Good day ! 2

葉月 まい

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ぶつかり合う二人

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「そうなんですね!やりましたね、野中さん!」

数日後、社員食堂で昼食を食べながら、野中は伊沢と大和に、彩乃との事を報告する。

「伊沢、色々とありがとな。それから佐倉、藤崎ちゃんにもお礼を言っておいてくれ。彼女、藤崎ちゃんが選んでくれたプレゼントにいたく感激してた。全部藤崎ちゃんのおかげだよ」
「そうでしたか。分かりました、恵真にも伝えます」
「ああ、俺からも今度お礼を言うよ。そう言えば今日、藤崎ちゃんは?オフか?」
「いえ、シミュレーター訓練に行ってます」

その時三人の頭上で、あれ?と声がした。

「誰かと思ったら、野中さんに佐倉じゃないか」
「倉科さん!」

三人は驚いて、トレイを手にした倉科を見上げる。

「お久しぶりです、野中さん。佐倉も久しぶりだな。君はえっと…」
「副操縦士の伊沢と申します。初めまして、倉科キャプテン」
「ああ!君があの伊沢くんか」
「え?」

立ち上がって挨拶した伊沢に、倉科は笑顔で頷く。

自分を知っている様子の倉科に伊沢が困惑していると、お邪魔しても?と聞いてきた。

「悪い、倉科。俺達もう行くところなんだ」

機転を利かせて野中がそう言うと、残念、と倉科は肩を落とす。

「ではまた次の機会に。失礼します」

そう言って立ち去ろうとした倉科が、急に伊沢を振り返った。

「伊沢くん。彼女によろしくね」
「…は?」

伊沢は目をぱちくりさせて倉科を見送る。

「お?伊沢、彼女出来たのか?」

席に座り直すと、早速野中が身を乗り出して聞いてきた。

「そんな訳ないじゃないですか。一体誰のことを言ってるんだろう?」

伊沢が首をひねった時、ポツリと大和が呟いた。

「恵真だ」

ええっ?!と、伊沢と野中は驚く。

「どういう事なんだ?佐倉。倉科は、藤崎ちゃんが伊沢とつき合ってると思ってるのか?」
「はい。去年の噂を信じているようです」
「噂?!ってあれ、1年も前の話ですよ?しかも嘘だし」
「その噂を信じている上に、恵真に言い寄ろうとしている」

ええー?!と、二人はまた声を上げて驚いたが、大和は黙って下を向いたままだ。

「おい佐倉。何かあったのか?」

心配そうに野中が尋ねると、大和はポケットからスマートフォンを取り出した。

「会社のSNSに、倉科さんと恵真の写真が載せられたんです。二人で一緒に飛んだ時に撮影したものなんですけど。その反響が大きくて、更にインタビュー動画まで撮影して…。俺もすっかり忘れてましたが」

大和がスマートフォンを操作して会社のSNSを開くと、倉科と恵真が滑走路の飛行機をバックに笑顔で並んでいるサムネイルがあった。

大和はじっと画面を見つめる。

「さ、佐倉さん。別に見なくてもいいんじゃ…」
「そうだよ、佐倉」

思い詰めた様子の大和に二人が声をかけるが、大和は意を決したように再生ボタンをタップした。

皆様、こんにちは!と、爽やかな笑顔で挨拶する倉科と、やや戸惑いながらそれに合わせる恵真の姿が流れる。

最初の方はなんとか落ち着いて見られたが、動画が進むにつれて大和の表情は険しくなった。

恵真の操縦について知ったような口ぶりの倉科に、大和の身体がカッと熱くなる。

『あはは!いや、失礼。操縦している時の藤崎さんも、素敵ですよ』

思わずスマートフォンを握る手に力が入る。

『困った表情もいいですが、藤崎さんはやはり操縦桿を握っている時が1番魅力的です。皆様、ぜひ藤崎さんが乗務する飛行機に乗りに来てくださいね!』

ついにミシッとスマートフォンが音を立てた。

「わー!佐倉さん、スマホが砕けます!」 

伊沢が慌てて大和の手を止める。

動画が終わってもワナワナした様子の大和に、伊沢が声を潜めて話し出す。

「佐倉さん、もう周りに言った方が良くないですか?恵真とつき合ってる事を」
「でも倉科さんは、お前とつき合ってると思い込んでるのに、恵真を落とそうとしてるんだぞ?」
「それは相手が俺だと勘違いしてるからですよ。ペーペーのコーパイからは簡単に奪えるだろうって。佐倉さんがお相手だと分かれば、さすがに諦めると思いますよ?」
「そうは思えない。相手が俺でもあの人には関係ないよ」

