Good day ! 2

葉月 まい

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幸せな時間

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「えー、皆さん。今日はジャンジャン食べてくださいねー。ワタクシ、野中がドーンとおごらせて頂きます」
「やったー!ありがとうございます、野中キャプテン!」

空港に近いホテルのイタリアンレストランで、野中は皆の顔を笑顔で見渡す。

おごりと聞いて、早速伊沢が嬉しそうにメニューを開いた。

今夜は野中が彩乃を皆に紹介したいとの事で、勤務を終えた恵真と大和、そして伊沢も顔を揃えていた。

まずは皆で乾杯する。
グラスを持つと、伊沢が音頭を取った。

「えー、それでは。野中キャプテンと彩乃さんのご婚約を祝して」
「かんぱーい!」

ひと口飲んでから皆で拍手すると、野中は照れたように彩乃と顔を見合わせた。 
 
「いやー、良かったですね、野中さん!」  

伊沢はまるで自分のことのように嬉しそうに言う。

「ああ。色々ありがとな、伊沢」
「あの、私からもお礼を言わせてください。伊沢さん、あの時はお世話になりました。私の為にスタッフの方を探し回ってくださって。本当にありがとうございました」

伊沢は笑いながら、いえいえと彩乃に手を振る。

「野中さんがこんなに素敵な方と婚約されるなんて、もう俺も嬉しくて!大変だったんですよ、野中さん。彩乃さんにメールするのに、中学生みたいにモジモジして」

おい、伊沢!と止める野中を尻目に、まあ、そうなんですか?と彩乃が尋ねる。

「そうなんですよ。人格変わっちゃうし、俺にすがってくるのが不気味で…。ほんとに大変でした」

ふふふ、と彩乃は楽しそうに笑う。

「伊沢ちゃん?あとで覚えておきなさいよ?」

野中が、口元だけはにっこりしたまま伊沢に睨みを利かせる。

「なんて楽しそうなのかしら。パイロットの皆さんって、こんなに仲良しなんですね」
「そうなんです!仲良しなんですよ、ね?野中さん」
「伊沢ちゃん?コノヤロー」

またもや野中が、にこにこしながら伊沢に悪態をつく。

あはは!と彩乃は声を上げて笑った。

食事もそこそこに、彩乃は身を乗り出して質問する。

「恵真さんって、本当にパイロットなんですか?CAさんではなくて?」
「あ、はい。一応、パイロットです」

一応~?と、野中と伊沢が声を揃える。

「彩乃さん。彼女はね、ゴリゴリのパイロットなんだよ」
「そうなんです。ゴリゴリのバリバリなんですよ」

途端に恵真は、むっとしたように口をとがらせる。

「ちょっと!野中さんも伊沢くんも。私はゴリラじゃありません!」

すると誰よりも大きな声で、あはは!と笑い出したのは大和だった。

「大和さん!!」

恵真は頬を膨らませて睨む。

「ははは!ごめん、恵真。想像したらおかしくて」
「想像?!それってゴリラの私をってこと?」
「うん。可愛くてさ、あはは!」
「もう!大和さん!」

皆もつられて笑い出し、恵真はますますむくれた。

ようやく笑いが収まると、彩乃は野中に話しかけた。

「ねえ、真一さん」

ゴホッ!と、他の三人が一斉にむせ返る。

「し、真一さん?!」
「なんだよ。別に普通だろ?」

野中は顔を真っ赤にしながらボソボソと呟く。

「うわー、色々新鮮!」
「何がだよ?あ、伊沢。お前、この事はくれぐれも職場で言うなよ」
「分かってますよ、真一キャプテン」
「アホ!お前はもうー!!」
「あはは!やったね。これで当分、俺には優しくしてくれますよね?真一キャプテン」

