63 / 170
第3章 仲間ではいられない(3日目)
幕間3 鳥(2024ー2025年 ムンバイ)
しおりを挟む
指示された通り知事閣下の秘書の使いと名乗り、
「カナダのナンダさん宛の書類をことづかって来ました」
と訪問し歓待された。
品の良い邸宅の居間で食事をと誘われたがジャイナ教徒だと断った。
代わりにチャイとミタイをごちそうになる。
「アビマニュのこと、どうかよろしくお願いします」
(誰だろう?)
わからないが適当に話を合わせる。ふと居間の青い壁に貼られた家族の写真に目をやると、
「妻が思い出すと悲しいと泣くものですから……。決してアビマニュをないがしろにしているのでは……私共も心配しておりまして……」
恰幅の良い家の主人が言い訳めいたセリフで額入りの写真を新たに棚に飾った。家族写真の数々と見比べれば誰が不在だったのかがわかる。黒い巻毛の愛嬌ある青年が「アビマニュ」だろう。同僚にしたいタイプの感じのいい若者だ。
州知事閣下との面談からひと月ほど。アメリカから連絡が入った。
知事の秘書から言われていた通りロハンという男は秘匿性の高いSNSアプリへと自分を誘導した。
州知事の片腕と言われるやり手秘書の息子で現在米国留学中だという。
ならばおそらく、彼こそが人殺しゲームのサバイバーなのだろう。
村の娘が迷惑をかけ申し訳ないとの謝罪には何も返さず、彼女が死んだ時期や使用言語など事実関係ばかりを尋ねられた。
『2023年の4月です』
『何日頃?』
『グジャラート語だけです。ヒンディ語は少しだけ。一年生の範囲程度で英語の方がまだわかったと思います』
自分があの森のそばで教えたから。
『ですがヒンディーも英語も読み書きは駄目でした』
ロハン自身は何も話せないが、持っている情報を教えてくれたなら役に立つだろう礼を出すと伝えてきた。当事者ならば長く調べた情報を渡すことにも躊躇はない。
すると奇妙なルートを指示された。
ムンバイ市内のある家からカナダ経由で文書を送れ、と。
一家総出で何度も頭を下げられ邸宅を辞してからまたしばらく、ロハンから連絡があったのは2025年に入ってからだった。
海外向け映像販売会社の情報をカナダ経由で受け取ったことへの礼はこれまた不思議なメッセージだった。
・外資系の動画配信をいくつか
・英語環境で
・次のキーワードで検索してみろ
「werewolf」「Japan」
werewolfという単語を彼は知らなかった。人狼という意味でヨーロッパの伝承らしい。
二つ目の配信サイトで何年か前の日本の映画がヒットした。
視聴は彼に忍耐を強いるものだった。スプラッター趣味に近い残虐描写、極限状況下で人の心の醜い部分ばかりを強調する徳を減らす類の物語だと思った。この手の話は好きではない。
時折目を背けながら視聴していたあるシーンで、
「鳥の視点だ」
ふと気づいた。
登場人物の少年が、建物から出たら殺されると言い渡されているにも関わらずドアから飛び出していく。瞬間彼は倒れ苦しみ出す。土の上でもがく様は斜め上から映し出されていた。
映画の「リアル人狼ゲーム」には多くのルールがある。これは建物外への逃亡という違反行為だ。即座に罰するには全体を俯瞰して見ている人物がいなくてはならない。
空から地上を見下ろす鳥のように。
『お兄ちゃん、あの鳥ははばたかないんです。ほら見て!』
『もうすぐ雨が降る! だってあの鳥が南にー』
森に入れば多種多様な鳥たちの声が降り注ぐ。
大地の女神の乾きを潤す雨季の如く勉学に疲れた心身に沁みて自分を癒した記憶ー
「あ、ああ、あああー」
指先から強張っていく。
そのまま頬を覆い、爪が顔に食い込んで血を流し始めたことにも気付かなかった。
まさか。
ー誘拐された若者たち。
ー人殺しのショーの監視。
「わあああああああっっっ!!」
熟考の後、彼は全てをあるジャーナリストに託した。
州知事周辺ですら手が打てないなら自分が出来ることはもうほとんどない。それよりプロに預けた方がいい。いくつか著書を読み信頼出来ると判断した男は、必ず調べて文章で公表すると約束してくれた。
その日彼は妻の実家に招待されていた。妻子は先に行っているという。
職場から直行した彼が居間に入ると、義父母の一族だけではなく自分の両親や兄までもがそこにいた。強張った顔はただごとではない。
何より、義母の隣の黄色い織のソファーの上で妻が泣いていた。子どもの姿は見えない。
(何があった?!)
