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思わぬアクシデント
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「クララー、おはよう!」
カマイルカのクララに声をかけながら、心は朝の体調チェックをする。
(体温も正常、うん!今日も元気そうね)
にっこり笑ってクララの体をなでていると、スーッと音もなくバンドウイルカのルークが、クララの後ろを横切っていく。
心と目が合った瞬間、ルークがニヤリと笑った…ような気がした。
(マズイ!)
心がそう思うのと、ルークがチャポンと水中に潜るのが同時だった。
慌てて立ち上がり、その場を離れようとした瞬間…。
バシャーン!!
ルークがわざと水しぶきを上げるように派手にジャンプし、心は頭からザバーッとプールの水を浴びた。
「ル、ルークー!!」
ずぶ濡れで叫ぶ心の前を、ケケケケ!と笑いながらルークが泳いでいった。
「まったくもう!よりによって朝っぱらから、なんでこんなにずぶ濡れに…」
ブツブツ言いながらタオルで頭を拭いていると、後ろから、久住ーと、桑田の声がした。
「お前、同窓会の幹事って言ってたけど、肝心の同窓会はいつなんだ?シフト調整するから、日程決まったら…って、なんでそんなにびしょ濡れなんだ?」
心は唇を尖らせて、チラリとルークを見る。
「はあー、お前またルークにやられたのか?お前くらいだぞ?ルークにナメられてるのは」
「べ、別にナメられてなんか…」
「いーや、ナメられてる。イルカの知能指数って凄いんだからな。それにルークは、人を見る目があるからねー」
しみじみと言う桑田に、心はますます頬を膨らませる。
「イルカの知能指数って、人間の6歳前後じゃないですか!」
「そうそう、お前と同い年だな」
「私の方が20歳も上です!」
「それは実年齢だろ?知能指数はルークと同じくらいじゃないか?」
えっ…、と心は真顔になる。
「そ、そうか。実際の年齢と知能指数はイコールじゃないんですね?じゃあ私、何歳くらいなんだろう…。ルークより下なのかな」
ブハッと桑田は吹き出して笑い始める。
「お前、そんなこと考える時点で既にルークより下だぞ?しっかりしてくれよ。ルークがショーの最中に、しれーっとサイン無視してジャンプしてくれなくなるぞ」
うぐっと心は言葉に詰まる。
「ほら、がんばって知能指数上げろよ!」
桑田にポンと肩を叩かれ、心は、はあーとため息をついた。
*****
同窓会の準備は、着々と進んでいた。
皆にメッセージを送り、お店はここでいいか?と紹介すると、次々といいね!の返事が来る。
料金についても、こんな値段でいいのー?嬉しい!と喜ばれた。
(よし!じゃあ、お店と日程はこれで決まりね。あとは何かあるかなー?)
うーん、と少し考えてから、心は愛理にメッセージを送った。
*****
「それで愛理に相談したら、高校時代の写真や動画を上映したら?って」
「へえ、いいかも」
「でしょ?卒業アルバムの写真と、あとは愛理もいくつか動画持ってるって。体育祭とか文化祭とかの」
「そうなんだ!じゃあ俺も、慎也に聞いてみるよ」
「うん、お願い」
同窓会で、ただ皆でおしゃべりするフリータイムだけっていうのもなあ…と、心は愛理に相談してみた。
すると、当時の写真や動画をプロジェクターで見るのも楽しいんじゃない?と言われ、早速昴に話してみたのだった。
メッセージのやり取りだと打つのも面倒で、最近は直接電話で話していた。
「それで、写真や動画が集まったらどうするの?編集は?」
昴の問いかけに、心はちょっと考え込む。
「とりあえず、私がやってみようと思ってるんだ。難しいことは出来ないけど、何かいいアプリとかあれば何とかなるかなって。色々調べてみるね」
それなら、と昴が言う。
「俺で良ければやろうか?仕事柄、プレゼン用に動画作ったりするからさ。うちのパソコンに動画編集ソフトをインストールしてあるんだ。有料のやつだから、割とちゃんとしたのが簡単に出来るよ」
「えっ、いいの?!」
「もちろん!」
「でも、伊吹くん忙しいんじゃないの?時間ある?」
ははっと、昴は明るく笑う。
