Good day !

葉月 まい

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Go around!

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それからしばらく、恵真は気を張りつめながら毎日を過ごしていた。

どんなことがあっても、伊沢に気安く相談しない、弱音を吐かないと自分に言い聞かせる。

乗務と勉強、それだけに集中する生活に戻っていた。

そして三度目の大和との乗務がやってきた。
今回は、那覇往復だ。

キャプテンが大和であることに、恵真はほっと安心している自分に気づく。

伊沢に頼れない今、何かを相談出来る相手がいるとすればそれは大和だ。

もちろん、具体的に伊沢とのことを相談するつもりはない。
けれど、大和が一緒に乗務してくれるだけでも今の恵真にはありがたかった。

ブリーフィングを行い、シップに向かう。

以前のように、おどおどしたりなどしない。
強くならなければ。

そう決意した恵真の表情を見て、大和は少し気がかりだった。

相変わらず恵真のPMはしっかりしている。
大和は、やりやすさにほっとしつつも、恵真の様子を注意深く気にしていた。

無事に那覇空港に下り、復路は夜のフライトの為、ゆっくり休憩時間を取る。

雑談しながら昼食を食べ、大和は思い切って恵真に話題を振った。

「そう言えば、お前、伊沢とは順調なのか?」

えっ?と恵真が目を見開く。

「あ、悪い。失礼な質問だったな。ただ少し、お前の様子がいつもと違って思い詰めた感じがしてさ。伊沢に相談とか出来ないのか?」

恵真はうつむいてじっと考えてから顔を上げる。

「佐倉キャプテン。お詫びしなければいけないことがあります」
「ん?なんだ?急に」
「はい。私と伊沢くんは、つき合っていません。ただ、つき合っているように見せかける必要があって、嘘をつきました」

は?と大和はあっけにとられる。

「え、ちょっと待て。何の話だ?」
「はい、正直にお話します。私と佐倉キャプテンがどうやら噂になっているらしいと分かり、その噂を否定する為に伊沢くんに協力してもらいました。佐倉キャプテンがもしその噂のせいで、おつき合いされている方と揉めるような事があってはならないと」
「へ?」

思わず大和は間抜けな返事をする。

「私と伊沢くんがつき合っていると分かれば、佐倉キャプテンとの噂はなくなります。それに、もしキャプテンがお相手の方に問い詰められたとしても、私は伊沢くんとつき合っていると言えば、その方も安心されますよね?」
「…その方って、どの方だ?」
「ですから、佐倉キャプテンがおつき合いされているお相手の方です」
「ご大層な肩書だが、そんな方はいない」

え?と、今度は恵真が目を丸くする。

「そうなんですか?でもCAさん達、皆さん佐倉キャプテンとお近づきになりたいという感じですけど…」
「だとしても、俺はお近づきになってない」

そうでしたか…と、恵真は拍子抜けしたようにうつむく。

「それで?お前が妙に思い詰めてるのは、伊沢が原因なのか?」

すると恵真は、パッと顔を上げる。

「いえ、違います。私の未熟さゆえです。伊沢くんは何も悪くありません」

大和は手を止めて考え込む。

(うーん、さっぱり分からんな。だが、暗い表情なのは間違いない。今はとにかく気にかけておくしかないか)

そう結論を出し、恵真に真剣に言う。

「分かった。これ以上は聞かない。だが、何かあれば必ず俺に相談しろ。どんなことでもいい。ためらわず話してこい。いいな?」

恵真は、はいと頷く。
その顔が一瞬泣きそうになったのを、大和は見逃さなかった。

そしてそんな恵真に、大和の心もキュッと傷んだ。



那覇から羽田への復路も順調だった。

夜のフライトはコックピットの中も落ち着いた雰囲気で、恵真は夜空を見ながら心が癒やされるのを感じた。

やがて羽田が近づき、高度を落とすと東京のきれいな夜景が眼下に広がった。

(まるで宝石箱みたい)

恵真はふっと頬を緩めて微笑んでから、気を引き締め着陸に向けて準備を始めた。

東京のタワー管制官と交信をする。

「Tokyo Tower, JW 1098. Good evening. Approaching NEXUS. Spot 62」

「Good evening, JW 1098. Tokyo Tower. Runway 22. Continue approach. Wind 180 at 12」

「JW 1098.  Runway 22. Continue approach」

指示通りアプローチを続けていると、先行機の着陸と、この機への着陸許可が告げられる。

「JW 1098. Preceding traffic touch down. Runway 22. Cleared to land. Wind 190 at 11」

「Runway 22. Cleared to land. JW 1098」

大和と恵真は、姿勢を正す。

「Cleared to land. 行くぞ」
「はい。お願いします」

前方にくっきりと浮かび上がる滑走路のライトは、夜にはさらに美しく映える。

これから着陸するというのに、まるで空へと飛び立たせるようだ。

「Approaching minimum」
「Checked」
「Minimum」 
「Landing」

コックピットに落ち着いた二人の声が響く。

機体が滑走路に差し掛かった時、大和が微かに首をひねったのを、恵真は視界の端に捉えた。

(どうかしたのかしら)

