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ずっとそばに
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翌朝。
須崎にロビーの演出を見てもらい「いいですね! 素敵です」とOKをもらうと、その足でバンケットホールに向かった。
「青山さん、届いたフラワーアレンジメントはここにまとめて置いてありますので」
須崎に言われて、花穂はテーブルに並べられた20個のアレンジメントを確認する。
大地と大森も、プロジェクションマッピングや音響と照明の打ち合わせを進めた。
「青山、作業終わったら早速リハーサルするぞ」
「はい!」
花穂はフラワーアレンジメントに光る葉っぱや茎を混ぜていく。
なるべく自然の花の美しさを引き立てるように、ひとつひとつ丁寧に仕上げていった。
「浅倉さん、終わりました」
「よし。実際のテーブルセッティングにして、リハーサル始めよう」
「はい」
須崎にも立ち会ってもらい、時間を測りながら通しリハーサルを行った。
「場内の照明、テーブルのアレンジメントが光る時は、グッと落としてくれ」
「了解」
「須崎支配人。風を起こす演出上、テーブルの配置を少しずらしても構いませんか?」
大地は大森や須崎に、次々と改善点を提示する。
もう一度全体を通してリハーサルを行い、満足そうに頷いた。
「よし、これでいこう」
「はい」
真剣な表情の大地に、花穂は早くも胸がドキドキし始める。
開始時刻ギリギリまで何度も確認し、開場の時間が近づくと一旦ロビーに下りた。
エントランスに入って来るゲストは、真っ先に中央のステージに目を奪われている。
「見て、綺麗!」
フラワーシャワーを見上げながら近くまで来ると、足元の光る花びらにも見とれている。
写真撮影するゲストの笑顔に、花穂も嬉しくなった。
「よさそうだな。よし、バンケットホールに戻るぞ」
「はい」
ゲストの楽しそうな様子に励まされ、花穂は気合いを入れてバンケットホールに向かった。
◇
「わあ、皆さん華やかですね。若い女性が半数くらい?」
バックヤードから顔を覗かせて、花穂がドレス姿の女性客に目を輝かせる。
「綺麗なお姉さんがいっぱい」
「ああ。ホテル セレストは年輩の人に好まれる老舗ホテルだけど、フィオーレは女性をターゲットにしてるからな。このセレモニーも、旅行会社や雑誌のライターの女性を中心に招いたらしい」
「そうなんですね。喜んでもらえるといいなあ」
花穂は祈るように両手を組んでゲストの様子に目をやる。
その隣で大森が、キョロキョロとせわしなくホールを見渡していた。
「おおー、可愛い子がいっぱいだ。君のハートを撃ち抜いちゃうぞー。えーい」
バシッと音がして振り返ると、大森が女の子のハートを撃ち抜いた音ではなく、大地に頭をはたかれた音だったらしい。
「いってーなー、大地。なにすんだよ?」
「ふざけてないで仕事しろ」
「してるよ。俺のテクニックで会場中の女の子を堕としてやるさ。見てろよー」
メラメラと闘志をみなぎらせて、大森はポジションに向かう。
「開始5分前だ。準備はいいな?」
聞かれて花穂は、大きく大地に頷いた。
「バッチリです」
「よし、いこう」
パーテーションで区切られた、機材の置かれたテーブルの前に3人並んで立つ。
「開始5秒前。……3、2、照明とBGMダウン。プロジェクションマッピング、スタート」
大地の合図にあわせて、大森がパソコンを操作した。
スッと暗くなり、ざわめきが消える場内。
次の瞬間、華やかな音楽と共に前方のスクリーンがきらびやかに輝いた。
明るい光が射し込む中、次々とカラフルな花が咲いていく。
画面いっぱいに花が溢れると、ひと筋の光がサラサラと文字を描いた。
と同時に、ナレーションの声が響く。
『Welcome to the blooming moment of Hotel Fiore.』
パッと画面が弾けて、今度は制服姿のスタッフの笑顔の写真が、花に囲まれて流れ始めた。
