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ひとりじゃない
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ホテル フィオーレのセレモニーが無事成功に終わり、花穂はホッとしてリラックスしながら日々の業務に戻っていた。
次に取り組むプロジェクトは、今のところまだなにも話はない。
やり残した書類の提出や、他のメンバーの手伝い、そして色んな資料やデザインを集めてインプットする期間にした。
すると12月に入ってすぐ、大地がクリエイティブ部にやって来た。
「青山、ちょっといいか?」
「浅倉さん! はい、今行きます」
廊下に出ると、大地がいきなり予定を聞いてきた。
「今日の夜、暇か?」
「え、それは色んな答えがあります」
「は? どういう意味だよ」
「合コンに駆り出されるなら、のっぴきならない用事があって行けません。カラオケに誘われるなら、残業するので残念ながら。飲みに行くぞってことなら、メンバー次第で……」
「ああ、もう、ややこしい! 仕事だ、仕事」
「え、仕事?」
プロデュース部の仕事を手伝えということだろうか?と首をひねる。
「別に無理に来いとは言ってない。よかったら俺の現場に一緒に来るかって思っただけだ」
「浅倉さんの現場って、どこですか?」
「4年前から担当してる、銀座のジュエリーショップ。20時の閉店後にクリスマスの装飾をしに行く」
えっ!と花穂は驚いた。
「無理しなくていいぞ。夜遅くなるしな」
「行きます! 行きたい! 行かせてください!」
「なんだよ、調子いいな。じゃあ定時になったらロビーに下りて来い。軽く食事と打ち合わせしてから向かう」
「かしこまりました!」
「じゃあな」
軽く手を挙げて去って行く大地の後ろ姿を見送りながら、花穂は早くもわくわくする。
(あのお店の内装、じっくり見たかったんだ)
言わば自分にとってはデザイナーの原点とも言える大切な場所。
とは言え、なにせ超がつくほど高級なブランドだ。
ふらっと立ち寄るのも気後れするし、ましてや買いたくても手が出ない。
見かけても、通り過ぎざまにちらっと目をやる程度だった。
(季節ごとのディスプレイも素敵だなって思ってたけど、まだ浅倉さんが担当してたんだ。今夜はクリスマスの装飾か、楽しみ!)
どうにもニヤニヤが止まらず、「花穂、なんか不気味だよ?」と周りに言われながら、その日の仕事を終えた。
◇
「浅倉さん、お待たせしました」
定時になると、花穂はエレベーターで1階に下り、ロビーのソファに座っている大地に駆け寄った。
「お疲れ、俺も今来たとこ。じゃあまずはメシ行くか。前と同じバーでいい?」
「はい、もちろんです」
大地はビルを出るとタクシーを捕まえる。
「えっ、徒歩で行かないんですか?」
「いいからさっさと乗れ。疲れてるだろ」
追いやられるように乗り込むが、どうやら自分を気遣ってくれているらしいと分かり、花穂は思わずニヤける。
「なんだよ? 気味が悪いな」
「ちょっと! 女子に向かってなんてこと言うんですか」
「相手が普通の女子だったら『なにかいいことでもあったのかい?』って言う」
「じゃあ私にもそう言ってくださいよ」
おかしいな、いつからこんな扱いに?と花穂は唇を尖らせてそっぽを向いた。
バーに着くと、マスターが二人を見てにこやかな笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。またお越しいただけて、嬉しいです。どうぞお好きな席へ」
「こんばんは、マスター。お邪魔します」
以前と同じ窓際の席に着き、花穂はまたしてもうっとりと窓の外の夜景に見とれた。
「青山、お酒はナシな。ドリンクと料理、なにがいい?」
「じゃあ、ノンアルコールカクテルをお任せでお願いします。お料理も」
「分かった」
大地はマスターにオーダーを済ませると、かばんからタブレットを取り出す。
