Good day !

葉月 まい

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ロサンゼルスでのステイ

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数か月が経った頃。
恵真は、珍しい組み合わせのフライトを担当することになった。

ロサンゼルス往復を機長の大和、副操縦士の恵真、そして長距離フライトの為、交代要員として野中を加えた三人で飛ぶのだ。

大和とのやり取りはスムーズだったが、ブリーフィング中も妙にニヤニヤとこちらを見てくる野中の視線が気になる。

恵真が時折、野中キャプテン、何かございますか?と意見を求めても、大丈夫でーすと軽くかわされた。

三人でシップに向かう時も、コックピットに乗り込んでからも、常に後ろに野中の視線を感じる。

今までジャンプシートに交代要員を乗せて飛ぶことは何度もあったが、こんなにも気になるのは初めてだ。

(いやいや、気にしちゃいけない。長距離フライトだし、集中しよう)

飛行機は無事に離陸し、巡航に入る。

まずは大和が休憩を取ることになり、代わりに野中が機長席に座った。

クルージングは安定しており、野中は気軽に恵真に話しかけてくる。

「藤崎ちゃんさあ、ほんとに伊沢とつき合ってんの?」

は?と恵真はあっけにとられた。

「キャ、キャプテン。フライト中ですよ?」
「そうだよ。俺は単に、優秀な後輩パイロットを育てようとコミュニケーションを大事にしてるんだ」
「は、はあ」

確かにコミュニケーションスキルもパイロットとして評価される対象ではあるが、それにしてもこんな内容の話を?と恵真は戸惑う。

「後ろから見てたんだけど、佐倉と藤崎ちゃん、名コンビだね。あうんの呼吸というか、高速餅つきの名人みたいな隙のないスピーディーなやり取り。いやー、なかなかないよ。感心してた」
「な、なんですか?その、高速餅つきって」
「え、分かんない?ほら、餅を二人でついてこねてってやるだろ?でもタイミングを少しでも間違えたら、こねてる人の手をついちゃう。高速だともう一瞬たりともズレが許されないんだよ。なんかそれを思い出した」
「はあ…」

分かるような分からないような?

自分では全くそんなつもりはなかったので、恵真は気の抜けた返事しか出来ない。

「藤崎ちゃん、佐倉と飛ぶの何回目?」
「今日で二度目です」
「へえー、それでこんなに息ぴったりなの?すごいな」
「そうでしょうか。私は他のキャプテンとも同じように仕事しているつもりですが」
「でもさ、やりやすさは感じるだろ?佐倉とは」
「うーん、まだ二度目なので何とも言えませんが…」

自覚なしか、と野中は両手を頭の後ろで組む。

「俺さ、風を読むのと同じくらい女心を読むのも得意なんだぜ?」
「は?」

恵真はもうキョトンとするばかりだ。

「藤崎ちゃんは真面目過ぎるな。よし、ロスのステイ、一緒に楽しもうぜ!」
「はあ…」

とにかくあまり話を広げないでおこうと、恵真はまたモニターに目を落とした。



順番に休憩を取り、いよいよロサンゼルス国際空港が見えてきた。

海外に来たー!と、恵真はテンションが上がる。

無事に着陸し、手続きを済ませて空港の外に出ると、恵真は大きく深呼吸する。

「はあー、ロスの空気っていいですよね」
「そうだな。いつ来ても過ごしやすい気候だし。藤崎、ステイでの予定はあるのか?」
「特に決めてないです。ランニングして、あとは適当にお店をぶらぶらします」