『ようこそ!』と誰もがにこやかにゲストに語りかける。
次に、ホテルのガーデンやプール、チャペルやレストラン、客室なども紹介された。
どんな場所にも、美しい花が添えられている。
やがて前方スクリーンを飛び出し、風に吹かれたかのように、花がパーッとホールの天井に広がった。
「わあっ……」
ゲストが声にならないため息をもらしながら目で追うと、頭上に咲いた花束から光が放射線状に散らばった。
と、次の瞬間。
「えっ、うそ!」
ゲストがテーブルに置かれたフラワーアレンジメントに目をやって驚く。
まるで魔法をかけられたように、花が光を帯びて色づいていた。
「なんて綺麗……」
照明を落としたホールに浮かび上がる、光の花と人々の笑顔。
その光景に、花穂は胸を打たれた。
(幸せと希望がここに溢れてる……)
こぼれそうになる涙をこらえ、目尻をそっと指で拭った。
やがて天井の映像は周囲の壁にも広がり、ホール中が一面の花で埋め尽くされる。
ふわりとかすかな風と共に、芳しい花の香りも流れてきた。
「わあ、まるで花園の中にいるみたい」
うっとりと呟くゲストの言葉が聞こえてきた。
ここが部屋の中だとは思えないほど、自然を感じる演出。
それは大地のプランニングだった。
「五感を使って花の魅力を感じてほしい」
そう言って、映像だとは思えないほど美しい花園の風景を創り出していた。
(本当に素敵、浅倉さんの演出)
ふわっと花穂の前髪が揺れ、花の良い香りに思わず息を吸い込んだ。
最後に、手にかごを持った5人の女の子たちが、ゲストのテーブルに小さな花束を配って歩く。
その足跡に輝く花が生まれて、また人々は驚きの声を上げた。
BGMが盛り上がり、太陽の光が隅々まで行き渡るように前方のスクリーンが明るく輝いて、セレモニーを締めくくった。
◇
「やったな」
人々の拍手と歓声を聞きながら、大森が大地の肩をバシッと叩き、固く手を握り合う。
「ああ。ありがとう、大森」
「こちらこそ。花穂ちゃんも」
手を差し出されて、花穂も二人と握手を交わした。
「皆様、ありがとうございました。いやー、素晴らしかったです」
興奮冷めやらぬ様子で、須崎がやって来た。
「おかげさまで、幸先の良い幕開けとなりました。ゲストの方々にも、とても喜んでいただけました。浅倉さんたちにお願いして本当に良かったです。お席をご用意しましたので、どうぞお食事を召し上がってください」
「ありがとうございます」
3人はパーテーションから出て、一番後ろに用意された円卓に着く。
大森は早速お酒をもらいに、バーカウンターへ向かった。
花穂と大地は、ゲストが壁の花や光るフラワーアレンジメントの写真を撮っているのを、微笑みながら見守る。
「お客様の笑顔がなによりのご褒美ですね」
「そうだな。ダイレクトに反応が返ってきて、こっちが感動させられる」
「ええ、確かに」
すると大森が、シャンパングラスを3つ手にして戻って来た。
「乾杯しようぜ! 今夜の酒はうまいぞー」
「大森、撤収作業を忘れるなよ」
「今だけ忘れさせろー。かんぱーい!」
苦笑いしつつ、花穂と大地もグラスを掲げた。
◇
「ううー、眠い。足がフラフラする」
片づけを終えると、花穂はおぼつかない足取りで客室に向かう。
「青山、眠いんじゃなくて酔っ払ってるんだ」
「ええー? でも目が閉じちゃう……」
「ああ、じゃあ眠気だな」
「なに、どっちなの?」
大地の言葉に、花穂の頭はますます働かなくなった。
「それでは、おやすみなさい」
「青山、そこは別の部屋だ。お前は俺たちとこっちの部屋」
そう言って客室に促す大地を、花穂はキッと振り返る。
「私、男の人の部屋に簡単に入るような女じゃないんで」
「って、待て! だからその部屋は別の人の部屋だ。それこそ男だったらどうする?」
隣の部屋のドアに手をかける花穂の肩を、大地は慌てて抱き寄せた。
「ほら、早く入れ」
「やだー! 私、こう見えて操を守る純真無垢な……」
「うるさい!」
「ふがー!」
口を塞がれて強引に部屋に連れ込まれると、いつの間に入っていたのか、リビングのソファで大森が大の字に寝そべっていた。
