【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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173 現実を知る《クリスティアン》

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 時は少し遡り、夏期休暇が開けた初日の事である。

 クリスティアンは学園から帰城する馬車の中で一人、ブツブツと悪態をついていた。

「一体なんなんだ、アイツ等はっ……!!
 王子であるこの私にあの様な無礼を働くなど、万死に値する!
 帰ったら早速、父上に言い付けて……」

 そこまで呟いて、はたと気付いた。
 自分の父が、もう何の権力も持たなくなってしまった事に。
 新たな最高権力者である兄に不遇を訴えた所で、耳を貸してくれる筈もなく……。

「クソッッ!!」

 苛立ったクリスティアンは自分の太腿に拳を叩き付け、唇を噛み締めた。
 口の中にジワリと血の味が広がる。


(兎に角、もう食堂で昼食を取るのは真っ平だ。
 料理長に言って、明日は昼食用のサンドイッチでも作らせよう)

 学園内では何処もかしこも居心地が悪かったが、食堂は特に酷かった。
 無数の敵意を浴びて我慢出来なくなり、思わず逃げ出してしまう程に。

 昼食を食べそびれた事を思い出してしまったせいか、『クゥ』と小さく腹が鳴った。


 王宮に戻ったクリスティアンは、その足で厨房へ向かった。

「何か軽く食せる物を直ぐに作って、私の部屋へ持って来い!
 それから、明日の昼食は王宮から持参する。何か私の好物を用意しておけ」

 偉そうに命令するクリスティアンに、料理長は溜息を零しそうになるのを辛うじて我慢した。

「軽食に関しては承りました。
 ですが、明日の昼食については、サディアス殿下の許可をお取りください」

「は? 王子の命令に逆らうのか!?」

「我々はサディアス殿下に忠誠を誓う者。
 こう言ってはなんですが、主の意向を無視してまで、廃籍予定の王子殿下の命令に従う謂れはありません」

 学園内で白眼視されるのは、サディアスが命じたクリスティアンへの罰だ。
 人目につかない場所で王宮から持参した昼食をとるのは、その罰を軽減する行為である。
 料理長としては、その片棒を担ぐ訳にはいかない。

 料理長の言葉は至極真っ当であるのだが、クリスティアンは激昂した。

「ふざけるな! お前はクビだっ!!」

「失礼ですが、クリスティアン殿下は人事権をお持ちではごさいませんよね」

「なっ…………!!」

 握り締めた拳を、怒りでプルプルと震わせながらも、クリスティアンには返す言葉がなかった。
 結局、「もう良い!!」と言い捨てると、乱暴な足音を立てながら大股で去って行った。