大和と恵真が話していると、後ろから野中の声がした。

「あのさ、せっかく珍しい三人組だし、今回のステイ一緒に過ごさないか?」

嬉しそうに二人の顔を見比べながら言う。

「え、俺はいいですけど。藤崎は行きたい場所とかあるんじゃないか?」
「いえ、特にないです」

野中は笑顔で頷く。

「よし!じゃあ野中プレゼンツ、すてきなロスツアーにご案内するぜ」

大和と恵真は、顔を見合わせて首をひねった。

ホテルに着くと、早速野中が二人を食事に誘う。

「いつもならCAと飲むけど、今回はパイロット同士、気兼ねなく楽しもうぜ」

そして三人で乾杯する。

確かに機長とこうやって色々な話をする時間は恵真にとっては新鮮で、普段疑問に思っている事についてあれこれと質問させてもらう。

しばらく熱心に大和と操縦について話をしていると、ストップ!と野中が手を挟んで止めた。

「仕事の話はまた今度。今はステイの予定を決めようぜ。明日さ、ミュージカル観に行かないか?」
「ミュージカル!行きたいです」

恵真は目を輝かせる。

「お、藤崎ちゃん食いついたね。佐倉もいいか?」
「もちろんです」
「じゃあ決まりな」

すると恵真が、あ、と小さく呟く。

「ん?どうしたの」
「あの、えっと。私、今回ちゃんとした服を持って来ていなくて…」
「あ、そう言えば俺も」

そう言う恵真と大和に、野中はショッピングを提案した。

「じゃあ明日午前中はそれぞれゆっくりして、午後からロメオドライブに買い物に行こう」

すると大和がクスッと笑う。

「野中さん、ロデオドライブですよ。ロメオドライブって思わず言っちゃうのはパイロットあるあるですけど」
「あはは!そうなんだよ、いっつも間違える」

確かに、と恵真も笑う。

パイロットはフォネティックコードと言って、アルファベットを伝える際、相手に確実に伝わるように決められた単語で伝える。

例えばAならばアルファ、Bならばブラボーといった具合だ。
そしてRと言いたい時は、ロメオと伝えるのだ。

「じゃあそのロメオ改めロデオドライブで買い物な」
「あ!でしたら買い物の前のランチに私のお気に入りのレストランに行ってもいいですか?ロデオドライブにあるので」
「おお、いいね!そうしよう」

予定が決まったところで早々に解散し、各々身体を休めることにした。



次の日はカリフォルニアらしいカラッとした良い天気だった。

恵真は少し遅めに起き、朝食を取ってからランニングに出かける。

広く整備された歩道は走りやすく、空気も乾いていて気持ちがいい。

ついつい遠出してしまい、予定を思い出した恵真は慌てて引き返してホテルでシャワーを浴びた。

約束の12時にロビーで野中達と落ち合い、まずはレストランで昼食を取る。

テラス席に案内され、スタッフの女性が明るく挨拶してメニューを渡してくれる。

「藤崎ちゃん、何食べたい?」

野中が真っ先に恵真に聞いてくれる。

「えっと、コブサラダとフェトチーニアルフレッドウィズチキン、デザートはティラミスでお願いします」
「やけにスラスラ出てくるね。いつもそれ食べてるの?」

大和が驚いたように聞いてくる。

「はい。ここに来たら毎回これを食べないと気が済まなくて」
「藤崎ちゃん、食べ物も浮気しないタイプなんだねー」

野中の言葉に、恵真はちょっと首をかしげる。

「え、私って浮気しないタイプに見えますか?」
「うん。って、違うの?」

野中だけでなく、大和もまじまじと恵真を見てくる。

「どうなんでしょう?今までそういう経験なくて」
「いや、浮気の経験はなくていいでしょう」
「あ、そうですね。あはは」

大和は、おいおい大丈夫かと言いたげだが、野中は面白そうに吹き出して笑い始めた。

「藤崎ちゃん、ほんとにからかいがいあるわ。いやー、楽しみだな」

どういうこと?と恵真が考えている横で、野中はスマートにスタッフを呼んでオーダーした。



お腹がいっぱいになった三人は、早速ミュージカルに着て行く服を選びに行く。

「せっかくだしさ、三人でコーディネート合わせない?」

大和と恵真が頷くと、野中は慣れた様子で行きつけらしいブティックに入って行く。

洗練された雰囲気の内装を見ながらソファで待っていると、野中がスタッフとやり取りしたあと、恵真に声をかけた。

「藤崎ちゃん、彼女が対応してくれるから」
「はい、分かりました」

恵真は立ち上がり、スーツを着こなしたスタイルの良いスタッフに近づいた。

エリーと名乗る彼女に、エマですとにこやかに挨拶し、女性フロアは二階なの、と言われて一緒に階段を上がる。

野中がある程度話をしたらしく、エリーは何着かドレスを恵真に見せた。

「ええー?ちょっとこれは…」

背中の大きく開いたブラックのノースリーブのドレスや、ウエストをキュッと絞ったサイドスリットの真っ赤なドレスなど、どれもセクシーで大胆なものばかりだった。

恵真が躊躇していると、エリーは、ミュージカルに行くんでしょ?あそこの劇場ならこういうドレスじゃないと、と言う。

それに野中と大和も、恵真のドレスに合わせたスーツを選んでいるらしい。

(だからってこんな大人っぽいドレス、私が着ても似合わないよ)

