めぐり逢い 憧れてのち 恋となる

葉月 まい

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3人で挑むプロジェクト

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織江が退職して半月が経った。

花穂は気持ちを切り替えて、織江が担当していた案件をこなしていく。

(織江さんのあとを引き継いだんだから、しっかりしないと)

そう気合いを入れていた。

「青山さん、ちょっと来てくれる?」

部長に呼ばれて、花穂は立ち上がる。

「はい、お呼びでしょうか?」
「ああ。実はね、ホテル セレストの須崎さんから直々に、君たちにまた仕事を依頼したいと連絡があった」
「須崎副支配人からですか? 私たちというのは……」
「君と、プロデュース部の浅倉くん、それからテクニカル部の大森くんの3人にだ。本当は川島さんの名前も挙がっていたんだけど、退職したと伝えてね。残念だが、その分ぜひ青山さんにデザインをお願いしたいとのことだった」
「えっ! 私ひとりに、ですか?」
「ん? どうしてそんなに驚くことがある?」

部長に首をひねられて、花穂は口ごもる。

いつも織江と二人でデザインを担当していたが、これからはひとりで受け持たなければいけない。

分かっていたはずだが、実感がなかった。

「あの、本当に私が担当でよろしいのでしょうか?」
「先方からそう言われたんだから、大丈夫でしょ? それに川島さんから聞いてたよ。前回のホテル セレストのプロジェクト、実際の空間デザインは青山さんひとりで考えたそうだね?」
「いえ、川島さんに散々相談させていただきました。私ひとりではとても……」
「彼女はそんなふうには言ってなかったよ。青山さんは、デザイナーとして立派にひとり立ちできているって」

織江さんがそんなことを……、と花穂は胸を打たれた。

「彼女の目は確かだと私は思うが?」

部長にそう投げかけられ、花穂は覚悟を決める。

「分かりました。精いっぱいやらせていただきます」
「ああ。頼んだよ」
「はい」

自分を奮い立たせてしっかりと頷いた。



翌日には、早速3人での打ち合わせに入る。

「須崎さんからプロデュース部に正式な依頼があった。これがその概要だ」

大地が差し出した資料に、花穂と大森はすぐさま目を通す。

「ん? ホテル フィオーレ? セレストじゃないのか?」

大森の問いかけに、花穂も不思議に思って大地に目を向けた。

「ホテル フィオーレは、新しくオープンする系列ホテルだそうだ。そこの支配人に、須崎さんが就任するらしい」
「へえ! 須崎さんが支配人に?」
「ああ。その記念すべきオープニングセレモニーの演出を、俺たち3人に依頼したいとのことだった」

ひえ!と花穂は思わず両手で頬を押さえる。

「そ、そんな大切なセレモニーの演出を? 失敗は許されないですよね」

すると大地が冷たく言い放った。

「失敗が許される仕事なんてない。大切ではないセレモニーもな。そんな見方で仕事を区別するな」
「はい、申し訳ありません」

きつい口調に萎縮してしまったが、言われていることはもっともだと、花穂は素直に頭を下げる。

「青山」
「はい」

呼ばれて恐る恐る顔を上げると、意外にも大地の表情は穏やかだった。

「心配するな。お前はひとりじゃない。この俺が失敗なんてさせる訳ないだろ?」

ニヤリと不敵な笑みを向けられて、花穂は思わず目をしばたたかせる。

返す言葉に詰まっていると、「おいおい」と大森が横槍を入れた。

「なーに二人の世界に浸ってんだよ。俺を忘れるなって。花穂ちゃん、いつでも俺の胸に飛び込んでおいで。さあ!」

大きく腕を広げた大森の胸を、大地がバシッとはたく。

「いってえなー。なんで大地が飛び込んでくるんだよ」
「飛び込んでねーわ!」

花穂は眉をハの字に下げながら、「まあまあ」と二人をなだめる。

(こういう役も、織江さんのあとを引き継がなきゃいけないのね)

今度会ったら話を聞いてもらおうと、花穂は織江を懐かしみながら笑みを浮かべていた。



依頼を受けたホテル フィオーレのオープニングセレモニーは、3ヶ月後の11月21日。

花穂は連日、大地や大森と打ち合わせを重ねた。

「9月初旬には先方にプランを提示して、OKをもらいたい。青山、今考えてるアイデアは?」
「はい。フィオーレという名前にちなんで、花をテーマにするのはどうでしょう? 場所も、招待されたゲストとマスコミしか入れないバンケットホールだけでなく、ロビーもインスタレーション、つまり空間全体をデザインして演出します」
「うん、いいな。具体的には?」

花穂はCGで描き起こしたデザイン画を見せながら、大地と大森に説明する。

「まずはロビーですが、演出のテーマは『光の花びら』です。天井からオーガンジー素材の花びらを、シャワーのように何百枚も吊るします。布に導光ファイバーを織り込み、花びらが内側から光る仕組みです」

へえ、と大森が興味深そうに頷いた。

「それいいな。光をプログラミングで制御して、カラフルに演出できると思う。色を変えたり、光るタイミングをずらしたり」

そうだな、と言って大地も提案する。

「あとは吊るしてあるワイヤーを回転モーターでねじったり、小型ファンで風を送って花びらを揺らすのはどうだ?」
「素敵! ぜひお願いしたいです。床にも同じように光る花びらを敷き詰めたいと思っています。それからバンケットホールの方は、前回同様プロジェクションマッピングをメインに。それと連動して、ゲストのテーブルに置かれたフラワーアレンジメントが内側から淡く光る演出はどうでしょう? 中にLEDライトを仕込んでおいて」
「なるほど。前方に映し出されるプロジェクションマッピングから飛び出して、すぐ目の前の花も光り出す……。いいな、魔法がかかるような感じで。映像もそんなふうに考えておく」
「ありがとうございます」

花穂は大地に笑顔でお礼を言う。

魔法をかけるイメージは常に花穂の頭の中にあり、それを大地が感じ取ってくれたことが嬉しかった。

「よし、この案で先方と話をしてみる。二人ともそれぞれ資料にまとめておいてくれるか? できあがり次第、須崎さんに提案しに行く」
「はい!」

早速3人はそれぞれ作業を始めた。



「これが花びらの試作品です。オーガンジーの色は、ピンクや白、水色や黄色など、淡い色合いにしてみました」

8月の下旬。
3人で集まった会議室で、花穂はテーブルの上に軽い素材で作った花びらを載せて説明する。

「布の中に織り込む導光ファイバーも、3パターン試してみました。布の表面に織り込んだもの、布を2重にして中にファイバーを通したもの、布のフチだけにファイバーを通したものの3つです」

大森がじっくりと手に取って見る。

「ふーん。それぞれ光り方も違っていいだろうな。花びらごとにアドレスを割り振って、色や明るさ、光るタイミングをプログラミングするよ。床に敷き詰める花びらも、5分ごとに色をグラデーションで変化させてもいいんじゃないか?」

そうだな、と大地も頷いた。

「天井裏に仕込んだ小型ファンで、断続的にわずかに空気を送って花びらを揺らそう。ワイヤーの上部にマイクロモーターを取り付けておいて、数分に一度ねじったり、緩めたりする動きを与えて揺れを演出する」


花穂は想像するだけでわくわくしてきた。

9月に入ってすぐ、大地が須崎のもとを訪れてプレゼンし、無事にOKをもらえる。

「これがホテル フィオーレの平面図だ。建設中の為、現地を下見できるのは11月になってから。それまではあらゆる状況に対応できるよう、フレキシブルに案を練っておこう」
「はい」

花穂は毎日花びらの制作に明け暮れる。

光り方や色の発色具合を現地で確かめて調節する為、予定数の倍の花びらを用意したかった。

「まだいたのか」

ある夜、会議室にひとり残って作業していると、大地がやって来た。

「浅倉さん、お疲れ様です。どうかしましたか?」
「いや。お前こそ、今何時か分かってるか?」
「え?」

聞かれて花穂は腕時計に目を落とす。
時刻は22時を回っていた。

「ええ!? いつの間に?」

驚いていると、大地がやれやれとため息をつく。

「その分だとメシもまだだろ。 食べに行くぞ、早く片づけろ」
「え、ええ!?」
「……おい、日本語分かるか?」
「イエス!」
「英語で答えるな。早くしろ」
「はい!」

花穂はバタバタとテーブルの上の材料をまとめた。
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