「ショップの装飾のイメージ画像だ。材料は既にショップに届けてある。飾りつけを手伝ってくれると嬉しい」
「承知しました。わあ、素敵なデザインですね。クリスタルのイメージですか?」
「ああ。あのジュエリーブランドは、洗練されたワンランク上のハイブランドだ。雪とかツリーとか、ましてやサンタさんとかを露骨に並べたくない」
「確かに。クリスタルパレスって感じですね」
クリスタルパレス、と大地は花穂の言葉を呟いた。
「うん、まさにそんなイメージだ。ジュエリーがひときわ高貴な印象になるように、空間をデザインしてほしい」
「かしこまりました。あー、もう、早くやりたくてうずうずします」
「閉店まではまだ時間がある。ゆっくり食べてから行こう」
「はい。わくわく」
どうにも気持ちが口をついて出てしまう。
大地は苦笑いしながら、運ばれてきた料理を花穂の前に並べた。
「美味しそうですね。カルパッチョにラビオリに、ビーフストロガノフだ! いただきまーす」
「おい、乾杯もしないのか?」
「え、浅倉さんって結構ロマンチスト?」
「なんでだよ!? 普通だろ」
「じゃあ、乾杯!」
「やれやれ……」
仕方がないとばかりにグラスを掲げる大地と乾杯してから、花穂は早速料理を食べ始める。
「どれも美味しい! あー、お酒が飲みたくなっちゃう」
「今夜は我慢しろ。また今度な」
「また来てもいいんですか?」
「それは今夜の働きぶりによる」
「はい! お酒の為にがんばります」
「お酒の為にはがんばらんでいい」
賑やかに言い合いながら食事を終えると、改めて大地が花穂に切り出した。
「須崎さんからご丁寧にお礼の電話があったんだ。ホテル フィオーレのセレモニーでは、本当にお世話になりましたって。フィオーレの花にちなんだ演出がとても素晴らしかったと喜んでくださった」
「そうでしたか。私もニュースで少しセレモニーが取り上げられているのを見ましたが、映像は花の光り具合もとっても美しかったです。大森さんと浅倉さんの技術のおかげです」
「いや、なによりも青山のデザインが素晴らしかった。それで須崎さんが、今後フィオーレでは花をテーマにイベントや装飾を考えていきたいと。それを全てチェレスタの3人、つまり大森と青山と俺に依頼したいとのことだった」
ええ!?と花穂は驚いて目を見開く。
「それって単発ではなく、今後もずっとホテル フィオーレに関わらせていただけるってことですか?」
「そうだ。イベントをプロデュースし、空間デザインを考えて演出する。季節や行事ごとにって話だったから、年間を通してのおつき合いになるな」
「す、すごい! あんな大きなホテルがビジネスパートナーに? すごくないですか?」
「なにを他人事みたいに言っている。デザインはぜひ青山さんにって、先方から指名されてるんだぞ? ひとまず俺に電話で相談されたが、これから会社を通して正式に依頼してくれるそうだ」
「そんな、私なんかで大丈夫でしょうか。須崎さんにとっては、初めて支配人となって手掛けるホテルですよね。並々ならぬ想いでフィオーレを背負っていらっしゃると思いますし」
「そうだな。オープンして最初の1年が勝負だ」
うっ……と花穂は言葉に詰まり、ナイフとフォークを置いてうつむいた。
いつの間にか笑顔が消える。
さっきまでは、ジュエリーショップのデザインについてわくわくしていたのに、今はフィオーレのデザインを担当するのを怖いと感じていた。
「青山」
大地に呼ばれて顔を上げる。
「またひとりでどっか行ってるだろ?」
「え?」
「言ったはずだ、お前はひとりじゃないって。忘れたのか?」
じっと瞳の奥にまで語りかけるような大地の眼差しに、花穂は言葉を失った。
「いいか、これからはうつむかずに隣を見ろ」
言われた通りに顔を横に向ける。
窓の外に綺麗な夜空が広がっていた。
「おい、そういう意味じゃない。少しは行間を読め……って、聞いてるのか?」
花穂は夜空に瞬く星を見ながら、ホテル セレストの記念式典を思い出す。
4人で取り組んだプロジェクト。
ホールいっぱいに広がった夜空。