「ああ、もう、酔っぱらいが二人も……」
ため息をつく大地に、花穂は背伸びをして頭をポンポンとなでる。
「よくがんばりましたね。えらいえらい」
「……おい。俺は頭ポンポンされても嬉しくないぞ」
「そうなんですか? じゃあ、もう少しお酒飲みましょうか」
「なんでそうなる!?」
花穂は冷蔵庫から缶チューハイを2本出すと、大地の腕を取って大森と反対側のソファに並んで座る。
「お疲れ様でした。乾杯!」
プシュッと缶を開けると、花穂はゴクゴクと一気に半分ほど飲んだ。
「はあ、美味しい」
「それ1本で終わりにしろよ?」
「はーい。あ、ナッツも持って来ようっと」
「いい、俺が取りに行く」
立ち上がった大地が、小皿に載せたナッツやチーズを手に戻って来ると、二人でしんみりと今夜のセレモニーを振り返った。
「私、こんなに充実感を味わったのは初めてです。織江さんがいなくて、最初はすごく不安でした。だけど浅倉さんが睨みを効かせてくれたおかげで、勇気が湧いてきたんです」
「なんだそれ。俺がいつ睨みを効かせた?」
「ええ? 忘れたんですか?」
花穂は人差し指で両目を横に引っ張り、低い声を出す。
「失敗が許される仕事なんてない。そんな見方で仕事を区別するな」
「……それ、まさか俺の真似とか言うなよ?」
「似てるでしょ?」
「似てるか!」
ふふっと笑ってから、花穂は視線を落としてしみじみと語り出した。
「とても大切なことを教わりました。この言葉はずっと忘れません。それに本当は私、途中で逃げようとした時がありました。私のやりたいことが、やってはいけないことのような気がして……。自然に勝るものはないのに、その自然を汚そうとしているのかもしれないって、自分で自分を追い詰めて……。あの時浅倉さんが来てくれなかったら、私は今ここにはいなかったかもしれません」
大地はじっと花穂の言葉に耳を傾ける。
「浅倉さん、本当にありがとうございました。私、いつか浅倉さんに認めてもらえるようなデザイナーになりますね」
そう言うと、大地は少し驚いた表情を浮かべてから、しっかりと頷いた。
「ああ、お前なら必ずなれる」
「はい。また浅倉さんとプロジェクトでご一緒できる日を楽しみにしています」
花穂は屈託のない笑顔で大地にそう伝えた。
♣♣♣
(俺の方こそ青山に助けられた。またこうやって、心からの充実感を味わわせてもらえた)
大地は手元の缶を見つめて、心の中で呟く。
いつ以来だろう?
こんなにも仕事にやりがいを感じたのは。
3人で力を合わせてプロジェクトに取り組み、成功を分かち合えた。
クライアントにもゲストにも、笑顔で喜ばれた。
自分がやりたかった仕事は、まさにこれだ。
そう感じて、心が晴れ晴れと明るくなった。
(4年前のあの子に、こんなふうに助けられるとはな)
そう思って顔を上げると、隣で花穂はソファにもたれて眠りに落ちていた。
無防備であどけないその寝顔に、大地は、ふっと笑みをもらす。
(やっぱりまだまだ可愛らしいな)
そう思いながら、花穂の肩を揺する。
「青山? ほら、部屋に行ってベッドで寝ろ」
「んー……、やだ。眠いもん」
「やだじゃない。ったくもう……」
何度か声をかけるが、返事も返ってこなくなった。
大地はテーブルに缶を置くと、やれやれとため息をついてから花穂を抱き上げる。
そのまま寝室に運び、そっとベッドに寝かせた。
花穂は気持ち良さそうに身体をベッドに預けて、スーッと寝入る。
大地はベッドの端に腰掛け、花穂の寝顔を見つめた。
最初は控えめに織江の影に隠れ、自信もなさそうな印象だったが、いつの間にこんなに頼もしくなったのだろう?
(4年前に俺と少し話したことがきっかけで、この会社に入ろうと思ってくれた。ほんの少しでも俺に憧れてくれたのか?)
そう思うと素直に嬉しかった。
手を伸ばし、優しく花穂の頭をポンポンとなでながら呟く。
「大きく羽ばたいたな、ひよこちゃん」
すると花穂は、ふふっと頬を緩めた。
(幸せそうな顔して、夢でも見てるのか?)
