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第4章 いつまで耐えねばならないのか(4日目)
4ー7 熟考
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「わたしがラジューのボディーガードだって」
乾燥機から取り出した衣服を畳むラジューのところにマリアがやってきてちょこんと座り込んだ。マラヤラム語での語りかけに思わず手が止まる。
「わたしじゃ頼りない?」
曇りのない笑顔。
「イジャイには言われたよ」
「いえ、女の方は守るものだと思っていますので……」
服から目を離さずに手を動かす。
「もしあなたが誰かに狙われているのだとしても、他の人の目があれば防げるからってアッバースが」
そばについているよう言われたと歌うように語る。
「わたしは狙われているんでしょうか?」
首を振って彼女を見る。とくるりと目を回し、
「あの場所を使うのはラジューだけでしょ」
そこに仕掛けたのだからと説く。
サルワール、サルワール、ドゥパター
これらを着ていた女性たちの姿を思い出しながら手を動かす。これらは7号室ーナイナのいる部屋の住人のものだ。使用人に厳しい彼女がいるなら最新の注意で仕上げる必要がある。
「しゃべっていたら迷惑かな?」
「そんなことはありません」
これくらいは問題ない。
「……手伝えなくてごめんね」
軽くかごの中を覗き込む。
「滅相もないです。わたしは仕事ですので」
「ルチアーノはやってたじゃない」
「かなりやっていただいてしまってー」
違うの! とマリアは手を横に振った。
「ラジューを責めてるんじゃないの。……これ、内緒にしてくれる」
「はい」
何か話したいようだ。
「今朝ね、ノンベジの台所にはアディティとルチアーノとアッバースしか入らなかった。わたしもだけど、皆スティーブンのことがショックで動けなかった」
「仕方がないことだと思います。お三方は凄いですね」
「そうなの!」
マリアは自分が褒められたかのように喜ぶ。
「でもね、ヴィノードは手を付けずにレトルトを温めてくれって言ってた」
「……」
「わたしはこちらの料理が作れないからお芋の皮を剥いたりカトリを配ったりしか出来ないけど……止めた方がいいのかなって」
身を乗り出してこちらを見た。
「ラジューは、もしわたしがベジだったらお料理食べてくれる?」
「……勿体な過ぎるので」
マリアは悲しそうな顔をした。失敗だ。
「でももしマリア様に失礼でない存在に生まれ変われたなら、その時にはぜひいただきたいと思います」
マリアが微笑むと片頬に控えめなエクボが凹んだ。目からはまだ哀しさが去らない。何を言ってあげればいいのだろう。
「ラジューは大丈夫だよ。寮でもチャイを配っているんでしょ」
「はい」
村の寺院で僧侶を務めるのはラジューの大叔父の家だ。そういうことだろう。ルチアーノとアッバースは異教徒、アディティはヒンドゥーだがヴィノードが食べる料理を作るにはふさわしくない、と判断されたと言うことか。
どう反応していいのかわからない。
「わたしが触れたら着たくない人もいるかもしれないから。ごめんね」
(……)
「ご飯食べたいですね」
笑い含みで話題を変える。マリアはくくと肩を揺らした。
「ほんと。ご飯食べたい。ごめんねナイナの説得失敗して」
「それは、そういうものですので。ノンベジの方では食べられそうですか?」
「あるとしたらビリヤニだけど手間かかるからなあ」
上を仰いでため息を吐き、
「朝はイドゥリ! トーレンもサンバルもラッサムも」
「もう長く食べてないです」
「学校のそばにケララ料理屋さんあるよ」
「仕事が詰まっていますので。時間がないんですよ」
学校の給金では外食もままならない。
「……ここから解放されたら一度家に帰りたいです。今は、いなくなったって心配をかけてしまっていると思います。無事に戻りましたって顔を見せて、ヤシの木が並ぶ畑の畦道を駆け回って」
田んぼの向こうの山々の陰に濃いオレンジに染まった太陽が沈むのを見届け、
「母のサンバルを食べたいです。……マリア様もお母様のご飯食べたいでしょう?」
「うん。わたしもお母さんのサンバル食べたい!」
共に笑い、見つめ合う。
「マリア様、」
「様付けは止めてって言ったでしょ」
聖母マリアから取った名前だから丁寧に呼ばれ過ぎると聖母と同じになり畏れ多いと言う。
「ラジューだってバガヴァーンって呼ばれたら困るでしょ」
「困ります」
「あ、でもナイナは婚約者のことそう呼んでるって。ご本人に言ってるんじゃなくて」
『私のバガヴァーン』
「ってそれはもう大事そうに呼ぶの」
マリアは頬を染めた。
「ラーダみたいです」
クリシュナ神を一心に思うその姿。
「マリア様、いえマリアさん」
言い直す。
「わたしを疑う方もいらっしゃるんですよね」
「少しだけだよ。気にしなくていいって」
ラジューが使うトイレ側の蛇口にだけ何も仕掛けられていなかった。他の人を誘い込んで罠にかけるためだと主張したのはナイナだそうだ。
今は眠っているダウドは一度目を覚ました時に考え事をしていたとは言ったそうだが、ラジューとの会話までは話していないようだ。だからダウドの方から頼んだのかラジューが誘ったのか他の人たちからはわからない。
「思い出しました」
そのことを伝えるとマリアはまず鳥のように目を丸くし、次に脅えた。
また失敗しただろうか。
「あの場所……。他に使っている人、います」
<注>
・サルワール サルワール・カミーズ 南アジアの女性の民族衣装。上着のサルワール、ボトムのカミーズとショールのドゥパタの三点セット。
・ビリヤニ インドの炊き込みご飯
・ラーダ クリシュナ神の忠実な恋人
※以下、主にインド南部で食べられるメニュー
・イドゥリ 米と豆を挽いた生地で作る白い蒸しパン
・トーレン 野菜とココナツの炒め蒸し
・サンバル 野菜と豆の煮込み
・ラッサム 酸味のあるスープ
乾燥機から取り出した衣服を畳むラジューのところにマリアがやってきてちょこんと座り込んだ。マラヤラム語での語りかけに思わず手が止まる。
「わたしじゃ頼りない?」
曇りのない笑顔。
「イジャイには言われたよ」
「いえ、女の方は守るものだと思っていますので……」
服から目を離さずに手を動かす。
「もしあなたが誰かに狙われているのだとしても、他の人の目があれば防げるからってアッバースが」
そばについているよう言われたと歌うように語る。
「わたしは狙われているんでしょうか?」
首を振って彼女を見る。とくるりと目を回し、
「あの場所を使うのはラジューだけでしょ」
そこに仕掛けたのだからと説く。
サルワール、サルワール、ドゥパター
これらを着ていた女性たちの姿を思い出しながら手を動かす。これらは7号室ーナイナのいる部屋の住人のものだ。使用人に厳しい彼女がいるなら最新の注意で仕上げる必要がある。
「しゃべっていたら迷惑かな?」
「そんなことはありません」
これくらいは問題ない。
「……手伝えなくてごめんね」
軽くかごの中を覗き込む。
「滅相もないです。わたしは仕事ですので」
「ルチアーノはやってたじゃない」
「かなりやっていただいてしまってー」
違うの! とマリアは手を横に振った。
「ラジューを責めてるんじゃないの。……これ、内緒にしてくれる」
「はい」
何か話したいようだ。
「今朝ね、ノンベジの台所にはアディティとルチアーノとアッバースしか入らなかった。わたしもだけど、皆スティーブンのことがショックで動けなかった」
「仕方がないことだと思います。お三方は凄いですね」
「そうなの!」
マリアは自分が褒められたかのように喜ぶ。
「でもね、ヴィノードは手を付けずにレトルトを温めてくれって言ってた」
「……」
「わたしはこちらの料理が作れないからお芋の皮を剥いたりカトリを配ったりしか出来ないけど……止めた方がいいのかなって」
身を乗り出してこちらを見た。
「ラジューは、もしわたしがベジだったらお料理食べてくれる?」
「……勿体な過ぎるので」
マリアは悲しそうな顔をした。失敗だ。
「でももしマリア様に失礼でない存在に生まれ変われたなら、その時にはぜひいただきたいと思います」
マリアが微笑むと片頬に控えめなエクボが凹んだ。目からはまだ哀しさが去らない。何を言ってあげればいいのだろう。
「ラジューは大丈夫だよ。寮でもチャイを配っているんでしょ」
「はい」
村の寺院で僧侶を務めるのはラジューの大叔父の家だ。そういうことだろう。ルチアーノとアッバースは異教徒、アディティはヒンドゥーだがヴィノードが食べる料理を作るにはふさわしくない、と判断されたと言うことか。
どう反応していいのかわからない。
「わたしが触れたら着たくない人もいるかもしれないから。ごめんね」
(……)
「ご飯食べたいですね」
笑い含みで話題を変える。マリアはくくと肩を揺らした。
「ほんと。ご飯食べたい。ごめんねナイナの説得失敗して」
「それは、そういうものですので。ノンベジの方では食べられそうですか?」
「あるとしたらビリヤニだけど手間かかるからなあ」
上を仰いでため息を吐き、
「朝はイドゥリ! トーレンもサンバルもラッサムも」
「もう長く食べてないです」
「学校のそばにケララ料理屋さんあるよ」
「仕事が詰まっていますので。時間がないんですよ」
学校の給金では外食もままならない。
「……ここから解放されたら一度家に帰りたいです。今は、いなくなったって心配をかけてしまっていると思います。無事に戻りましたって顔を見せて、ヤシの木が並ぶ畑の畦道を駆け回って」
田んぼの向こうの山々の陰に濃いオレンジに染まった太陽が沈むのを見届け、
「母のサンバルを食べたいです。……マリア様もお母様のご飯食べたいでしょう?」
「うん。わたしもお母さんのサンバル食べたい!」
共に笑い、見つめ合う。
「マリア様、」
「様付けは止めてって言ったでしょ」
聖母マリアから取った名前だから丁寧に呼ばれ過ぎると聖母と同じになり畏れ多いと言う。
「ラジューだってバガヴァーンって呼ばれたら困るでしょ」
「困ります」
「あ、でもナイナは婚約者のことそう呼んでるって。ご本人に言ってるんじゃなくて」
『私のバガヴァーン』
「ってそれはもう大事そうに呼ぶの」
マリアは頬を染めた。
「ラーダみたいです」
クリシュナ神を一心に思うその姿。
「マリア様、いえマリアさん」
言い直す。
「わたしを疑う方もいらっしゃるんですよね」
「少しだけだよ。気にしなくていいって」
ラジューが使うトイレ側の蛇口にだけ何も仕掛けられていなかった。他の人を誘い込んで罠にかけるためだと主張したのはナイナだそうだ。
今は眠っているダウドは一度目を覚ました時に考え事をしていたとは言ったそうだが、ラジューとの会話までは話していないようだ。だからダウドの方から頼んだのかラジューが誘ったのか他の人たちからはわからない。
「思い出しました」
そのことを伝えるとマリアはまず鳥のように目を丸くし、次に脅えた。
また失敗しただろうか。
「あの場所……。他に使っている人、います」
<注>
・サルワール サルワール・カミーズ 南アジアの女性の民族衣装。上着のサルワール、ボトムのカミーズとショールのドゥパタの三点セット。
・ビリヤニ インドの炊き込みご飯
・ラーダ クリシュナ神の忠実な恋人
※以下、主にインド南部で食べられるメニュー
・イドゥリ 米と豆を挽いた生地で作る白い蒸しパン
・トーレン 野菜とココナツの炒め蒸し
・サンバル 野菜と豆の煮込み
・ラッサム 酸味のあるスープ
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