半泣きになっていると、とにかく着てみてとエリーが促す。

仕方なく恵真は更衣室に向かった。



「お待ちかねのレディの登場よ」と言われ、大和と野中は顔を上げる。

ゆるやかなカーブを描いた階段を、ボルドーのドレスに身を包んだ恵真が下りてきた。

すっかり見違える程大人っぽい雰囲気の恵真に、思わず大和は息を呑む。

きれいなデコルテが露わになり、鎖骨や色白の滑らかな背中も色っぽい。

髪もアップにしてうなじを見せ、耳にはイヤリング、胸元にはネックレスが輝いている。

大和と野中の前に歩み出た恵真は、はにかんだ笑みを浮かべてうつむいている。

「おー!藤崎ちゃん。いいね!想像以上の変身ぶり。こんなにセクシーになるとは。なあ、佐倉」
「あ、ええ。はい。そうですね」
「おいおい、なにを照れてるんだ。ここは大人の男らしく、スマートにきれいだよって囁かなきゃ」

恵真はギョッとして慌てて止める。

「いえ、あの、野中さん。何もおっしゃらなくて結構ですから!なんならもう、私のことはお忘れください…」

小さくなってそう言うと、野中はすっと恵真の隣に来て左の肘を差し出した。

「こんなきれいなレディを放っておくような男は、全米のヤローどもに石を投げられる。さ、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」

恵真はおずおずと右手を野中の左肘に添えた。

野中も大和も、光沢のあるシックなスーツに身を包んでおり、とてもダンディな雰囲気だと恵真は見とれる。

外に出ると、大きなリムジンが停まっていて恵真は驚いて目を見張った。

野中が手配していたらしく、気がつけばドレスやアクセサリー、靴やバッグなど全ての恵真の会計も済ませてくれていた。

あとでお支払いしますと頭を下げると、今の君の給料では無理だから機長になってからでいいよ、と冗談めかして笑う。

恵真は、あたふたするばかりだった。

まるでハリウッドスターのような気分を味わっていると、ゆっくりとリムジンは劇場のエントランスに到着した。

運転手が開けたドアからまず野中が降り、次いで大和が降りると、野中はくいっと顔を傾けて大和に促した。

大和は身をかがめて、リムジンの中の恵真に手を差し伸べる。

すみません、と頭を下げてから、恵真は大和の手を借りてリムジンを降りた。

そのまますっと恵真の手を自分の左肘に持ってきて、大和は野中の後ろを歩き出す。

恵真は左手でドレスをつまみながら、大和のエスコートで劇場に足を踏み入れた。

「わー、なんてすてきなの…」

外観からは想像出来なかったアールデコの美しい内装に、恵真は思わず感嘆の声を上げる。

「はい、チケット」
「え、いつの間に?」

ぼーっと上を見上げていた恵真に、野中がチケットを渡す。
そのスマートさに恵真はただただ驚いて感心した。

「まだ少し時間あるし、ドリンクでも飲もうか」
「はい」

三人でおしゃれなカクテルを飲みながら、お互いを馬子にも衣装だと笑い合う。

「藤崎ちゃんさ、休みの日はいつも勉強ばっかりなんだって?」
「はい、そうですね。まだまだ勉強不足なので」
「それはいいけど、たまにはこういう時間の使い方もしないとだめだよ。パイロットはロボットじゃないんだから。美味しいもの食べて、おしゃれして芸術を楽しんで、ああ生きるって楽しいなと思わなきゃ。それも大事なパイロットの仕事のうちの一つだよ」

野中の言葉に、恵真は素直に頷く。

「それにそういう人間味あるパイロットの方が、お客様に対するホスピタリティも溢れてる。飛行機には、お客様の命と一緒に心も乗せているんだからな。だから大いに恋愛して大いに笑って、大いに泣いたり怒ったり、人生を生き生きとさせなさい」
「はい、分かりました」

しっかりと心に留めて返事をする恵真の横で、大和も大きく頷く。

「おい、佐倉までなんでそんなに素直に話を聞いてるんだ?お前に言ったつもりはないぞ」
「いや、なんだか心に響きました。あの野中キャプテンからこんなお言葉を頂くとは」
「あのって何だよ?」
「それはまあ、あの、としか…」

ははっと野中は明るく笑い飛ばす。

「確かに、お前にも言いたかったからな。佐倉、お前もちゃんと恋愛しろ。このままだとサイボーグパイロットになるぞ。ほら、操縦は計器ばかり見てないでちゃんと空も見ろって言うだろ?あれと一緒だよ。飛行機ばかり見てないでちゃんと女も見ろ」
「え、それはちょっと意味が違うと思いますが」
「一緒だよ、はは!」

野中は笑ってグラスを傾ける。

(なんだか楽しそうでいいな、野中さんって)