すると黙って聞いていた野中が、うーん…と腕を組む。

「でもさ、抑止力にはなるんじゃないか?周りの目も気になるだろうし。もう大々的にお前は藤崎ちゃんとつき合ってるって知らせた方がいいと俺も思う」
「俺もそうしたいです。でも恵真が…。俺の職場での立場を考えたらまだ言いたくないと。そんな事はどうでもいいと言ったんですが、俺としてはやはり誰かが恵真に心ない言葉をかけるかもしれないのが心配で…。恵真はまだ20代のコーパイで、立場としては弱いですから」
「あー、確かにな。お前を狙ってる子は社内に3ケタはいる。藤崎ちゃんとの仲が知れたら、まあ面と向かって嫌味を言ったりする人はいないと思うけど、コソコソ陰口を言われたりはするかもな」
「3ケタなんて、まさかそんな」
「いーや、いる。それにお前は、機長としても我が社のホープだ。上の人達も注目するだろうな、お前がどんな相手を選んだのかって。藤崎ちゃんにしてみれば、かなりのプレッシャーだよ。でも俺はお前達のこと、お似合いのカップルだと確信してるけどね」

俺もです、と力強く頷く伊沢に、大和はありがとうと頬を緩める。

「とにかく、二人でもう一度話してみたらどうだ?」
「はい、そうですね」
「何かあったら、いつでも相談に乗るから。な?伊沢」
「はい。俺なんかで役に立つなら、何でも言ってください」
「ありがとう、伊沢。野中さんも、ありがとうございます」

大和は心からお礼を言って、二人に頭を下げた。



だがそれからしばらくしても、大和は恵真に話を切り出せないでいた。

相変わらずすれ違いが多く、なんとか夕食だけは一緒に食べるのだが、落ち着いて話をする暇はなかった。

(それにどう切り出せばいいかも分からない)

悩んでいる間に海外フライトもあり、気づけば時間だけが過ぎていく。

そんなある日、ブリーフィングを終えてシップに向かう途中、遥か前方に恵真の後ろ姿を見つけた。

(あんなに離れてるのに、すぐに恵真だと分かるなんて。我ながら凄いな)

妙な事に感心しつつ、人波に紛れる恵真を目で追う。

機長と並んで、時折話をしながら歩く真剣な恵真の横顔を見つめていると、ふと同じ様な視線を感じた。

(誰かが恵真を見ている?)

あちこちに目を走らせると、壁際でスマートフォンを構えている、ひょろっとした痩せ型の男に目が留まった。

何度もシャッターを切って写真を撮っている、その男の視線の先を追うと…。

(まさか!あいつ、恵真を?!)

隣のコーパイに「悪い、先に行っててくれ」と告げると、大和は壁に沿って男に近づいていった。

男が目の高さに上げているスマートフォンの画面をうしろから確認すると、ズームでアップにされた恵真が写っていた。

大和の頭にカッと血が上る。

「お客様、いかがなさいましたか?」

必死で自分を落ち着かせようと、両手をグッと握りしめながら声をかけた。

「え、あ、いや、何も」

男はしどろもどろになる。

「何かお困りでしたら、スタッフをお呼びしますが?」
「いえ、大丈夫です…」

それは困るとばかりに、男はそそくさと去っていった。

はあ、と大きく大和はため息をつく。

(やはり何とかしなければ。一刻も早く)

大和は唇を噛みしめてから、足早にシップに向かった。



「え?藤崎さんを?」

その日の乗務を終えたその足で、大和は広報課の川原に話をしに行った。

「はい。隠し撮りしている男がいました。おそらくSNSの影響かと」
「ええ!そんな…」

川原の顔がみるみる青ざめる。

「確かにあの二人の記事は反響が大きかったけれど、でも、そんな。隠し撮りする人まで出てくるなんて…」
「充分あり得る事だと思います」

大和の深刻な表情に、やがて川原も頷いた。

「そうですね、分かりました。実はまたあの二人のインタビュー動画を撮影しようという話が上がっているのですが、私から取り止めをお願いしておきます」 
「ありがとうございます。既に公開されているものについては、削除出来ませんか?」