「久住、いっつもそう言うけど、一体誰から聞いたんだ?俺、別に24時間働いてる訳じゃないぞ?」
「あ、そうなの?」
「当たり前だろ!単に、海外出張が多いってだけだ。でもそれも、最近は落ち着いてるから、家でのんびりする時間もあるよ」
そうなんだ、と心は納得し、編集をお願いすることにした。
「じゃあ、写真や動画は伊吹くんに送ればいいかな?」
「うん、それでもいいけど…」
昴は一旦言葉を切ってから、心に提案した。
「久住、一緒に作ってくれないか?」
「え、一緒に?でも私、何も出来ないよ?」
「相談させてもらいたいんだ。これでいいか?とか。俺一人だと、どういうのがいいのか分からなくて不安でさ」
確かに、それはそうかもと、心は頷いた。
「分かった。じゃあ、一緒に作ろう!」
「助かるよ。今度の週末でもいい?」
「えっと、ちょっと待って」
心は、鞄の中に入れっぱなしのシフト表を取り出す。
「んーと、基本的に土日は仕事なんだけど。土曜日の午前中でもいい?午後からの勤務だから。それか、日曜日の夜7時以降とか」
えっ?!と、昴は驚いた声を上げる。
「俺なんかより久住の方がよっぽど忙しいじゃないか。大丈夫か?」
「え?もちろん。だって、平日に休みあるもん」
「ああ、そうか。でもなー、週末は大変そうだな、うーん…」
昴はしばし考えたあと、心の次の休みはいつかと聞いてきた。
「次はね、木曜日だよ」
「そっか。じゃあ俺、木曜日有休取るわ」
今度は心が、ええー?!と声を上げる。
「そんな!わざわざいいよ、編集の為に貴重な有休使わなくて」
「いや、いつも使わないから貯まっててさ。消化しないといけないのに、これといって予定もないから、どうしようかと思ってたんだ。1日くらい、どうってことないよ」
そう?本当に大丈夫?と心がもう一度聞くと、昴は、大丈夫だって!ときっぱり言う。
それなら、と心は次の休みの日に、昴と一緒に作業することにした。
*****
「皆さん、こんにちは!イルカショーへようこそ。かわいいイルカ達が繰り広げる素晴らしいパフォーマンスを、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!」
イルカショーが行われるスタジアムに、マイクを通した心の声が大きく響く。
1日3回行われるイルカショーは、この水族館で1番人気があるショーで、ほぼ毎回客席は満員になる。
チームの紅一点の心は、主にMCを担当しながら、他のトレーナー達と一緒にショーを作り上げていく。
「まずは、軽くジャンプでご挨拶!トップバッターはカマイルカのクララ!」
そう言って心はクララの前に立ち、アイコンタクトを取ってから、クララの前に出していた右手を素早く斜め上に振った。
クララは身を翻して水中に潜ると、スピードを上げて泳いでから、軽々と空中にジャンプした。
わあっ!と、歓声が上がる。
心はホイッスルを吹いて、戻ってきたクララに魚をあげてから、次のイルカを紹介する。
「次は、ジャンプの高さは誰にも負けない、バンドウイルカのルーク!」
桑田が合図を出し、ルークはいつものように圧巻の高さでジャンプする。
またもや歓声と拍手が起こった。
「お次はクジラの仲間。大きな黒い体のオキゴンドウ、チャーリー!」
スピードはやや遅いが、大きな体で飛び上がると、その迫力にまた拍手が起こる。
そのあとも、ジャンプの種類を変えて次々と披露する。
体を回転させながら飛ぶスピンジャンプ、後ろ向きにバク転するようなバックフリップ、天井から下ろされたバーを飛び越えるハードルジャンプ。
他にも、水面に浮かんだボールを尾びれで弾くテールキック。
水面に体を出したまま尾びれでバックしたり、トレーナーの投げた輪っかを口先でキャッチしたりと、イルカの持つ能力を存分に披露していく。
「さあ、次は今日一番の大技、トレーナーの足をイルカが押し上げて一緒に飛ぶ、ロケットジャンプ!」
心のセリフに合わせて、ルークとトレーナーの佐伯が水中深く潜る。
心や他のトレーナーは、右手を挙げてプール中央に観客の注目を促す。
スピードを上げたルークが、佐伯の足の裏を口先で押しながら空中高く飛び上がったその時…
(あっ!!)
心は思わず息を呑んだ。
(角度が!)