弱みを握ったとばかりに、伊沢はニヤリと野中に笑いかける。

「こいつー!覚えてろよー!」
「ねえ、真一さん」
「あ、うん。何?」

鬼の形相で伊沢を睨みつけていたのに、彩乃が声をかけるとコロッと表情を変える。

そんな野中に、大和と恵真は顔を見合わせながら笑いを堪えていた。

「私達の披露宴の司会、伊沢さんにお願い出来ないかしら?」 
「え?この生意気小僧に?」
「まあ、そんなことないでしょう?伊沢さんは、私達が初めて会った時から、色々助けてくださったんだもの」
「うん、まあ…。そうだけど」
「真一さんが私にメールを送ってくれたのも、伊沢さんのおかげなんだし。ね?私はぜひ伊沢さんにお願いしたいの。いいでしょ?」

ああ、うん、と野中が頷くと、彩乃は伊沢に向き合う。

「伊沢さん。お願い出来ないでしょうか?」
「えー?俺、披露宴の司会なんてやった事ないし…」
「大丈夫です。そんなに堅苦しく考えないで、今みたいに楽しくお話してくだされば。ね?真一さん」
「んー、そうだな。俺からも頼むよ。なんだかんだ、伊沢が1番俺と彩乃さんの事を知ってるもんな」
「えー、でも。責任重大だなあ」

決心がつかずに迷う伊沢に、恵真が声をかける。

「伊沢くんなら大丈夫だよ。普段のままの伊沢くんでいいと思うよ。ね?大和さん」
「ああ。お前なら楽しく盛り上げられる。ま、話に詰まったら、野中さんの秘密の1つや2つ、暴露すればいいだけだよ」

おい、佐倉!と野中が咎める横で、それいいですね!と伊沢が乗り気になる。

「じゃあ、喜んでお引き受けします!」
「わあ!ありがとうございます!伊沢さん」
「伊沢ー、頼むぞー?色々、ほんとに頼むぞー?」

笑顔の彩乃の横で、野中は拝むように両手を合わせる。

その様子に、皆はまた笑い出した。

「でも良かった。私、今日皆さんにお会いして、本当にホッとしました」

彩乃がしみじみと話し出す。

「パイロットの世界って、全く想像つかなくて。真一さんは素敵な方だけど、他の方はどうなんだろう?私にパイロットの妻が務まるのかしら?って、不安だったんです」

彩乃…と、野中が驚いたように呟く。

「でもこんなにも皆さんいい方ばかりなんですね!私、皆さんとお知り合いになれて本当に嬉しいです。どうかこれからも、よろしくお願い致します」

頭を下げる彩乃に、恵真がにっこり笑いかけた。

「こちらこそ。野中さんの素敵なフィアンセにお会い出来て、私も嬉しいです。野中さんにはいつもお世話になっていたので、少しでも恩返しがしたいと思っていました。彩乃さん、何かあればいつでも相談してくださいね」
「ありがとう!恵真さん。お言葉に甘えて色々聞いちゃうかも」
「はい。色々聞いちゃってください」

二人が微笑み合うのを、男性陣も笑顔で見守っていた。



「はー、楽しかったなあ」

美味しいイタリアンとおしゃべりを堪能し、気分良く帰宅した伊沢はソファにボフッと身体を預ける。

(久しぶりだな、こんなに気持ちが明るいのは。あ、そうだ!)

思い立って、こずえに電話をかける。

「おーい、こずえ。元気かーい?」
「おっ!伊沢?なに、ご機嫌じゃない」
「そうなんだよー。ほら、今度は幸せいっぱいに電話してこいってお前に言われただろ?だからこの幸せを報告しなきゃと思ってさ」
「おー!やったね、伊沢!なになに?なんでも聞くよー」
「今日さ、例のメールの件の野中キャプテンが、婚約者の人を紹介してくれたんだよ。恵真と佐倉さんも一緒でさ、みんなで食事したんだ。いやー、楽しかったなあ。野中さんは彩乃さんとラブラブだし、恵真も佐倉さんと仲良さそうで」

…は?とこずえが怪訝そうに言うが、伊沢は気にならなかったらしく話を続ける。

「それでな、俺、野中さんと彩乃さんの披露宴で司会する事になったんだよ。あー、緊張するなあ。上手く出来るかなー?職場の先輩や上司だって来るだろうし。でもお二人の為に頑張らなきゃな!」

