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13 新しい生き方
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《side:チャールズ》
子供の頃から、ずっと思っていた。
私は貴族の生活に向いていないと。
社交の際の上部だけの笑み。
腹の探り合い。
少しでも気を抜けばつけ入られる。
失敗すれば翌日には噂が広がり、嘲笑の対象になる。
多くの領民の命をこの肩に背負っているというのも、私には重過ぎた。
顔には出さなかったが、毎日が苦痛だった。
だが私は伯爵家の嫡男で、家や家族を捨てる勇気など無く、このままずっと本当の自分を隠して擬態して生活するのだと思っていた。
幸い私は容姿だけは貴族男性として好まれる姿だったので、擬態はそれ程難しく無く、微笑んで優しく接するだけで周囲からは理想的な男性だと思われていた様だ。
幼い頃に婚約者となったアイリスは、その頃にはまだ無邪気さが残っていて愛らしかった。
知らない貴族女性と結婚させられるよりは、妹の様に大切に思っているアイリスと結婚した方が良いと思っていた。
だが、彼女は成長するに連れて、シッカリとした礼儀作法を身に付けて、完璧な淑女になって行った。
令嬢としては理想的な姿。
彼女が努力して作り上げた物であり、賞賛するべきだと分かっていたが・・・・・・。
私はあまりにも貴族的な彼女と居るのが息苦しくなってしまったのだ。
しかし、簡単に婚約解消など出来ない。
コールリッジ侯爵家には恩もあるし、それにアイリスと婚約を解消したとしても、他の令嬢と政略結婚する事になるのだろうから同じ事だ。
そう思って諦めていた。
だが、なかなか家を継ぐ決心が付かずに、逃げる様に騎士の仕事をズルズルと続けていた。
ウチの庭のガゼボで、一人で泣いているリネットを見付けたのは、そんな時だった。
ハンカチを差し出せば、震える手でそれを受け取り、小さく「ありがとう」と呟いた。
「どうしたの?
ブライアンと喧嘩でもした?」
二人があまり上手く行ってない事は知っていた。
私と違って正しい貴族子息であるブライアンと、奔放な性格のリネットは合わないだろう。
「ブライアン、が、・・・社交に出ちゃ、ダメ、だって・・・」
再び込み上げる涙にしゃくり上げながら、ポツポツと事情を話す彼女の言葉を要約すれば、『淑女としての礼儀作法が未熟な内は、社交を控える様に』とずっと前からブライアンに言われており、今日も交渉したが、やはり許可されなかったとの事。
弟の言う事は尤もだが、リネットは本来は明るい性格で、外部の人間と殆ど交流出来ずに邸でじっとしている生活は耐えられないのだと言う。
「では、淑女教育を頑張って、早くマナーを身に付ければいいんじゃ無いか?」
「頑張ってるけど、無理なんだもの・・・。
私、淑女のマナーとか向いてないの」
その言葉を聞いて、思った。
彼女も自分と同じかも知れないと。
確かに彼女の自由な言動は、貴族社会では眉を顰められる物であるが、平民だったら何も問題無いのだ。
───可哀想に。
彼女の置かれた状況が自分と重なって、とても哀れに思った。
その時は、それだけだったのだが・・・・・・。
何度か同じ様にリネットが泣いている場面に出くわし、慰めている内に段々と、彼女に対する同情に愛情が混じり始めたのを感じた。
このまま私達二組が結婚したとして、一体誰が幸せになるのだろうか?
元々上手く行ってないブライアンとリネットは勿論、幸せになんかなれないだろうし、リネットに惹かれ始めている私ではアイリスの事も幸せには出来ないだろう。
「私と一緒に逃げないか?」
その提案に、リネットは目を輝かせて頷いた。
アイリスへの手紙には、わざと酷い言葉ばかりを綴った。
私みたいなクズの事など、早く忘れて欲しかったから。
新しい生活には不安もあったが、幸い私には騎士として培った技術があり、商家の護衛として雇用された。
これなら、贅沢をしなければ平民として生活していけると思ったのだが・・・・・・。
リネットは思った以上に早く音を上げた。
結局、彼女は『努力はしたく無いけど貴族の優雅な生活は続けたい』という考えの持ち主だったのだ。
私と同じ、貴族社会で生きられない人間かと思っていたが、全く違った。
『駆け落ち』という、物語の主人公の様な展開に酔っていただけの彼女は、平民の生活に耐えられず、早々に子爵家に戻って行った。
正直、自分の女性を見る目の無さにはガッカリしたし、それなりに傷付いたが、これがアイリスを裏切った罰だとしたらぬるい位だろう。
主人の護衛任務で港町へ付いていった時に、偶然ブライアンとアイリスを見かけた。
二人は夫婦になったのだと風の噂で聞いていたが、どうやら上手くいっている様でホッとした。
アイリスは大人になってから見た事がなかった無邪気な笑みを浮かべて、楽しそうに露店を巡っていた。
彼女はあんなに美しかっただろうか?