いつもはアーチを描くように飛び上がり、トレーナーはその頂点で両腕を前に伸ばしてプールに飛び込む。
だが今は、ほぼ垂直に近い角度でルークと佐伯は飛び上がっている。
しかも、高さが高い。
心の隣に立つ桑田が、思わず身を乗り出すのが視界に入った。
皆で息を詰めて見守る中、佐伯は何とか姿勢を保ちながらプールに飛び込んだ。
バチン!と水面に身体を打ち付ける、痛烈な音が響いた。
(佐伯さんっ!)
客席から、わあーっと歓声と拍手が上がったが、心はひたすら佐伯の姿を目で追う。
水面に姿を現した佐伯は、なんとかこちらに泳いで来ようとしていた。
「久住、次はカットでフィナーレだ」
隣から桑田の声がして、心は頷いた。
通常ならこのあと、水面に身体を出した佐伯の足をルークが押しながら、プールの客席側ギリギリを猛スピードで泳ぐことになっていた。
ザバーッと水がプールから溢れ、迫力あるスピードに子ども達も一層手を叩いて喜ぶパフォーマンスだったが、今の佐伯の状態では無理だ。
「さあ、それではいよいよフィナーレです!イルカ達の息の合ったジャンプを、どうぞご覧ください!」
心がマイクに向かって明るく歯切れの良い声で言うと、トレーナー達がタイミングを揃えて合図を送る。
イルカ達は助走をつけ、綺麗に動きを合わせながら宙に飛び上がった。
たたみかけるように何度も美しくジャンプを披露するイルカ達に、観客は興奮して歓声を上げ、大きな拍手が鳴り響いた。
*****
「佐伯!大丈夫か?」
ショーが終わり、バックヤードに戻った途端その場にうずくまった佐伯を、皆で囲む。
「佐伯さん!どこか怪我は?」
心もそばにひざまずき、佐伯の顔を覗き込んだ。
「…大丈夫だ。ちょっと強く身体を打っただけだ」
そう言う佐伯の声はかすれていた。
「とにかく、ベッドへ」
桑田が言い、佐伯に肩を貸しながら休憩室のベッドへ寝かせる。
心がすぐさまウェットスーツのファスナーを下ろすと、佐伯は苦しげに息を吐き出した。
「佐伯、すぐに病院へ行こう」
桑田の言葉に佐伯は首を振る。
「いや、少し休めば大丈夫です」
「ダメだ。何がなんでも連れて行く。下に車を回して来るから、皆で佐伯を運んできてくれ」
有無を言わさない桑田の口調に、心達は頷いた。
*****
「ふう…」
マンションに帰り、玄関の電気を点けると、心は急に糸が切れたようにその場にしゃがみこんだ。
あのあと…
佐伯を病院に運んだ桑田は、夜の8時頃にようやく帰ってきた。
「佐伯は、検査の結果も異常なかった。ただ、強く身体を打ち付けているから、念の為今日はひと晩病院で様子を見てもらうことになった」
心達は、神妙な面持ちでうつむく。
「みんな、今日は遅くまで悪かった。明日からのショーは、しばらく佐伯抜きでいく。シフト変更もあるから、よろしく頼むな」
「はい」
そしてそれぞれやり残した業務をこなして帰って行ったが、心はどうしても気持ちの切り替えが出来ず、事務所の机に向かったまま呆然としていた。
「…久住、大丈夫か?」
いつの間に来たのだろう、ふいに桑田の声がして心は顔を上げる。
「…あ、はい」
とりあえずそう答えたが、どう聞いても大丈夫ではない返事だった。
桑田は、ゆっくり隣の席に腰を下ろす。
「桑田さん、私…」
頭の中で考えることもせず、心はぼんやりとしたまま口を開く。
「私、怖くて…。佐伯さんが、いつも完璧な佐伯さんが、あんな危ない体勢になるなんて。佐伯さんだったからなんとか堪えて、大けがにはならなかったけど、他の人だったら…。打ちどころが悪かったら、それこそ取り返しのつかないことに…」
涙を堪えながら、心は続ける。
佐伯は心より4つ上の、ショーチームのベテラントレーナーだった。
心は今まで、佐伯のパフォーマンスを見て危ないと感じたことなど一度もなかった。
それだけに、今日心が受けたショックは大きい。
「イルカショーは、どんなに回を重ねても、絶対に毎回緊張感と集中力を切らしてはいけないのに。私、普段ルークに対して緊張感を伝えられていなかったから、だから今日、こんなことに」
久住、と桑田が言葉を遮る。
「今日のことはお前のせいではない。佐伯が言っていた。水面に出る直前、ふっと足を踏み外してしまったと。ルークもすぐ反応してくれたが、結果としてお互い体勢を崩したまま飛び上がってしまったと」
