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183 同等以上の傷を《アイザック》
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教皇の手首に『永遠の夢』が取り付けられたのと、ほぼ同じ頃。
アイザックはヴィクター・リンメルの牢を訪っていた。
ヴィクターの牢も教皇が収監されている場所と造りは同じ。
頑健な鉄格子と鉄製の分厚い扉によって、廊下との間を二重に阻まれた、石造りの小さな空間である。
アイザックに同行していた従者は、何やら黒い箱形の機材を抱えており、鉄格子の外側、ヴィクターの手が届かない位置にそれを設置して、直ぐに退室した。
「…………それは?」
当然の疑問とも言うべき言葉が、ヴィクターの口から零れる。
「魔道具のスピーカーだよ。
このスピーカーは、お前の実父の牢に設置したマイクと繋がっている」
そう答えながら、アイザックはカチッとそのスピーカーのスイッチを入れた。
この地下牢は鉄の扉のお陰で防音効果があり、隣の牢の物音でさえも殆ど漏れる事はない。
しかしこの魔道具を設置すれば、ヴィクターは教皇の牢の音を鮮明に聞き取る事が出来る様になるのだ。
ヴィクター本人がそれを望むとは思えないけれど。
勿論、一方通行であり、意思の疎通は不可能である。
彼方は聞かれているだなんて、思いもしないだろう。
『見るな。穢れる』
『ドゴッッ!!』
『グハッ……ゴホッ……』
『………………やれ』
おりしもサディアスが教皇の腹に蹴りを入れた場面であった。
(きっと妃殿下に下衆い眼差しでも向けたんだろう。命知らずな……)
その状況が容易に想像出来てしまい、アイザックは呆れて溜息をつく。
一方のヴィクターは、スピーカーの音から流れてくる暴力の気配に身を縮こまらせた。
『外そうとしても無駄だぞ。
王家の血を引く者にしか、取り外しは出来ないのだからな』
『それ、『永遠の夢』って通称で呼ばれているんですって。
ロマンティックでしょう?』
『…………永遠の夢……?』
王太子夫妻と教皇の会話を補足する為、アイザックは口を開いた。
「あ、因みに、この『永遠の夢』とは王家秘伝の魔道具の事だ。
教皇が使い終わったらお前の所に回ってくる予定だから、楽しみにしておくがいい」
「永遠の夢? 魔道具?
……なんなんだ、それは?」
「さあね。君の父君の反応を聞いていたら、その内分かるんじゃないかな?」
アイザックはそう言い捨てると、長居は無用とばかりに踵を返し、ヒラリと後ろ手に手を振ってその場を去った。
実の所、『永遠の夢』が、教皇の次にヴィクターに使用されるというのはハッタリである。
と言うのも、ヴィクターの罰にするには、あの魔道具は不向きなのだ。
あれはあくまでも、今迄虐げてきた者達に報復される夢を見せるという効果しかない。
まあ、夢といえども現実世界と全く同じ激痛や感触をリアルに味わわせる事が可能だ。
だから多くの人を虐げたり殺したりした凶悪犯に使用するには、非常に効果的な魔道具である。
その一方、小悪党に使っても残念ながらあまり効果がない。
簒奪なんて大それた罪で捕まったヴィクターであるが、養い親との歪な関係に悩み、実父に利用され、果てはレイラとやらに唆されて道を踏み外しただけの男だった。
元々は、何処にでもいる気が小さくて流され易い人間なのである。
彼が実行した犯罪は、眠り続ける毒薬を作ったとか、研究所からウイルスを盗み出したとか、その殆どが簒奪計画の下準備的な役割だった。
自らの手で他人に害を与えたケースといえば、暴力的な養父に薬を飲ませて眠り続けさせていた件と、オフィーリアを人質に取った件くらいか。
おそらくは、教皇の様に人を平気で殺す度胸など無いだろう。
だから、アイザックは別の方法を考えた。
オフィーリアの心に残った傷と、同等以上の傷を負わせる方法を。
夜になって教皇が眠りに就けば、魔道具スピーカーが彼の絶叫や命乞いの声を大音量で奏でる事になる。
悪夢の連続で次第に精神を病み、起きている間も『眠りたくない……。死にたくない……』などと呪文の様に呟き続ける可能性だってある。
それをヴィクターは毎日休む事なく聞かされ続けるのだ。
魔道具の詳細もわからぬまま。
次は自分の番だと怯えながら。
(我ながら、性格が悪いかな?)
