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192 落としどころ《サディアス》
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担当取り調べ官が根気良く引き出したエイリーンの供述によれば、彼女は当時勤めていた治療院で、とある商家の娘と知り合ったという。
持病を抱える祖母に付き添って、度々治療院を訪れていたらしい。
その娘はオフィーリアと同じ乗馬クラブを利用しており、彼女との雑談でクラブの情報を得ていたのだそうだ。
そしてクラブの職員に接触してオフィーリアの行動予定を掴み、彼女の愛馬にチョコレートを食べさせた。
一歩間違えばオフィーリアが命を失っていたというのに、少しも罪悪感を持っていないどころか、危機感さえも感じられない。
おそらく自分が置かれている状況を正確に理解出来ていないのだろう。
伯爵令嬢エイリーン・ブリンドルは死亡届けが出されている。
つまりは、今のエイリーンはブリンドル家の令嬢ではない。ただの平民である。
平民が貴族令嬢を殺そうとしたのだから、通常であれば、未遂で終わっていても死罪が適用される案件なのだが……。
(さて、どう処理するべきか……)
サディアスは、痛むこめかみを押さえながら、取り調べ室を後にした。
執務室に戻ったサディアスは、アイザックに今日の取り調べの調書を手渡した。
それを読み進める内に、アイザックの表情は憤怒の色に染まっていく。
怒りに震える手に力が篭ったのか、静かな室内にグシャッと紙を握り締める音が響いた。
「やっぱり乗馬クラブの事件も、あの女が犯人か……」
低く呟かれた声には深い怨嗟が込められている。
アイザックの発する怒気が、ピリピリと肌を刺す。
部屋の温度が急激に下がった様な気さえした。
サディアスは、この後アイザックに告げなければならない話を思うと、とても重苦しい気持ちになった。
読み終えた調書をバンッと机に叩き付ける様に置いて、アイザックはサディアスに鋭い眼差しを向ける。
「で? 殿下はこの女に、どんな罰を与えるつもりなのですか?」
「あーーー、それなんだが……、あの女はやはり心を病んでいるらしい。
所謂、心神耗弱状態ってヤツで……」
「まさか、減刑するつもりじゃないでしょうね?」
アイザックの視線が鋭さを増す。
「おまえの気持ちは分かるが、まあ、話を最後まで聞けよ。
ブリンドル伯爵家の嫡男を知っているか?」
「面識はありませんが、両親と違って落ち着いた子だと聞いた事はありますね」
「まだ学園入学前だが、家庭教師の評判も良いし、なかなか見込みがある若者だよ。
エイリーンに重罰を科せば、家族にも罪を問わねばならない。
私はね、有能な臣下を失たくはないんだ」
これまでの判例からすると、エイリーンと縁を切っているとはいえ、ブリンドル家は爵位の剥奪を免れない。
正直言って、エイリーンの両親はどうなっても構わないが、弟だけは惜しい。
彼には将来、王宮勤めをして欲しいと、サディアスは考えていた。
使えない者をどんどん切っている弊害で、王宮は現在人手不足気味なのだ。
数少ない使えそうな者を、平民に落としてしまうのは勿体無い。
まあ、将来的には身分問わず有能な者を登用する制度を構築しようとは思っているが、それにはまだまだ時間がかかる。
「教皇とヴィクター・リンメルの件では、お前の我儘を聞いてやっただろう?
今度は私の番じゃないか?
それに、使える部下が増えれば、お前も私も愛する妻との時間を多く確保出来る。
互いにとって、悪い話じゃないだろう?」
「それは、まあ……」
大きな溜息を吐き出したアイザックは、複雑な表情で頭をガシガシと掻いた。
取り調べでは意味の分からない発言を繰り返しているという事実もあるし、心神耗弱として酌量すれば、罪を少し軽く出来る。
ブリンドル伯爵夫妻には娘のした事の責任を取る為に引退してもらう。
嫡男が成人するまでは、爵位は王家が預かる予定だ。
嫡男に爵位を戻すのは、家族との縁を完全に切る事が条件だが、以前話をした時の様子だと、嬉々として縁を切りそうである。
エイリーンの罪は、『王位簒奪の教唆』『伯爵令嬢の殺害未遂』『筆頭公爵家嫡男への傷害』という重罪ばかりである。
だが、簒奪の教唆に関しては主導的な役割ではなく、あくまでも『教皇の企みを邪魔せずに、最終的には乗っ取ってやろう』という他力本願な物だった。
要するに、あの女が居ても居なくても、結局、事件は起きたのだ。
あの女が凶悪犯であればこんな手は使わないが、浅慮で我欲が強いだけの小物である。
とはいえ、サディアスとて、エイリーンに温情をかけてやるつもりは更々無い。
「本来ならば死罪は免れないほどの罪だが、国外追放くらいで手を打たないか?