「でも、佐伯さんがそんなことになるなんて今まで一度もなかったのに」
「久住」
桑田は、ぐっと近づいて心の顔を覗き込む。
「いいか、よく聞け。今日のことは、誰にも起こり得ることだ。だからお前の言うように、毎回必ず緊張感を切らしてはいけない。だが、萎縮したり恐れたりすれば、それはイルカ達にも伝わる。俺達との間に信頼関係も生まれない。久住、仲間を信じろ。トレーナーやイルカ達を信じるんだ。そして一瞬たりとも気を抜かずに、互いにしっかり心を通わせながらショーを作るんだ。いいな?」
心はじっと桑田の言葉に耳を傾け、やがてコクリと頷いた。
(私がこんなんじゃダメだ。佐伯さんが抜けてもショーはやらなきゃ)
玄関にしゃがんだままだった心は、ギュッと拳を握り、なんとか気持ちを落ち着かせて立ち上がった。
次の日。
とにかくいつも通りに…と心は自分に言い聞かせて、仕事をこなす。
ショーの前には、クララやルーク達としっかり目を合わせて気持ちを通わせた。
佐伯の代わりにジャンプを飛んだのは、桑田だった。
きっと、あのアクシデントのあと最初に飛ぶのは自分だと決めていたのだろう。
トレーナーの皆が息を呑む中、桑田は綺麗なアーチを描いてわずかな水しぶきと共にプールに飛び込んだ。
わあっ!と客席から歓声が上がり、心もほっと胸をなでおろす。
脳裏に焼き付いていたあの時の光景と恐怖を、一気に吹き消してくれるほど、桑田とルークのジャンプは完璧で美しかった。
「お疲れ様でした」
ショーのあと、駆け寄ってそう声をかけると、桑田はふっと笑って心の頭にポンと手を置いた。
「お疲れさん!」
その笑顔は温かく頼もしかった。
カマイルカのクララに声をかけながら、心は朝の体調チェックをする。
(体温も正常、うん!今日も元気そうね)
にっこり笑ってクララの体をなでていると、スーッと音もなくバンドウイルカのルークが、クララの後ろを横切っていく。
心と目が合った瞬間、ルークがニヤリと笑った…ような気がした。
(マズイ!)
心がそう思うのと、ルークがチャポンと水中に潜るのが同時だった。
慌てて立ち上がり、その場を離れようとした瞬間…。
バシャーン!!
ルークがわざと水しぶきを上げるように派手にジャンプし、心は頭からザバーッとプールの水を浴びた。
「ル、ルークー!!」
ずぶ濡れで叫ぶ心の前を、ケケケケ!と笑いながらルークが泳いでいった。
「まったくもう!よりによって朝っぱらから、なんでこんなにずぶ濡れに…」
ブツブツ言いながらタオルで頭を拭いていると、後ろから、久住ーと、桑田の声がした。
「お前、同窓会の幹事って言ってたけど、肝心の同窓会はいつなんだ?シフト調整するから、日程決まったら…って、なんでそんなにびしょ濡れなんだ?」
心は唇を尖らせて、チラリとルークを見る。
「はあー、お前またルークにやられたのか?お前くらいだぞ?ルークにナメられてるのは」
「べ、別にナメられてなんか…」
「いーや、ナメられてる。イルカの知能指数って凄いんだからな。それにルークは、人を見る目があるからねー」
しみじみと言う桑田に、心はますます頬を膨らませる。
「イルカの知能指数って、人間の6歳前後じゃないですか!」
「そうそう、お前と同い年だな」
「私の方が20歳も上です!」
「それは実年齢だろ?知能指数はルークと同じくらいじゃないか?」
えっ…、と心は真顔になる。
「そ、そうか。実際の年齢と知能指数はイコールじゃないんですね?じゃあ私、何歳くらいなんだろう…。ルークより下なのかな」
ブハッと桑田は吹き出して笑い始める。
「お前、そんなこと考える時点で既にルークより下だぞ?しっかりしてくれよ。ルークがショーの最中に、しれーっとサイン無視してジャンプしてくれなくなるぞ」
うぐっと心は言葉に詰まる。
「ほら、がんばって知能指数上げろよ!」
桑田にポンと肩を叩かれ、心は、はあーとため息をついた。
*****
同窓会の準備は、着々と進んでいた。
皆にメッセージを送り、お店はここでいいか?と紹介すると、次々といいね!の返事が来る。
料金についても、こんな値段でいいのー?嬉しい!と喜ばれた。
(よし!じゃあ、お店と日程はこれで決まりね。あとは何かあるかなー?)