しばし沈黙が広がる。

「もしもし、こずえ?聞いてる?」
「聞いてる。っていうか、呆れてる」
「へ?なんで?」

するとこずえは、はあーと大きくため息をついた。

「あのさ、私はあんたが幸せになったっていう報告を待ってるの。なのに、何なの?その話」
「何って…。幸せな話じゃないか。野中さんも彩乃さんも、それに恵真と佐倉さんだってラブラブでさ」
「だから、あんたは?!」
「俺?いやー、良かったなあって」

こずえはもう怒り心頭とばかりに、バカ!と叫ぶ。

「は?なんだよ、バカって」
「バカにバカって言って何が悪い!あんたのボトムレスお人好しも、まさかここまでとは思ってなかったわ。もはや底なし沼か?」
「ちょっ、なんだよ?何が言いたいんだよ?」
「人の悩み事を一緒に抱えて悩むだけじゃなくて、人が幸せになればそれだけで自分も満足するなんて…。あんたね、自分を粗末にし過ぎよ?私はあんたに自分の幸せを見つけろって言ってんの!その報告を待ってんの!」

そう言うと、更に声を大きくする。

「はい、やり直し!Go around ! 顔洗って出直してきな!」
「ちょ、こ、こずえ?」

プツリと切れた電話に、伊沢はしばし呆然とする。

(なんだよ、あいつ。せっかく俺だって楽しんでるぞって知らせたのに)

自分の幸せを見つけろって、あんなに怒るなんて…

伊沢は首をひねるばかりだった。



同じ頃、明日の早いShow Upに備えて、恵真は早々にベッドに入っていた。

大和も隣で横になり、恵真を腕枕で抱き寄せる。

「幸せそうだったなあ、野中さんと彩乃さん。お似合いでしたね」
「ああ、そうだな。あんなにデレデレしてる野中さんは初めて見たよ」
「ふふ、本当に。野中さんと彩乃さんも、私達と同じ8歳違いなんですって」
「へえ、そうなんだ。彩乃さん、恵真と気が合いそうだったね。そう言えば野中さんが、恵真がロンドンで選んでくれたプレゼントに、彩乃さんが凄く感激してたって」
「そうなんですね?良かった」

嬉しそうに微笑む恵真の髪を、大和は優しくなでる。

「何を選んだの?そのプレゼント」
「えっとね。オルゴール付きのジュエリーボックス。星空みたいにスワロフスキーがキラキラしてて、オルゴールも私の好きな曲なの。野中さんから彩乃さんのイメージを聞いて、これなら喜んでもらえそうかな?って思って」
「恵真の好きな曲?」
「そう。『ラベンダーズ ブルー』っていう、17世紀からイギリスに伝わるマザーグースのうちの1つなんです。お母さんが子どもに口ずさむ子守唄」
「へえ、歌ってみて?」
「えっ、やだ!恥ずかしいもん」

恵真は顔を赤くして大和から離れようとする。

大和はグッと恵真を抱き寄せてささやいた。

「お願い。ちょっとだけでいいから。ね?」

優しく微笑むと、恵真はぽーっと大和に見とれてから、はにかんでうつむく。

「じゃあ、ちょっとだけね?」
「うん」

恵真は大和に身を寄せてから、小さく口ずさみ始めた。

「Lavender's blue, dilly, dilly, lavender's green.
When I am king, dilly, dilly, you shall be queen.
Who told you so, dilly, dilly, who told you so?
'Twas my own heart, dilly, dilly, that told me so」

澄んだ声で可愛らしく歌う恵真にうっとりしていると、やがてすうーっと寝息が聞こえてきた。

「ん?恵真?」

大和は我に返って恵真の顔を覗き込む。

幸せそうな笑みを浮かべてスヤスヤと眠る恵真に、思わず大和は笑い出す。

(子守唄を歌って自分が寝ちゃうなんて…。なんて可愛いんだ)

「おやすみ、恵真」

大和は微笑みながら、恵真の額にそっとキスをした。
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