そう思って微かに自嘲の笑みを浮かべるアイザック。
だが、この件がオフィーリアの耳に入る事は絶対にないので、問題はない。
何故なら、この件には王家の秘宝が絡んでいるからだ。
あの魔道具の存在は王宮に勤める者の中でも、王や王太子に近いごく一部の者にしか知らされていない。
所謂、機密扱いである。
だからアイザックの最愛が、教皇やヴィクターへの処罰の重さを知り、胸を痛める心配はない。
その晩、ヴィクターはアイザックの思惑通り、一睡も出来なかった。
悪夢に魘される教皇の苦しそうな息遣いや、泣き叫び、助けてくれと懇願する声が、スピーカーを通して一晩中響き渡っていたから。
『グ……ゴボッ、ガハッ…く、苦し……。
た、助け……ゴボッ」
『……ぅぐあぁぁぁっっ!!!』
『い、嫌だっ! もう死にたくないっ!!
……………ぅわあぁっ!!』
頭から毛布をスッポリと被ったヴィクターは、簡素なベッドの上で小さく蹲り、両耳を塞いで震える事しか出来ない。
スピーカーの向こう側で何が行われているのか分からないが、凄惨な状況なのだろうと嫌でも想像させられた。
そして、それは決して他人事などではなく───。
たった一晩でヴィクターはすっかり疲弊してしまった。
だが、これは始まりに過ぎない。
ジワジワと精神を攻撃する音声は、あの黒い箱から、これからも毎日流れ続けるのだから。
アイザックはヴィクター・リンメルの牢を訪っていた。
ヴィクターの牢も教皇が収監されている場所と造りは同じ。
頑健な鉄格子と鉄製の分厚い扉によって、廊下との間を二重に阻まれた、石造りの小さな空間である。
アイザックに同行していた従者は、何やら黒い箱形の機材を抱えており、鉄格子の外側、ヴィクターの手が届かない位置にそれを設置して、直ぐに退室した。
「…………それは?」
当然の疑問とも言うべき言葉が、ヴィクターの口から零れる。
「魔道具のスピーカーだよ。
このスピーカーは、お前の実父の牢に設置したマイクと繋がっている」
そう答えながら、アイザックはカチッとそのスピーカーのスイッチを入れた。
この地下牢は鉄の扉のお陰で防音効果があり、隣の牢の物音でさえも殆ど漏れる事はない。
しかしこの魔道具を設置すれば、ヴィクターは教皇の牢の音を鮮明に聞き取る事が出来る様になるのだ。
ヴィクター本人がそれを望むとは思えないけれど。
勿論、一方通行であり、意思の疎通は不可能である。
彼方は聞かれているだなんて、思いもしないだろう。
『見るな。穢れる』
『ドゴッッ!!』
『グハッ……ゴホッ……』
『………………やれ』
おりしもサディアスが教皇の腹に蹴りを入れた場面であった。
(きっと妃殿下に下衆い眼差しでも向けたんだろう。命知らずな……)
その状況が容易に想像出来てしまい、アイザックは呆れて溜息をつく。
一方のヴィクターは、スピーカーの音から流れてくる暴力の気配に身を縮こまらせた。
『外そうとしても無駄だぞ。
王家の血を引く者にしか、取り外しは出来ないのだからな』
『それ、『永遠の夢』って通称で呼ばれているんですって。
ロマンティックでしょう?』
『…………永遠の夢……?』
王太子夫妻と教皇の会話を補足する為、アイザックは口を開いた。
「あ、因みに、この『永遠の夢』とは王家秘伝の魔道具の事だ。
教皇が使い終わったらお前の所に回ってくる予定だから、楽しみにしておくがいい」
「永遠の夢? 魔道具?