うーん、と少し考えてから、心は愛理にメッセージを送った。
*****
「それで愛理に相談したら、高校時代の写真や動画を上映したら?って」
「へえ、いいかも」
「でしょ?卒業アルバムの写真と、あとは愛理もいくつか動画持ってるって。体育祭とか文化祭とかの」
「そうなんだ!じゃあ俺も、慎也に聞いてみるよ」
「うん、お願い」
同窓会で、ただ皆でおしゃべりするフリータイムだけっていうのもなあ…と、心は愛理に相談してみた。
すると、当時の写真や動画をプロジェクターで見るのも楽しいんじゃない?と言われ、早速昴に話してみたのだった。
メッセージのやり取りだと打つのも面倒で、最近は直接電話で話していた。
「それで、写真や動画が集まったらどうするの?編集は?」
昴の問いかけに、心はちょっと考え込む。
「とりあえず、私がやってみようと思ってるんだ。難しいことは出来ないけど、何かいいアプリとかあれば何とかなるかなって。色々調べてみるね」
それなら、と昴が言う。
「俺で良ければやろうか?仕事柄、プレゼン用に動画作ったりするからさ。うちのパソコンに動画編集ソフトをインストールしてあるんだ。有料のやつだから、割とちゃんとしたのが簡単に出来るよ」
「えっ、いいの?!」
「もちろん!」
「でも、伊吹くん忙しいんじゃないの?時間ある?」
ははっと、昴は明るく笑う。
「久住、いっつもそう言うけど、一体誰から聞いたんだ?俺、別に24時間働いてる訳じゃないぞ?」
「あ、そうなの?」
「当たり前だろ!単に、海外出張が多いってだけだ。でもそれも、最近は落ち着いてるから、家でのんびりする時間もあるよ」
そうなんだ、と心は納得し、編集をお願いすることにした。
「じゃあ、写真や動画は伊吹くんに送ればいいかな?」
「うん、それでもいいけど…」
昴は一旦言葉を切ってから、心に提案した。
「久住、一緒に作ってくれないか?」
「え、一緒に?でも私、何も出来ないよ?」
「相談させてもらいたいんだ。これでいいか?とか。俺一人だと、どういうのがいいのか分からなくて不安でさ」
確かに、それはそうかもと、心は頷いた。
「分かった。じゃあ、一緒に作ろう!」
「助かるよ。今度の週末でもいい?」
「えっと、ちょっと待って」
心は、鞄の中に入れっぱなしのシフト表を取り出す。
「んーと、基本的に土日は仕事なんだけど。土曜日の午前中でもいい?午後からの勤務だから。それか、日曜日の夜7時以降とか」
えっ?!と、昴は驚いた声を上げる。
「俺なんかより久住の方がよっぽど忙しいじゃないか。大丈夫か?」
「え?もちろん。だって、平日に休みあるもん」
「ああ、そうか。でもなー、週末は大変そうだな、うーん…」
昴はしばし考えたあと、心の次の休みはいつかと聞いてきた。
「次はね、木曜日だよ」
「そっか。じゃあ俺、木曜日有休取るわ」
今度は心が、ええー?!と声を上げる。
「そんな!わざわざいいよ、編集の為に貴重な有休使わなくて」
「いや、いつも使わないから貯まっててさ。消化しないといけないのに、これといって予定もないから、どうしようかと思ってたんだ。1日くらい、どうってことないよ」
そう?本当に大丈夫?と心がもう一度聞くと、昴は、大丈夫だって!ときっぱり言う。
それなら、と心は次の休みの日に、昴と一緒に作業することにした。
*****
「皆さん、こんにちは!イルカショーへようこそ。かわいいイルカ達が繰り広げる素晴らしいパフォーマンスを、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!」
イルカショーが行われるスタジアムに、マイクを通した心の声が大きく響く。
1日3回行われるイルカショーは、この水族館で1番人気があるショーで、ほぼ毎回客席は満員になる。
チームの紅一点の心は、主にMCを担当しながら、他のトレーナー達と一緒にショーを作り上げていく。
「まずは、軽くジャンプでご挨拶!トップバッターはカマイルカのクララ!」
