Good day ! 2

葉月 まい

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倉科のアプローチ

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「お疲れ様、伊沢くん。ちょっといいかな?」

その日の勤務を終えて着替えた伊沢は、更衣室を出た所で意外な人物に声をかけられた。

「倉科さん?!」

モデルのようなスタイルの倉科が、ラフな私服姿で壁に寄りかかっていた。

一体自分に何の用だろうと思いながら、休憩室に連れて行かれる。

「えっと、コーヒーでいいかな?」
「あ、自分がやります」
「いいから、座ってて」

倉科はコーヒーを入れた紙コップをテーブルに2つ置くと、ゆったりとした仕草で椅子に座る。

「どう?乗務の方は。困った事とかない?」
「いえ、特に」 
「そう。君とは一度も一緒になった事はないけど、何かあったらいつでも声かけて」
「ありがとうございます。でも、あの…」 

ん?なに、と倉科は顔を上げる。

「そんな事の為にわざわざ俺を呼び止めたんじゃないですよね?何のお話でしょうか?」

倉科は、ふっと笑う。

「まあそう焦らなくても。まずはゆっくり君と話して、どんな人なのか知りたかったんだ。でも、なるほど。真っ向勝負がお好みなんだね。じゃあ遠慮なく」

そう言って正面から伊沢に向き合う。

「単刀直入に言う。俺は藤崎 恵真ちゃんが好きだ。必ず彼女にしてみせる」
「なっ…!?」

伊沢は言葉を失って目を見開いた。

「君が彼女とつき合っていても関係ない。本気で口説かせてもらう。正々堂々と勝負させてくれ」

ただそれを伝えたくてね、と言うと、飲みかけのカップを手に立ち上がる。

「それじゃあ」

何も言い返せず、ただ呆然とその場に座ったまま、伊沢は倉科を見送った。



「こずえ、悪い。夜遅くに」
「いいよー。何?どした?」

あれからしばらく動けずにいたが、ようやくヨロヨロと立ち上がり、帰宅した時には夜の10時を過ぎていた。

一人で気持ちを持て余し、迷いながらも伊沢はこずえに電話をかけた。

いつもの明るいこずえの声を聞くだけで、伊沢はホッと安心する。

「前にさ、こずえが話してただろ?恵真が撮影でスカーフ着けるって」
「ああ、うん。SNSに載せる写真でしょ?キャプテンと一緒に撮るって」
「そう、それ。その時のキャプテン、めちゃくちゃモテる人なんだけどさ。今日仕事上がりに、その人に呼び止められたんだ。で、いきなり言われた。恵真を本気で口説かせてもらうって」
「…は?」

こずえは素っ頓狂な声を出す。

「ちょ、な、何がどうなってるの?なんでそのキャプテン、伊沢にそんな事を?」
「俺と恵真がつき合ってると勘違いしてるらしい。1年前の噂をまだ信じてるんだと思う」 
「はー、そういう事か。それであんたに宣戦布告をね。ってそれ、完全に巻き込み事故じゃない。もうー!何やってんのよ、あんたは!」

は?俺?!と、今度は伊沢が声を上げる。

「なんで俺が責められるんだよ?」
「当たり前でしょ?どうしてそんな事をあんたが悩まなきゃいけないのよ。俺は関係ねー!!って叫べば良かったじゃない。なのになんで、そんな深刻そうに悩んでるのよ?」
「え、そ、それはだって。関係ねー!って叫んだら、ますますそのキャプテンは恵真に近寄るだろ?だからって、実は恵真は佐倉さんとつき合ってます、なんて言えないし」

するとこずえは、あからさまにため息をついた。

「伊沢!あんた、人の悩みまで抱えてどうすんの!お悩み相談所か?お金もらってるのか?違うでしょ!もう、お人好しにも程があるわよ。底なしか?ボトムレスか!」
「ぶっ!ボトムレス コーヒーみたいに言うな」
「だってそうでしょ?!この、おかわり自由のボトムレスお人好し!!」

