的でめぐも胸を熱くした。
やがて実際の披露宴の様子が映し出される。
列席者の丸テーブルを回りながら、新郎が一輪ずつゲストから花を受け取っている。
「これはどういうシーンなんですか?」
めぐは長谷部を振り返って尋ねた。
「こちらはブーケセレモニーです。結婚式に参列出来なかったゲストの方が、新郎にお花を一輪ずつ渡します。それを集めてブーケにして、このあと入場する新婦にプロポーズをして差し出すんです」
「そうなんですね!」
長谷部の説明通り、新郎がメインテーブルの前まで来ると、後方の扉から新婦が入場してきた。
ゲストが拍手しながら見守る中、やがて新郎のもとへとたどり着く。
照明が絞られ、静まり返った会場に、ライトで照らされた新郎新婦の姿が浮かび上がった。
と、いきなり新郎は新婦の前で片膝をついてひざまずく。
ひゃっ!とめぐは口元に手をやって息を呑んだ。
「一生君だけを愛し続けます。どうか結婚してください」
新郎のプロポーズに、めぐは目を真ん丸にして固まる。
(ど、どうなるの?)
すると新婦は「はい。私もあなただけを愛し続けます」と言ってブーケを受け取り、そこから一輪抜き取ると新郎の胸に飾った。
BGMが大きくなり、二人はゲストの温かい拍手に包まれる。
めぐも思わず拍手をしながら長谷部を見上げた。
「とっても素敵ですね!」
至近距離で満面の笑みを浮かべるめぐにドキッとしてから、長谷部はふっと笑う。
「雪村さんは感情移入しやすいんですね」
「だってこんなに感動的なんですもの。実際にこの場にいたら絶対泣いちゃう」
「ははっ!じゃあ、雪村さんご自身の結婚式では号泣でしょうね」
「どうでしょう?そもそも結婚することが想像つかないですけど。あ、長谷部さん、これですか?ゴスペル!」
映像はいつの間にか別の披露宴へと変わっていた。
5人のゴスペルシンガーがアカペラでしっとりと「アメイジング グレイス」を聴かせたあと、ピアノの演奏に合わせてノリのいいゴスペルソングを歌い出す。
「わあ、盛り上がりますね!みんな手拍子でノリノリ。新郎新婦のお二人も楽しそう」
「ええ、この時は一気に会場内の熱気が増しましたよ。このカップルはしんみりした雰囲気になるのが苦手だとおっしゃっていたので、プランナーがゴスペルをご提案したんです」
「そうなんですね。いいですね、こういう堅苦しくない披露宴って」
「はい。お二人のご希望に合わせてオンリーワンの披露宴を創り上げようと、プランナー達は日々アイデアを練っています」
長谷部の言葉にめぐは感銘を受ける。
「そんなふうに親身になってもらえたら、お二人も嬉しいでしょうね。素敵だなあ、プランナーさん達。お仕事に対する姿勢が素晴らしいです。私も見習わなくちゃ」
真剣な表情で頷くめぐを、長谷部は優しく見つめる。
「雪村さんは外見の美しさだけではないんですよね。内側からも美しさが溢れてる」
小さく呟いた長谷部に、めぐは、ん?と首を傾げた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、ひとり言です。それよりそろそろ忘年会のお話をしましょうか」
「あっ、忘れてました」
めぐが改めて座り直すと、長谷部はパソコンを閉じてからめぐと向かい合って座った。
「ではこちらが見積書です」
「ありがとうございます。私からはこちらを。決定したタイムテーブルです。当日、遅れてくる人が数名いる予定です。私も気にしておきますが、もしスタッフの方が気づいたら私に教えていただけると助かります。会費を徴収しなくてはいけないので」
「かしこまりました。スタッフで共有しておきますね」
その後もいくつか確認を終え、めぐは席を立つ。
「長谷部さん、今日は色々とありがとうございました。思いがけず楽しい時間になりました。忘年会当日も、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。雪村さん、よかったらこちらをどうぞ」