……なんなんだ、それは?」
「さあね。君の父君の反応を聞いていたら、その内分かるんじゃないかな?」
アイザックはそう言い捨てると、長居は無用とばかりに踵を返し、ヒラリと後ろ手に手を振ってその場を去った。
実の所、『永遠の夢』が、教皇の次にヴィクターに使用されるというのはハッタリである。
と言うのも、ヴィクターの罰にするには、あの魔道具は不向きなのだ。
あれはあくまでも、今迄虐げてきた者達に報復される夢を見せるという効果しかない。
まあ、夢といえども現実世界と全く同じ激痛や感触をリアルに味わわせる事が可能だ。
だから多くの人を虐げたり殺したりした凶悪犯に使用するには、非常に効果的な魔道具である。
その一方、小悪党に使っても残念ながらあまり効果がない。
簒奪なんて大それた罪で捕まったヴィクターであるが、養い親との歪な関係に悩み、実父に利用され、果てはレイラとやらに唆されて道を踏み外しただけの男だった。
元々は、何処にでもいる気が小さくて流され易い人間なのである。
彼が実行した犯罪は、眠り続ける毒薬を作ったとか、研究所からウイルスを盗み出したとか、その殆どが簒奪計画の下準備的な役割だった。
自らの手で他人に害を与えたケースといえば、暴力的な養父に薬を飲ませて眠り続けさせていた件と、オフィーリアを人質に取った件くらいか。
おそらくは、教皇の様に人を平気で殺す度胸など無いだろう。
だから、アイザックは別の方法を考えた。
オフィーリアの心に残った傷と、同等以上の傷を負わせる方法を。
夜になって教皇が眠りに就けば、魔道具スピーカーが彼の絶叫や命乞いの声を大音量で奏でる事になる。
悪夢の連続で次第に精神を病み、起きている間も『眠りたくない……。死にたくない……』などと呪文の様に呟き続ける可能性だってある。
それをヴィクターは毎日休む事なく聞かされ続けるのだ。
魔道具の詳細もわからぬまま。
次は自分の番だと怯えながら。
(我ながら、性格が悪いかな?)
そう思って微かに自嘲の笑みを浮かべるアイザック。
だが、この件がオフィーリアの耳に入る事は絶対にないので、問題はない。
何故なら、この件には王家の秘宝が絡んでいるからだ。
あの魔道具の存在は王宮に勤める者の中でも、王や王太子に近いごく一部の者にしか知らされていない。
所謂、機密扱いである。
だからアイザックの最愛が、教皇やヴィクターへの処罰の重さを知り、胸を痛める心配はない。
その晩、ヴィクターはアイザックの思惑通り、一睡も出来なかった。
悪夢に魘される教皇の苦しそうな息遣いや、泣き叫び、助けてくれと懇願する声が、スピーカーを通して一晩中響き渡っていたから。
『グ……ゴボッ、ガハッ…く、苦し……。
た、助け……ゴボッ」
『……ぅぐあぁぁぁっっ!!!』
『い、嫌だっ! もう死にたくないっ!!
……………ぅわあぁっ!!』
頭から毛布をスッポリと被ったヴィクターは、簡素なベッドの上で小さく蹲り、両耳を塞いで震える事しか出来ない。
スピーカーの向こう側で何が行われているのか分からないが、凄惨な状況なのだろうと嫌でも想像させられた。
そして、それは決して他人事などではなく───。
たった一晩でヴィクターはすっかり疲弊してしまった。
だが、これは始まりに過ぎない。
ジワジワと精神を攻撃する音声は、あの黒い箱から、これからも毎日流れ続けるのだから。
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