Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい

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真夏のピエロ

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「想、そろそろ新曲できたか?」

スタジオに入って来た本田に、想は楽譜から顔を上げて返事をする。

「はい、一応」
「どれ、見せて。んー、また日本語のタイトルかよ。英語にすりゃいいのに……。『真夏のピエロ』か。ふーん……。夏のサーカスとか、遊園地のイメージ? まあ、いいんじゃない。夏ソングは売れやすいし、明るく弾けた感じなんだろ? いつものお前にしてはがんばったな」

ポンと肩に手を置かれて、想は返す言葉に詰まった。

この曲は、本田のイメージするようなポップな夏の流行歌ではない。
明るい曲調のCメジャーのコード進行ながら、メロディの動きがAマイナーで物哀しさを醸し出している。
それに『ピエロ』も、派手な衣装でおどけた役を演じて人を楽しませるが、実は愚かで悲しい道化師だ。
想はピエロに、自分自身を重ねていた。

(真夏の明るい陽射しの下で、俺だけがあの季節に取り残されている。本音を言えずに取り繕い、心の中では暗い顔をしている。捨て切れない想い、忘れられない記憶。そんな愚かな自分の歌)

想は手元の楽譜をずらして、一番下に隠してあった一枚にそっと視線を移した。
本当に書きたい曲。
タイトルは『小夜曲』

本音で書きたい。
そして誰にも見せないでおこう。
あの夜の記憶と共に、ずっと自分の心の中に大切にしまっておこう。

それが今の想を支える原動力だった。



「想、新曲のレコーディングの予定立てたぞ。今回はピアノだけのアコースティックな感じじゃなくて、バンドも入れてノリのいい曲に仕上げよう」
「はい」

本田の言葉に、想はいつものように無機質な返事をする。
本田に渡した楽譜は自分のもとを離れ、あれよあれよという間に色んな手を加えられていた。
編曲者がバンド用にアレンジし、トランペットの音も入れたいからと勝手に対旋律を作ったり、ドラムやベース、ギターが派手に盛り上げたり……。

(それでいいんだ。いい加減、慣れないと。今の俺にはぴったりのシチュエーションだな。まさに『真夏のピエロ』だ)

自嘲気味な笑みで己を慰める。

「タイトルに合わせて八月の初旬にリリースしたい。大急ぎでレコーディングの準備をしたんだ。一発で決めてくれると助かる。頼んだぞ」
「わかりました」

こだわって何テイクも撮る気にはなれない。
一発撮りでいい。

そうやって感情を押し殺しながら、ずっとこの先も生きていくのだろうか。
ふと不安がよぎり、それを振り切るように想は唇を噛みしめた。



レコーディングは本当に一発撮りで終わり、あとは技術スタッフの手に託された。
ここから先、自分がするべきことはなにもない。
ただ敷かれたレールに乗るだけだった。

「リリースは八月十日に決まった。ミュージックビデオは明後日撮影するぞ。場所は深夜の遊園地。メリーゴーランドでのシーンがメインだ」

そんな本田の言葉を、どこか他人事のように聞く。

(だけど、この曲を作ったのは紛れもなく自分だ。明るい曲調に隠された悲しいメロディ。誰にも気づいてもらえない笑顔の下の涙。心の奥にしまい込んだ大切な思い出。それはしっかりと表現する。想いを込めて)

届かなくてもいい。
気づいてもらえなくても構わない。
ただ表現する。
それが今の自分にできることだと、想は思った。



ミュージックビデオの撮影も数時間で終わり、あとは雑誌の取材に応じる日々だった。
本田はテレビの歌番組にも出演させたい意向だったが、それだけはと、想は頑なに断った。
カメラの前で、満足のいく演奏をする自信がない。
これが俺だと、胸を張って歌うことはできないだろう。

(本当の俺は、あのブルームーンの夜だけだ)

浅ましくもまだそう思ってしまう。
忘れなければいけないのに、ふと思い出してしまう。

(ピエロになって新曲をリリースしたら、本音で曲を書こう。出来上がったら、それを本当の別れにする。前に進む為にも)

彼女に捧げるセレナーデ。
ただ素直に自分の気持ちを音にしよう。
そしてそれで終わりにしよう。
そう心に決めた。
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