頭上を流れる流星群。
キラキラと無数に輝く星と共に、ゲストの笑顔も弾けていた。
(またあんなふうに空間をデザインしたい。ひとりでは困難な道でも、仲間と一緒ならやり遂げられる。頼もしい浅倉さんがいてくれるなら、怖いものはない)
花穂はスッと気持ちが切り替わるのを感じた。
「浅倉さん」
真っ直ぐ大地に向き合って告げる。
「ホテル フィオーレのプロジェクト、一緒に挑みたいです。やらせてください」
大地はじっと花穂を見つめたあと、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、やろう。俺たちならすごいものを創造できる。やってやろうぜ」
「はい!」
二人でしっかりと頷き合った。
◇
マスターに挨拶してバーを出ると、再びタクシーに乗り、銀座のジュエリーショップに向かった。
ちょうど閉店の時間になり、CLOSEDの札が掛けられたドアを大地が開ける。
店内では黒いスーツ姿の女性が閉店作業に追われていた。
「こんばんは」
「浅倉さん! こんばんは、お待ちしておりました」
「店長、今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ。あら、可愛らしい方とご一緒なんですね」
視線を向けられて、花穂は頭を下げる。
「初めまして。チェレスタ株式会社クリエイティブ部所属の青山と申します」
「初めまして、店長の井川です。青山さんが今夜の装飾を手伝ってくださるのかしら。とっても楽しみです」
「ご期待に添えられるよう、精いっぱいやらせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう。私はバックオフィスで事務をしていますので、なにかあればいつでもお声かけくださいね」
そう言って店長が姿を消すと、大地はカウンター裏に置かれていたダンボールを開けた。
「天井から吊るすクリスタルはこれ。ショーケースに飾るものと、外のディスプレイ用がこっち。ひとまずタブレットの画像通りに飾りつけてから調整しよう」
「はい」
二人で早速作業に取りかかった。
天井など高い所は大地がはしごを使って飾り、花穂はショーケースの中や店内の装飾を担当する。
店の外を通る人が目にするディスプレイも、なるべく人目を引くようにと配置を考えながら飾っていった。
「よし、取り敢えず終わったな」
シャツの袖をまくった大地が、入り口に立って店内を見渡す。
隣に並んで花穂もぐるりと辺りに目を向けた。
天井からいくつも吊り下げられたクリスタルが、かすかに揺れる度に幻想的にキラリと輝きを放つ。
あくまでメインのジュエリーを引き立てる為の装飾は、華美ではなく、シンプルで純粋な美しさだった。
「先方からはこのイメージでOKをもらってる。青山はどう思う?」
「とても綺麗だと思います。ただ、時間によって輝き方が変わってくるかと」
「ん? どういう意味だ?」
首をひねって聞いてくる大地に、花穂は店内を見渡してから指を差す。
「あそこの大きな窓、きっと夕方になると西日が射し込んでくると思うんですよね。今はこのクリスタルの飾りもベストなバランスで配置してますが、外からの日射しによって輝きが変わってきます。恐らくこの辺りの飾りは、本来の青や緑やオレンジといったオーロラカラーではなく、西日によって真っ白に色が飛んでしまうかと」
「ああ、なるほど。確かに」
大地は腕を組んで考えを巡らせる。
「午前中、午後、夕方、そして夜。どの時間帯もベストな状態にするにはどうすればいい?」
「折々でメインにする飾りを変えていきましょう。例えば、夜なら足元に埋め込まれたクリスタルと天井に無数に輝く小さなライトが印象的です。自然光が射す日中は、ショーケースや壁の装飾をメインに考えましょう。日の射す方角からして、ここから向こう側に見える角度に飾りを配置します。西日が斜めに射し込む夕方は、天井からのクリスタルが綺麗に輝くように。今はまんべんなく全体的に吊るしてありますが、陽射しが直接当たらないように、反射を考えて調整しましょう」