こずえは、はあはあと息を切らせて叫ぶ。

「なんだよ、慰めてくれるのかと思ったのに」
「バカもたいがいにしな!伊沢、あんた恵真に失恋してまだ立ち直れないってのに、なんでその恵真と彼氏の悩みまで引き受けちゃってんのよ。あんた脳みそある?」
「ひっでー!落ち込むなあ」
「でしょ?!落ち込むでしょ?腹が立つでしょ?それが普通なのよ。あんたは今、半年前の失恋を引きずってボロボロなのに、更に謂れのない攻撃までされて、ボロッカスなのよ?それ、自覚してる?」

え?と、伊沢はこずえの言葉を頭で考える。

「俺、ボロッカスなのかなあ」
「ボロッカスよ!だから私に電話してきたんでしょ?」
「ああ、うん。一人でどうにも出来なくて、誰かに聞いて欲しくて。こずえしか思い浮かばなかった」

そう言うと、ふいに涙がこみ上げてきた。
驚いて慌てて目元を拭う。

「伊沢。あんたさ、まずは自分を大事にしな。職場が同じだから難しいかもしれないけど、恵真のことは考えないでさ。ほら、なんか楽しい事とかないの?趣味とか」

趣味ー?と伊沢は、眉をひそめる。

「えー?そんなのないわ」
「もう!この飛行機バカ!」
「それはお前もだろ?」
「仕方ないじゃない。パイロットは基本、飛行機バカなんだから」
「ほら見ろ。じゃあ俺だって仕方ないもんね」
「でも私はあんたみたいな、ボトムレスお人好しじゃないもーん!」
「変なあだ名付けるな!」
「ふん!悔しかったら卒業してみせなさいよ、その筋金入りのお人好しを!彼女作ってルンルンな日々を送ってみせなさいよ!」
「あー、分かったよ。報告の電話、楽しみにしてろよ」
「言ったわねー。じゃあ次は幸せいっぱいで電話してきなさいよ!」
「おう!望むところよ!」

鼻息荒く、伊沢は電話を切る。
妙に身体にパワーがみなぎっているのを感じて、思わず苦笑いした。

「よっしゃー!俺も幸せ見つけてやろうじゃないの!」

部屋で一人、ガッツポーズをして気合いを入れた。



9月に入ってすぐ、恵真は倉科と共に上海往復のフライトを担当する事になった。

大型の台風が近づいている影響で、離発着はもちろん、巡航中も常に気を抜けない厳しいフライトになる事が予想される。

羽田を離陸したあともレーダーや計器類を常にチェックし、無事に上海に下り立つと、すぐにまた復路のブリーフィングを行う。

「最新のウェザーがこれか…。うーん、雨風どちらも強いな。視程もかなり悪い。ゴーアラウンドやダイバートの可能性がある事も、乗客にPAで早めに伝えておこう」
「はい」

返事をした恵真は、ふと倉科の様子が気になって声をかける。
 
「キャプテン、どうかしましたか?」
「ん?何が?」
「いえ、少し顔色が優れないような気がしまして…」
「そう?特に変わりないよ」
「そうですか。それなら良かったです」
「うん、心配ありがとう。台風の季節は気圧の変化で体調崩しやすいから、恵真ちゃんも気をつけてね」
「はい」

時間になり、二人はシップに乗り込む。

「Before Takeoff Checklist is completed」
「Roger」

離陸に向けて誘導路を移動しながら最終確認を行い、やがて管制官から離陸の許可が伝えられた。

「J Wing(ジェイウイング) 860. Wind 110 at 5. Runway 35 Right. Cleared for take off」
「Runway 35 Right. Cleared for takeoff, JW 860」

PM(Pilot Monitoring)を務める恵真がリードバックし、倉科が操縦桿を握って無事に離陸した。

「羽田、既に6機がゴーアラウンドしています。現在上空に12機が旋回中との事です」
「うーん、やっぱり厳しそうだね」

自社から最新の情報を聞き、恵真と倉科は気を引きしめる。

やがて羽田空港に近づいたが、他機と同じようにアプローチの列に並び、速度や間隔を調整しながらひたすら順番を待つ。

恵真はもう一度倉科の様子をうかがった。

(やっぱりどこか気になる。なんだか少し息苦しそう?)