恵真もいつの間にか笑顔になっていた。



開演時間が近づき、三人は劇場内の席に着く。

演目は、恵真の大好きな「レ・ミゼラブル」

ミュージカルを生で鑑賞するのはずいぶん久しぶりで、恵真はあっという間にその世界観に引き込まれていった。

心を揺さぶられるストーリーと胸に迫ってくる歌声に、気づいた時には恵真の目から涙がとめどなく溢れていた。

ぽたぽたと落ちる涙を拭うこともせず、じっと舞台を見つめ続けていると、ふいに恵真の手に大和がハンカチを握らせた。

驚いて顔を向けると、大和が優しく笑っている。

恵真は、ぺこりと頭を下げてからハンカチで目元を押さえた。

やがてクライマックスになり、感動のあまり恵真は思わずううっと嗚咽を漏らす。

カーテンコールでは立ち上がって大きな拍手を送った。

「いやー、良かったなーって、おい、大丈夫か?藤崎ちゃん」

ロビーに出ると、野中は驚いたように恵真の顔を覗き込む。

「は、はい。すみません、もう顔面崩壊しちゃって…」

グズッとまだ込み上げてくる涙を拭いながら、鼻声でそう言うと、野中は明るく笑った。

「はは!そりゃ良かった。でもこんなに泣いてる女性の横には居づらいな。俺が泣かせてると思われる。おい、お前がエスコートしろ」

そう言って大和を無理やり恵真の隣に立たせる。

「す、すみません、佐倉さん。それにハンカチも、あの、もうぐしょぐしょで…」

大和は、ふっと恵真に笑う。

「いいよ、それあげるから」
「すみません、新しいハンカチお返ししますので」
「いいってば。ほら、行くぞ」
「はい」

恵真は差し出された大和の腕に手を添えて歩き出した。



ホテルに戻り、三人はそのままレストランで夕食を取ることにした。

恵真としては涙で崩壊した顔面を修復したかったが、店内はキャンドルの灯りだけでかなり薄暗い。

これならいいかと、大して気にもせずに食事を楽しむ。

恵真はまだミュージカルの余韻に浸っていた。

「なんだかもう、今も胸がいっぱいです。生で観るのっていいですね。ダイレクトに心に響いてきました」
「ああ、そうだな。良かったよ、誘ってみて」
「はい!本当にありがとうございました、野中さん」
「どういたしまして」

野中も嬉しそうな笑顔で答える。

「それよりさ、今回は2日ステイだろ?明日もあるぜー!どうする?」
「私、明日はサンタモニカの方にランニングに行こうかなと思ってるんです」

恵真がそう言うと、大和が顔を上げる。

「お、いいな!海沿いのランニングコースか?」
「はい」

すると珍しく野中が顔を曇らせた。

「それ、俺はパス。40のおっさんには堪えるわ」
「ええー?!野中さん、40歳だったんですか?それなのにそんなに、あ…」

余計な事を口走りそうになり、恵真は慌てて下を向く。

「なんだー?藤崎ちゃん、今暴言吐こうとしたな?」
「ち、違いますよ。その、お若く見えるから40歳だと思わなかったって言おうとして」
「嘘だー。40なのにそんなに軽いのか?とかだろ?」
「そそそ、そんな、違いますよ、ええ」
「やれやれ。藤崎ちゃん、嘘つくの下手過ぎ」

大和も笑って話を聞いている。

「ま、ランニングは二人で行ってきてくれ。午後からどっか食べに行こうぜ。せっかくだからちょっと遠出したいな」
「でしたら、ナッツベリーファームのレストランはどうでしょう?」
「おおー!いいとこ突いてくるね。ドライブがてらそうしようか」
「はい!佐倉さんは、どこか行きたい所ありますか?」
「ん?いや、俺もドライブしてナッツベリーがいいな」
「そしたらさ、まずはサンタモニカに行こう。俺はサードストリートプロムナードをぶらぶらしてるから、その間お二人さんは、せっせと走ってくれ。それからナッツベリーへ向かおう」
「はい!お願いします。うわー、楽しみー!」

恵真が笑顔でそう言うと、野中がサムアップしてみせた。



次の日。
恵真は大和と海沿いのランニングコースを走っていた。

海風を浴びながら、砂浜に長く続く道を走るのは気持ちがいい。

海上にせり出したサンタモニカピアには、ルート66の最終地点を示す看板もあり、多くの観光客でにぎわっている。

明るい陽射しに広い空、恵真は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

「ほら、どうした?もっとスピード上げろ」

少し先を走る大和が、振り返って恵真に叫ぶ。

「ちょ、佐倉さん!私、こう見えてれっきとした女子なんですけど!」

恵真も負けじと叫び返す。

「パイロットに男も女もあるか!ほら、ついてこい!」
「パイロットに足の速さは関係ありません!」
「つべこべ言うな!キャプテンの命令だ!」
「くーっ、この鬼キャプテン!」
「そんな減らず口を叩く余裕があるなら、さっさと走れ!」
「なにこの体育会系ー!私、文化部だったんですってば!」