すると、うーん…と川原は考え込んだ。

「私の一存では…。しかもあのコンテンツは、多くのお客様から高評価やコメントを頂いています。それも削除する事になってしまうので、難しいですね」
「ですが、このままではまた同じ様に彼女は狙われるかもしれません」
「そうですよね。広報課の課長に報告して、至急対策を考えてもらいます」
「お願いします。それと、しばらくは警備の方に対応をお願い出来ませんか?」
「分かりました。藤崎さんが空港内を移動する際は、警備員が近くに付くよう手配しておきます」

よろしくお願いします、と大和は深々と頭を下げた。



「恵真、少し話をしてもいいかな?」

夕食のあと、大和は恵真とソファに並んで座り、話を切り出した。

「お話…ですか?何でしょう?」
「うん、あの」

大和は少し考えてから、顔を上げた。

「恵真。俺達がつき合っている事を周りの人に報告しようと思う」
「ええ?それは、なぜ?」
「オフィスでコソコソしたくないんだ。それにいずれは分かる話なんだし。誰かの口から広がる前に、自分の言葉で知らせておきたいと思って」

本音を言うと、恵真を誰にも近づけたくなかった。

SNSの影響で、あんなふうに恵真が盗撮されてしまった事は本人には言えない。
そして、倉科が恵真を狙っている事も。

どちらの件も、今は直接どうにも出来ないが、だからと言ってこのまま黙って見過ごすのも嫌だった。

「恵真。これからはオフィスでも俺に君を守らせて欲しい。出来れば俺の目の届くところにいてくれないか?出来るだけ一緒にいて欲しい」

すると恵真は、すぐさま首を振った。

「いいえ、それは出来ません。大和さんは、教官や監査の方でさえも一目置く、優秀なキャプテンです。それなのに、未熟者のコーパイの私といつも一緒にいたのでは、大和さんへの評価が下がります。私は絶対にそんな事はさせられません」
「恵真、俺のことはいいから。俺は恵真が心配なんだ」
「なんと言われてもダメです。大和さんに迷惑をかけるなんて、私は絶対嫌です」

二人のやり取りは、だんだんヒートアップする。

「迷惑だなんて、俺がそんなふうに思う訳ないだろ?」
「でも結果的には、大和さんにとって良くない状況になるんです」
「恵真と一緒にいる事が、俺にとって良くない?本気でそんな馬鹿な事を思っているのか?」
「馬鹿な事じゃないです!だって、大和さんにはもっと相応しい方がいるんじゃないかって…。私、いつも不安だったんです。そういう方とおつき合いすれば、大和さんはますます評価されるかもしれないのにって…」

とうとう恵真の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「私は、大和さんの足かせになりたくないの…」
「恵真…」

大和はぎゅっと恵真を抱きしめる。

「何を言ってるんだ?俺が恵真と一緒にいたいと思ってるんだよ?」
「でも周りの人に、私は大和さんに相応しくないって思われたら…」
「誰が何と言っても、恵真は俺にとって最高の彼女だよ。他の人なんて考えられない」
「大和さん…」

恵真がおずおずと大和の背中に両手を回す。

「ね?だからみんなに言わせて。恵真は俺のものだー!って」
「それはダメ」

は?と、大和は呆気に取られる。
今の流れで、また断られるとは思っていなかった。

「えっと、恵真?弱々しくすがりついてきたと思ったのに。なんでそんなにきっぱり、急に豹変するの?」
「だって、ダメなものはダメなんです」
「そ、そんな…」

大和は瞬きを繰り返す。

「恵真、頑固にも程があるぞ?」
「大和さんだって、いい加減諦めてください」

信じられないとばかりに、大和はまじまじと恵真の顔を見る。

(え?さっきポロポロ泣いてたよな?あれは幻か?)

大きな瞳でキリッと自分を見つめてくる恵真に、とうとう大和は吹き出して笑い始めた。

「や、大和さん?」
「あはは!降参。分かったよ。ほんとに恵真は頑固だな。可愛くて泣き虫で、か弱いのに急にかっこよくなるし。もう最高だよ!」

しばらくお腹を抱えて笑い続ける大和に、恵真はキョトンとするばかりだった。
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