優しい雨が降る夜は

葉月 まい

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友利との再会

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翌日、美月は久しぶりに出勤した。

「おはようございます、館長」
「風間さん! 大丈夫だった?」
「はい。長い間大変ご迷惑をおかけしました」
「いや。こちらこそ、君をこんな騒動に巻き込んでしまって申し訳なかった。リサイタルの日、私も最後までいて友利さんを見送っていれば、こんなことにはならなかったのに」

すまなそうに詫びる館長に、美月は首を振る。

「いいえ、とんでもない。この件は誰のせいでもないと思います。友利さんも、もちろん館長も、なにも悪くありません」
「ああ、そうだね。風間さん、君もだよ。とにかくひと安心だ。だけど念の為、もうしばらくはカウンター業務は控えた方がいい。主にバックヤードの仕事を頼めるかな?」
「はい、かしこまりました」

美月は、桑原にも挨拶してからバックオフィスに控える。

館内の見回りや清掃などをこなしながら、平穏な日常が戻って来たことを喜んでいた。



何事もなく日々が過ぎ、そろそろカウンターに出てもいいのではと思い始めた頃。

バックオフィスで美月は、かかってきた内線電話に出た。

「はい、受付です」
『あの、大ホールを利用中なんですが、空調が上手く調節出来なくて……』

若い女性の声に、美月はすぐ返事をする。

「かしこまりました、今から伺いますね」

今日は平日で、特に催しはない。 
この時間の大ホールは、ピアノの練習として二名の予約が入っていた。

練習目的なら利用料も割引される為、音大生やアマチュアも大ホールで練習することがよくある。

受付時にカウンターにいなかった美月は、どんな人が利用しているのだろうと思いつつ、バックヤードから直接通路に出て大ホールに向かった。

ホールの中央付近の扉を開けた瞬間、耳に飛び込んできた音に美月は立ち尽くす。

(この曲……、まさか)

顔を上げると、ステージでショパンのあのエチュードを弾いている友利の姿があった。

思わず背を向けて立ち去ろうとすると、ふとピアノの音が止む。

「風間さん」

呼ばれて美月は、恐る恐る振り向いた。

「……友利さん」

友利はステージから降りると、美月のそばに駆け寄る。

「ごめん、君に迷惑をかけてしまって」
「いえ、あの。それより、また誰かに見られたら……」
「誰もいないよ。ごめん。どうしても君に謝りたくて、マネージャーに頼んで予約を入れたんだ」
「そうでしたか」
「また会えるかどうか分からなくて、会いたいと願ってあの曲を弾いていた。流れ星に願いをかけるように、流星群に願いを込めて演奏したんだ。君に届きますようにって」

美月はなにも言葉が出てこない。
友利はそんな美月に1歩近づいた。

「風間さん、本当に申し訳なかった。君が無事でいるかどうか、心配で仕方なかった。こうしてもう一度会えた今、これからは君をそばで守らせてほしい」
「え? いえ、あの」

美月は首を振りながら後ずさる。

「どうぞお構いなく。それから、もうこんなふうに接触しない方がいいです。やっと騒動が収まってきたのに、またあらぬ噂を立てられたら……」
「違うんだ!」

遮るように友利は口を挟んだ。

「本音を言うと、君のことが好きだから。君といれば僕は音楽をもっともっと奏でたくなる。この世界が今よりもっと輝いて見える。だから君と一緒にいたいんだ。そばにいてほしい」
「そんな……。かいかぶりすぎです。私は音楽もピアノのことも詳しくないですし」
「だからこそいいんだ。君の言葉は嘘いつわりなく新鮮で、僕に新たな扉を開かせてくれる」
「私はあなたのことは、好きでもなんでもありません」

突っぱねるように言うが、友利は引き下がらない。

「チャンスをくれないか? これから君を振り向かせてみせる。少しずつで構わない。僕に目を向けてくれないか?」
「そばにいられるのは困るのです! どれだけ周りの人にご迷惑をおかけしたか。もう二度とあんな思いはしたくない。ようやくここに戻って来られたんです。お願い、放っておいてください」

最後は涙で言葉を詰まらせた美月に、友利はハッとしてから顔を伏せた。

「そうだよね、ごめん。本当に申し訳なかった。僕は君と一緒にいる資格なんてない」

グッと両手を握りしめる友利に、美月も胸が痛む。
だが、だからといって自分はなにもすべきではない。

そう思い、口をつぐんだ。

しばらくの沈黙のあと、美月は精いっぱいの言葉をかける。

「友利さん。これからも素敵な演奏を、みなさんに届けてくださいね」

友利もようやく顔を上げた。

「ありがとう、風間さん。これからも僕はピアノと向き合い、気持ちを込めて演奏する」
「はい」

二人で頷き合うと、美月は静かにホールをあとにした。
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