「分かった」
二人はそれぞれの時間帯を想定しながら、飾りの配置を微調整していく。
店内の照明をわざと落としたり明るくしたりして、輝き方を確認していった。
どの時間帯でもどの明るさでも、不自然になってはいけない。
その辺りを気をつけつつ、何度も話し合って作業を進めた。
「うん、これでどうだ?」
「いいですね」
ようやく二人で納得いく仕上がりとなり、店長を呼んで確認してもらう。
「へえ、とっても素敵。このディスプレイの飾りは青山さんがやってくれたのかしら? 細やかでセンスがいいわね」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、店長は改めて花穂に向き直る。
「若くて綺麗なお嬢さんなのに、ジュエリーは着けないの?」
「あ、すみません。どういうのが自分に似合うのか分からなくて」
飾り気のない自分の姿を見下ろして身を縮こめていると、店長はなにやら考えてからカウンターの裏側へ回った。
「青山さん、試しにこれを着けてみてくれない? 今年のクリスマスのラインナップなの」
「え、はい」
花穂が近づくと、店長は白い手袋をはめた手で、ダイヤモンドのネックレスと指輪を花穂に着けた。
「わあ、綺麗」
うっとりとその輝きに酔いしれていると、店長が「でしょ?」と顔を覗き込む。
「ジュエリーは自分を勇気づけたり輝かせてくれるの。仕事ができる青山さんにこそ、高級なジュエリーを着けてほしいな」
「あ、はい。私もこんなジュエリーに憧れます。でも私にはもったいなさすぎて……」
「あら、そんなことないわ。とってもよく似合ってる。それに大丈夫よ。青山さんになら、素敵な男性がプレゼントしてくれるから。ね? 浅倉さん」
急に振り返られ、大地は「は?」と声をうわずらせた。
「ふふっ、お得意様価格でサービスしちゃうから、いつでもいらしてね」
「はい?」
なにやら楽しそうな店長にジュエリーを返し、挨拶してから二人はショップをあとにした。
次に取り組むプロジェクトは、今のところまだなにも話はない。
やり残した書類の提出や、他のメンバーの手伝い、そして色んな資料やデザインを集めてインプットする期間にした。
すると12月に入ってすぐ、大地がクリエイティブ部にやって来た。
「青山、ちょっといいか?」
「浅倉さん! はい、今行きます」
廊下に出ると、大地がいきなり予定を聞いてきた。
「今日の夜、暇か?」
「え、それは色んな答えがあります」
「は? どういう意味だよ」
「合コンに駆り出されるなら、のっぴきならない用事があって行けません。カラオケに誘われるなら、残業するので残念ながら。飲みに行くぞってことなら、メンバー次第で……」
「ああ、もう、ややこしい! 仕事だ、仕事」
「え、仕事?」
プロデュース部の仕事を手伝えということだろうか?と首をひねる。
「別に無理に来いとは言ってない。よかったら俺の現場に一緒に来るかって思っただけだ」
「浅倉さんの現場って、どこですか?」
「4年前から担当してる、銀座のジュエリーショップ。20時の閉店後にクリスマスの装飾をしに行く」
えっ!と花穂は驚いた。
「無理しなくていいぞ。夜遅くなるしな」
「行きます! 行きたい! 行かせてください!」
「なんだよ、調子いいな。じゃあ定時になったらロビーに下りて来い。軽く食事と打ち合わせしてから向かう」
「かしこまりました!」
「じゃあな」
軽く手を挙げて去って行く大地の後ろ姿を見送りながら、花穂は早くもわくわくする。
(あのお店の内装、じっくり見たかったんだ)
言わば自分にとってはデザイナーの原点とも言える大切な場所。
とは言え、なにせ超がつくほど高級なブランドだ。
ふらっと立ち寄るのも気後れするし、ましてや買いたくても手が出ない。
見かけても、通り過ぎざまにちらっと目をやる程度だった。
(季節ごとのディスプレイも素敵だなって思ってたけど、まだ浅倉さんが担当してたんだ。今夜はクリスマスの装飾か、楽しみ!)