肩で息をしているように見えるが、もしかしたら厳しいランディングを前に緊張感が高まっているだけなのかもしれない。

うーん、と恵真はしばし考えてから、今はただランディングに集中する事にした。

ようやく順番になり、管制官から着陸の許可が伝えられた。

「よし、行こう」
「はい」

二人で気合いを入れ直す。

高度を下げると、いきなり横風に煽られた。

「くっ…」

思わず倉科が声を漏らして、操縦桿を握りしめる。
横なぐりの雨で滑走路も見えにくい。

恵真は冷静に計器を見ながらコールする。

「Approaching minimum」
「Checked」
「Minimum」 
「Landing」

なんとか風に対抗しながら機体が滑走路に差し掛かった時、急に強い横風が吹きつけ機体が左に流された。

(ダメだ)

恵真がそう思うのと同時に、倉科が告げる。

「Go around」
「Roger. Go around」

機体は再び上昇し、Missed Approach Courseへと向かう。

恵真は管制官と交信しながら、もう一度倉科の様子を注意深くうかがった。

(やっぱりいつもと違う。体調が良くないのかも?)

飛行が落ち着いてから、倉科はキャビンの乗客へ着陸をやり直す旨をアナウンスしているが、どこか苦しげに息切れしているようだった。

「キャプテン、少し失礼します」
「え?」

恵真はアナウンスを終えた倉科に手を伸ばし、額に触れた。

「ど、どうしたの?」

驚く倉科に、恵真は真剣な表情で口を開いた。

「キャプテン、熱があります」

えっ!と倉科は絶句する。

「そんな事ないよ。気のせいじゃない?」
「いいえ。手で触れただけですが、かなり熱いです。それに先程のPAも息苦しそうでした。ご自分でもそう感じたのではないでしょうか?」

すると倉科は、少し考え込んだ。

「確かに息は上がってるかも。でも操縦は普段通りに出来てる感覚だよ」 
「キャプテン。私がPFを代わります」
「えっ?!それは…」

倉科はためらう。
恵真の操縦技術はかなりのものだが、ここまで悪天候下だとさすがにコーパイにPFはさせられない。

「いや、このまま俺がやるよ」

そう言って前を向く倉科に、恵真は再び冷静に声をかけた。

「キャプテン。ランディングの瞬間に、急に目眩がしたらどうしますか?頭がボンヤリして判断が遅れたり、身体がすぐに反応しなかったら?」
「そんな事は…」
「ないと言い切れますか?」

倉科は言葉に詰まる。

「私がPFを務めます」
「でも、いくら君が優秀とは言え、この荒天で君に操縦を任せるのは…」
「キャプテン。私が全てを任される訳ではありません。キャプテンのPMが必要です。二人で協力し合って最善を尽くし、必ずお客様の安全をお守りする。それが私達パイロットのやるべき事ですよね?」

恵真の言葉にじっと耳を傾けたあと、倉科は頷いた。

「分かった。俺がサポートする。二人で協力してやろう」
「はい。お願いします」
「You have」
「I have」

恵真は気を引きしめ、冷静に操縦桿を握った。



同じ頃、ソウルから羽田へのフライトに大和は伊沢と乗務していた。

荒天に注意深く対策を練る。

「霧で視程も悪く、雨も風も強いですね」
「この様子だとダイバートもあり得るな。燃料との戦いもある」
「そうですね。今、上空に待機しているのは15機。何度も着陸を試みる余裕はなさそうです」

長い間待たされ、そろそろか?と思ったその時、一つ前の先行機に管制官が着陸の許可を伝えるのが聞こえてきた。

「JW 860. Runway 22. Cleared to land. Wind 190 at 32」
「Runway 22. Cleared to land. JW 860」

ん?と大和は首をひねる。

「うちの860便って、上海からだよな?」
「そうです。あれ?ひょっとして、今日恵真が乗ってますか?」
「ああ。でも今のリードバックの声…、倉科さんじゃなかった?」
「確かに。えっ?!それって…」

まさか、恵真がPFを?!