差し出されたホテルの紙袋を、めぐは怪訝な面持ちで受け取った。
「何でしょうか?」
「ホテルオリジナルのスペアリブです。温め直せばすぐに食べられますから」
「えっ、あのスペアリブですか?本当に?」
目を輝かせるめぐに、長谷部は笑い出す。
「ええ、あのスペアリブですよ」
「嬉しいです!ありがとうございます、長谷部さん」
「そんなに喜んでいただけるとは。オリジナルパウンドケーキと紅茶も入ってますので、そちらもどうぞ召し上がってください」
「えっ、そんなに?ありがとうございます!なんだかクリスマスプレゼントをいただいた気分です。コンサートも聴けたし、素敵な映像とエピソードも紹介してくださって。とってもいい日になりました」
「私の方こそ。雪村さんとお話しすると幸せな気持ちになります。今日はいらしてくださってありがとうございました。また忘年会で」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔を交わしてから、めぐはぽかぽかと温かい気持ちを胸に帰路についた。
12月15日になり、事務所のデスクでパソコンに向かっていためぐは、聞こえてきた環奈の声に顔を上げた。
まだ彼氏が出来なくて予定がないなら、今夜のロビーコンサートに誘おうと思いつく。
「環奈ちゃん、ひょっとして今夜空いてる?」
「いいえー、合コンにいそしんでます」
「あ、なるほど」
「雪村さんは予定ないんですか?よかったら一緒に合コン行きます?」
「ううん、予定あるの。ごめんね」
合コンには気乗りせず、すぐさま断って一人でコンサートに行くことにした。
定時を過ぎて環奈を見送り、残業しながら時計を見上げる。
コンサートが始まる20分前になると、デスクの上を片づけた。
隣のデスクでは、弦がまだパソコンに向かっている。
「氷室くん、何か手伝うことある?」
「いや、大丈夫。めぐ、何か予定があるんだろ?早く帰りな」
「うん。やることあったら明日私がやるから」
「特にないから、早く行きなって」
「ありがとう。それじゃあ、お先に」
「ああ、お疲れ様」
他のメンバーにも声をかけて事務所をあとにした。
パークに繋がるドアを開けて外に出ると、冬の夜風が吹きつける。
(寒い!でもイルミネーションは綺麗だな)
コートの首元をしっかり合わせると、パークの夜景を楽しみながらホテルへと歩き出した。
◇
ロビーに着くと、大階段の下には綺麗なリボンと生花で飾られた椅子が並び、長谷部がにこやかにゲストを案内していた。
めぐの姿を見るなり、笑顔で近づいて来る。
「雪村さん、こんばんは。お越しいただきありがとうございます」
「こんばんは、長谷部さん。こちらこそ、お招きありがとうございます」
「こちらのお席へどうぞ」
「ありがとうございます」
脱いだコートを手にして椅子に座ろうとすると、ふと長谷部がめぐの顔を覗き込んだ。
「雪村さん、外寒かったですか?頬が赤いし、目も潤んでます」
「あ、ええ。風が強くて……」
そう答えた時、ふいに長谷部がコートの下のめぐの手を握った。
「本当だ、手が冷たいですね。ちょっと待っててください」
そう言うと踵を返し、ブランケットを持って戻って来た。
「よろしければどうぞ」
「わざわざすみません、お借りします」
「いいえ。コンサート楽しんでください」
「はい、ありがとうございます」
長谷部は優しく微笑んでからまたゲストの案内に戻る。
めぐは席に座り、なんとなく辺りを見渡した。
(毎年空席が目立つって長谷部さん言ってたけど、そうでもないよね。ブライダルフェアに来たカップルか、幸せそうだな)
顔を見合わせて楽しそうにおしゃべりしているカップルに囲まれ、めぐは少し居心地が悪くなる。
その時、真っ白なロングガウンに赤いストールを掛けた15人ほどの聖歌隊が大階段に入場して来た。
めぐは正面に向き直って注目する。