呆然と見つめている私に気付いて、ブライアンが殺気立った視線を向けてくる。
ああ、ブライアンはアイリスを愛して、大事にしているのか。
だから、彼女は心から笑える様になったのだろう。
アイリスが私に上部だけの微笑みしか見せなくなったのは、もしかしたら私のせいだったのかも知れない。
それに気付いた時、漸く、もっと違う道があったんじゃ無いかと思い始めた。
子供の頃から、ずっと思っていた。
私は貴族の生活に向いていないと。
社交の際の上部だけの笑み。
腹の探り合い。
少しでも気を抜けばつけ入られる。
失敗すれば翌日には噂が広がり、嘲笑の対象になる。
多くの領民の命をこの肩に背負っているというのも、私には重過ぎた。
顔には出さなかったが、毎日が苦痛だった。
だが私は伯爵家の嫡男で、家や家族を捨てる勇気など無く、このままずっと本当の自分を隠して擬態して生活するのだと思っていた。
幸い私は容姿だけは貴族男性として好まれる姿だったので、擬態はそれ程難しく無く、微笑んで優しく接するだけで周囲からは理想的な男性だと思われていた様だ。
幼い頃に婚約者となったアイリスは、その頃にはまだ無邪気さが残っていて愛らしかった。
知らない貴族女性と結婚させられるよりは、妹の様に大切に思っているアイリスと結婚した方が良いと思っていた。
だが、彼女は成長するに連れて、シッカリとした礼儀作法を身に付けて、完璧な淑女になって行った。
令嬢としては理想的な姿。
彼女が努力して作り上げた物であり、賞賛するべきだと分かっていたが・・・・・・。
私はあまりにも貴族的な彼女と居るのが息苦しくなってしまったのだ。
しかし、簡単に婚約解消など出来ない。
コールリッジ侯爵家には恩もあるし、それにアイリスと婚約を解消したとしても、他の令嬢と政略結婚する事になるのだろうから同じ事だ。
そう思って諦めていた。
だが、なかなか家を継ぐ決心が付かずに、逃げる様に騎士の仕事をズルズルと続けていた。
ウチの庭のガゼボで、一人で泣いているリネットを見付けたのは、そんな時だった。
ハンカチを差し出せば、震える手でそれを受け取り、小さく「ありがとう」と呟いた。
「どうしたの?
ブライアンと喧嘩でもした?」
二人があまり上手く行ってない事は知っていた。
私と違って正しい貴族子息であるブライアンと、奔放な性格のリネットは合わないだろう。
「ブライアン、が、・・・社交に出ちゃ、ダメ、だって・・・」
再び込み上げる涙にしゃくり上げながら、ポツポツと事情を話す彼女の言葉を要約すれば、『淑女としての礼儀作法が未熟な内は、社交を控える様に』とずっと前からブライアンに言われており、今日も交渉したが、やはり許可されなかったとの事。
弟の言う事は尤もだが、リネットは本来は明るい性格で、外部の人間と殆ど交流出来ずに邸でじっとしている生活は耐えられないのだと言う。
「では、淑女教育を頑張って、早くマナーを身に付ければいいんじゃ無いか?」
「頑張ってるけど、無理なんだもの・・・。
私、淑女のマナーとか向いてないの」
その言葉を聞いて、思った。
彼女も自分と同じかも知れないと。
確かに彼女の自由な言動は、貴族社会では眉を顰められる物であるが、平民だったら何も問題無いのだ。
───可哀想に。
彼女の置かれた状況が自分と重なって、とても哀れに思った。
その時は、それだけだったのだが・・・・・・。
何度か同じ様にリネットが泣いている場面に出くわし、慰めている内に段々と、彼女に対する同情に愛情が混じり始めたのを感じた。
このまま私達二組が結婚したとして、一体誰が幸せになるのだろうか?
元々上手く行ってないブライアンとリネットは勿論、幸せになんかなれないだろうし、リネットに惹かれ始めている私ではアイリスの事も幸せには出来ないだろう。
「私と一緒に逃げないか?」
その提案に、リネットは目を輝かせて頷いた。
アイリスへの手紙には、わざと酷い言葉ばかりを綴った。
私みたいなクズの事など、早く忘れて欲しかったから。
新しい生活には不安もあったが、幸い私には騎士として培った技術があり、商家の護衛として雇用された。
これなら、贅沢をしなければ平民として生活していけると思ったのだが・・・・・・。
リネットは思った以上に早く音を上げた。
結局、彼女は『努力はしたく無いけど貴族の優雅な生活は続けたい』という考えの持ち主だったのだ。
私と同じ、貴族社会で生きられない人間かと思っていたが、全く違った。
『駆け落ち』という、物語の主人公の様な展開に酔っていただけの彼女は、平民の生活に耐えられず、早々に子爵家に戻って行った。
正直、自分の女性を見る目の無さにはガッカリしたし、それなりに傷付いたが、これがアイリスを裏切った罰だとしたらぬるい位だろう。
主人の護衛任務で港町へ付いていった時に、偶然ブライアンとアイリスを見かけた。
二人は夫婦になったのだと風の噂で聞いていたが、どうやら上手くいっている様でホッとした。
アイリスは大人になってから見た事がなかった無邪気な笑みを浮かべて、楽しそうに露店を巡っていた。
彼女はあんなに美しかっただろうか?
呆然と見つめている私に気付いて、ブライアンが殺気立った視線を向けてくる。
ああ、ブライアンはアイリスを愛して、大事にしているのか。
だから、彼女は心から笑える様になったのだろう。
アイリスが私に上部だけの微笑みしか見せなくなったのは、もしかしたら私のせいだったのかも知れない。
それに気付いた時、漸く、もっと違う道があったんじゃ無いかと思い始めた。
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