どうにもニヤニヤが止まらず、「花穂、なんか不気味だよ?」と周りに言われながら、その日の仕事を終えた。
◇
「浅倉さん、お待たせしました」
定時になると、花穂はエレベーターで1階に下り、ロビーのソファに座っている大地に駆け寄った。
「お疲れ、俺も今来たとこ。じゃあまずはメシ行くか。前と同じバーでいい?」
「はい、もちろんです」
大地はビルを出るとタクシーを捕まえる。
「えっ、徒歩で行かないんですか?」
「いいからさっさと乗れ。疲れてるだろ」
追いやられるように乗り込むが、どうやら自分を気遣ってくれているらしいと分かり、花穂は思わずニヤける。
「なんだよ? 気味が悪いな」
「ちょっと! 女子に向かってなんてこと言うんですか」
「相手が普通の女子だったら『なにかいいことでもあったのかい?』って言う」
「じゃあ私にもそう言ってくださいよ」
おかしいな、いつからこんな扱いに?と花穂は唇を尖らせてそっぽを向いた。
バーに着くと、マスターが二人を見てにこやかな笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ。またお越しいただけて、嬉しいです。どうぞお好きな席へ」
「こんばんは、マスター。お邪魔します」
以前と同じ窓際の席に着き、花穂はまたしてもうっとりと窓の外の夜景に見とれた。
「青山、お酒はナシな。ドリンクと料理、なにがいい?」
「じゃあ、ノンアルコールカクテルをお任せでお願いします。お料理も」
「分かった」
大地はマスターにオーダーを済ませると、かばんからタブレットを取り出す。
「ショップの装飾のイメージ画像だ。材料は既にショップに届けてある。飾りつけを手伝ってくれると嬉しい」
「承知しました。わあ、素敵なデザインですね。クリスタルのイメージですか?」
「ああ。あのジュエリーブランドは、洗練されたワンランク上のハイブランドだ。雪とかツリーとか、ましてやサンタさんとかを露骨に並べたくない」
「確かに。クリスタルパレスって感じですね」
クリスタルパレス、と大地は花穂の言葉を呟いた。
「うん、まさにそんなイメージだ。ジュエリーがひときわ高貴な印象になるように、空間をデザインしてほしい」
「かしこまりました。あー、もう、早くやりたくてうずうずします」
「閉店まではまだ時間がある。ゆっくり食べてから行こう」
「はい。わくわく」
どうにも気持ちが口をついて出てしまう。
大地は苦笑いしながら、運ばれてきた料理を花穂の前に並べた。
「美味しそうですね。カルパッチョにラビオリに、ビーフストロガノフだ! いただきまーす」
「おい、乾杯もしないのか?」
「え、浅倉さんって結構ロマンチスト?」
「なんでだよ!? 普通だろ」
「じゃあ、乾杯!」
「やれやれ……」
仕方がないとばかりにグラスを掲げる大地と乾杯してから、花穂は早速料理を食べ始める。
「どれも美味しい! あー、お酒が飲みたくなっちゃう」
「今夜は我慢しろ。また今度な」
「また来てもいいんですか?」
「それは今夜の働きぶりによる」
「はい! お酒の為にがんばります」
「お酒の為にはがんばらんでいい」
賑やかに言い合いながら食事を終えると、改めて大地が花穂に切り出した。
「須崎さんからご丁寧にお礼の電話があったんだ。ホテル フィオーレのセレモニーでは、本当にお世話になりましたって。フィオーレの花にちなんだ演出がとても素晴らしかったと喜んでくださった」
「そうでしたか。私もニュースで少しセレモニーが取り上げられているのを見ましたが、映像は花の光り具合もとっても美しかったです。大森さんと浅倉さんの技術のおかげです」
「いや、なによりも青山のデザインが素晴らしかった。それで須崎さんが、今後フィオーレでは花をテーマにイベントや装飾を考えていきたいと。それを全てチェレスタの3人、つまり大森と青山と俺に依頼したいとのことだった」