カップル達のざわめきも消え、シンとロビーが静まり返ると、聖歌隊の合唱が始まった。
「聖しこの夜」「もろびとこぞりて」「もみの木」など、誰もが知るクリスマスキャロルが厳かに歌われる。
ロビーに響き渡る透き通った美しい歌声に、めぐはじわりと涙が込み上げてきた。
(素敵……。生の歌声ってこんなに胸がいっぱいになるのね)
クリスマスの聖なる歌に酔いしれ、思わず目を閉じて深呼吸する。
途中にピアノやハンドベルの演奏もあり、めぐは最後までうっとりと聴き惚れた。
コンサートが終わり、カップルは続々と席を立つ。
最後のカップルを長谷部が笑顔で見送るのを見て、めぐはようやく席を立った。
「長谷部さん、今夜はありがとうございました。ブランケットもお返しします」
「どういたしまして。楽しんでいただけましたか?」
「はい。とっても素敵で、聴き惚れてしまいました」
「良かったです。うっとりしている雪村さんに、私もうっとりしてしまいました」
「……はい?」
長谷部はクスッと笑うと腕時計に目を落とす。
「雪村さん、このあとお時間ありますか?忘年会の見積書をお渡ししようかと」
「あ、はい。私からも決定したタイムテーブルをお知らせしますね」
「あと5日後ですものね、色々確認しましょう。ではバックオフィスへどうぞ」
二人でロビーを横切り、フロントの後ろ側のオフィスへと向かう。
STAFF ONLYと書かれたドアを開けると、ちょうど私服に着替えた聖歌隊のメンバーが控え室から出てくるところだった。
「わあ、さっきの人達ですよね?」
後ろ姿を見送りながら、めぐは長谷部に尋ねる。
「ええ、当ホテルの結婚式でもお世話になってる方々です」
「結婚式で?あ、讃美歌ですか?」
「そうです。最近では式での讃美歌だけでなく、披露宴でゴスペルを希望されるカップルもいらっしゃいますよ」
ゴスペル?とめぐは驚く。
「そうなんですね。どんな感じなんだろう……。なんだか盛り上がって楽しそうですね」
「よろしければ紹介映像もご覧になりますか?ブライダルフェアでお客様にご提案している映像なんですが」
「はい、拝見したいです。取材に対応する上でも情報は多く頭に入れておきたいですし。広報でも今後ホテルの結婚式を大々的に紹介していこうかな」
「それはぜひともお願いしたいです」
「では今度、広報課のメンバーに提案してみますね」
オフィスに入ると長谷部はめぐを椅子に促し、パソコンをテーブルに置いて映像のフォルダを開いた。
「お客様に許可をいただいて撮影した実際の披露宴の様子を、ダイジェストでまとめたものなんです。早速流しますね」
「はい」
めぐはわくわくと身を乗り出した。
ロマンチックに編集された動画は、ウエディングソングに乗って幸せいっぱいのカップルの写真が次々と流れる。
輝く笑顔の集合写真や幸せそうに見つめ合う二人、涙を拭う両親の写真など、どれもが感動的でめぐも胸を熱くした。
やがて実際の披露宴の様子が映し出される。
列席者の丸テーブルを回りながら、新郎が一輪ずつゲストから花を受け取っている。
「これはどういうシーンなんですか?」
めぐは長谷部を振り返って尋ねた。
「こちらはブーケセレモニーです。結婚式に参列出来なかったゲストの方が、新郎にお花を一輪ずつ渡します。それを集めてブーケにして、このあと入場する新婦にプロポーズをして差し出すんです」
「そうなんですね!」
長谷部の説明通り、新郎がメインテーブルの前まで来ると、後方の扉から新婦が入場してきた。
ゲストが拍手しながら見守る中、やがて新郎のもとへとたどり着く。
照明が絞られ、静まり返った会場に、ライトで照らされた新郎新婦の姿が浮かび上がった。
と、いきなり新郎は新婦の前で片膝をついてひざまずく。
ひゃっ!とめぐは口元に手をやって息を呑んだ。
「一生君だけを愛し続けます。どうか結婚してください」
新郎のプロポーズに、めぐは目を真ん丸にして固まる。
(ど、どうなるの?)