柔らかい花穂の頬をフニフニと優しく摘むと、思わず大地も頬が緩む。
ふと、鳥のヒナは生まれて初めて見た相手を親だと思い込んでついて行くことを思い出した。
花穂も、自分に無垢な視線を向けてくれている。
そんな気がした。
「ずっと俺のそばにいろよ」
大地は花穂の耳元でそうささやくと、もう一度ポンと頭に手を置いてから立ち上がり、部屋をあとにした。
須崎にロビーの演出を見てもらい「いいですね! 素敵です」とOKをもらうと、その足でバンケットホールに向かった。
「青山さん、届いたフラワーアレンジメントはここにまとめて置いてありますので」
須崎に言われて、花穂はテーブルに並べられた20個のアレンジメントを確認する。
大地と大森も、プロジェクションマッピングや音響と照明の打ち合わせを進めた。
「青山、作業終わったら早速リハーサルするぞ」
「はい!」
花穂はフラワーアレンジメントに光る葉っぱや茎を混ぜていく。
なるべく自然の花の美しさを引き立てるように、ひとつひとつ丁寧に仕上げていった。
「浅倉さん、終わりました」
「よし。実際のテーブルセッティングにして、リハーサル始めよう」
「はい」
須崎にも立ち会ってもらい、時間を測りながら通しリハーサルを行った。
「場内の照明、テーブルのアレンジメントが光る時は、グッと落としてくれ」
「了解」
「須崎支配人。風を起こす演出上、テーブルの配置を少しずらしても構いませんか?」
大地は大森や須崎に、次々と改善点を提示する。
もう一度全体を通してリハーサルを行い、満足そうに頷いた。
「よし、これでいこう」
「はい」
真剣な表情の大地に、花穂は早くも胸がドキドキし始める。
開始時刻ギリギリまで何度も確認し、開場の時間が近づくと一旦ロビーに下りた。
エントランスに入って来るゲストは、真っ先に中央のステージに目を奪われている。
「見て、綺麗!」
フラワーシャワーを見上げながら近くまで来ると、足元の光る花びらにも見とれている。
写真撮影するゲストの笑顔に、花穂も嬉しくなった。
「よさそうだな。よし、バンケットホールに戻るぞ」
「はい」
ゲストの楽しそうな様子に励まされ、花穂は気合いを入れてバンケットホールに向かった。
◇
「わあ、皆さん華やかですね。若い女性が半数くらい?」
バックヤードから顔を覗かせて、花穂がドレス姿の女性客に目を輝かせる。
「綺麗なお姉さんがいっぱい」
「ああ。ホテル セレストは年輩の人に好まれる老舗ホテルだけど、フィオーレは女性をターゲットにしてるからな。このセレモニーも、旅行会社や雑誌のライターの女性を中心に招いたらしい」
「そうなんですね。喜んでもらえるといいなあ」
花穂は祈るように両手を組んでゲストの様子に目をやる。
その隣で大森が、キョロキョロとせわしなくホールを見渡していた。
「おおー、可愛い子がいっぱいだ。君のハートを撃ち抜いちゃうぞー。えーい」
バシッと音がして振り返ると、大森が女の子のハートを撃ち抜いた音ではなく、大地に頭をはたかれた音だったらしい。
「いってーなー、大地。なにすんだよ?」
「ふざけてないで仕事しろ」
「してるよ。俺のテクニックで会場中の女の子を堕としてやるさ。見てろよー」
メラメラと闘志をみなぎらせて、大森はポジションに向かう。
「開始5分前だ。準備はいいな?」
聞かれて花穂は、大きく大地に頷いた。
「バッチリです」
「よし、いこう」
パーテーションで区切られた、機材の置かれたテーブルの前に3人並んで立つ。
「開始5秒前。……3、2、照明とBGMダウン。プロジェクションマッピング、スタート」
大地の合図にあわせて、大森がパソコンを操作した。
スッと暗くなり、ざわめきが消える場内。
次の瞬間、華やかな音楽と共に前方のスクリーンがきらびやかに輝いた。
明るい光が射し込む中、次々とカラフルな花が咲いていく。
画面いっぱいに花が溢れると、ひと筋の光がサラサラと文字を描いた。
と同時に、ナレーションの声が響く。
『Welcome to the blooming moment of Hotel Fiore.』
パッと画面が弾けて、今度は制服姿のスタッフの笑顔の写真が、花に囲まれて流れ始めた。
『ようこそ!』と誰もがにこやかにゲストに語りかける。
次に、ホテルのガーデンやプール、チャペルやレストラン、客室なども紹介された。
どんな場所にも、美しい花が添えられている。
やがて前方スクリーンを飛び出し、風に吹かれたかのように、花がパーッとホールの天井に広がった。
「わあっ……」
ゲストが声にならないため息をもらしながら目で追うと、頭上に咲いた花束から光が放射線状に散らばった。
と、次の瞬間。
「えっ、うそ!」
ゲストがテーブルに置かれたフラワーアレンジメントに目をやって驚く。
まるで魔法をかけられたように、花が光を帯びて色づいていた。
「なんて綺麗……」
照明を落としたホールに浮かび上がる、光の花と人々の笑顔。
その光景に、花穂は胸を打たれた。
(幸せと希望がここに溢れてる……)
こぼれそうになる涙をこらえ、目尻をそっと指で拭った。
やがて天井の映像は周囲の壁にも広がり、ホール中が一面の花で埋め尽くされる。
ふわりとかすかな風と共に、芳しい花の香りも流れてきた。
「わあ、まるで花園の中にいるみたい」
うっとりと呟くゲストの言葉が聞こえてきた。
ここが部屋の中だとは思えないほど、自然を感じる演出。
それは大地のプランニングだった。
「五感を使って花の魅力を感じてほしい」
そう言って、映像だとは思えないほど美しい花園の風景を創り出していた。
(本当に素敵、浅倉さんの演出)
ふわっと花穂の前髪が揺れ、花の良い香りに思わず息を吸い込んだ。
最後に、手にかごを持った5人の女の子たちが、ゲストのテーブルに小さな花束を配って歩く。
その足跡に輝く花が生まれて、また人々は驚きの声を上げた。
BGMが盛り上がり、太陽の光が隅々まで行き渡るように前方のスクリーンが明るく輝いて、セレモニーを締めくくった。
◇
「やったな」
人々の拍手と歓声を聞きながら、大森が大地の肩をバシッと叩き、固く手を握り合う。
「ああ。ありがとう、大森」
「こちらこそ。花穂ちゃんも」
手を差し出されて、花穂も二人と握手を交わした。
「皆様、ありがとうございました。いやー、素晴らしかったです」
興奮冷めやらぬ様子で、須崎がやって来た。
「おかげさまで、幸先の良い幕開けとなりました。ゲストの方々にも、とても喜んでいただけました。浅倉さんたちにお願いして本当に良かったです。お席をご用意しましたので、どうぞお食事を召し上がってください」
「ありがとうございます」
3人はパーテーションから出て、一番後ろに用意された円卓に着く。
大森は早速お酒をもらいに、バーカウンターへ向かった。
花穂と大地は、ゲストが壁の花や光るフラワーアレンジメントの写真を撮っているのを、微笑みながら見守る。
「お客様の笑顔がなによりのご褒美ですね」
「そうだな。ダイレクトに反応が返ってきて、こっちが感動させられる」
「ええ、確かに」
すると大森が、シャンパングラスを3つ手にして戻って来た。
「乾杯しようぜ! 今夜の酒はうまいぞー」
「大森、撤収作業を忘れるなよ」
「今だけ忘れさせろー。かんぱーい!」
苦笑いしつつ、花穂と大地もグラスを掲げた。
◇
「ううー、眠い。足がフラフラする」
片づけを終えると、花穂はおぼつかない足取りで客室に向かう。
「青山、眠いんじゃなくて酔っ払ってるんだ」
「ええー? でも目が閉じちゃう……」
「ああ、じゃあ眠気だな」
「なに、どっちなの?」
大地の言葉に、花穂の頭はますます働かなくなった。
「それでは、おやすみなさい」
「青山、そこは別の部屋だ。お前は俺たちとこっちの部屋」
そう言って客室に促す大地を、花穂はキッと振り返る。
「私、男の人の部屋に簡単に入るような女じゃないんで」
「って、待て! だからその部屋は別の人の部屋だ。それこそ男だったらどうする?」
隣の部屋のドアに手をかける花穂の肩を、大地は慌てて抱き寄せた。
「ほら、早く入れ」
「やだー! 私、こう見えて操を守る純真無垢な……」
「うるさい!」
「ふがー!」
口を塞がれて強引に部屋に連れ込まれると、いつの間に入っていたのか、リビングのソファで大森が大の字に寝そべっていた。
「ああ、もう、酔っぱらいが二人も……」
ため息をつく大地に、花穂は背伸びをして頭をポンポンとなでる。
「よくがんばりましたね。えらいえらい」
「……おい。俺は頭ポンポンされても嬉しくないぞ」
「そうなんですか? じゃあ、もう少しお酒飲みましょうか」
「なんでそうなる!?」
花穂は冷蔵庫から缶チューハイを2本出すと、大地の腕を取って大森と反対側のソファに並んで座る。
「お疲れ様でした。乾杯!」
プシュッと缶を開けると、花穂はゴクゴクと一気に半分ほど飲んだ。
「はあ、美味しい」
「それ1本で終わりにしろよ?」
「はーい。あ、ナッツも持って来ようっと」
「いい、俺が取りに行く」
立ち上がった大地が、小皿に載せたナッツやチーズを手に戻って来ると、二人でしんみりと今夜のセレモニーを振り返った。
「私、こんなに充実感を味わったのは初めてです。織江さんがいなくて、最初はすごく不安でした。だけど浅倉さんが睨みを効かせてくれたおかげで、勇気が湧いてきたんです」
「なんだそれ。俺がいつ睨みを効かせた?」
「ええ? 忘れたんですか?」
花穂は人差し指で両目を横に引っ張り、低い声を出す。
「失敗が許される仕事なんてない。そんな見方で仕事を区別するな」
「……それ、まさか俺の真似とか言うなよ?」
「似てるでしょ?」
「似てるか!」
ふふっと笑ってから、花穂は視線を落としてしみじみと語り出した。
「とても大切なことを教わりました。この言葉はずっと忘れません。それに本当は私、途中で逃げようとした時がありました。私のやりたいことが、やってはいけないことのような気がして……。自然に勝るものはないのに、その自然を汚そうとしているのかもしれないって、自分で自分を追い詰めて……。あの時浅倉さんが来てくれなかったら、私は今ここにはいなかったかもしれません」
大地はじっと花穂の言葉に耳を傾ける。
「浅倉さん、本当にありがとうございました。私、いつか浅倉さんに認めてもらえるようなデザイナーになりますね」
そう言うと、大地は少し驚いた表情を浮かべてから、しっかりと頷いた。
「ああ、お前なら必ずなれる」
「はい。また浅倉さんとプロジェクトでご一緒できる日を楽しみにしています」
花穂は屈託のない笑顔で大地にそう伝えた。
♣♣♣
(俺の方こそ青山に助けられた。またこうやって、心からの充実感を味わわせてもらえた)
大地は手元の缶を見つめて、心の中で呟く。
いつ以来だろう?
こんなにも仕事にやりがいを感じたのは。
3人で力を合わせてプロジェクトに取り組み、成功を分かち合えた。
クライアントにもゲストにも、笑顔で喜ばれた。
自分がやりたかった仕事は、まさにこれだ。
そう感じて、心が晴れ晴れと明るくなった。
(4年前のあの子に、こんなふうに助けられるとはな)
そう思って顔を上げると、隣で花穂はソファにもたれて眠りに落ちていた。
無防備であどけないその寝顔に、大地は、ふっと笑みをもらす。
(やっぱりまだまだ可愛らしいな)
そう思いながら、花穂の肩を揺する。
「青山? ほら、部屋に行ってベッドで寝ろ」
「んー……、やだ。眠いもん」
「やだじゃない。ったくもう……」
何度か声をかけるが、返事も返ってこなくなった。
大地はテーブルに缶を置くと、やれやれとため息をついてから花穂を抱き上げる。
そのまま寝室に運び、そっとベッドに寝かせた。
花穂は気持ち良さそうに身体をベッドに預けて、スーッと寝入る。
大地はベッドの端に腰掛け、花穂の寝顔を見つめた。
最初は控えめに織江の影に隠れ、自信もなさそうな印象だったが、いつの間にこんなに頼もしくなったのだろう?
(4年前に俺と少し話したことがきっかけで、この会社に入ろうと思ってくれた。ほんの少しでも俺に憧れてくれたのか?)
そう思うと素直に嬉しかった。
手を伸ばし、優しく花穂の頭をポンポンとなでながら呟く。
「大きく羽ばたいたな、ひよこちゃん」
すると花穂は、ふふっと頬を緩めた。
(幸せそうな顔して、夢でも見てるのか?)
柔らかい花穂の頬をフニフニと優しく摘むと、思わず大地も頬が緩む。
ふと、鳥のヒナは生まれて初めて見た相手を親だと思い込んでついて行くことを思い出した。
花穂も、自分に無垢な視線を向けてくれている。
そんな気がした。
「ずっと俺のそばにいろよ」
大地は花穂の耳元でそうささやくと、もう一度ポンと頭に手を置いてから立ち上がり、部屋をあとにした。
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