そう言って心はクララの前に立ち、アイコンタクトを取ってから、クララの前に出していた右手を素早く斜め上に振った。
クララは身を翻して水中に潜ると、スピードを上げて泳いでから、軽々と空中にジャンプした。
わあっ!と、歓声が上がる。
心はホイッスルを吹いて、戻ってきたクララに魚をあげてから、次のイルカを紹介する。
「次は、ジャンプの高さは誰にも負けない、バンドウイルカのルーク!」
桑田が合図を出し、ルークはいつものように圧巻の高さでジャンプする。
またもや歓声と拍手が起こった。
「お次はクジラの仲間。大きな黒い体のオキゴンドウ、チャーリー!」
スピードはやや遅いが、大きな体で飛び上がると、その迫力にまた拍手が起こる。
そのあとも、ジャンプの種類を変えて次々と披露する。
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他にも、水面に浮かんだボールを尾びれで弾くテールキック。
水面に体を出したまま尾びれでバックしたり、トレーナーの投げた輪っかを口先でキャッチしたりと、イルカの持つ能力を存分に披露していく。
「さあ、次は今日一番の大技、トレーナーの足をイルカが押し上げて一緒に飛ぶ、ロケットジャンプ!」
心のセリフに合わせて、ルークとトレーナーの佐伯が水中深く潜る。
心や他のトレーナーは、右手を挙げてプール中央に観客の注目を促す。
スピードを上げたルークが、佐伯の足の裏を口先で押しながら空中高く飛び上がったその時…
(あっ!!)
心は思わず息を呑んだ。
(角度が!)
いつもはアーチを描くように飛び上がり、トレーナーはその頂点で両腕を前に伸ばしてプールに飛び込む。
だが今は、ほぼ垂直に近い角度でルークと佐伯は飛び上がっている。
しかも、高さが高い。
心の隣に立つ桑田が、思わず身を乗り出すのが視界に入った。
皆で息を詰めて見守る中、佐伯は何とか姿勢を保ちながらプールに飛び込んだ。
バチン!と水面に身体を打ち付ける、痛烈な音が響いた。
(佐伯さんっ!)
客席から、わあーっと歓声と拍手が上がったが、心はひたすら佐伯の姿を目で追う。
水面に姿を現した佐伯は、なんとかこちらに泳いで来ようとしていた。
「久住、次はカットでフィナーレだ」
隣から桑田の声がして、心は頷いた。
通常ならこのあと、水面に身体を出した佐伯の足をルークが押しながら、プールの客席側ギリギリを猛スピードで泳ぐことになっていた。
ザバーッと水がプールから溢れ、迫力あるスピードに子ども達も一層手を叩いて喜ぶパフォーマンスだったが、今の佐伯の状態では無理だ。
「さあ、それではいよいよフィナーレです!イルカ達の息の合ったジャンプを、どうぞご覧ください!」
心がマイクに向かって明るく歯切れの良い声で言うと、トレーナー達がタイミングを揃えて合図を送る。
イルカ達は助走をつけ、綺麗に動きを合わせながら宙に飛び上がった。
たたみかけるように何度も美しくジャンプを披露するイルカ達に、観客は興奮して歓声を上げ、大きな拍手が鳴り響いた。
*****
「佐伯!大丈夫か?」
ショーが終わり、バックヤードに戻った途端その場にうずくまった佐伯を、皆で囲む。
「佐伯さん!どこか怪我は?」
心もそばにひざまずき、佐伯の顔を覗き込んだ。
「…大丈夫だ。ちょっと強く身体を打っただけだ」
そう言う佐伯の声はかすれていた。
「とにかく、ベッドへ」
桑田が言い、佐伯に肩を貸しながら休憩室のベッドへ寝かせる。
心がすぐさまウェットスーツのファスナーを下ろすと、佐伯は苦しげに息を吐き出した。
「佐伯、すぐに病院へ行こう」
桑田の言葉に佐伯は首を振る。
「いや、少し休めば大丈夫です」
「ダメだ。何がなんでも連れて行く。下に車を回して来るから、皆で佐伯を運んできてくれ」
有無を言わさない桑田の口調に、心達は頷いた。
*****
「ふう…」
マンションに帰り、玄関の電気を点けると、心は急に糸が切れたようにその場にしゃがみこんだ。
あのあと…
佐伯を病院に運んだ桑田は、夜の8時頃にようやく帰ってきた。
