恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜

葉月 まい

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108本の赤いバラ

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出張から帰った翌日、めぐと弦はたくさんのお土産を抱えて出社する。

「課長、戻りました」
「おお、ご苦労様。どうだった?フェアリーランドは」
「はい。うちのパークとはまた違った魅力があって、とても新鮮でした。アイデアも浮かびましたので、レポートにまとめて提出します。いずれ企画課にご提案出来ればと思っています」
「そうか、楽しみにしている」
「それからこちらが先方にいただいた友好の証の楯です。マスコミのフォトセッションの画像も、のちほど送っていただけるそうです」
「分かった。こちらでも大々的に記事にしよう。早速取りかかってくれ」
「かしこまりました」

課長への報告を済ませると、皆にお菓子を配って回る。

「ね、雪村さん。どうでしたか?お二人での旅行は」
「環奈ちゃん、旅行じゃなくて出張ね。フェアリーランド、すごく素敵なところだったよ。環奈ちゃんが好きそうな雰囲気で……」
「そういうのはいいんです!」

話を遮る環奈に、めぐは首をひねった。

「じゃあ、どういうのがいいの?」
「ですから、二人の時間ですよ」
「二人の、時間……」

めぐはポツリと呟くと顔を上げる。

「環奈ちゃん、今日ランチ一緒に食べない?」
「もっちろんでーす!」

わくわくする環奈と真剣な表情のめぐを、隣から弦が顔をしかめてうかがっていた。



「は?大人の女性、ですか?」

社員食堂でランチをしながら、環奈がめぐの言葉を聞き返す。

「そう。どうやったら大人の雰囲気を出せるかな?」
「えっと、雪村さんが、ですか?」
「うん」
「どうして?」
「だって……、氷室くんにつり合う女性になりたいんだもん」

すると環奈は両手を頬に当てて悶絶した。

「くうー、可愛い!こんな美女にそんなセリフを言わせるとは。なんて罪な男なの、氷室さんたら」
「ねえ、環奈ちゃん。どうすればいい?私、本気で悩んでるの」
「雪村さんともあろうお方が?もう何もする必要なんてないと思いますよ。でも、そうだな。私が普段女磨きコースって呼んでるところを一緒に回りますか?」
「えっ、いいの?行く、行かせて!お願い、環奈ちゃん」
「わ、分かりましたから!美女のうるうるお目目は本当にハートが持たないんですって。じゃあ、今度私達のお休みが合う日に一緒に行きましょうか」
「はい!よろしくお願いいたします、環奈先輩」
「あはは!崩壊した雪村さん、おもしろい。楽しみにしてますね」

そうして5日後に二人は朝から待ち合わせをして街に出かけた。

「えー、まずはですね、美容院とネイルサロンからです。そのあとデパートに行ってメイク道具を選んでからお洋服も選んじゃいますよ」
「はい!」

気合十分に、めぐは環奈の行きつけのお店を一緒に回る。
美容院ではまず肩下までの髪の長さを揃えて、毛先をふんわりと巻いてもらった。
前髪もふわっと立たせておでこを見せ、サイドの髪もフェイスラインが綺麗に見えるように動きをつける。
ネイルは取材で映ることを考えて、淡いブルーを基調としたグラデーションに。
そのあとはデパートでメイクの仕方を教わりながら、新しく化粧品を買い揃えた。
洋服は環奈の見立てで、自分では選ばないような身体のラインに添うワンピースや、オフショルダーのニット、Vネックのカットソー、タイトスカートなどを購入した。

最後にエステサロンに行って、身体中ピカピカに磨いてもらう。

「はあ、環奈ちゃんって普段こんなふうに自分磨きしてるのね。すごい」
「雪村さんなら磨く必要ないですけどね。でも土台がいいからさすがです。ぴっかぴかの麗しい美女が爆誕!」
「バクタン?」
「は?違いますよ。あー、明日の氷室さんの反応が楽しみ!ふふっ」

二人でカフェでおしゃべりしてから、気分もすっきりと休日を終えた。



「おはようございます」
「おはよ……!?」

翌朝、出社しためぐを見るなり、弦は言葉に詰まって目を見開いた。

(な、な、なんだ?どうした?めぐが、めぐが……)

ドキドキしながらじっとめぐを観察する。
髪がふわりと揺れて形のいいおでこが覗き、メイクもいつもより大人っぽい。
ぱっちりとした目元とほのかにピンクに染まる頬、ふっくらと艶やかな唇に透き通るような白い肌。
更には鎖骨のラインが綺麗にみえるニットとスリットが入ったタイトスカートで、綺麗なお姉さんどころか磨きがかかった美女としか思えない。

「めぐ、ちょっとこっち」

とにかくマズイと、弦はめぐの手を取って給湯室に向かった。

「めぐ、どうした?何があった?」
「えっと、昨日環奈ちゃんと一緒に色々回ったの。美容院とかエステサロンとか。コスメとお洋服も選んでもらって」
「それはまたどうして?」
「だって……」

口ごもると、めぐは上目遣いに弦を見上げる。

「いつまでも子どもっぽいと思われたくなくて。つり合う彼女になりたかったの、弦くんの」

ガタッと弦は後ずさる。

(いかんいかん……。そんな大人っぽい格好でチラリの上目遣いとか、俺につり合う彼女になりたいなんて可愛いセリフとか、何よりここにきて弦くん呼び!あー、破壊力ハンパない)

胸元を掴んで必死に気持ちを落ち着かせていると、めぐが顔を覗き込んできた。

「大丈夫?弦くん」
「ああ、大丈夫。全然大丈夫。めぐ、今夜めぐのマンション行ってもいいか?ちょっと、色々話がしたい」
「え、うん!もちろん」

(いやいや、だから。そんな可愛く笑ってくれるなー!)