やいやい言いながら走り、ようやく大和が休憩を取った。

ぐったりと座り込む恵真に、近くのワゴンで買ったドリンクを渡してくれる。

「ほらよ」
「あ、レモネード!大好きなんです、私。ありがとうございます」

一気に半分飲み干し、あー!と声を出す。

「お前、オヤジか?それビールじゃないぞ」
「だって美味しいんですもん」

ふふっと笑う恵真に、大和も頬を緩めてから海を眺める。

「お前、いつも海外のステイでも勉強してたのか?」
「そうですね。ランニングは必ずして、少し近くを散歩したら基本ホテルに籠ってます」
「なんか逆に身体に悪そうだな」
「え、そうですか?でも今回はこんなにもステイを満喫してしまって…。逆に大丈夫かなって心配になります」
「また出たな、真面目ちゃん」
「えー、なんですか?それ」
「そのまんまだよ。ま、今回は野中さんの発案だしな。のびのび楽しんだらいい。それもパイロットとして大事なことだって言われただろう?」

そうですね、と恵真は頷く。

「ああー、それにしても気持ちいいな」

大和は砂浜にゴロンと寝転んだ。

「下から見る空と太陽もいいもんだな」
「ふふ、そうですね。日本で見る空と同じはずなのに、ちょっと違う気もして不思議です」
「確かに。そう言えばお前ってさ、どうしてパイロットになろうと思ったんだ?」
「え、私ですか?そんなに大したエピソードじゃないですけど」
「うん。別に期待してない」
「うぐっ、じゃあ、まあ」

恵真は思い出しながら話し始める。

「10歳の時に初めて飛行機に乗ったんです。すごくわくわくして、降りてからもボーディングブリッジを渡り終えた所で、ガラス越しにずっと飛行機を眺めてたんです。そしたら急に機首にヒゲが生えたように見えてびっくりして」
「機首にヒゲ?」
「そう。ネコのヒゲみたいに、左右にニョキッて生えてゆらゆら揺れたんです。なんだろうって目を凝らして見たら、パイロットのお二人がスライディングウインドウを開けて私に手を振ってくれていたんです。まさかそんなことしてくれるなんて思ってもみなくて。私、嬉しくて必死で手を振り返しました。その時思ったんです。このかっこいい飛行機は、パイロットが操縦するからかっこよく空を飛べるんだなって。私もいつか、この飛行機をかっこよく飛ばしたい。そして、わくわくしながら飛行機に乗る子ども達に夢を与えられたらいいなって」

そんなところです、と照れたように笑う。

「ふうん。いい話だな」
「え、そうですか?」
「ああ。そのパイロットは、ちゃんと小さなお前のことを見ていたんだな。お前がわくわくして飛行機に見とれているのにちゃんと気づいて手を振った」
「はい。あのお二人のおかげで今の私がいます」
「うん。いい話だ。俺もそんなパイロットでありたいと改めて思ったよ」

そう言って大和は恵真に笑いかける。
恵真も笑顔で頷いた。

「佐倉さんは?どうしてパイロットに?」

すると途端に大和は渋い顔をする。

「言いたくない」
「え?どうしてですか?」
「お前のその話のあとには言えない」
「いいじゃないですか、教えてくださいよ」
「やだね」

そしていきなり身体を起こすと、そのまま立ち上がって走り出した。

「ああー!ずるい!待ってくださいー」

恵真は、再び叫びながら追いかけた。



野中と合流してから少し遠出し、お目当てのレストランで食事を楽しむ。

「はあー、やっぱりここのチキンはうまい!」
「ほんとですよねー。私、ここのビスケットも大好きです!」

美味しい料理を楽しいおしゃべりとともに味わう。

恵真は心身ともにリフレッシュしてステイを満喫した。

気持ちを切り替えて、帰りの乗務に向かう。

もちろん同じ三人でのフライトだが、往路とは違う雰囲気なのを恵真は感じていた。

野中は、後ろから温かく自分を見守ってくれている気がする。

そして大和とも、何も壁を感じずにやり取り出来る。

パイロットとして何か少し成長出来たような気がして、恵真は嬉しさに微笑んだ。
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