ええ!?と花穂は驚いて目を見開く。
「それって単発ではなく、今後もずっとホテル フィオーレに関わらせていただけるってことですか?」
「そうだ。イベントをプロデュースし、空間デザインを考えて演出する。季節や行事ごとにって話だったから、年間を通してのおつき合いになるな」
「す、すごい! あんな大きなホテルがビジネスパートナーに? すごくないですか?」
「なにを他人事みたいに言っている。デザインはぜひ青山さんにって、先方から指名されてるんだぞ? ひとまず俺に電話で相談されたが、これから会社を通して正式に依頼してくれるそうだ」
「そんな、私なんかで大丈夫でしょうか。須崎さんにとっては、初めて支配人となって手掛けるホテルですよね。並々ならぬ想いでフィオーレを背負っていらっしゃると思いますし」
「そうだな。オープンして最初の1年が勝負だ」
うっ……と花穂は言葉に詰まり、ナイフとフォークを置いてうつむいた。
いつの間にか笑顔が消える。
さっきまでは、ジュエリーショップのデザインについてわくわくしていたのに、今はフィオーレのデザインを担当するのを怖いと感じていた。
「青山」
大地に呼ばれて顔を上げる。
「またひとりでどっか行ってるだろ?」
「え?」
「言ったはずだ、お前はひとりじゃないって。忘れたのか?」
じっと瞳の奥にまで語りかけるような大地の眼差しに、花穂は言葉を失った。
「いいか、これからはうつむかずに隣を見ろ」
言われた通りに顔を横に向ける。
窓の外に綺麗な夜空が広がっていた。
「おい、そういう意味じゃない。少しは行間を読め……って、聞いてるのか?」
花穂は夜空に瞬く星を見ながら、ホテル セレストの記念式典を思い出す。
4人で取り組んだプロジェクト。
ホールいっぱいに広がった夜空。
頭上を流れる流星群。
キラキラと無数に輝く星と共に、ゲストの笑顔も弾けていた。
(またあんなふうに空間をデザインしたい。ひとりでは困難な道でも、仲間と一緒ならやり遂げられる。頼もしい浅倉さんがいてくれるなら、怖いものはない)
花穂はスッと気持ちが切り替わるのを感じた。
「浅倉さん」
真っ直ぐ大地に向き合って告げる。
「ホテル フィオーレのプロジェクト、一緒に挑みたいです。やらせてください」
大地はじっと花穂を見つめたあと、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、やろう。俺たちならすごいものを創造できる。やってやろうぜ」
「はい!」
二人でしっかりと頷き合った。
◇
マスターに挨拶してバーを出ると、再びタクシーに乗り、銀座のジュエリーショップに向かった。
ちょうど閉店の時間になり、CLOSEDの札が掛けられたドアを大地が開ける。
店内では黒いスーツ姿の女性が閉店作業に追われていた。
「こんばんは」
「浅倉さん! こんばんは、お待ちしておりました」
「店長、今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ。あら、可愛らしい方とご一緒なんですね」
視線を向けられて、花穂は頭を下げる。
「初めまして。チェレスタ株式会社クリエイティブ部所属の青山と申します」
「初めまして、店長の井川です。青山さんが今夜の装飾を手伝ってくださるのかしら。とっても楽しみです」
「ご期待に添えられるよう、精いっぱいやらせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう。私はバックオフィスで事務をしていますので、なにかあればいつでもお声かけくださいね」
そう言って店長が姿を消すと、大地はカウンター裏に置かれていたダンボールを開けた。
「天井から吊るすクリスタルはこれ。ショーケースに飾るものと、外のディスプレイ用がこっち。ひとまずタブレットの画像通りに飾りつけてから調整しよう」
「はい」