「マノルマ?」
早足で歩み寄り頬を伸ばした彼の手を、
「!」
妻は殴るように振り払った。
「カナダのナンダさん宛の書類をことづかって来ました」
と訪問し歓待された。
品の良い邸宅の居間で食事をと誘われたがジャイナ教徒だと断った。
代わりにチャイとミタイをごちそうになる。
「アビマニュのこと、どうかよろしくお願いします」
(誰だろう?)
わからないが適当に話を合わせる。ふと居間の青い壁に貼られた家族の写真に目をやると、
「妻が思い出すと悲しいと泣くものですから……。決してアビマニュをないがしろにしているのでは……私共も心配しておりまして……」
恰幅の良い家の主人が言い訳めいたセリフで額入りの写真を新たに棚に飾った。家族写真の数々と見比べれば誰が不在だったのかがわかる。黒い巻毛の愛嬌ある青年が「アビマニュ」だろう。同僚にしたいタイプの感じのいい若者だ。
州知事閣下との面談からひと月ほど。アメリカから連絡が入った。
知事の秘書から言われていた通りロハンという男は秘匿性の高いSNSアプリへと自分を誘導した。
州知事の片腕と言われるやり手秘書の息子で現在米国留学中だという。
ならばおそらく、彼こそが人殺しゲームのサバイバーなのだろう。
村の娘が迷惑をかけ申し訳ないとの謝罪には何も返さず、彼女が死んだ時期や使用言語など事実関係ばかりを尋ねられた。
『2023年の4月です』
『何日頃?』
『グジャラート語だけです。ヒンディ語は少しだけ。一年生の範囲程度で英語の方がまだわかったと思います』
自分があの森のそばで教えたから。
『ですがヒンディーも英語も読み書きは駄目でした』
ロハン自身は何も話せないが、持っている情報を教えてくれたなら役に立つだろう礼を出すと伝えてきた。当事者ならば長く調べた情報を渡すことにも躊躇はない。
すると奇妙なルートを指示された。
ムンバイ市内のある家からカナダ経由で文書を送れ、と。
一家総出で何度も頭を下げられ邸宅を辞してからまたしばらく、ロハンから連絡があったのは2025年に入ってからだった。
海外向け映像販売会社の情報をカナダ経由で受け取ったことへの礼はこれまた不思議なメッセージだった。
・外資系の動画配信をいくつか
・英語環境で
・次のキーワードで検索してみろ
「werewolf」「Japan」
werewolfという単語を彼は知らなかった。人狼という意味でヨーロッパの伝承らしい。
二つ目の配信サイトで何年か前の日本の映画がヒットした。
視聴は彼に忍耐を強いるものだった。スプラッター趣味に近い残虐描写、極限状況下で人の心の醜い部分ばかりを強調する徳を減らす類の物語だと思った。この手の話は好きではない。
時折目を背けながら視聴していたあるシーンで、
「鳥の視点だ」
ふと気づいた。
登場人物の少年が、建物から出たら殺されると言い渡されているにも関わらずドアから飛び出していく。瞬間彼は倒れ苦しみ出す。土の上でもがく様は斜め上から映し出されていた。
映画の「リアル人狼ゲーム」には多くのルールがある。これは建物外への逃亡という違反行為だ。即座に罰するには全体を俯瞰して見ている人物がいなくてはならない。
空から地上を見下ろす鳥のように。
『お兄ちゃん、あの鳥ははばたかないんです。ほら見て!』
『もうすぐ雨が降る! だってあの鳥が南にー』
森に入れば多種多様な鳥たちの声が降り注ぐ。
大地の女神の乾きを潤す雨季の如く勉学に疲れた心身に沁みて自分を癒した記憶ー
「あ、ああ、あああー」
指先から強張っていく。
そのまま頬を覆い、爪が顔に食い込んで血を流し始めたことにも気付かなかった。
まさか。
ー誘拐された若者たち。
ー人殺しのショーの監視。
「わあああああああっっっ!!」
熟考の後、彼は全てをあるジャーナリストに託した。
州知事周辺ですら手が打てないなら自分が出来ることはもうほとんどない。それよりプロに預けた方がいい。いくつか著書を読み信頼出来ると判断した男は、必ず調べて文章で公表すると約束してくれた。
その日彼は妻の実家に招待されていた。妻子は先に行っているという。
職場から直行した彼が居間に入ると、義父母の一族だけではなく自分の両親や兄までもがそこにいた。強張った顔はただごとではない。
何より、義母の隣の黄色い織のソファーの上で妻が泣いていた。子どもの姿は見えない。
(何があった?!)
「マノルマ?」
早足で歩み寄り頬を伸ばした彼の手を、
「!」
妻は殴るように振り払った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる