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152 謎の女《アイザック》
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「今日はここまでにする」
目の前に座っている教皇にそう言いながら、アイザックは調書を閉じて、取り調べ室の簡素な椅子から腰を上げた。
本当ならヴィクター・リンメルの取り調べを担当したかったのだが、『アイザックにやらせると私怨で殺しかねない』とサディアスに止められて、教皇の方に回された。
寧ろ教皇の取り調べをサディアスが担当する方が危ないのでは? と、アイザックは思っていたので、まあ合理的ではあるけれど。
もう諦めたのか、意外にも教皇は取り調べに素直に応じている。
「どうやって、あの脱出通路を知ったのだ?」
部屋を出ようとした所で、教皇に声を掛けられ足を止めた。
振り返ったアイザックは、その疑問に答えるべく静かに口を開く。
「事前に数人の教会関係者に接触し、こちらへ寝返らせたんだよ。
あの通路の存在を教えてくれたのは、スペンサーだ」
「スペンサー?」
怪訝な表情を浮かべた教皇を、アイザックは鼻で笑う。
「自分の部下なのに分からないのか?
風属性の魔力持ちの神官だよ。
ほら、防音魔法を扱えるから、便利に連れ回していただろう?」
姫殿下の事件が起こってからずっと、アイザック達は教会周辺を慎重に調べていた。
諜報部の人間を忍び込ませて内部を探らせると、教皇への不満を密かに募らせている者がかなり多い事が分かった。
アイザック達はその中から数人を選んで、ガサ入れ直前に接触し、罪の軽減を餌に取引きを持ちかけた。
教皇と共に泥舟で沈むつもりなど、さらさら無かったのだろう。全員が取引きに応じた。
その内の一人がスペンサー。捕縛作戦時に、教皇を脱出通路へ誘導した神官である。
「まさか……、あの男が……」
「フッ……。
手駒の名前さえ覚えていないのだから、裏切られるのも当然だよなぁ」
悔しそうに大きく顔を歪めた教皇へ、嘲る様な言葉を残し、アイザックは取り調べ室を後にした。
丁度、別の取り調べ室から出て来た騎士団長であるニコラスの父親と、廊下で合流する。
「お疲れ様です。順調ですか?」
騎士団長の問いに、アイザックは頷いた。
「ええ。
どんなに頑張った所で、もう逃げられやしないですから、諦めたのでしょう。
簡単にペラペラ喋っていますよ。
そちらは如何ですか?」
騎士団長はヴィクター・リンメルを担当している。
オフィーリアを人質に取りやがった憎い相手の様子が気になって質問すると、彼は小さく溜息を零した。
「恋人がいたらしくて、その女に唆されていた部分があるみたいなんですが、情報が少なくて特定に時間がかかっています」
騎士団長の話によれば、ヴィクターは公園で知り合った若い女と恋仲であったという。
その女は人の心の隙間にスルリと入り込む様な、不思議な魅力を持っていたらしい。
ヴィクターは自分の養父母に関する悩みや、教皇の息子である事など、普通ならば隠して置くべき話まで、いつの間にか自然に語ってしまったのだとか。
それを聞いた女は、『いつまでも利用されるばかりではなく、利用する側になれば良い』とヴィクターを唆した。
『教皇はきっと、第二王子と聖女候補を祭り上げて、実権を握るつもりなのよ。
そうなる直前に、教皇とその長男を失脚させれば、教皇が握る筈だった権力は貴方の物になるでしょう?』
女はうっそりと笑みを深めながら、ヴィクターに囁いたのだ。
例の自己肯定感を高める効能がある香も、元々はその女に『お義母様に使ってみて』と勧められた物だったという。
そしてそれをクリスティアン達に処方したのも、女のアイデアだったとか。
『第二王子殿下は、傲慢そうに見えるけど、実は自信がなくて卑屈なタイプなの。
もしかしたら教皇から、兄の代わりに王太子になれと説得されても、なかなかその気にならないかもしれないわ。
だから、ちょっと自信を持たせてあげると良いんじゃないかしら?』
女は何故かクリスティアンの性格を良く知っていた。
香のお陰でクリスティアンは、気分が楽になり、同時にヴィクターに対して好意的になった。
いつか教皇の代わりに彼等を操るのだから、好感を持たれていた方が都合が良いと考え、クリスティアンに仕えるニコラスにも同じ様に処方した。
まあ、残念ながら、ニコラスには期待した効果が出なかったのだが。
ただ、姫殿下に薬を盛った侍女が何処から香を入手したのかについては、ヴィクターも知らないと話しているそうだ。
「その女、不気味ですね。
恋人だったなら、ヴィクターに権力を持たせて、自分はその妻か愛人にでも収まるつもりだったのかな。
一体何者なんでしょうね?
王子の性格なんて、身近な人間でなければ知らないでしょうし……」
アイザックの疑問に、騎士団長はもどかしそうにガシガシと頭を掻いた。
「分からんのですよ。
恋人だったという割に、ヴィクターは女について何も知らないんです。
分かっている事といえば、『レイラ』と名乗っていた事。
それから、自分は養女で義家族から疎まれていると話していた事」
「家名を名乗らなかったなら、平民の可能性も有りますね」
「ですね。
年齢は、ヴィクターの生徒達と同年代に見えたと言ってましたから、ニコラスやアイザック様と同じくらいだと思いますが、『レイラ』という名の生徒は学園に在籍していませんし」
この国では、貴族の子女は皆、アイザック達が通っている学園に入学しなければならない。
まあ、将来貴族籍を抜けるつもりならば話は別だが。
「レイラは偽名かもしれないですけど、流石に学園の生徒であればヴィクターが気付くでしょうね。
容姿についてはどうですか?」
「髪はライトブラウンで、肩までの長さのストレート。
瞳は蜂蜜色らしいです」
それを聞いて、アイザックはピクリと眉を跳ね上げた。
「蜂蜜……」
『蜂蜜色』は、人によっては『琥珀色』と表現する事がある。
琥珀色の瞳といえば、アイザックが探している女と同じ───。
目の前に座っている教皇にそう言いながら、アイザックは調書を閉じて、取り調べ室の簡素な椅子から腰を上げた。
本当ならヴィクター・リンメルの取り調べを担当したかったのだが、『アイザックにやらせると私怨で殺しかねない』とサディアスに止められて、教皇の方に回された。
寧ろ教皇の取り調べをサディアスが担当する方が危ないのでは? と、アイザックは思っていたので、まあ合理的ではあるけれど。
もう諦めたのか、意外にも教皇は取り調べに素直に応じている。
「どうやって、あの脱出通路を知ったのだ?」
部屋を出ようとした所で、教皇に声を掛けられ足を止めた。
振り返ったアイザックは、その疑問に答えるべく静かに口を開く。
「事前に数人の教会関係者に接触し、こちらへ寝返らせたんだよ。
あの通路の存在を教えてくれたのは、スペンサーだ」
「スペンサー?」
怪訝な表情を浮かべた教皇を、アイザックは鼻で笑う。
「自分の部下なのに分からないのか?
風属性の魔力持ちの神官だよ。
ほら、防音魔法を扱えるから、便利に連れ回していただろう?」
姫殿下の事件が起こってからずっと、アイザック達は教会周辺を慎重に調べていた。
諜報部の人間を忍び込ませて内部を探らせると、教皇への不満を密かに募らせている者がかなり多い事が分かった。
アイザック達はその中から数人を選んで、ガサ入れ直前に接触し、罪の軽減を餌に取引きを持ちかけた。
教皇と共に泥舟で沈むつもりなど、さらさら無かったのだろう。全員が取引きに応じた。
その内の一人がスペンサー。捕縛作戦時に、教皇を脱出通路へ誘導した神官である。
「まさか……、あの男が……」
「フッ……。
手駒の名前さえ覚えていないのだから、裏切られるのも当然だよなぁ」
悔しそうに大きく顔を歪めた教皇へ、嘲る様な言葉を残し、アイザックは取り調べ室を後にした。
丁度、別の取り調べ室から出て来た騎士団長であるニコラスの父親と、廊下で合流する。
「お疲れ様です。順調ですか?」
騎士団長の問いに、アイザックは頷いた。
「ええ。
どんなに頑張った所で、もう逃げられやしないですから、諦めたのでしょう。
簡単にペラペラ喋っていますよ。
そちらは如何ですか?」
騎士団長はヴィクター・リンメルを担当している。
オフィーリアを人質に取りやがった憎い相手の様子が気になって質問すると、彼は小さく溜息を零した。
「恋人がいたらしくて、その女に唆されていた部分があるみたいなんですが、情報が少なくて特定に時間がかかっています」
騎士団長の話によれば、ヴィクターは公園で知り合った若い女と恋仲であったという。
その女は人の心の隙間にスルリと入り込む様な、不思議な魅力を持っていたらしい。
ヴィクターは自分の養父母に関する悩みや、教皇の息子である事など、普通ならば隠して置くべき話まで、いつの間にか自然に語ってしまったのだとか。
それを聞いた女は、『いつまでも利用されるばかりではなく、利用する側になれば良い』とヴィクターを唆した。
『教皇はきっと、第二王子と聖女候補を祭り上げて、実権を握るつもりなのよ。
そうなる直前に、教皇とその長男を失脚させれば、教皇が握る筈だった権力は貴方の物になるでしょう?』
女はうっそりと笑みを深めながら、ヴィクターに囁いたのだ。
例の自己肯定感を高める効能がある香も、元々はその女に『お義母様に使ってみて』と勧められた物だったという。
そしてそれをクリスティアン達に処方したのも、女のアイデアだったとか。
『第二王子殿下は、傲慢そうに見えるけど、実は自信がなくて卑屈なタイプなの。
もしかしたら教皇から、兄の代わりに王太子になれと説得されても、なかなかその気にならないかもしれないわ。
だから、ちょっと自信を持たせてあげると良いんじゃないかしら?』
女は何故かクリスティアンの性格を良く知っていた。
香のお陰でクリスティアンは、気分が楽になり、同時にヴィクターに対して好意的になった。
いつか教皇の代わりに彼等を操るのだから、好感を持たれていた方が都合が良いと考え、クリスティアンに仕えるニコラスにも同じ様に処方した。
まあ、残念ながら、ニコラスには期待した効果が出なかったのだが。
ただ、姫殿下に薬を盛った侍女が何処から香を入手したのかについては、ヴィクターも知らないと話しているそうだ。
「その女、不気味ですね。
恋人だったなら、ヴィクターに権力を持たせて、自分はその妻か愛人にでも収まるつもりだったのかな。
一体何者なんでしょうね?
王子の性格なんて、身近な人間でなければ知らないでしょうし……」
アイザックの疑問に、騎士団長はもどかしそうにガシガシと頭を掻いた。
「分からんのですよ。
恋人だったという割に、ヴィクターは女について何も知らないんです。
分かっている事といえば、『レイラ』と名乗っていた事。
それから、自分は養女で義家族から疎まれていると話していた事」
「家名を名乗らなかったなら、平民の可能性も有りますね」
「ですね。
年齢は、ヴィクターの生徒達と同年代に見えたと言ってましたから、ニコラスやアイザック様と同じくらいだと思いますが、『レイラ』という名の生徒は学園に在籍していませんし」
この国では、貴族の子女は皆、アイザック達が通っている学園に入学しなければならない。
まあ、将来貴族籍を抜けるつもりならば話は別だが。
「レイラは偽名かもしれないですけど、流石に学園の生徒であればヴィクターが気付くでしょうね。
容姿についてはどうですか?」
「髪はライトブラウンで、肩までの長さのストレート。
瞳は蜂蜜色らしいです」
それを聞いて、アイザックはピクリと眉を跳ね上げた。
「蜂蜜……」
『蜂蜜色』は、人によっては『琥珀色』と表現する事がある。
琥珀色の瞳といえば、アイザックが探している女と同じ───。
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