二人で早速作業に取りかかった。
天井など高い所は大地がはしごを使って飾り、花穂はショーケースの中や店内の装飾を担当する。
店の外を通る人が目にするディスプレイも、なるべく人目を引くようにと配置を考えながら飾っていった。
「よし、取り敢えず終わったな」
シャツの袖をまくった大地が、入り口に立って店内を見渡す。
隣に並んで花穂もぐるりと辺りに目を向けた。
天井からいくつも吊り下げられたクリスタルが、かすかに揺れる度に幻想的にキラリと輝きを放つ。
あくまでメインのジュエリーを引き立てる為の装飾は、華美ではなく、シンプルで純粋な美しさだった。
「先方からはこのイメージでOKをもらってる。青山はどう思う?」
「とても綺麗だと思います。ただ、時間によって輝き方が変わってくるかと」
「ん? どういう意味だ?」
首をひねって聞いてくる大地に、花穂は店内を見渡してから指を差す。
「あそこの大きな窓、きっと夕方になると西日が射し込んでくると思うんですよね。今はこのクリスタルの飾りもベストなバランスで配置してますが、外からの日射しによって輝きが変わってきます。恐らくこの辺りの飾りは、本来の青や緑やオレンジといったオーロラカラーではなく、西日によって真っ白に色が飛んでしまうかと」
「ああ、なるほど。確かに」
大地は腕を組んで考えを巡らせる。
「午前中、午後、夕方、そして夜。どの時間帯もベストな状態にするにはどうすればいい?」
「折々でメインにする飾りを変えていきましょう。例えば、夜なら足元に埋め込まれたクリスタルと天井に無数に輝く小さなライトが印象的です。自然光が射す日中は、ショーケースや壁の装飾をメインに考えましょう。日の射す方角からして、ここから向こう側に見える角度に飾りを配置します。西日が斜めに射し込む夕方は、天井からのクリスタルが綺麗に輝くように。今はまんべんなく全体的に吊るしてありますが、陽射しが直接当たらないように、反射を考えて調整しましょう」
「分かった」
二人はそれぞれの時間帯を想定しながら、飾りの配置を微調整していく。
店内の照明をわざと落としたり明るくしたりして、輝き方を確認していった。
どの時間帯でもどの明るさでも、不自然になってはいけない。
その辺りを気をつけつつ、何度も話し合って作業を進めた。
「うん、これでどうだ?」
「いいですね」
ようやく二人で納得いく仕上がりとなり、店長を呼んで確認してもらう。
「へえ、とっても素敵。このディスプレイの飾りは青山さんがやってくれたのかしら? 細やかでセンスがいいわね」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、店長は改めて花穂に向き直る。
「若くて綺麗なお嬢さんなのに、ジュエリーは着けないの?」
「あ、すみません。どういうのが自分に似合うのか分からなくて」
飾り気のない自分の姿を見下ろして身を縮こめていると、店長はなにやら考えてからカウンターの裏側へ回った。
「青山さん、試しにこれを着けてみてくれない? 今年のクリスマスのラインナップなの」
「え、はい」
花穂が近づくと、店長は白い手袋をはめた手で、ダイヤモンドのネックレスと指輪を花穂に着けた。
「わあ、綺麗」
うっとりとその輝きに酔いしれていると、店長が「でしょ?」と顔を覗き込む。
「ジュエリーは自分を勇気づけたり輝かせてくれるの。仕事ができる青山さんにこそ、高級なジュエリーを着けてほしいな」
「あ、はい。私もこんなジュエリーに憧れます。でも私にはもったいなさすぎて……」
「あら、そんなことないわ。とってもよく似合ってる。それに大丈夫よ。青山さんになら、素敵な男性がプレゼントしてくれるから。ね? 浅倉さん」
急に振り返られ、大地は「は?」と声をうわずらせた。
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