但し、何処へ追放するかについては、お前に任せてやろうじゃないか」
その言葉を聞いて、アイザックの口角が僅かに上がった。
「…………成る程。
分かりました。
それで手を打ちましょう」
アイザックがあの女をただの追放で済ませる訳がない。
きっとあの女は、楽に死ねる毒杯の方が余程マシだと思う様な目に遭う事になるだろう。
だが、サディアスは、それを可哀想だとは微塵も思わなかった。
全ては彼女の自業自得である。
持病を抱える祖母に付き添って、度々治療院を訪れていたらしい。
その娘はオフィーリアと同じ乗馬クラブを利用しており、彼女との雑談でクラブの情報を得ていたのだそうだ。
そしてクラブの職員に接触してオフィーリアの行動予定を掴み、彼女の愛馬にチョコレートを食べさせた。
一歩間違えばオフィーリアが命を失っていたというのに、少しも罪悪感を持っていないどころか、危機感さえも感じられない。
おそらく自分が置かれている状況を正確に理解出来ていないのだろう。
伯爵令嬢エイリーン・ブリンドルは死亡届けが出されている。
つまりは、今のエイリーンはブリンドル家の令嬢ではない。ただの平民である。
平民が貴族令嬢を殺そうとしたのだから、通常であれば、未遂で終わっていても死罪が適用される案件なのだが……。
(さて、どう処理するべきか……)
サディアスは、痛むこめかみを押さえながら、取り調べ室を後にした。
執務室に戻ったサディアスは、アイザックに今日の取り調べの調書を手渡した。
それを読み進める内に、アイザックの表情は憤怒の色に染まっていく。
怒りに震える手に力が篭ったのか、静かな室内にグシャッと紙を握り締める音が響いた。
「やっぱり乗馬クラブの事件も、あの女が犯人か……」
低く呟かれた声には深い怨嗟が込められている。
アイザックの発する怒気が、ピリピリと肌を刺す。
部屋の温度が急激に下がった様な気さえした。
サディアスは、この後アイザックに告げなければならない話を思うと、とても重苦しい気持ちになった。
読み終えた調書をバンッと机に叩き付ける様に置いて、アイザックはサディアスに鋭い眼差しを向ける。
「で? 殿下はこの女に、どんな罰を与えるつもりなのですか?」
「あーーー、それなんだが……、あの女はやはり心を病んでいるらしい。
所謂、心神耗弱状態ってヤツで……」
「まさか、減刑するつもりじゃないでしょうね?」
アイザックの視線が鋭さを増す。
「おまえの気持ちは分かるが、まあ、話を最後まで聞けよ。
ブリンドル伯爵家の嫡男を知っているか?」
「面識はありませんが、両親と違って落ち着いた子だと聞いた事はありますね」
「まだ学園入学前だが、家庭教師の評判も良いし、なかなか見込みがある若者だよ。
エイリーンに重罰を科せば、家族にも罪を問わねばならない。
私はね、有能な臣下を失たくはないんだ」
これまでの判例からすると、エイリーンと縁を切っているとはいえ、ブリンドル家は爵位の剥奪を免れない。
正直言って、エイリーンの両親はどうなっても構わないが、弟だけは惜しい。
彼には将来、王宮勤めをして欲しいと、サディアスは考えていた。
使えない者をどんどん切っている弊害で、王宮は現在人手不足気味なのだ。
数少ない使えそうな者を、平民に落としてしまうのは勿体無い。
まあ、将来的には身分問わず有能な者を登用する制度を構築しようとは思っているが、それにはまだまだ時間がかかる。
「教皇とヴィクター・リンメルの件では、お前の我儘を聞いてやっただろう?
今度は私の番じゃないか?
それに、使える部下が増えれば、お前も私も愛する妻との時間を多く確保出来る。
互いにとって、悪い話じゃないだろう?」
「それは、まあ……」
大きな溜息を吐き出したアイザックは、複雑な表情で頭をガシガシと掻いた。
取り調べでは意味の分からない発言を繰り返しているという事実もあるし、心神耗弱として酌量すれば、罪を少し軽く出来る。
ブリンドル伯爵夫妻には娘のした事の責任を取る為に引退してもらう。
嫡男が成人するまでは、爵位は王家が預かる予定だ。
嫡男に爵位を戻すのは、家族との縁を完全に切る事が条件だが、以前話をした時の様子だと、嬉々として縁を切りそうである。
エイリーンの罪は、『王位簒奪の教唆』『伯爵令嬢の殺害未遂』『筆頭公爵家嫡男への傷害』という重罪ばかりである。
だが、簒奪の教唆に関しては主導的な役割ではなく、あくまでも『教皇の企みを邪魔せずに、最終的には乗っ取ってやろう』という他力本願な物だった。
要するに、あの女が居ても居なくても、結局、事件は起きたのだ。
あの女が凶悪犯であればこんな手は使わないが、浅慮で我欲が強いだけの小物である。
とはいえ、サディアスとて、エイリーンに温情をかけてやるつもりは更々無い。
「本来ならば死罪は免れないほどの罪だが、国外追放くらいで手を打たないか?
但し、何処へ追放するかについては、お前に任せてやろうじゃないか」
その言葉を聞いて、アイザックの口角が僅かに上がった。
「…………成る程。
分かりました。
それで手を打ちましょう」
アイザックがあの女をただの追放で済ませる訳がない。
きっとあの女は、楽に死ねる毒杯の方が余程マシだと思う様な目に遭う事になるだろう。
だが、サディアスは、それを可哀想だとは微塵も思わなかった。
全ては彼女の自業自得である。
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