「やれやれ」

 我儘王子の背中を見送りながら思わず呟いた料理長に、部下達は憐れみの視線を投げた。



 クリスティアンが次に向かったのは、サディアスの執務室である。

 扉の前を警備する騎士に、兄との面会を願い出ると、騎士は扉をノックしてから中に入って確認を取った。

「お会いになるそうです。どうぞ」

 部屋の中へといざなわれるが、サディアスは執務机から視線を上げようとしない。

「何用だ?」

 冷たく放たれた問いに、クリスティアンは若干怯みながらもなんとか口を開いた。

「明日の昼食は、王宮から持参したいのですが、料理長から兄上の許可が必要だと言われました」

「何故? 皆の視線が痛いからか?
 そんな事は最初から分かっていただろうに、もう音を上げたのか。
 思った以上に根性無しだな」

 サディアスは書類を捲り、何かを書き込む手を止めずに、片手間にクリスティアンを煽った。

 クリスティアンの頭の芯がカッと熱くなり、目の前が赤く染まった様な錯覚に陥った。

「…………何故私が、あんな思いをせなばならぬのですか?」

 そう訊ねる声は、微かに震えている。

「言ったろう? それがお前の償いだからだよ。
 まあ良い。明日だけはランチボックスを作らせようじゃないか。
 お前もそろそろ現実に目を向けるべきだからな」

「……?
 ありがとう、ございます」

 最後に小さく零された言葉の意味が理解出来ず、クリスティアンは首を傾げる。
 だが、許可が取れた事は喜ばしい。
 小さな疑問の事など、直ぐに忘却の彼方へと消えた。



 翌日の昼休みはランチボックスを手に、北側の校舎の裏手へと向かった。
 建物に遮られて陽が当たらず、常に薄暗いこの場所は、平素から殆ど人通りが無い。
 美しく整備されている訳でもなく、誰も庭とは呼ばないが、それでも草むしりだけはされているし、大きな木の下にはベンチがポツンと設置されていた。

 クリスティアンはそのベンチに腰を下ろし、持参したサンドイッチに齧り付いた。
 悪意の視線に晒されず食事が出来る事に安堵したが、同時に虚しい思いも湧いてくる。

(何故私が、こんな目に……)

『それがお前の償いだからだよ』

 昨日言われたばかりの兄の言葉が脳裏に蘇る。

 その瞬間、突如目の前が騎士服の広い背中に覆われた。
 クリスティアンに向かって勢い良く飛んで来ていた白い何かを、その騎士が右手で受け止める。

───パシャッ!

 小さな音がすると同時に、騎士の手の中でその白い物が割れ、粘度のある液体が飛び散った。

 驚いたクリスティアンは、何が起こったのかを理解するのに、かなりの時間を要した。

「………………卵?」

 そう、卵である。

 校舎の何処かの窓から、クリスティアンに向かって生卵が投げ付けられたのだ。
 騎士がキャッチしてくれなければ、昨年の紅葉を愛でる会の時のプリシラの様に、卵塗れになっていた。
 いや、あの位置であれば確実に頭に命中して、もっと酷い状態になっていた筈である。

「お分かりになりましたか?」

 クルリと振り返った騎士は冷ややかな声で、クリスティアンにそう問い掛けた。

「な、何の事だ?」

 質問の意味さえ分からないクリスティアンに、騎士は隠す事なく大きな溜息を吐き出す。

「ハァ……。まだ分からぬのですか。
 この学園内は、たとえ王族であっても護衛を帯同する事が許されません。
 夏期休暇明けからは、監視と抑止力の為に王宮から警備の騎士が増員されておりますが、それでも四六時中クリスティアン殿下に騎士が侍り、お守りするのはルール違反なのです。
 現在の殿下には多くの悪意が向けられています。
 そんな殿下が人目に付かない場所に一人で居れば、こんな風に物理的な攻撃を向ける輩だって出てくるのですよ。
 人目の多い食堂であれば、嘲笑はすれどもここまでの暴挙に出る者はおりません。
 生徒が多い場所には監視の騎士も大勢居ますし、何かあってもお守り出来ます。
 もっとご自分が嫌われているという自覚を持って行動なさってください」

 言いたい事を言い切った騎士は、クリスティアンの返事も待たず、踵を返して歩き去る。

きらっ……!?」

 物理攻撃をされそうになった事と、騎士の言葉にショックを受けたクリスティアン。
 取り敢えず、この場所に留まるのが危険だという事だけは理解しており、ヨロリと立ち上がった。
 そして、教室へ戻ろうと一歩踏み出したが……。
 地面に広がっていた生卵に足を滑らせ、盛大にすっ転んだ。

 ドタンッと派手な音を聞いて、立ち去りかけていた騎士が振り向く。
 彼は、またもや大きな溜息をつき、大股で戻って来た。

 もしも王子が目の前で転んだなら、優しく手を引いて立ち上がるのを手伝い、服に着いた土埃を丁寧に払ってくれるのが通常の行動であろう。
 だが、騎士はクリスティアンを荷物の様にヒョイと抱えて無理矢理立たせ、服の汚れを払う事もせず、『大丈夫ですか』と問う事さえなく無言のまま去って行く。

 クリスティアンはその背中を呆然と見送る事しか出来なかった。

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