無言で互いに顔を見合わせる。

思わず身を乗り出して目を凝らすが、当然確認する事は出来ない。

(恵真!)

大和はただひたすら、心の中で無事を祈る。

長い時間に感じられたが、実際は数分だっただろう。

やがて管制官から自分達へ、先行機が無事に着陸したと告げられた。

「JW 866. Preceding traffic touch down. Runway 22. Cleared to land. Wind 190 at 32」

やった!と叫んだあと、伊沢はリードバックする。

「Runway 22. Cleared to land. JW 866」

(よくやった、恵真…)

大和は思わず胸元を掴んでホッと息を吐くと、気持ちを入れ替えて前を見据えた。

「Cleared to land. 伊沢、行くぞ!」
「はい!」

高度を下げると共に、強烈な雨と風に晒される。

「ランウェイ、まだ見えません」
「焦るな、必ず見える。恵真が下りたんだぞ?俺達が下りなくてどうする」
「はい!」

そうだ、恵真が下りたんだ。
自分が下りなくてどうする。

大和は沸々と勇気が湧いてくるのを感じた。

「Runway in sight」
「Roger」

「Approaching minimum」
「Checked」
「Minimum」 
「Landing」

横風が強いが、クロスウインドランディングなら自信がある。

何度も恵真とシミュレーションしたんだ。
きっと恵真も…

ゴツッ!と風上側のギアが接地する。
少し片輪で走ってから、滑走路に機首を正対させて風下側のギアも接地させた。

「Speed brakes up」
伊沢がコールする。

ノーズギアもしっかり接地し、水しぶきを上げた機体はスラスト・リバーサーで一気に減速していく。

「Reverse normal」

やがて伊沢が「Sixty」とコールし、大和はレバーを戻した。
 
機体は減速し、地上を走行して無事にゲートに到着した。

「ナイスランディング。お疲れ様でした」
「お疲れ様」

二人はホッと肩の力を抜く。

あとは…。
ただ恵真に早く会いたかった。



シップを降り、オペレーションビルに入った所で、大和達は前方に恵真のうしろ姿を見つけた。

フライトバッグを2つ持ち、隣の倉科に寄り添って時折様子をうかがうように歩いている。

「佐倉さん。俺が倉科さんを」
「ああ、悪い」

伊沢が駆け寄り、恵真に声をかけた。
フライトバッグを1つ受け取ると、倉科の腕を支えながら歩き出す。

立ち止まって見送っている恵真に、大和は足早に近づいた。

「恵真!」

恵真が振り返り、大和を見てにっこり微笑む。

「佐倉さん、お疲れ様で…」

言葉を続けられなかったのは、大和がぎゅっと恵真を抱きしめたからだった。

「あ、あの、佐倉さん。こんな所で…」
「恵真、良かった。本当に良かった…」

恵真の頭を抱き寄せて、何度も呟く。

「は、はい。では一旦この辺で」

そう言って恵真は、グイッと大和の胸を押して離れた。

「ちょ、恵真?」
「佐倉さん。事情をお話しますから、歩きましょう」

真顔でそう言うと、くるりと向きを変えて歩き出す。

慌てて肩を並べた大和に、恵真はいきさつを説明した。

「そうか、倉科さんが…」
「はい。幸いそこまで酷くなさそうですし、明日はオフだそうですから、ゆっくり休めば大丈夫ではないかと。ただ、監査室で少し事情は聞かれるそうです」
「なるほど、分かった」

そして大和は、もう一度恵真を抱きしめようとした。

「佐倉さん、それでは私はここで」

恵真は、するりと大和の腕をかいくぐって逃げる。

(くうー!俺のこの気持ちをどうしてくれるんだ!)

「恵真!帰ったら覚悟しろよ!」

ビクッと恵真が動きを止め、恐る恐る振り返る。

「今夜は朝まで離さないからな」

ニヤリと笑う大和に、恵真は顔を引きつらせた。



2日後。
すっかり熱も下がった倉科は、恵真と共に監査室に呼ばれ、おとといのフライトについてヒヤリングを受けた。

あの日の朝の時点では体調に異変はなかった事から、特にお咎めはなかったが、以後くれぐれも気をつけるようにと念を押される。

「色々悪かったね、恵真ちゃん」

監査室を出て廊下を歩きながら、倉科が申し訳なさそうに恵真に声をかけた。

「いえ。無事に回復されて良かったです。単なる風邪でしたか?」
「ああ。でも機長なのに、体調管理も出来なくて面目ない」
「いえ、そんな」

それにしても…と、倉科は立ち止まって窓の外を見た。

「あの時の空は酷い荒れ様だったな。なのに君は全く動揺もせずに、一発でランディングさせた。恵真ちゃん。君は一体、何者なんだい?」
「え、何者って…」

恵真は思わず苦笑いする。

「普通のコーパイです」
「いや、普通じゃないね。コーパイとしても、一人の女性としても。俺をここまで惹きつけるなんて、君が初めてだ」

そう言うと倉科は恵真に向き直った。

「恵真ちゃん。俺は真剣に君に交際を申し込みたい。俺とつき合ってくれないか?」

恵真は微笑みながら首を振る。

「申し訳ありませんが、お受け出来ません」
「それは、伊沢くんという彼氏がいるからかい?確かに彼は優しそうないい青年だ。だけど君を想う気持ちは俺だって負けてはいない。俺にもチャンスをくれないか?」

恵真は少しうつむいてから、瞳に力を込めて倉科を見上げた。

「いいえ。私がおつき合いしているのは伊沢くんではありません。佐倉キャプテンです」

え…と倉科が目を見開く。

「あの佐倉と?そうなんだ…」

少し怯んだように下を向くが、すぐまた顔を上げた。

「でも相手が誰でも構わない。佐倉から君を奪ってみせる」
「それは無理です」 
「どうして?人の気持ちなんてずっと続く保証はないよ。君だって、いつの間にか心があいつから離れていくかもしれないよ?」

恵真は首を振り、真っ直ぐに倉科に告げる。

「今の私がいられるのは、佐倉キャプテンのおかげです。その私が彼から離れていく事は、自分の人生の半分を、自分で否定する事になります。そしてこの先、佐倉キャプテンと一緒に過ごせないのなら…。それは私が自分の人生を、自分らしく生きられない事になります」

決意に満ちた瞳できっぱりと言い切る恵真に、倉科は言葉を失う。

やがてうつむき、ふっと笑みを漏らした。

「顔に似合わず男前なのは、操縦だけじゃなかったんだ…」

そして大きくため息をつくと、思い出したように話し出す。

「佐倉か…。なるほどね。言われてみれば君の操縦は佐倉に似てる。俺はいつだって、あいつには勝てないんだな。女の子にもてはやされて、教官にも操縦を褒められて、俺はいい気になっていた。誰よりも優秀で、モテるパイロットなんだって。佐倉はそんな俺の遥か上を、涼しい顔して飛び越えていったよ。モテたいとか、褒められたいとか、そんな下心なんて何もなくね」

自嘲気味に笑うと、知ってる?と恵真に聞いてくる。

「中途半端が1番やっかいなんだよ。中途半端にモテる、中途半端に上手い、中途半端に褒められる。結果、中途半端に自信がつく。本当に優秀なやつは、他人の評価なんて気にしない。誰かと比べたりせず、ただひたすら真っ直ぐに、自分の目標を見据えて努力する。佐倉みたいにね」
「はい」

恵真が頷くと、倉科はふっと優しく笑った。

「そしてこんな素敵な女性に愛される。当たり前か…。抜群にかっこいいんだもんな、あいつは」

倉科は手すりに手を置き、空を見上げた。

「俺も下ばっかり見てないで、上を目指さないとな。空はこんなに高いんだし」

恵真も一緒に空を見上げる。

「そうですね。私もまだまだ、上を目指します」

倉科は頷いて、また窓の外に目を向ける。

二人の視線の先には、雲1つない青空が広がっていた。
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