「佐伯は、検査の結果も異常なかった。ただ、強く身体を打ち付けているから、念の為今日はひと晩病院で様子を見てもらうことになった」
心達は、神妙な面持ちでうつむく。
「みんな、今日は遅くまで悪かった。明日からのショーは、しばらく佐伯抜きでいく。シフト変更もあるから、よろしく頼むな」
「はい」
そしてそれぞれやり残した業務をこなして帰って行ったが、心はどうしても気持ちの切り替えが出来ず、事務所の机に向かったまま呆然としていた。
「…久住、大丈夫か?」
いつの間に来たのだろう、ふいに桑田の声がして心は顔を上げる。
「…あ、はい」
とりあえずそう答えたが、どう聞いても大丈夫ではない返事だった。
桑田は、ゆっくり隣の席に腰を下ろす。
「桑田さん、私…」
頭の中で考えることもせず、心はぼんやりとしたまま口を開く。
「私、怖くて…。佐伯さんが、いつも完璧な佐伯さんが、あんな危ない体勢になるなんて。佐伯さんだったからなんとか堪えて、大けがにはならなかったけど、他の人だったら…。打ちどころが悪かったら、それこそ取り返しのつかないことに…」
涙を堪えながら、心は続ける。
佐伯は心より4つ上の、ショーチームのベテラントレーナーだった。
心は今まで、佐伯のパフォーマンスを見て危ないと感じたことなど一度もなかった。
それだけに、今日心が受けたショックは大きい。
「イルカショーは、どんなに回を重ねても、絶対に毎回緊張感と集中力を切らしてはいけないのに。私、普段ルークに対して緊張感を伝えられていなかったから、だから今日、こんなことに」
久住、と桑田が言葉を遮る。
「今日のことはお前のせいではない。佐伯が言っていた。水面に出る直前、ふっと足を踏み外してしまったと。ルークもすぐ反応してくれたが、結果としてお互い体勢を崩したまま飛び上がってしまったと」
「でも、佐伯さんがそんなことになるなんて今まで一度もなかったのに」
「久住」
桑田は、ぐっと近づいて心の顔を覗き込む。
「いいか、よく聞け。今日のことは、誰にも起こり得ることだ。だからお前の言うように、毎回必ず緊張感を切らしてはいけない。だが、萎縮したり恐れたりすれば、それはイルカ達にも伝わる。俺達との間に信頼関係も生まれない。久住、仲間を信じろ。トレーナーやイルカ達を信じるんだ。そして一瞬たりとも気を抜かずに、互いにしっかり心を通わせながらショーを作るんだ。いいな?」
心はじっと桑田の言葉に耳を傾け、やがてコクリと頷いた。
(私がこんなんじゃダメだ。佐伯さんが抜けてもショーはやらなきゃ)
玄関にしゃがんだままだった心は、ギュッと拳を握り、なんとか気持ちを落ち着かせて立ち上がった。
次の日。
とにかくいつも通りに…と心は自分に言い聞かせて、仕事をこなす。
ショーの前には、クララやルーク達としっかり目を合わせて気持ちを通わせた。
佐伯の代わりにジャンプを飛んだのは、桑田だった。
きっと、あのアクシデントのあと最初に飛ぶのは自分だと決めていたのだろう。
トレーナーの皆が息を呑む中、桑田は綺麗なアーチを描いてわずかな水しぶきと共にプールに飛び込んだ。
わあっ!と客席から歓声が上がり、心もほっと胸をなでおろす。
脳裏に焼き付いていたあの時の光景と恐怖を、一気に吹き消してくれるほど、桑田とルークのジャンプは完璧で美しかった。
「お疲れ様でした」
ショーのあと、駆け寄ってそう声をかけると、桑田はふっと笑って心の頭にポンと手を置いた。
「お疲れさん!」
その笑顔は温かく頼もしかった。
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◇◇◇
『恋い焦がれて』の4年後のお話(短編)です。
主人公は大学生→社会人となりました!
※先に『恋い焦がれて』をお読みください。
※1話目から『恋い焦がれて』のネタバレになっておりますのでご注意ください!
※女性視点・男性視点の交互に話が進みます
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