心の中で叫びつつ、余裕ぶる。

「じゃあ、放課後にな」
「放課後?定時後じゃなくて?」
「まあ、そうとも言うな。じゃ」

軽く手を挙げて颯爽と去る。
仕事中はなんとかいつも通り集中して乗り切ったが、昼休みに社員食堂に行くと、驚きの光景が待っていた。

(なんだ?あの人だかり)

不思議に思いつつ近づくと、男性社員がめぐの周りをぐるりと取り囲んでいる。

「雪村さん、今夜ひと晩だけでいいから。ね?」
「俺達と飲みに行ってください」
「よろしくお願いします!」
「一生の思い出にしたいんです」
「明日からはきっぱり諦めますから」

口々にめぐに詰め寄るのを見て、弦はカーッと頭に血が上る。

(おのれ、集団ナンパか!?)

急いで駆け寄ると男性達をかき分け、めぐの肩を抱き寄せた。

「めぐは俺のものだ。誰一人、指一本触れさせないからな」

グッとめぐを胸に抱きしめて睨みを利かせると、男性達は凍りつく。

「すごっ、氷室さんが本気出した」
「勝ち目はまるでない」

すみませんでした、と頭を下げてすごすごと去って行った。



「めぐ、こっちへ」
「は、はい」

仕事終わりに一緒にマンションに帰ると、弦はコーヒーを淹れようとするめぐを呼び止め、ソファに座らせた。

「めぐ、俺はとにかく心配だ。ただでさえ綺麗なめぐがこんなにおしゃれしたら、もう世の男どもが群がって来るに決まってる。頼むから会社では控えて」
「ごめんなさい。でもそしたら氷室くん、私のことを恋人だと認めてくれないでしょう?」
「え、なんで?しかも氷室くん?弦くんは?」
「悲しい時は氷室くんとしか呼べない。それに氷室くん言ってたでしょ?少しずつ恋人としての時間を重ねていこうって。だから私、早く氷室くんの恋人になりたくて……」
「ちょ、ちょっと待て。めぐは俺の世界で一番大切な恋人だ。とっくの昔にめぐは俺だけのものなんだ」

とっくの昔は言い過ぎだが、気持ち的には間違っていない。

「なのにめぐは違うのか?どうしてそう思う?」
「だって……。大人の関係になってないから」

ドクッと弦の心臓が音を立てた。
大きく息を吸って必死に平静を装う。

「めぐ。どうしてそんなに焦る?俺の気持ちが信じられない?」
「ううん、そうじゃないけど。私は氷室くんに追いつきたいの。せめて肩を並べるくらいにはなりたくて」
「恋人って、競い合うもんじゃないだろ?それに勢いで突っ走ったり、形だけどうにかしようとするのも違うと思う。めぐ、俺達の関係をよく考えてみて。俺達二人の心の結びつきは、そんなに簡単に壊れたりするものじゃないだろ?」
「うん」
「俺はめぐを心から愛してるよ。誰よりも大切にしたい。めぐの気持ちに寄り添って、少しずつ進んで行きたい。めぐが大事に守ってくれた分、俺は心して受け取らないといけないから。分かってくれる?」

めぐはうつむいてじっと考えてから顔を上げた。

「うん、分かった。ごめんね。周りの女の子達はずっと前に経験してるから、焦っちゃったの。早く一人前になりたかったのかも」
「焦る必要なんてない。それにめぐ、その時が来たら嫌ってほど分からせてやる。片時も離してやらないから、覚悟しといて」

不敵な笑みを浮かべる弦に、めぐはおののく。

「大丈夫、めぐに俺の愛情を伝えるだけだから。どんなに俺がめぐを愛しているかを。めぐ、全部受け取ってくれる?」
「うん。私も大好きって伝えるね」
「誰に?」
「弦くん!」
「ふっ、よろしい」

微笑み合うと、弦はそっとめぐを抱き寄せてキスをする。
甘く、長く、深く、胸いっぱいの愛情を込めて。

「弦くん」
「ん?なに」
「キスでも充分伝わるね、大好きって」
「ああ、そうだな」

笑顔で見つめ合い、またキスを交わす。
二人の胸に込み上げてくる想いは、確かに互いへの愛情だった。

その夜。
自宅マンションに帰った弦は、ホテルにいる長谷部に電話をかけた。

「長谷部さん、5月16日にスイートルームを予約出来ますか?それから赤いバラも」

電話の向こうで、長谷部がふっと笑みをもらす。
何も言わずとも察してくれたようだった。

「かしこまりました。スイートルームと赤いバラを108本ですね?必ずご用意いたします」
「はい、よろしくお願いいたします」

電話を切ると弦は気持ちを落ち着かせるように息をつく。
めぐの次の誕生日。
スイートルームで108本のバラと共にプロポーズする。
弦はそう決意した。
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