そう思った時、大和がいきなり告げた。

「PAPIが揺れて見える。Go around」
「Roger. Go around」

恵真が答えた時、管制官の鋭い声が聞こえてきた。

「JW 1098. Go around!Runway closed due to earthquake」

地震?と思いながら、Go around, JW 1098. と答える。

既に大和はTO/GAスイッチを押して、フラップを20まで引き上げ、機首上げ15度のゴーアラウンド姿勢で上昇を始めていた。

恵真は右旋回に備えて右側を目視する。
ライトサイド、クリアと言いかけて、ふと時計を見た。

「キャプテン。現在22時43分です」
「ん?ああ、そうか」

恵真の意図が分かったらしい大和が頷く。

「タワーに確認します」
「頼む」

アプローチの許可は、もし着陸出来なかった場合の待機地点までの飛行も含めて許可されている。

そのMissed Approach Courseに向かおうとして、恵真はある問題点に気づいた。

今回指定されたコースは、埼玉県の「KASGA」まで飛行して待機することになっているのだが、今から向かうと時刻は23時を過ぎる。

そして23時は、東京上空の騒音回避の為にオペレーションが切り替わるタイミングでもあった。
いわゆる「23時の壁」だ。

恵真は管制官に誘導を求めた。

「JW 1098. Request vector, please」
「JW 1098. Turn left heading 180. Climb and maintain 3000」
「Left heading 180. Climb and maintain 3000. JW 1098」

やはり違うルートに切り替わるようだ。
埼玉ではなく「UTIBO」というポイントに回されるらしい。

とは言っても、地震が起こったばかりで管制官達も大変な状況だろう。

空にはまだ数機、着陸の為にアプローチを続けている機があるのだ。

あちこちに指示を出しながら、新たなルートを決めなければならない。

管制官からの指示がなければ、この機も、そして他の機も、どこをどう飛べばいいのか分からない。
とても危険な状況に陥る。

(どれくらいの地震だったのかしら。被害は?)

大和は自社と連絡を取り、地震の情報をまとめてから機内アナウンスを入れる。
千葉県が震源地の震度5強の地震らしかった。

その後も、恵真はひっきりなしに管制官と交信を続けていた。

他機も大わらわなのだろう。
呼びかけを聞き逃し、Did you call me?と慌てて聞き返したり、Confirm maintain 4000?と、再度数値を確認したりしている。

やがてタワーの管轄外になり、アプローチにコンタクトするよう指示された。

少し前に、Good day!と和やかに別れたばかりのアプローチの管制官に再び話しかける。

「Tokyo Approach, JW 1098. Leaving 2600 climbing 3000」

「JW 1098, Tokyo Approach. Fly heading 200. Climb and maintain 4000」

恵真が復唱するやいなや、また次の指示がくる。

「JW 1098. Climb and maintain 6000. Expect ILS Yankee Runway 23 approach」

どうやら新しい進入方式が決まったらしい。

それは良かったのだが、恐らく他機との間隔を取る為だろう、せわしなく高度やスピードの変更指示が繰り返される。

もはやアップダウンの繰り返し、文字通り右往左往の状態だった。

10分が過ぎた頃、高度を1700フィートまで下げ、スピードをノーマルに戻すよう指示があり、ようやく事態は落ち着いてきた。

「JW 1098. Left heading 250. Cleared for ILS Yankee Runway 23 approach. And maintain 1700 until established localizer」

その交信を最後に、再びタワーへと管轄が移り変わる。

地震発生から15分後、ようやくタワーの管制官が着陸許可を告げた。

「JW 1098, Tokyo Tower. Runway 23. Cleared to land. Wind 180 at 13」

いつもの聞き慣れた指示内容に、恵真はほっとしてリードバックする。

「よし!じゃあ行こう。Cleared to land」
「はい、お願いします。Cleared to land」

大和はスムーズに操縦桿を操り、今度こそ無事に羽田空港の23番滑走路に下り立った。

「JW 1098. Turn right. Taxi via Romeo」

タワーからの指示を聞き、ゲートに向かう。

最後に大和は乗客に向けて、地震により到着が遅れたことのお詫びと、この先の道中もどうぞお気をつけて。皆様とご家族のご無事をお祈りしておりますとアナウンスした。

ボーディングブリッジを乗客が次々と渡り、キャビンが静まり返ると、大和と恵真は同時にふう…と大きくため息をついた。

思わず二人で顔を見合わせて笑う。

「お疲れ様。長かったな」
「はい、お疲れ様でした。ナイスランディング」

すると大和は、恵真の顔を斜めに覗き込みながら話し出す。

「なあ、俺達って最強のコンビだと思わないか?多少の事では動じないよな、もう」
「ふふふ、そうですね。でもキャプテン、どうして管制官の指示の前にゴーアラウンドを決めたんですか?地震って分かったんですか?」
「ん?ああ。PAPIがなんか揺れて見えてさ。地震なのか、それとも俺の目に異常が発生したのか、どちらにせよ着陸は出来ないと思ったんだ」

恵真は納得しつつ、感心する。

「そうなんですね!PAPIで気づくなんて、さすが佐倉キャプテンです」

管制官の指示があったのは、タイミング的にちょうどギアが接地する頃だった。

もし大和がひと足先にゴーアラウンドしていなければ、地震で揺れている滑走路にランディングし、大変な事態を招いたかもしれないのだ。

「この便が佐倉キャプテンで本当に良かったです」
「お前こそ。いきなりゴーアラウンド告げられたのに、普通に返してたよな」
「それはまあ。いつも、そうなるかもしれないと思ってますから」
「そうだけど、いざとなると多少は焦るのが普通だぞ?ガタイのいい大の男でも、ゴ、ゴーアラウンド?!とか聞き返してくるやつもいる」

妙に高い声のセリフを再現する大和に、恵真は思わず吹き出して笑う。

「そうなんですか?それはなんだか可愛らしいです」
「可愛いか?いい年の男だぞ?」
「だから余計に可愛らしいです。ふふふ」

つられて大和も頬を緩めた。
恵真が少し元気になったように見えて安心する。

「さてと!じゃあ降りますか」
「はい。お疲れ様でした」
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