すると新婦は「はい。私もあなただけを愛し続けます」と言ってブーケを受け取り、そこから一輪抜き取ると新郎の胸に飾った。
BGMが大きくなり、二人はゲストの温かい拍手に包まれる。
めぐも思わず拍手をしながら長谷部を見上げた。
「とっても素敵ですね!」
至近距離で満面の笑みを浮かべるめぐにドキッとしてから、長谷部はふっと笑う。
「雪村さんは感情移入しやすいんですね」
「だってこんなに感動的なんですもの。実際にこの場にいたら絶対泣いちゃう」
「ははっ!じゃあ、雪村さんご自身の結婚式では号泣でしょうね」
「どうでしょう?そもそも結婚することが想像つかないですけど。あ、長谷部さん、これですか?ゴスペル!」
映像はいつの間にか別の披露宴へと変わっていた。
5人のゴスペルシンガーがアカペラでしっとりと「アメイジング グレイス」を聴かせたあと、ピアノの演奏に合わせてノリのいいゴスペルソングを歌い出す。
「わあ、盛り上がりますね!みんな手拍子でノリノリ。新郎新婦のお二人も楽しそう」
「ええ、この時は一気に会場内の熱気が増しましたよ。このカップルはしんみりした雰囲気になるのが苦手だとおっしゃっていたので、プランナーがゴスペルをご提案したんです」
「そうなんですね。いいですね、こういう堅苦しくない披露宴って」
「はい。お二人のご希望に合わせてオンリーワンの披露宴を創り上げようと、プランナー達は日々アイデアを練っています」
長谷部の言葉にめぐは感銘を受ける。
「そんなふうに親身になってもらえたら、お二人も嬉しいでしょうね。素敵だなあ、プランナーさん達。お仕事に対する姿勢が素晴らしいです。私も見習わなくちゃ」
真剣な表情で頷くめぐを、長谷部は優しく見つめる。
「雪村さんは外見の美しさだけではないんですよね。内側からも美しさが溢れてる」
小さく呟いた長谷部に、めぐは、ん?と首を傾げた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、ひとり言です。それよりそろそろ忘年会のお話をしましょうか」
「あっ、忘れてました」
めぐが改めて座り直すと、長谷部はパソコンを閉じてからめぐと向かい合って座った。
「ではこちらが見積書です」
「ありがとうございます。私からはこちらを。決定したタイムテーブルです。当日、遅れてくる人が数名いる予定です。私も気にしておきますが、もしスタッフの方が気づいたら私に教えていただけると助かります。会費を徴収しなくてはいけないので」
「かしこまりました。スタッフで共有しておきますね」
その後もいくつか確認を終え、めぐは席を立つ。
「長谷部さん、今日は色々とありがとうございました。思いがけず楽しい時間になりました。忘年会当日も、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。雪村さん、よかったらこちらをどうぞ」
差し出されたホテルの紙袋を、めぐは怪訝な面持ちで受け取った。
「何でしょうか?」
「ホテルオリジナルのスペアリブです。温め直せばすぐに食べられますから」
「えっ、あのスペアリブですか?本当に?」
目を輝かせるめぐに、長谷部は笑い出す。
「ええ、あのスペアリブですよ」
「嬉しいです!ありがとうございます、長谷部さん」
「そんなに喜んでいただけるとは。オリジナルパウンドケーキと紅茶も入ってますので、そちらもどうぞ召し上がってください」
「えっ、そんなに?ありがとうございます!なんだかクリスマスプレゼントをいただいた気分です。コンサートも聴けたし、素敵な映像とエピソードも紹介してくださって。とってもいい日になりました」
「私の方こそ。雪村さんとお話しすると幸せな気持ちになります。今日はいらしてくださってありがとうございました。また忘年会で」
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